section.35_会議
都市国家アイアスの都市軍施設のブリーフィングルーム。
バルドゥル・ブリュール中佐は大型モニターにオンラインミーティング用の回線を開き、相手が繋いでくるのを待っていた。
アルビオン・バイオニクスの執行役員が出張ってくる会議のため、アイアス都市軍側も毎回それなりの人物を揃えていた。
情報部の責任者を務めるバルドゥル・ブリュール中佐。そして、セシリア・キースとの繋ぎを行っているハロルド・キース中佐。そして、議会の軍派閥と現場の繋ぎ役でもあるアレク・アーノルド少将。
バルドゥルとしては胃が痛くなるメンツだった。いまだ雲の上のように感じる階級の人物と、そんな人物の前であくびを平気でする同僚。
議事録をまとめる気力すら奪われるため、バルドゥルは補佐としてクライヴ少尉を議事録役に同席させていた。
AIを使ってもよいが、別の理由があった。
「クライヴ少尉、クレアは最近どうだ?」
「少将、相変わらず男っ気もありません。私は仲良くさせていただいていますが」
少将と面識があり、話題が脱線してくれるからだ。いわゆるスケープゴートである。
「キース中佐、部隊ではどんな感じだ」
「馴染んでいますよ。傭兵出の奴らにも負けず劣らずといった所でしょうか」
「⋯⋯娘とはどうだ?興味はないのか」
「それはセクハラですね。娘さんに対して」
そういう意味では、ハロルドの奴も役に立っているのかもしれない。
待ち時間で書類も無しに仕事の内容確認や、状況報告をさせられずに済むのはありがたかった。
そして、きっちり開始時間の1400に件の執行役員は回線を繋いできた。
「セシリア・キースだ。さて、有意義な会議になることを祈っているよ」
セシリア・キース博士とは開口一番で皮肉をぶつけてきた。保護した職員を返すのに1ヶ月もかかっていれば当然と言えば当然だ。
「こちらとしても、そうあって欲しいと願っている」
当たり障りのない返答をするもののアイアス都市軍の情報部としては次の一手が問題だった。
市政のトップが味方に着いたことで決定的な決裂を避けることはできたものの、都市長と議会とで方針に歪みが生じて機能障害に陥っている。
企業への変換法案と、カルコサへの引き渡し法案の足の引っ張り合い状態だ。
さらには、カルコサの都市軍は再び越境行為を行なってくる始末だ。
戦車20機にMⅢ20機、それらを駐屯させ維持するための支援車両がさらに多数と再び大隊規模の戦力⋯⋯何処にそんな金があるのかと思いたいが、カルコサの奴隷売買の賜物なのだろう。よほど儲かっているらしい。
最悪の場合、裏取引という選択肢もあるものの、今回は議会から外交官も出席するため話題には出せない。
セシリアはオンライン会議の参加者を確認しているようだ。
「まだ1人来ていないようだな」
「これはキース博士。そちらは何やら忙しそうだな」
アレク・アーノルド少将が、セシリア・キースの背景がいつもの研究室ではなく、ガレージであることに気付き話題を反らしてくれた。
外交的な駆け引きであえて遅れてくるという手はあるようだが、相手は外交官ではない。勘弁して欲しい。
研究者で4大企業連合の重役など偏屈に決まっている⋯⋯というか、ブリュールにとってはもうこりごりだった。
「ああ。忙しいとも。新商品の試作品が組み上がったものでな。試運転も兼ねて実弾演習だ」
何だそれは。
聞いていない。
バルドゥルの眉間に深いシワが刻まれる。上官の視線が痛い。嫌な汗が背を流れた。
念のためアンナに目を向けるが、彼女は小さく頭を振った。不幸中の幸いか、情報部の責任ではなさそうだ。
「⋯⋯初耳だな」
「おたくの土地管理局に届けは出したぞ」
嫌がらせだ。
陰湿にもほどがある。
おそらく商業活動的な名目で提出したに違いない。
「キース博士。軍事活動にあたる内容は軍部にも共有いただきたい所だ」
「それは失礼。だが、努力義務の話だろう」
特段、都市国家アイアスが管理する施設や部隊に被害を与えなければ、城塞都市外の行いに罰則はない。
その無法地帯を作る仕組みの上に城塞都市は成り立っている。都市外の安い人件費に、抑えられる管理費と福祉。何ともしがたい部分だった。
「そんな状況で、こちらも手伝いに1人参加させるが構わないかな。演習の状況を私に伝えさせるオペレーターを務めてるんだが」
