section.46_少女と少年
「そっか。アンナさんとちゃんと話せたんだ」
「⋯⋯はい」
帰ってそうそうセシリアに研究室に連れ去られた時はどうなるかと思ったが、特別なことなど特になく、セシリアの研究室の片付けと、件の培養槽が並ぶ地下室でセシリアの作業に立ち会うだけだった。
何より幸いだったのは、ニコルが迎えに来たらそのまま帰してもらえたことだろうか。
再開して映画のように抱き合う、ということはなく、2ヶ月以上ぶりのいつもの帰路についていた。
それでも関係性は大きく変わった。
2人は指を絡めるように手を繋いで歩いている。
「アンナさんとは何話したの?」
「⋯⋯そうですね。最初は気不味かったのですが、結局、セラさんとラピスの話題になりましたね。共通の話題が少ないので」
「あ、アンナさん何か言ってた?」
まさか自分の事を話されてるとは予想していなかった。アイアスで変な事はしていない⋯⋯はずだ。
「だいたい、セラさんの奔放な素行についてでしたけど⋯⋯ラピス、猟銃なら使えたんですね」
「あ、うん⋯⋯。家にあって、お父さんからいざという時にって、習ったから」
「今度、一緒に射撃場に行きましょう。見てみたいです」
「あんまり上手じゃないよ?」
そう言えば、体験ということで銃を使わせてもらった。使い方が分かったのは家の猟銃と同じ仕組みだったボルトアクション方式のライフルだけだが。
「⋯⋯父親ですか。僕の場合は姉ですが、肉親ってあんな感じなんですね」
「どんな感じ?」
「⋯⋯言っておいてあれですが、言葉にしにくいですね」
「そうかも」
微妙な顔をするニコルを見て、笑いを零してしまう。
普通の子供なら親や姉弟は当たり前の存在だが、少年にとっては未知の存在のようだった。
「⋯⋯ところで、ニコル、ちょっと疲れてる?」
「⋯⋯何でです?」
「何か、返事に間があるかなって⋯⋯」
「む⋯⋯。そんな分かりやすかったですか」
ニコルはラピスとセラを迎えに来るため、機体に乗ったり、夜の見張りをしたりしていたのだ。
疲れていて当然である。
「それもあるんですが⋯⋯もう1つありまして」
「何?」
ニコルは少しバツが悪そうだ。
「せっかく、ラピスが帰ってきたんですけど。今度は僕がアイアスに行くことになります」
その言葉に、ラピスは目を丸くする。
「え、なんで?いつ?」
「たぶん、1週間もしない内に。理由は仕事ですね。ラピスが世話になったアーノルド少尉やローレンス少尉の手伝いですね」
クレアやジャックの名前を出されては何も言えなかった。手伝いなどと言っているが、それが何を意味するのか分からないほど、もはや無知ではなかった。
「姉さんはそのためにここに来たんです。キース博士はアイアスへの加勢を承認しました。ラルスさんもシーラさんも準備は終わっています」
「⋯⋯危なくないの?」
「危なくない、と言うと嘘になりますけど⋯⋯僕は後方部隊なので、ラルスさんやシーラさんほどじゃないですね」
ラピスからどうこう言って変わるものではない。
せめてできる抵抗としては、少年の手を引いて速く歩くことぐらいだった。
「ラピス?」
「速く帰っちゃおう。それで⋯⋯出発まで、一緒にいる時間、長くしようよ」
「⋯⋯そうですね。でも、もう目の前ですよ。家」
少年の視線を追うと、2人が住んでいるマンションは目前だった。
ラピスは気付かなかったことに頬を赤くしながらも、ぐいぐいとニコルの手を引いてロビーと共同スペースの廊下を突き進んでいった。
そして、2ヶ月ぶりの2人の部屋に帰ってきた。
「すごく久しぶりな気がする」
