section.45_姉弟
「なんというか、研究所や工場のイメージだったのだけど。これは、小さい城塞都市ね⋯⋯」
それが、輸送ヘリの中から企業連合の都市外施設を見たアンナの感想だった。
結果から言ってしまうと、特にトラブルもなくアルビオン・バイオニクスの都市外施設に戻ってくることができた。
輸送ヘリは都市外施設の上空に入ると速度を落とした。MⅢを懸架したヘリは地下に兵器開発部の施設がある倉庫街の方へ、アンナ、セラ、ラピス、アウトベースへ機体を預けたセレスの4人が乗った輸送ヘリは研究施設の方へと進路をとった。
「MⅢは駐屯地の方じゃないの?」
「MⅢアルテミスは長距離射撃機のコンセプトモデルだが、レーザー兵器の実験機。セナとルナの乗るMⅢジャガーは双子のデータを取るための機体だから、所属が施設の守備隊ではないんだ」
そう言えば、クレア達に挨拶する時に弟が実験部隊と名乗っていたことを思い出す。
「実験や試験の終わったMⅢを守備隊の腕利きパイロット向けに払い下げる事はままありますけどね。ニコル君のMⅢはまだ現役です」
セレスとセラの解説を聞いていると、いつの間にかヘリは研究所上のヘリポートに着陸していた。
ヘリポートのある屋上には何人か出待ちをする人影があった。その1人は見覚えのある人物だ。
「やっと帰ったか」
セシリア・キース博士だった。
弟を企業連合と都市国家の会議に参加させ、アンナがここに来ることになった元凶とも言える人物に、アンナは思わず一歩下がる。
しかし、そんなアンナを気にする様子もなく、セシリアはズカズカと歩み寄ってきた。
「母さんただいまー」
「ああ、セラ。おかえり」
娘と再開のハグを交わす博士の穏やかな顔は母親のそれだった。
同意もなく2カ月以上も離れ離れにした原因の一端は都市国家アイアスにもあり、嫌がらせをされた相手にしてもアンナはバツの悪い気分になる。
娘との抱擁を終えると、セシリアはアンナに目を向けてきた。
「ああ、君がニコルの姉か」
嫌悪感と罪悪感に挟まれたアンナは反応に困るも、相手は気にした様子すらない。
「⋯⋯はい」
「ニコルなら今日は機体の調整で夕方まで兵器開発部にいるだろう。会ってくるといい」
「そのつもりです」
「何。あれは賢いからな。不安もあるかもしれないが心配する必要はないとも。クリス、後は頼んだ」
「はい」
後ろに控えていたビジネススーツの男⋯⋯クリスが返事を確認すると、セシリアはセラとラピスの腕をガシりと掴んだ。
2人は目を丸くする。
「「え」」
「2人には手伝ってほしいことがあるんだ」
「待って母さん。私達、今戻ったばっかりで⋯⋯」
「いい休暇になっただろう。セラの研究が止まって困っている連中もいる」
有無を言わさず、セラとラピスはセシリアに引き摺られていった。アンナは呆然と連れ去られる2人を見送った。
「⋯⋯お姉さんとラピスちゃん連れて行かれたわよ?」
「まぁ、母さんが返還を急かしていたのは2人がいないと進められない実験があったのが理由だし⋯⋯」
セレスも呆然としていたが、仕方がないとため息をついた。クリスと呼ばれた男性も似たような反応をしている。
「さて、アンナ・クライヴさん。クリス・ブラウンと申します。アルビオン・バイオニクスの都市外施設にようこそ。今後の予定ですが⋯⋯」
「アンナ・クライヴ。階級は少尉。これでウチとの契約はなったわね」
「はい。その通りです。ブリュール中佐へはこちらから御礼の連絡をいれます」
「私からの報告は済ませてあるわ。細目に関しては明日以降になるのかしら」
「話が早いですね。時間が決まりましたらご連絡をいれます。当施設内での護衛ですが⋯⋯」
クリスはアンナの隣にいるセレスと、後ろに控えているフル装備の警備兵を見比べる。
