section.41_裏取引
「ギルドに来るのは初めてですね」
「まあ、その手の生業をしてたか、軍だと情報部でもないと来ないからね」
ハロルドの目的地というのは、ギルドの城塞都市アイアス支部だった。
軍からするとキャラバンや傭兵へ依頼を仲介組織だ。
立体駐車場にクルマを停め、そのまま建物に入る。レンタルオフィスかワークスペースといった印象で、使用感のない会議室や作業スペースが並んでいた。
「ああそうだ」
突然ハロルドが顔を寄せてきたため、クレアは先程の会話もあって思わず後ずさる。
「⋯⋯仕事中だよ?」
「失礼しました⋯⋯」
ただの耳打ちだった。
「ここで中佐は無しだ。少なくとも相手と会議室に入るまでは。わかったねクレア」
「り、わかりました。⋯⋯ハロルド」
だいたい車の中での雑談のせいだ。変に意識してしまっている。クレアは唇を噛んで、照れと羞恥で表情が崩れるのを堪えた。
「君はメイアのようなタイプだと思っていたけど」
ため息交じりに嘆息を漏らすハロルドだが、頬は若干緩んでいた。
呆れられているのか面白がられているのか。
両方かもしれない。
そんな事を考えるクレアを尻目に、ハロルドはこのフロアの受付の女性に声をかける。
「失礼。ここの予約をしているのだけど」
「ご予約の名義はおわかりになりますか?」
「アルビオン・バイオニクスのセシリア・キース」
「確認が取れました。すでにご相手は到着されていますので、ご案内します」
窓口を務める女性は笑みを崩さないが、淡々と受付を済ませて、目的の会議室へ案内してくれた。
手で指定の会議室を指し示すと、一礼して去っていった。傭兵の仕事は場合によって都市国家の法に触れるようなものもある。
詮索になるような余計な会話をしないように徹底しているのかもしれない。彼女なりの処世術なのだろう。
ハロルドが扉を開き中に入る。クレアが開けるべきかとも考えたが、ハロルドは気にした様子もない。
「来たな」
「おや、ラルスとシーラが来たのか。ひさし⋯⋯いや1ヶ月ぶりだね」
中には眼帯の男と銀髪の女性が待っていた。
眼帯の男は席に付いたまま不機嫌そうにハロルドを睨みつけている。銀髪の女性は眠そうな半目で表情は読めないが、じっとハロルドを見据えていた。
「俺達が行かないならニコルに行かせると言われたからな。仕方がない」
「そこまで警戒しなくても、今は立場上迂闊なことはできないよ?」
「お前は信用ならない。俺とシーラ2人がかりならまだなんとかなるが⋯⋯」
眼帯の男の目がクレアの方に向けられる。威圧的な態度にクレアも肩に力が入った。
「そっちは」
「俺の大事な部下で、今は一応護衛だよ。彼女がいるし、下手なことはしないさ」
「そうか。俺はラルス・エムロードだ。こっちは⋯⋯」
「シーラ・キース。よろしく」
「クレア・アーノルド少尉です」
急に態度が軟化した眼帯の男に戸惑いつつも、クレアは自己紹介する。
眼尻が上がっていて気が付かなかったが、ラルスは垂れ目がちで愛嬌のある男のように思える。
眠そうな銀髪の女性は微笑むと女性でも緊張してしまいそうな美人だ。キースということはセラの姉なのだろう。
「さて、さっさと終わらせてお開きにしよう」
「不本意だが同意見だ」
最低限の挨拶を済ませてラルスは貸し会議室に用意されていたモニターとカメラ、マイクといった機器に手持ちのノートPCに繋いでいく。
どうにも、この場のメンバーだけでやり取りをする訳ではないらしい。
「オンラインなら、わざわざここでする必要は⋯⋯」
「相手が相手だからね。都市国家や企業連合の回線じゃ繋いでくれないよ」
「あとは、アウトベースよりこっちのギルドの方が少しだけ近くてな」
クレアの疑問にラルスとハロルドが答えてくれた。
「あと⋯⋯クレアだったな。もう1つ断っとく」
「はい」
「今回の相手はテロリストや犯罪者の部類だ。軍人としちゃ思うところもあるだろうが、他言無用だ」
その言葉にクレアは目を見開いてハロルドへ目を向けるが笑って誤魔化された。
繋がると、画面には"ネブロ"という相手の名前だけ表示され、相手のカメラはオフラインのまま接続された。
「さすが企業連合様だ。時間通りだな」
「ああ。今回はよろしく頼む」
ラルスはあえて相手の名前は呼ばず、相手もこちらの名前は聞かないつもりのようだ。
こちらだけ顔出している状況には不服だったが、犯罪者とのやり取りする時のセオリーなど分かるはずもなく、沈黙を貫くしかなかった。
「ていうか、お前、生きてたのか」
「君にとっては残念ながらといったところかな」
「⋯⋯いや、首輪が着いたようで一安心だ。守るもんのない狂人が一番ヤバい」
何か勘違いされているような気がする。
「で、企業連合様と城塞都市様が雁首揃えて、依頼とは珍しい。何をやって欲しいんだ?」
「荷物を運んで欲しい」
「それならキャラバンがいるだろ?」
「古い人形を15個用意してるんだが、なかなか出入り口が狭くてな」
ラルスの言葉にネブロが吹き出す声が聞こえた。
「そりゃ大変だ!キャラバンには荷が重いな!!」
「あと、こっちからは人形用のおもちゃも一緒にお願いしたいんだよね。ここに運んでほしいんだけど」
