section.39_姉
「どういうことなのよ⋯⋯」
アンナ・クライヴは頭を抱えていた。感情の整理が追いつかない。
上司に着いて、会議に出席していたら行方不明の親族を名乗る人物が画面の向こう側に出てくるなど誰が想像できるのか。
上官であるバルドゥルからは確証がないと言われたものの、今日は早く上がっていいと気を遣われる始末である。結果として、まだ日が高い時間帯に女性軍人の独身寮に戻ってきていた。
確かに今どきAIで合成写真に会話をさせるなどざらにある技術ではあるが⋯⋯、ジロリとこちらを一瞥した少年の目が頭から離れない。
何より問題なのは、確認しようと思えばできる相手が近くにいることである。
セラ・キースはあのセシリア・キースの娘であり、ラピス・レウィンはセシリア・キースが首を突っ込んで来て変換を求めるような人物だ。
あの少年があの女の近くにいるのであれば面識がないはずがない。特に青髪の少女の方は素知らぬ顔で嘘など付けるタイプではないだろう。
「⋯⋯冷静じゃないわね」
国益に関わる人物の護衛を任されている軍人の思考ではない。こんな時はさっさと寝てしまうべきだ。
幸い、あの2人もクレアにが面倒をみているのであれば、訓練か機体整備に付き添っているだろう。
カルコサの主張の確認を取るために職業体験のような真似事をさせていたが、世迷言と判明した今はせめて自由に動き回れるようにとアンナかクレアが軍施設を連れ回していた。
この時間帯なら部屋には不在のはずだ。
「アンナおかえり。早かったな」
「アンナさんおかえりなさい」
「おかえりなさーい」
部屋のドア開けてアンナは閉口する。
よりにもよってである。
クレア、セラ、ラピスが狭い2人部屋に揃っていた。
こうしてセラを見ると、あの企業連合の役員によく似ている。セラがアンナのベッドに腰掛けていたら切れていたかもしれない。
幸い、アンナのベッドは壁に収納された状態で、2人はクレアのベッドをソファ代わりにしていた。
それでも、マイナスの感情が下限に吹っ切れなかっただけで、マイナスであることに変わりはない。
「⋯⋯何かあったか?」
「⋯⋯そうね」
苛立ちが隠しきれておらず、鈍感な同居人も流石にアンナの様子がおかしい事に気付いたようだった。クレアが戻ってきているのは、父親のアーノルド少将がアンナの様子を見て気を遣ったのかもしれない。
だが、それとなく爆弾処理にいかせた娘が着火剤を持ち歩いているとまでは思わなかったようだ。
視線を向けると、青髪の少女はアンナの様子に思わず距離を取るが、図々しく間の抜けている白髪の人造人間はとぼけた様子で首を傾げていた。
何も聞かされていないのか。
知らないふりをしているのか。
こうして見るとあの企業連合の役員とよく似ている。
何故、自分はあの女にここまで気持ちを、心を、願いをかき乱されているのに、あの女の娘に気を使わなければならない。
冷静ではない。
合理的ではない。
知ったことではない。
弟の手掛かりが目の前にある。
「⋯⋯ニコライを知ってるわね」
空気が凍った気がした。
唯一、何も聞かされていないクレアが小首を傾げる。
青髪の少女はとてもわかりやすかった。顔も青くなっている。
白髪の女性の顔には、笑みが張り付いている。だが、目は笑っていなかった。
「知ってます。貴女よりも。よく」
思わず手が出た。
「アンナ!!」
胸ぐらを掴んだところでクレアに止められた。
「いやあ⋯⋯覚悟しても怖いですね」
流石は戦闘職なだけあり、アンナの腕力でどうこうなる鍛え方はしていなかった。腕がピクリとも動かせる気がしない。
「⋯⋯いつからよ」
絞り出すように、何とか声を出せた。
「私は、10年くらい前から仲良くしてます。あの頃だと、ニコル君は6つくらいで、私は11くらいですか」
行方不明になってから2年弱。
その頃にはすでに行方不明届けが出されている。
企業連合などという大組織が、その情報に気付かないわけが無い。そもそも、知らなかったが通って許してもらえる組織ではない。
当時10代前半だった女性に責を問うのは酷な気もするが⋯⋯。
「なんで⋯⋯」
「アイアス都市軍の正規軍人が、暴行、殺人、未成年者の拉致誘拐⋯⋯当時はなかなかのスキャンダルで大々的な報道されてましたよね」
よく覚えている。
学生時代はそのせいで苦労したのだから。
当時の友人と言えるのはクレアとジャックくらいだ。
「お母さんはもう施設から出れたんですか?」
「⋯⋯死んだわよ。施設で首を吊って」
「そうですか」
話せるようになってきて、記憶も精神ももとに戻ってきたと思った矢先に自殺してしまった。
遺書にはたったひと言"ごめんなさい"とだけ書かれていた。母は逃げてしまったのだ。
「それを知ったら、窃盗や強盗、殺人が当たり前になってた男の子なんて帰せるわけなくないですか?」
「⋯⋯」
