section.44_交流
ギルドが管理する物流の中継拠点兼、所属傭兵達の駐屯地でもあるアウトベースへは、取引を行った座標からおおよそ1泊2日の行程だ。
そのため、アイアス都市軍のクレア、ジャックの2小隊と車両部隊、アルビオン・バイオニクスの実験部隊、輸送隊の運輸会社スレイプニルは一晩、ともに夜営をすることになった。
夜警の手順と順番を打ち合わせ、夕食を終えた後は見張り番の時間までは自由時間のようなものだった。
特に決めたわけではないが、アイアス側のクレアとジャック、企業連合側のニコルとセレスの4人で空きコンテナを椅子代わりに焚き火を囲む形になった。
「セナさんとルナさんは?」
「ぐっすりだな。まだ長時間の行軍には慣れていないから疲れたんだろう」
金髪の少年と黒髪の少女は並んで座っている。少年の口にした名前は企業連合のMⅢジャガーに乗っていた白髪の双子のことなのだろう。
たしか、このニコルという金髪の少年はラピスと交際していると聞いたが、黒髪の少女とも距離が近い気がする。
「アーノルド少尉。どうかしましたか?」
視線に気付かれたようで、首を傾げられてしまった。黒髪の少女からは何やら冷ややかな視線を向けられている気がする。水を差してしまっただろうか。
「ああ、いや⋯⋯実は君達の友人?でい、いだろうか?ラピスちゃんとセラの世話をしていた関係で⋯⋯いろいろと聞いていて⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯そうですか。2人が世話になっているようで、ありがとうございます」
たっぷり間があってから、ニコルからは他人行儀な返答が返ってきた。そこはかとない拒絶を感じるが、踏み込まないと話は聞けないだろう。
「ラピスちゃんの彼氏だよな?」
「⋯⋯っ」
金髪の少年の口がへの字に曲がった。顔が赤く見えるのは焚き火のせいでは無いだろう。黒髪の少女は何か面白かったのか、笑いをこらえている。
そして、何故かジャックから無言で脇腹に肘打ちをもらった。しかし、ここで引いてしまうと、アンナの弟と話す機会など今後なさそうだ。
「⋯⋯どっちですか?」
「え⋯⋯あー⋯⋯セラだな」
「なるほど。そうですか。やっぱりそうですか」
金髪の少年の様子を見るに、おそらくセラは怒られるのだろう。黒髪の少女は堪えきれなくなったのか、笑い出してしまった。笑っている顔はどことなくセラに似ている。
「いいじゃないか。いろんな人に祝ってもらえて」
「⋯⋯僕とラピスのプライバシーはどうなっているんですかね」
「セラとも仲良くなったが、君の姉とも友人なんだ」
「え⋯⋯ああ。そうなんですか」
またニコルの顔色が変わる。反応に困っているのか、視線を逸らしてしまった。
「こいつの姉の話か。それは興味があるな」
対して、黒髪の少女⋯⋯セレスの方がむしろ興味を持ち出した。ニコルよりも明確に距離を置いていたように見えたが、どうにも少年の鉄仮面を崩したことで気に入られたのかもしれない。
ジャックは止めるのをあきらめた様子で、頬杖を着いて顔を背けた。
「軍学校からの腐れ縁で、今も軍の寮では同室だ。その頃から、ずっと弟の⋯⋯君の情報を探していたよ」
アンナについて、知っていることは可能な限り話したつもりだ。
セレスは興味津々なようで、頬を緩めつつ、話に聞き入っていた。
ニコルの方は、顔を逸らしつつも視線はこちらに向いているように見えた。
「お前よりずっと人間味があるな。身内の存在に気付いていたクセに、連絡もしてやらない奴とは大違いだ」