「僕が護衛すればいいのか?」
「セレスさんが問題なければ」
「今日はこの後、特に予定はないし問題ない。案内も僕がする。一応、武装をくれ」
「では、お願いします。サポートの必要があれば連絡してください。ジャケットは後ほどお渡しします」
「分かった」
アンナと頭1つ身長の小さい少女が小銃を肩から下げる姿はどうにも異質だった。
だが、クリスと警備兵らは特に気にならない光景のようで武器を預けるとそのままこの場を後にした。
「じゃ、このままニコルの所に行くぞ。捕まえないと、アイツは何かと理由をつけて逃げるからな」
「そ、そう⋯⋯」
戸惑うアンナを他所に、セレスは先導するように歩き出した。
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アンナはまさかこの少女が自動車の運転までするとは思わなかった。当たり前のように運転座席に座った時は気が気でなかったが、しっかり安全運転をするのだから2度驚くことになった。
セレスに連れてこられたMⅢハンガーが並ぶ工房だった。2人が到着した頃には、弟が乗っていた青いMⅢ⋯⋯アルテミスと、双子の姉妹が乗っていたMⅢジャガーがすでにハンガーに固定し終わっていた。
黒髪の少女が弟を探していると、赤毛の青年がこちらに手を振ってきた。
「ニコルなら休憩室だよ!双子ちゃんに連れてかれちゃったから!」
「助かる」
セレスが手を振り返し、休憩室までアンナを誘導してくれた。何やらすれ違う作業員や整備士らしき面々の視線が痛かった。都市軍の軍服を着ていることもあるだろうが、それよりも何かと顔を見られていた気がする。
休憩室の場所はアンナでも一目で分かった。双子の1人が入り口前で休憩室を通行止めにしていたからだ。
セレスに気付くと、双子の片割れは元気よく手を振ってきた。
「目標はこの中だよ」
「よくやった。ルナの方は?」
ドアの前にいたのはセナだったらしい。
「中で見張ってる」
「任務完了だ。遊びに行ってもいいぞ?」
「やったね」
セナは中にいるルナを呼び戻すと、2人揃って足早に去っていった。
アンナが休憩室を覗き込むと、呆れ顔で簡素な椅子に座っている弟と目が合ってしまった。
「僕は外で待っている。終わったら声をかけてくれ」
「え、ええ」
ここに到着するまでいろいろと気を遣ってくれていた様子とは打って変わって、心の準備もへったくれもなしにアンナも休憩室に押し込まれてしまった。
2人して休憩室に押し込まれた姉弟は顔を見合わせる。
「⋯⋯アンナ・クライヴよ。まずは自己紹介でもしない?」
下手に沈黙してしまうよりはマシだと、アンナは率先して口を開いた。
「私は都市国家アイアスの情報部に所属しているわ。階級は少尉よ」
姉は弟の正面の位置に空いた椅子を置いて腰を下ろす。
「⋯⋯ニコル・オレームです。ここで傭兵として働いています。今のところの仕事は、実験部隊に所属して、新武装のテストをしています」
ニコライ⋯⋯ニコルは目は合わせないものの、答えてくれた。まずはそれだけでも喜ぶべきだろう。無視されるよりずっといい。
「⋯⋯その名前は、誰かにつけてもらったの?」
いきなり姉なのだと押し付けても仕方がない。まずは気になっていた名前について聞いてみた。
ここにいる人は皆、弟をニコルと呼んでいた。
弟がチラリとこちらを見てくれた。通信で見たときとは違い、イタズラを咎められている子供のような素振りだった。
「⋯⋯僕が覚えていたのは、この名前と姓だけです。他は何も覚えていませんでした」
「そう」
都市国家アイアスで、セラにニコルの身体の写真を見せてもらった。痣やら切傷、火傷など酷い虐待の跡が残っていた。
記憶がないのは、精神的な面での後遺症か何かなのだろう。
