section.40_交友関係
移動中の都市国家組の雑談です。
「あれ、クレア今日は非番なの?」
翌朝、部屋に戻ってクレアが着替え始めると、アンナとセラが首を傾げた。
その理由は分かる。今クレアが着ようとしていたのは軍服ではなく、私服に近いラフフォーマルなスカートだったからだろう。
「仕事だ。ただ、護衛で街に出るから⋯⋯なのか。私服でとの指示なんだ」
「誰の護衛なのよ?それに、あんたスカート嫌いじゃなかったかしら?」
「えーそうなんですか?似合いそうなのに」
昨日は同期の様子に肝が冷えたが、アンナとセラはすっかり打ち解けたようだ。昨晩はセラとクレアは部屋を交換し、アンナとセラ、クレアとラピスで独身寮の2室を使った。
行方不明だった弟の生存だけでなく、詳しい近況も知れたアンナはどこか肩の荷でも降りたような様子だ。
セラは見た目こそ白髪赤眼のアルビノで繊細に見えるが図太い性格のようで、クレアが戻ってきたというのにクレアのベッドを占領していた。セラが戻ってこないため、ラピスもアンナとクレアの部屋にやってきて流石に狭い。
まぁ、仕事ですぐ出かけるのだが。
「キース中佐の護衛だな」
「⋯⋯あんた補佐官にでもなったの?たしかキース中佐の補佐官はストロース中尉だったと思うけど」
「そういう訳じゃないんだが⋯⋯」
歯切れの悪いクレアにセラは何かを察したようでニヤリと笑う。
「デートですね?」
「そうなんですか!?」
白髪の女性の邪推に少女が目を輝かせるが、残念ながらそんないいものではない。
「違う。午前はキース中佐の護衛で、午後は軍部主催の⋯⋯」
「ああ、あんた今日なのね。」
訳知り顔のアンナに対して、セラとラピスにはアイアスの法律や風習に馴染みがない。そのため、何のことかわからないようで首を傾げた。
都市国家アイアスの施策で、他の都市国家に同様の法律があるとも限らないので仕方がない。
代わりにアンナが説明してくれる。
「アイアスでは指定の年齢になると結婚するか独身税を払うか決めないといけないのよ」
ラピスはまだ何のことか分からない様子だ。対してセラはロマンスの欠片もない法律の話にげんなりとした顔をする。
「軍職、防災、警察、医療といった特定の職業は免除期間があるんだけど、交際相手がいない場合は免除期間中に決まった回数マッチングパーティーに参加したりお見合いをしたり⋯⋯パートナー探しをする義務があるわ。独身税を払ってる人だと、パーティーの参加や、交際相手がいることで独身税が減税になったりもするのよ」
「お見合いですか⋯⋯」
「もういいです。ときめかないので聞きたくないです」
セラがあからさまに嫌そうな顔をするのは分からなくもないが、ラピスがどこか遠い所を見るような顔をするのは意外だった。
「私とクレアは軍職の免除期間だから、交際相手がいないなら、マッチングパーティーに参加かお見合いしないといけないわけ」
「まぁ、パーティーの方がハードル低いよな⋯⋯。他人事のように説明しているが、アンナも無関係じゃないだろ」
クレアの言葉に、アンナは勝ち誇ったような顔をする。
「私は相手がいるから参加不要よ」
「ほほう」
「へえ⋯⋯」
外野2人はアンナの言葉に食いつくが、クレアはなんとなくアンナの相手に心当たりがあった。
「ジャックか」
アンナの笑みが歪んだ。
図星だったようだ。
「⋯⋯待って。私まだ話したことないはずよ」
あからさまに狼狽えるアンナに、今度はクレアの方がにやりとする。
「⋯⋯アイツが話したの?」
「ジャックの口は堅いぞ。ただ、2人揃って空いてない日時がちょくちょくあったからな。なんとなくだ」
「あの顔に傷のある、左手足が義手義足の人ですか」
「あの人、ちょっと怖くないですか?」
セラとラピスが相槌を打つ。