話を聞き終えたあと、セレスはそんな事を言う。彼女の言う通りなら、ニコルは自分に姉がいる事を知っていて、知らぬふりをしていたのだろうか。
「⋯⋯姉に会いたくない理由でもあったのか」
突然ジャックが話に割って入ってきてクレアは目を丸くした。
率直な問いに、少年は間を置いて答えた。
「僕にとっては顔も覚えてない、知らない相手です」
「それは⋯⋯」
「こいつは孤児だった時より前の記憶がない。孤児だった頃の記憶も曖昧だ」
「⋯⋯そうか」
答えづらいであろうことを、セレスが代わりに説明してくれた。
「⋯⋯恨んでいたり、嫌っている訳ではないのか」
「まあ⋯⋯そうですね。ただ、知らない人に、わざわざ会いに行きますか?」
「いや、お前の姉なんだぞ?」
ニコルの物言いにセレスが肘で突付くが、少年からすると交流も記憶もない姉という情報だけの人物は、赤の他人という印象らしかった。
「会うのも、話ができるのも、互いに生きている間だけだ。少なくとも、アイツは会いたがっている。」
「⋯⋯そうですか」
そこでジャックとニコルの会話は途切れてしまった。
「⋯⋯なんだか辛気臭いな。そこの⋯⋯アーノルドだったか。何かないか」
「私か。そうだな⋯⋯」
しかし、そのままの口を噤むことを許さない人物が2人いた。まだ見張りの当番がやってくるまで時間がある。
セレスが余計な会話で口を滑らさないか、ニコルは冷や汗をかきながら聞き耳を立てる事になった。
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「⋯⋯大丈夫なのよね?」
運輸会社スレイプニルの大型輸送車両のコンテナの中。アイアスから持ち込んでいた武装類がネブロ達に引き渡されたことで、スペースには余裕ができていた。
そのスペースにアンナ、セラ、ラピスは寝袋を敷いて床につく準備をしていた。
「基本的に大型輸送車両はキャラバンにとって命よりも大事な商売道具なので、誰も近付けさせませんよ」
「すでに2名入ってきてるのよ」
セラの膝の上には、セナとルナの双子が頭を預けて寝息をたてていた。
アンナは関係者であっても緊急時を除いて立入り禁止としていると聞いていたが、流石の輸送隊の荷物番も子供には弱かったようだ。
事情を知っている双子は通してしまっていた。
「ニコル君とセレスが目を光らせてくれるから大丈夫ですよ」
「⋯⋯むしろ、ニコライの方が入ってきたかったでしょうに。恋人がいるんだから」
「あ、あはは」
「まぁ、入ってきてもここじゃ、まだナニもできませんし?」
「セラさん!」
セラはしっかりラピスを茶化すのも忘れない。青髪の少女からの抗議を受け流しつつ、セラは続ける。
「明日、アウトベースに着いてしまえば、アルビオン・バイオニクスの支部があります。そこで大型機動兵器と車両を受け渡したら、私たちはヘリで都市外施設に戻るだけです」
「大型機動兵器ってそもそも置いていっていいものなの?」
「この3番機はそもそも他の施設に持ち込むものなので。MⅢアルテミスとMⅢジャガーと一緒に戻ればニコル君達の仕事も一段落です。ゆっくり話す時間もあると思いますよ?」
「⋯⋯そう」
話すと言えば簡単に聞こえるが、顔を合わせてちゃんと話せるだろうか。夜営の準備中に遠めで弟を見れるタイミングがあったのだが、固まってしまった。
弟から、どう思われているのか。セラの口から聞かされていても、本人の口から聞いたわけではない。
そんな話をしていると、入口の金属扉をガンガンと叩く音が響き、3人は身を固くした。セラとラピスの身柄を預かっているアンナが代表して、拳銃を手に扉に近付く。
