section.42_物資輸送
「⋯⋯本気か?」
自身の左官室で、補佐官を務める部下を前にバルドゥルはため息を付いた。
「はい。私を使ってください」
アンナの目は据わっていた。
覚悟が決まっていると言うより、彼女にとって、それ以外の選択肢はないのだろう。
「弟の事は理解した。だが、尻尾切り役は他に適任は幾らでもいる。こちらとしては、君である必要はないんだ。方法は他にもあるだろう?」
「お気遣いありがとうございます。しかし、私にとって、これ以上の機会が今後あるとは思えません」
「君は男もいるのだろう。そっちはいいのか」
「理解してもらっています」
「⋯⋯理解のある良いパートナーを得たものだ」
バルドゥルからすると、この部下を尻尾切りに使うのは利益に対して個人的な損失が大きい。
アーノルド少将とも面識があり、その娘の少尉とも交友がある。その上、ここ最近にアーノルド少尉とハロルド・キース中佐は交際を始めたと言う⋯⋯情報部の女性士官達の噂話のため真偽のほどはおいておく。
そうした軍部にとって主要な人物と交友のある部下を手放すリスクは避けたかった。
だが、わざわざ名乗り出る者がいる役回りでもない。
基本的には後ろめたい部分のある人物を追い込み、選択肢を奪った上て選ばせる役割だ。
バルドゥルは何度目か分からないため息をついた。
「分かっているのか。場合によっては、君は君の父と同じ汚名を被ることになる」
「理解しています」
これでも駄目か。彼女にとって肉親は、何よりも優先すべきことなのだろう。
父は弟を連れ去り蒸発。
母は心を病み、病床で自死。
弟は消息不明。
その弟が、つい最近見つかった訳だ。
よりにもよって、企業連合で働いているとは。
バルドゥル自身も目を付けていた部下の弟だ。企業連合の役員のお抱えとは、同等以上に優秀なのだろう。
「分かった。君を使おう」
「ありがとうございます」
「だが、必ず帰ってこい。査問会、軍事裁判を見越したシナリオも用意する。どうせ人生をかけるリスクを背負うなら、弟も男も手に入れろ」
バルドゥルの言葉に、アンナは目を丸くしていた。
この不幸な身の上の部下を相手に、情にほだされている自分は軍人としては失格だろう。だが、軍人も軍人である前に人間なのだ。
「⋯⋯駄目だった時は、通常の尻尾切り役と同様、金を都合して逃がしてやる」
「了解しました」
姿勢を正し敬礼する部下に、バルドゥルは敬礼を返した。
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「アーノルド少尉、悩みがあるなら聞くぞ」
「アーノルド少尉、何でも相談していいんですよ?」
昼食時、シトウェル中尉とストロース中尉に挟まれるような形でクレアは食事を取ることになってしまった。
何やら妙に気を遣われている。
原因は分かっているが。
「確かにこのスタイルだと男に嫌厭されるのは分かる。だがな⋯⋯選ぶ自由が無いわけではない」
「結婚適齢期や婚期と言った言葉を気にするのは分かります。宣戦布告もあり、逸るのも分かります。ですが急ぎ過ぎるのも悪手ですよ」
ハロルドとクレアの近接格闘術訓練⋯⋯もとい組手の試合はわりとお祭り騒ぎとなってしまった。
外野の約半数は、サボり気味で素行の悪い佐官が、訓練ばかりしている女尉官から痛い目を見るシチュエーションを期待していたが、それが叶うことはなかった。
綺麗に投げ飛ばされたクレアは、その後ハロルドに抱きかかえられ交際の確認をされるハメになった。
外野の目の前で⋯⋯公開処刑もいいところである。
「お気遣いありがたいですが、自分と中佐の間で決めたことですから⋯⋯!」
だが、おかげで父の威を借りたい連中から声をかけられることはなくなった。そういった意味ではメリットは大きかった。
代わりに、女性軍人からの視線が大きく変化した。
大半は黄色い声だ。男勝りな出で立ちのクレアと、外面は優男なハロルドの組合せは何やら妙な視線を集めている。
そして、少しの嫉妬と、ハロルドの内面を知っている人物からは妙に気遣われていた。
「そうは言っても、相手があれですからね」
「宣戦布告に本心から浮かれてる奴だぞ」
都市国家のカルコサから正式に宣戦布告があった。アイアス都市軍からすると、それ以前から紛争状態の認識であったため、何を今更といった雰囲気である。
ただし仕事は増えている。
「デートと称して機体イジりにつき合わされていませんか?」