「貴女のことも、覚えていません⋯⋯」
「⋯⋯そうなのね」
なんとなくだが分かってしまった。
弟は確実にアンナを避けていた。
ジャックに対しても覚えていないことを言い訳にしていた。
だが、肉親の存在に興味がなかったのではない。
覚えていないことが後ろめたかったのだ。
「⋯⋯そんな事、どうだっていい⋯⋯」
思わず弟の手を握っていた。
弟が目を丸くして顔を上げた。
やっと、こっちを見てくれた。
「どうだっていいわよ⋯⋯」
言いたいことは山程ある。
記憶のことなど弟が気にする必要がないのだと。
姉の自分だって、何度も諦めかけたのだと。
姉弟の思い出など、今から作ることもできると。
悪いのは親で、弟は悪くないと。
「生きてて⋯⋯くれた⋯⋯」
まともに出てこない言葉の代わりに、涙が零れる。
握る手に力が入る。
姉が知っていた手の大きさではない。
もう姉より大きい。
背は思っていより小さい。
生きていたら、すでに抜かされていると思っていた。
癖っ毛は昔と変わっていない。
顔立ちが自分と同じく母親似で良かった。
父親似だとどうしようかと不安だった。
弟は戸惑っている。
弟からすると知らない人なのだ。仕方がない。
「⋯⋯ごめんなさい。僕は⋯⋯わからない⋯⋯」
再開で記憶が戻るなど都合の良いことは起こらない。
弟に泣いて喜んで欲しかったわけではない。
「わからなくてもいいのよ⋯⋯」
姉の自分が会いたかっただけなのだ。
「⋯⋯会ってくれて⋯⋯嬉しい」
いつの間にか、弟を抱きしめていた。
身を強張らせていた弟も、アンナの背に手を回してくれた。
「⋯⋯それなら⋯⋯良かったです」
どのくらいそうしていただろうか。
少なくとも、弟から離れられたのは極まった感情が落ち着いた頃だった。
「⋯⋯ごめんなさい。取り乱したわ」
「いえ⋯⋯」
解放されたニコルの頬は少し赤くなっていた。
そう言えば、弟はもう16のはずだ。背が低いので勘違いしそうになるが、男女の区別など当についていて、むしろ異性に興味がわく年頃だ。そもそもラピスちゃんと付き合っているのだったか。
傭兵などしていても、反応は年相応だった。
「ニコル」
「あ⋯⋯はい」
弟は何も覚えていない。
それを今更変えることはできない。
過去を押し付けては、弟の負担になるだろう。
「知ってるかしら。どんな兄弟姉妹も、最初は初めましてからなのよ」
「え⋯⋯あ⋯⋯。それは、そうかも⋯⋯ですね」
末っ子だとピンとこないかもしれない。姉や兄からすると当たり前のことだ。
「だから、貴方に、姉として自己紹介させて」
「⋯⋯自己紹介、さっきしませんでしたか?」
「姉と!弟としてよ!」
そう言えばそうだが、姉としてここは無理矢理押し通した。弟は理不尽な姉の物言いに苦笑いしている。
「⋯⋯初めまして。貴方の姉のアンナ・クライヴよ。頼りになれるか分からないけど、よろしくお願いね」
「ニコル・オレームです。えっと、初めまして⋯⋯?ああ⋯⋯僕からすると、本当に初めましてですね」
意図を理解してくれたようだ。
「そうよ。生まれる前から姉弟の顔を知ってる姉弟なんていないわ」
姉の不遜な態度に弟は笑いを零す。
2人は改めて姉弟になった。
弟の貞操が不安な姉
アンナ「⋯⋯ニコルの周り、女の子多くないかしら?」
ニコル「セラさんセレスさん達、ほぼ姉妹しかいないですからね⋯⋯。兵器開発部だと男所帯ですよ」
アンナ「あの娘達、わりとおおらかに見えるけど、変なことしちゃ駄目よ?」
ニコル「して⋯⋯ないです。僕は」
アンナ「何で間が空いたの⋯⋯って、ああ⋯⋯セラは変な写真をけっこう持ってたわね⋯⋯」
ニコル「見たんですか⋯⋯」
アンナ「見たわ⋯⋯。都市国家によっては逮捕されるわよね。あれ」