笑いながら話を聞いていたネブロだが送られて来た座標と荷物の一覧データをラルスとハロルドが送ると途端に静かになった。
中身を確認しているのだろう。
「⋯⋯なるほどな。額は?」
「これでどうだ?」
ラルスが額を提示した。その額にクレアは表情が引き攣ってしまった。見たことのない数の0が並んでいた。
「安いな。その倍だ」
足りないというのか。
「1.5倍までだ」
「⋯⋯それで頷くと思うか?」
ゴネるネブロに対して、ラルスもハロルドも慌てる様子はない。
クレアは見たことのない金額のやりとりに変な汗が流れてきた。
「つれないなぁ。これからすごく楽しい事が始まるっていうのに」
「あ?楽しいことだ?」
ハロルドがわざとらしく肩をすくめる。どういうつもりの発言なのだろうか。
「ああ。すごく楽しい事だよ。俺にとってはこれ以上はないね」
「⋯⋯」
演技とも思われかねないハロルドの言葉に対して、相手からの返答に間が空いた。数秒経ってから舌打ちが画面の向こう側から聞こえてきた。
「そういうことかよ。お前の言う"楽しい事"が始まるってか。くそが。嬉しくない情報ありがとうよ!足元見やがって!いつからだ!」
「すでに招待状は貰っちゃった」
「この戦闘狂が!今回は何処に喧嘩を売った!?」
「他所の喧嘩を買ったって感じかな?」
「⋯⋯気が狂ってやがる」
ネブロは吐き捨てるように罵ると、長いため息をついた。
「その金額で受けてやる。支払いは暗号通貨のみだ。こっちにも急用ができた。なるべく早くの受け渡しを頼む」
日程と場所の細目を詰めて、オンラインの会議は終了となった。結局、ネブロという男は最後まで顔を出すことはなかった。
「じゃ、お開きだね」
「おい」
ハロルドが率先して立ち上がると、ラルスに呼び止められた。
「戻ってくる気はないのか?」
「⋯⋯どこにだい?」
問いに対して問いで返してきた戦闘狂の態度に、ラルスは嘆息を吐いた。
「⋯⋯そうかよ」
背を向けて歩き出したハロルドを追うように、クレアも立ち上がる。ラルスとシーラに一礼してクレアは会議室を後にした。
なんとなくだが、この2人は、誰かの代わりにここに来たのではなく、中佐に会いに来たのだと思った。
ギルドの立体駐車場まで戻ってくると、ハロルド・キースはおもむろに足を止めた。
「中佐?車はあちらです」
「ん?ああ。そうだったね」
足を止めたまま空返事を返すハロルドの顔を覗き込むと、そのまま目が合った。
何か考え込んでいる様子で、あごに手を当てていた。
「クレア」
「え?あ、はいっ」
突然名前で呼ばれ、クレアは思わず姿勢を正した。目を細めてまじまじと眺められ、何やら品定めでもされてる気分だ。
「君、今は特にいい人はいないんだったね?」
「は?ま、まぁ⋯⋯はい。車内で話した通りですが」
「俺と仮交際しない?」
「⋯⋯は?」
突然この上官は何を言い出すのか。いや、先程のアルビオン・バイオニクスの面子とのやり取りで何か思うところでもあったのかもしれないが⋯⋯。
「と、突然なにを⋯⋯」
「仮だよ。仮。ちょっと疲れてしまった。これからマッチングパーティーで異性から詰め寄られることを考えると気落ちしてしまってね」
中佐という階級を持つハロルドは確かにアイアスの未婚女性からすると優良物件だろう。
「実のところ、俺は君のようにスラッとした女性は好みでね?」
「な、急に何を言い出すんですか!?」
この人は絶対適当を言っているに違いない。
しかし、多少性格に難があっても生活には困らないし、子供の養育にも困らないだろう。義務的な結婚の後には養育の人数まで国からの指定がある。
「君だって、少将の娘となると、けっこう言い寄って来られて困ってるんじゃないかい?仮でも、交際の届けを出せば避けられる。何、いきなりどうこうの話じゃないさ」
「それは⋯⋯」
図星を付かれ言い淀むが、いきなりこのような提案をされても心の準備も何もできていない。
「君は自身で考えているより魅力的なんだよ?」
「か、からかっていますか!?」
そもそも体系として、身長が175と女性の割に背が高く、胸は平たい。腰回りはあるかもしれないが、柔らかい皮下脂肪ではなく筋肉だ。シックスパックも綺麗に割れている。
マッチングパーティーで政略的な意味合いで言い寄られることは多い。
クレアには鉄板の理文句がある。
「私は⋯⋯、私より強い相手しか選びません!!」
「なるほど。了解した」
言ってから、失態に気付いた。
相手はハロルド・キース中佐である。
食料プラントの防衛の際、敵部隊に単身突撃して敵MⅢを千切っては投げる怪物だ。
戦闘後の処理の際、胴体に風穴を開けたMⅢが何機も転がっていたのを思い出す。
「MⅢシミュレーターと、組手、どっちにする?」
生身の肉弾戦ならまだ勝機はあるかもしれない。
そう考えたクレアは即決した。
綺麗に投げ飛ばされ、抱きかかえられてから改めて後悔することとなった。
設定上、シーラとラルスとハロルドも割と拗れた三角関係です。
キャラ設定考えると無限にストーリーって作れますね。
ハロルド主人公だとバトルジャンキー物語になってしまいそうですが。
次回あたりMⅢバードイーターのネブロ仕様をちらっと出せたらなと思います。