バタンと玄関を閉じ、部屋の空気を吸う。別に森林浴のようなリフレッシュ効果があるわけではない。
ただ、帰ってきたという実感はあった。
「今日、何しよっか」
いつもの事。料理をして食事をしてはもちろんだが、ラピスも話したいことはたくさんあった。
数年ぶりに弟と再開したアンナと比べるほどもないが。
「ラピス」
「ニコルは何か⋯⋯」
少年に声をかけられ、思わず振り返る。
すると、思っていたよりもずっと近くにニコルがいた。
驚いて後ろに下がる間もなく、背に手が回されていた。背丈はあまり差がないのに、力はずっと強く、そのまま抱きしめられてしまう。
少し苦しい。
「にっ⋯⋯ニコル?」
「すみません。実はもう1つ⋯⋯」
顔が赤くなり、自分の心臓がバクバク脈打っているのがわかる。密着し過ぎて、もう自分の心音なのかニコルの心音なのか分からない。
横目で少年の顔を見ると、彼は耳まで赤くなっていた。
「ずっと我慢してました⋯⋯」
「そっか⋯⋯」
強引な行動を取られるのは初めてで、身体が強張るものの、妙な安心感があった。不安とともに少し期待もしている。
ただ、少年の手は、どこか触れる場所を選んでいるようで、どこかもどかしい。
「⋯⋯しちゃう?」
「⋯⋯あんまり、甘やかされると、困ります」
少年は少女の肩を掴むと少しだけ離れた。
運動もしていないのに少年の息は荒くなっている。目は、物欲しそうに胸元に向けられていた。
触りたいのだろうことが、目に見えて分かった。
「ニコル?」
「⋯⋯はい」
肩に置かれた少年の手に手を添える。
少年の手を、身体に触れたまま下に誘導していく。
「私だって、したいんだけど⋯⋯」
服の上から触れるニコルの手に力が籠もったのが分かった。
しかし、ガチャリという音が全てを台無しにしてくれた。
ドタっと玄関から白い女性と白い双子が雪崩のように転がり込んできた。
玄関ドアに張り付いて聞き耳を立てていたようだ。
ドアの向こう側には、呆れた様子の金髪の女性と黒髪の少女が立っていた。
「2人に忠告があるわ」
どうにも、玄関ドアを開けたのはアンナのようだ。
「「⋯⋯はい」」
驚いた拍子に、少年と少女は互いに一歩下がってしまっている。
2人を見比べたアンナはまずラピスを指さした。
「ラピスちゃん。相手を誘うなら鍵は閉める。あと、せめてベッドに行ってからにしなさい。する時の姿勢とか、声が聞かれたりとか、大変なのは自分よ」
「⋯⋯はい」
何も言い返せず、シュンとして返事を返した。
「次にニコル。するなとは言わないけど、知識は貴方の方があるんだろうから、準備はしておくこと」
「はい⋯⋯」
ニコルは何か投げて寄越された。
受け取った少年はそれを見て口の端を歪めていた。
ラピスが覗き見ると、箱には0.01などと数字が書かれていた。
「邪魔したのは悪いと思うけど。誰かに聞かれるのも嫌でしょ」
アンナの言葉に、ラピスは玄関の床の上で座り込んでいる3人の姉妹に目を向ける。
「ラピスちゃん⋯⋯顔が怖い」
「「怖い⋯⋯」」
流石にこれは、鉄拳制裁もやむ無しだった。
おかえり会
ラピス「で?何のようだったんですかっ!?」
セナ「まだ怒ってる⋯⋯」
ルナ「怒ってる」
アンナ「⋯⋯当たり前でしょ」
セレス「久しぶりに皆揃ったし、外食でも行こうという話になったんだ」
セラ「せっかくだし、ニコル君とラピスちゃんもどうかなーって⋯⋯」
アンナ「私は止めたわよ」
セレス「僕もだ」
ニコル「⋯⋯どうします?」
ラピス「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯明日にして」
セラ「⋯⋯はい」