「今夜は寝かさないと、一晩中MⅢシミュレーターにつき合わされていないか?」
「⋯⋯中佐って昔そんなだったんですか」
傭兵だった頃のハロルドを知っているが故の心配なのかもしれないが、そこまで常識からズレている行動は見られない。
「現状、数回、夕食に行った程度ですが⋯⋯」
まだ2週間だが、仮交際としてお互いに様子見のような距離感を維持していた。2人が言うような常識外れな行動は⋯⋯交際を迫られた時以来は目にしていなかった。その話に2人は愕然とする。
「アイツにそんな普通のデートができるのか」
「擬態するだけの常識を身に着けたのでしょうか」
「⋯⋯私は仕事に戻ります。今日は私の小隊がキャラバンの護衛ですので」
「ああ、ローレンス少尉とアーノルド少尉の番だったな。引き止めてすまなかった」
真剣にクレアの心配をしてくれているのだから、いい上官なのだろう。彼女達にここまで言わしめるハロルドはこれまで何をやらかしてきたのか気になる部分だ。
聞いたら答えてくれるのだろうか。自慢気に話す気もするし、面倒臭がる気もした。まだその辺りの人間性も掴めていない。
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城塞都市アイアスの第1層駐屯地。第一層は階層構造で作られている城塞都市内部の地上部分。ビルや家で言うなら1階だ。
当然ながら、城塞都市の外部へ繋がるゲートは第一層にある。第一層は居住区画もあるものの、半分の面積、特に外周はコンテナヤードや倉庫街など物流に関わる区画が占めていた。キャラバンが出入りするためだ。
その階層にある駐屯地へ、キャラバンが荷物の積み込みにやってきていた。
明日はネブロへの荷物受け渡し日だ。
積み込み終えたら1日かけて受け渡し地点に向かうことになっている。そのため、事情を知っているクレアが隊長を務める小隊が護衛につくことになった。共に護衛を行うジャックにも伝達されている。
クレアとジャックは小隊員と共にMⅢに搭乗し、簡易的なブリーフィングを行いつつ出発を待っていた。
名目上は、アイアス都市軍が不要な型落ち武装のオークションを行なったことになっていた。競り落としたジャンク屋に受け渡すというわけだ。
「やあ、アーノルド少尉。よろしく頼むよ」
「了解いたしました」
そんな事情なわけで、当然ながらその場にハロルド・キース中佐も立ち会いに来ているわけだ。
「帰ってきたら、また食事をしよう」
「⋯⋯キース中佐。今は職務中です」
傍らではバルドゥル・ブリュール中佐が奇妙な物を見る目でハロルドと、クレアのMⅢレプスを見比べている。
テロリストへの武器供与は情報部考案の軍事作戦の1つでバルドゥルも立ち会いに来ていた。
ハロルドとバルドゥル、キャラバンの隊員らしき3名と打ち合わせをしているようだ。もしかしたらキャラバンに偽装しているだけで、テロリストや武装組織のメンバーなのかもしれない。
1人は頭1つ以上に背が低い。ラピスもそうだが、城塞都市の外では子供が働くのは普通のことで、ラピス曰く、15そこらで結婚する事も珍しくないらしい。クレアの見合い話でラピスが遠い目をしていたのは、少女も見合い話を持ち掛けられた経験があった為だ。
そんな事を考えていると、外部から全体向けの通信が繋がった。
「こちらブリュール中佐。キャラバンの大型輸送車両へ商品の詰め込みが終了した。今回の護衛部隊以外は車両から離れろ。繰り返す⋯⋯」
バルドゥルが全体に号令を出す中、クレアとジャックの2小隊へは秘匿回線で通信が繋がった。
「こちら、キース中佐だ。ブリーフィングでも話した通り、今回の作戦は都市外活動専任特殊部隊としてのものではない。ドンパチやりたい気持ちは分かるが、弁えるように」
ハロルドの冗談交じりの通信に部隊からは笑いが漏れる。
「さて、今回の任務内容は他言無用だ。そもそもの軍事作戦自体がそうだが、わざわざ釘を差す意味を理解して欲しい」
分かってはいたものの、キース中佐が直々に忠告するレベルの重要な指示という事だ。
「箝口令というやつだね。意味は俺より理解していると思う。それに伴い、今回は衛星通信でのサポートも無い。今日、出先で見聞きした事、気付いた事は全て忘れるように。今回の任務に関してだけは、お店の女の子への自慢話を控えてくれ」
最後の冗談には笑いが溢れることはなかった。男性陣としては身に覚えが無きにしもあらずで、笑えない。クレアとしては男同士だけでして欲しい話題だった。
「では、健闘を祈る」