「⋯⋯いいわよ。どうしたのかしら?」
「黒髪の少女から、これを渡してくれと。朝に回収に来るらしい」
荷物番の男はドアをわずかに開け、モバイル端末を渡してきた。用が済むと、扉は再び閉ざされた。
わけが分からずアンナは首を傾げる。
「セレスのモバイル端末ですね。私パスワード知ってますよ」
慣れた様子で、セラは妹のモバイル端末のロックを解除してしまう。
「なんか、今さっき録音されたっぽい音声データ入ってますね」
「これを聞けってことかしら?」
再生ボタンを押した。
『"⋯⋯とも仲良くなったが、君の姉とも友人なんだ"
"え⋯⋯ああ。そうなんですか"』
「クレアさんとニコルの声だ」
音声を聞いて、ラピスが口を挟んだ。あのお節介な友人は、実の姉を差し置いて、勝手に人の弟と何を話しているのか。
「続き聞きます?」
「聞くわ」
アンナのリクエストに答え、セラは一時停止を解除した。
『⋯⋯"お前よりずっと人間味があるな。身内の存在に気付いていたクセに、連絡もしてやらない奴とは大違いだ"
"⋯⋯姉に会いたくない理由でもあったのか"
"僕にとっては顔も覚えてない、知らない相手です"
"それは⋯⋯"
"こいつは孤児だった時より前の記憶がない。孤児だった頃の記憶も曖昧だ"
"⋯⋯そうか。⋯⋯恨んでいたり、嫌っている訳ではないのか"
"まあ⋯⋯そうですね"⋯⋯』
まだ続きがあるようだが、セラは一旦再生を止めた。
「⋯⋯アンナさん。感動の再開はまだ先ですよ?」
「⋯⋯うるさいわね」
アンナが顔を覆って俯いてしまったからだ。
「皆さん優しいですね。都市国家同士の戦争になっちゃってるのに⋯⋯顔出しちゃいます?」
「バカ言うんじゃわないわよ」
セラの軽口に、アンナは頭を振った。
本格的に戦闘が始まれば、命の危険があるのは戦闘職であるクレアとジャック達だ。今など、いつ迎撃命令が出るか気が気でない時期だろうに。
「⋯⋯アイツらのためにも、私の上司と、あんたの母親が交わした取引は成立させないといけないのよ。私達がいるのがバレるわけにはいかないわ」
作戦に際し私情を挟んだのは事実だが、情報部と命令系統の異なる彼等を巻き込むわけにはいかない。
セラとラピスがここにいることがバレれば、公式に変換指示が出ていない2人を連れ帰らなければならなくなる。
アルビオン・バイオニクスとしては、ここにいる戦力で無理矢理連れ帰る事もできる状況だが、バルドゥル⋯⋯情報部の思惑は成り立たなくなってしまう。
「仕事をこなすのが先よ」
「軍人さんって大変ですね」
アンナの言葉に、セラは嘆息を吐いた。
アーノルド少尉は何も知らない
クレア「寮に戻ったらアンナがいなくて⋯⋯」
ジャック「そうか」
クレア「情報部のアンナの同僚に聞いても知らないって」
ジャック「そうなのか」
クレア「流石に父に聞くわけにも⋯⋯」
ジャック「そうだろうな」
クレア「⋯⋯なんでお前は落ち着いているんだ?」
ジャック「⋯⋯」
クレア「お前、アンナと付き合ってるんだろ?気にならないのか?」
ジャック「⋯⋯むしろ何でそれを知ってるんだ」
クレア「2人揃って予定の合わない日がちょくちょくあったからだ」
ジャック「⋯⋯キース中佐に聞いてみたらどうだ。交際相手には甘いかもしれないぞ」
クレア「なっ⋯⋯」
ジャック「⋯⋯アンナは機密の多い情報部の所属だぞ。俺達に言えない任務の1つや2つあるだろ」
クレア「⋯⋯やっぱり知ってるのか」
ジャック「⋯⋯俺はキース中佐に報告することがある。着いてきたら何かわかるかもな」
クレア「くっ⋯⋯」