この都市の軍事施設でクレアとアンナと1ヶ月以上も一緒にいれば、2人と交友関係のある相手とだいたい顔を合わしていた。
「顔が怖いのは傷のせいだな。ただ、イカツイ割に奥手だったり、義手では触れないようにしてたり、けっこう気遣いできる奴だぞ?」
「そうなんですね」
「うん?」
クレアの説明にラピスは意外そうな返事を返し、色恋話に興味津々だ。
対して、今度はセラが首を傾げた。
アンナも訝しげな顔を向ける。
「あんた、なんか妙に詳しくない?」
「まぁ、学生の頃、一応付き合ってたからな」
クレアはスカートの内側に拳銃のホルスターを身に着けたり、インナータイプのボディアーマーを着たりと着替えつつ、何となしにそう述べた。
だが、アンナは聞き捨てならない台詞に愕然とする。セラの目はキラキラしている。
「聞いてないんだけど!?」
「そう言えば、聞かれたことなかったな」
「⋯⋯2人の恋愛遍歴、ぜひ聞いてみたいですね」
クレアとアンナの妙な三角関係が発覚し、話題はクレアの仕事の話から脱線していった。
----------
申請書と身分証を提出することで、基地の外へと繋がるゲートが開かれる。ゲートはコンピューターで管理されているが守衛も配置されていた。
チェックを終えゲートが開くのを確認すると、クレアは私物の愛車を発進させる。
戦車やMⅢ、大型輸送車両を出入りをさせるためのゲートではないため、片道一車線の簡素な道路だ。それでも、幹線道路とつながっており利便性は悪くない。
私的な用事でもよく使う出入り口だ。
戦闘職でMⅢパイロットの自分が仕事で使う機会はそうそう無いと思っていた。
「なぜ、私の車でなんでしょうか?安全性を考えるなら装甲車や要人用の特殊車両の方が⋯⋯」
「俺の出入りが外部から分かりづらくするためかな」
「ああ、だから届け出も私名義指定だったんですか」
キース中佐はモバイル端末に目的地を入力すると、車のホルダーに端末を固定した。ナビアプリが起動して目的地への道順を示してくれている。
「ギルドまでですね。仕事でも依頼するのですか?」
「詮索はしない方向で頼むよアーノルド少尉」
護衛をつけるので当然といえば当然かもしれないが、キース中佐は私用ではなく命令を受けての外出のようだ。
お忍びならハロルドが私服なのも当然だ。
クレアはハロルドの私服に目を向ける。シャツは着崩しているがスラックスにジャケットと、フォーマル寄りの身なりをしている。
なんとなく、仕事の後の予定が分かる服装だった。
「⋯⋯中佐も参加されるので?」
「残念ながら今はフリーでね⋯⋯。人口の収容と安定管理が目的の城塞都市に住むのは大変だね」
ハロルドはげんなりとした様子で肩をすくめる。クレアと同じく義務感で参加しているようだ。
かといって、本格的に結婚相手を探すとなると、金のかかる相談所よりもいろいろとハードルの低い催しである。
しかし、異性の上司と並んで会場に入ると、それはそれで妙な邪推をされそうな気がする。
「なんと言いますか、奇遇ですね」
「⋯⋯偶然じゃないよ?」
「え?」
ハロルドの言葉にクレアは目を丸くする。クレアがフリーだと分かっていてわざわざ指定したということだろうか。
生娘でもないが、意識してしまうと緊張で動きが硬くなってしまった。
仕事の態度はさておき、柔和な容姿のハロルドはそれなりに女性受けが良い。アイアスの法律のせいでもあるが、女性士官の集まりに加わると何かとその手の話題になるほどだ。
「バラしてしまうと、君の父、アレク・アーノルド少将とは既知の仲でね⋯⋯」
「⋯⋯そうですか」
クレアは父⋯⋯アレク・アーノルドの名前が出てきて一瞬で冷めてしまった。
父はちょくちょく見合いをしないかと言ってくる。クレアは送られてくる見合い相手のプロフィールデータを開いたことすらなかったが。