「戦闘職の姉ならともかく、当時のニコル君が本気で逃げたら私じゃ捕まえられませんでした」
弟の面倒を見てきた女性⋯⋯当時は少女の実感の籠もった言葉に、怒りよりも悔恨の念が強くなってきた。
アンナは脱力して、クレアのベッドに座り込んだ。
ただ、それでも赦せない男が1人いる。
「⋯⋯あの男は?」
「え?」
「ニコライを連れてた男は?あなた達と働いてるの?」
「ああ、殺されましたよ」
「は?」
白髪の女性は、その積年の恨みの対象すらもういないとあっさり告げる。
「誰に!?」
「ニコル君に」
愕然とするアンナの様子を知ってか知らずか、セラは淡々と説明する。
「直接見た訳じゃないですけど、死体もニコル君も調べました」
ニコライには虐待された跡があり、死体にはニコライの持つ拳銃の弾丸。ゲノム解析では親子関係。
争った跡もなく、寝てる間に撃たれたのだろうとセラは語った。
殺されても仕方がないろくでなしだ。
殺された事に文句はない。
ただ、実の子供を虐待した挙句、子供に親を殺す選択をさせた点を除けば。
アンナは両手で顔を覆う。油断すると涙が溢れてしまいそうだった。
「あともう1つ⋯⋯」
「はい。1つなんて遠慮はいりません」
「あの子は、私や母を恨んでるの⋯⋯?」
母はこの負い目から逃げてしまった。
まだ5つにもなっていなかった子供を、弟を守れなかったのに、自分たちは都市の城壁の内側でのうのうと生きてきた。
自分も被害者であるが、負い目を感じなかったことはない。他人からどうこう言われる筋合いはないが、楔のように胸に刺さっていた。
通信画面越しに見た、金髪の少年の一瞥が頭から離れない。
「⋯⋯難しい質問が来ましたね。恨んではないと思いますけど⋯⋯」
「⋯⋯なんで、そう思うのよ」
今まで淡々と事実を答えていた時と異なり、考え込む様子を見せるセラに、アンナは訝しげな顔を向ける。
せめて、根拠が知りたい。
セラは時間を取った挙句、アンナに顔色を伺うように答えた。
「⋯⋯ニコル君、覚えてないんですよ。私達と会う前のこと」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯そう」
子供なりの自己防衛本能なのか、過度のストレスによるショックが原因なのか分からないが、シーラやセラと出会う前の金髪の少年の記憶は曖昧だったらしい。
「名前だけかろうじてだったんですよね。ニコル・オレームって。今もそう名乗ってますよ」
よりにもよって、あの男の姓を名乗っているのか。
だが⋯⋯
「通信では、ニコライって名乗ったわよ⋯⋯?」
「⋯⋯名乗った状況、教えてもらえます?」
アンナは、彼女の母親とのオンライン会議で金髪の少年が顔を出して来た状況を説明した。
「ニコル君、やっぱり自身の出自は調べてるか⋯⋯。たぶん、母さんに忖度しただけだと思いますよ」
「忖度⋯⋯」
「アンナさんを見て、戦闘職の自身が引っ張り出された理由に気付いたんだと思います。ニコル君は仕事であれば猫も被りますよ」
恨まれていないことに安心するも、ろくに興味すら持たれていないのはあんまりだと思う。
「⋯⋯まだいいかしら」
「はい」
「あの子は今、幸せなの?」
「気持ち的な質問は難しいんですけど⋯⋯、最近、そこのラピスちゃんとお付き合い始めましたよ」
「セラさん!!」
突然暴露されたラピスが抗議の声を上げた。
そう言えば、青髪の少女がここに来てすぐ通信で告白されたと騒いだが、相手が弟だとは想像してもいなかった。
「ラピスちゃん」
「⋯⋯はい」
「あの子はちゃんと優しいかしら」
「はい。優しいです。あと、しっかりしてます。セラさんよりも」
最後のひと言には、定の人物へのトゲがあった。
それでも、アンナには満足のいく答えだった。
アンナは長く、ため息を吐いた。
「⋯⋯落ち着いたか?」
「ええ。ごめんなさい。ありがとう。」
咄嗟に止めてくれたクレアに感謝と謝罪を返す。
そして、こうして話を聞いていると、もっと聞きたいという欲も出てきた。
「⋯⋯もう少し、話、いいかしら」
「まかせてください。ニコル君のことなら何でも知ってますから」
許されたようだと分かるや、セラが調子にのってきた気がする。
少々癪だが、行方不明時の弟の情報源は今のところ彼女だけである。
「秘蔵のアルバムもありますし、一晩語れますよ。なんならニコル君の下の毛が生えてきた時期も知ってます」
「⋯⋯ごめんなさい。やっぱり一発殴らせて」
「えっ」
「大丈夫よ。パーで許してあげる」
人気の無い独身寮で、軽快な音が響いた。
セラ「クレアさん。今晩はアンナさんお借りしますね」
クレア「構わないぞ」
アンナ「変な言い回しするんじゃないわよ」
ラピス「⋯⋯ニコルの昔の話?」
セラ「ラピスちゃんは駄目。ニコル君にもプライバシーがあるんだよ?本人から聞いてね」
アンナ「⋯⋯あんたがそれを言うの?」