アイアスで婚姻、またはパートナーを定めることは義務のようなもので、娘によい相手とくっついて欲しい気持ちは分からなくはない。政略ではなく善意なのは幸いか。政治絡みで声をかけてくる連中よりはだいぶマシではある。
だが、鬱陶しいことに変わりはない。
軍職でまだ猶予期間は5年以上ある。相手くらい自分で決めたい。
「今日のことで少将からやたら護衛をつけるようにとゴリ押しされてね。お任せしますと答えてしまった」
「⋯⋯命令書は中佐名義だったと思われますが」
「庶務はストロース中尉に任せていてね。俺も知ったのは直前だったよ」
どうにも父親による職権乱用があったようで、クレア同様にハロルドもその被害者らしかった。
もしかしたら見合い相手のデータの中にハロルド・キースの名前もあったのかもしれない。
「キース中佐にも怖い相手がいるのですね」
「怖いと言うより、命の恩人で、居場所まで作ってもらった手前、無視しづらい。ほぼ善意なのも問題だ」
「気持ちは分からなくはないですが⋯⋯」
不遜な態度で仕事をする男だが、貸し借りを気にする心はあるらしかった。
父とハロルドはどのような関係なのだろうか。話を聞いていると上官と部下といっただけではなさそうだ。
「まったく、君もローレンス少尉がいると言ってしまったらどうだい?」
「⋯⋯よく勘違いされますが、ジャックとはそういう仲ではありません」
「⋯⋯あれ?付き合ってなかったかい?学生時代に」
ハロルドの言葉に、ハンドルを握る手が滑ってしまった。
危うく路肩に乗り上げるところで、流石のハロルドも身を固くしている。
「危ないな!?」
「なぜご存知なんでしょうか!?」
プライベートな異性関係まで把握されているとは思わなかった。
アンナや同性に笑い話として話す分にはともかく、父親や上官にクレア自身の預かり知らないところで知られているのはなかなか来るものがある。
「⋯⋯君の父親に、"娘に男がいるようなんだ"と泣きつかれて、調べたからさ。5年くらい前か」
「何やってんですかあの人!!というか、そんな命令聞いたんですか!?」
「⋯⋯誠実そうな男だったと報告したよ。それで少将の俺と君をくっつける計画は頓挫したと思ってたんだが、最近になって再開した理由はそういうことか」
遠い目をするハロルドに変な想像をされても嫌なので、ここは説明した方が良さそうだ。
「⋯⋯ジャックとは、学生時代に交際もしましたが、結局お互いにそういう対象ではなかったというだけです!当時、思春期や未経験ゆえ好奇心と興味が無かったと言えば嘘になりますが⋯⋯」
「ああ。今も仲は良さそうだよね。ただ、少将にはもう交際してないことはバレてるようだ」
「くっ⋯⋯」
そう言えばアンナがマッチングパーティーをスルーできている。ということは、ジャックと婚姻かパートナーを想定して交際していると申請しているわけだ。
軍部だと書類は行政府へ渡る前に軍内部を通るため、父の目に入った可能性はある。
「父とはどういう関係なんですか⋯⋯?」
「息子のように思っているらしい。市民登録のためか、書類上で俺は少将の養子になっている」
「なんなんですかそれは⋯⋯」
「お互い苦労が多いようだ」
話を聞く限り、遠い目をするハロルドはクレアよりも父に振り回されているように感じる。
「いっそ、仮面夫婦にでもなってみるかい?」
「それは⋯⋯いや、父のお節介がなくなる⋯⋯?」
苦笑いをしながら語られたそれはおそらくハロルドなりのブラックジョークなのだろう。だが、父に振り回される事がなくなる⋯⋯と考えると選択肢に入ってしまった。
「選択肢には入るんだ。俺も捨てたものではないね」
もはや諦めているのか。心情は読めないが、ハロルドは他人事のように笑っていた。