「ああ。構わないとも。博士に選ばれる人物なのだから、よほど優秀なのだろう」
「ああ助かるよ。ニコル、繋いでいいぞ」
ニコルということは女性だろうか。
セシリアの言葉から何となしに入ってくる人物を予想するが、企業連合の都市外施設に在籍する人間など把握できていない。役員に呼び付けられるのだから優秀ではあるのだろう。
「はい。繋ぎました」
画面を共有してきた人物を見て、バルドゥルは目を丸くした。
子供だった。
鮮やかな金髪の少年が軍用の重々しいイヤーマフを頭に乗せて繋いできた。少年は画面越しにこちらを一瞥すると、僅かに眉根を寄せた。
少しキツめな眦をしているが、整った顔付きは自分の部下に驚くほど似ている。
バルドゥルも会議の手伝いにまで呼び付ける部下の経歴や身辺ぐらいは把握していた。
「⋯⋯ニコライ・クライヴです。短い間ですがよろしくお願いします」
どこまで陰湿なのか。
アンナ・クライヴ少尉は愕然として手が止まっていた。いつどうやって、隊員の個人情報など⋯⋯いや、都市連合の行方不明者名簿に本人と親族の名前は乗っている。
「落ち着け。本人とも限らん。それよりも演習場として申請されたエリアを調べろ」
「⋯⋯はい」
苦し紛れのひと言だったが、アンナはわれに返ったようで作業を再開する。
たまたま手元にいたのか子飼いなのか。
「私の娘が拾ってきたんだが、思いの外優秀でな。今ではウチのMⅢのテストパイロットもやっている」
「キース博士。話が脱線しています」
「ああ、そうだったな」
「僕は仕事に戻ります。確認事項があれば指示を仰ぎますので」
「頼んだ」
少年はため息交じりに役員に苦言を呈した。言葉遣いもしっかりしている。少年は通常運転で、むしろセシリアの方が小芝居掛かっているように見えた。
少なくとも、このためだけにわざわざ用意した訳でもなさそうだ。
少年はもう1度だけこちらを見ると興味を失ったようで音声を切り作業に戻った。
生き別れの姉を前にしてドライ過ぎる気もするが、アンナの弟が行方不明になった年齢はいくつだったか。よく似た他人という線も捨てきれないが、覚えていないだけの可能性もある。
情報部の2人への精神攻撃が一段落した所で議会の外交官がやっと繋いできた。
「遅くなりました。アイアスにて外交官を務めております⋯⋯」
「全くようやく始められるのか」
「なかなか前の予定が終わらず。お待たせいたしました 」
「何、これからもっと忙しくなるんだ。気にするな」
セシリアの関心が逸れたことに、内心バルドゥルは安堵の息を漏らした。
ひとまず、確証もない部下の弟の事は棚上げだ。
最初から分かっていたことだが、互いの主張を言い合うのみで会議は平行線だった。
議会はテロリストの可能性があると譲らず、キース博士は2人合わせての変換を譲る様子はない。
バルドゥルからすると、あの青髪の少女にどんな価値があるのかと思う。
だが、企業連合が身柄を保証しており保護しようとしているということは、彼らにとっては金のなる木、または重要人物の親族といったところか。
対してカルコサはテロリストであると主張を崩さない。アンナに監察と報告をさせているが、拳銃の扱いすら怪しい少女がテロリストなどバカバカしい話だった。おそらくカルコサ側は高級奴隷として売る予定だったのだろう。珍しい人種、性病の可能性の低い子供は高値がつくらしい。
企業連合がどこまであの少女に固執するかだが、バルドゥルとしては、一都市が企業連合を敵に回す危険を犯すほど重要なこととは思えなかった。
アイアスも政治的な問題を抱えているものの、数年前よりカルコサは独裁政権が成立してしまったと聞く。ここ最近の異質な行動もそれに起因するものだろう。人狩りをし過ぎたに違いない。都市防衛から鑑みると、そんな所となどさっさと縁を切ってしまいたいところだ。
「キース博士。ご歓談中失礼します」
「どうしたニコル」
バルドゥルが、今回の会議は身もなく平行線のまま終わるのだろうと思い始めた所だった。部下の弟⋯⋯ニコライが口を挟んだ。
歓談など⋯⋯中々な皮肉はさすがキース博士の部下といったところだろうか。
「実弾演習中に照準レーダーの照射を受けました。迎撃しますがよろしいですか?」
少年の言葉にバルドゥルは耳を疑う。
どこの部隊だ。
何もない地で武装集団が戦闘していようと基本都市軍は関知しない。ギルドの傭兵が野党を蹴散らしているなど日常茶飯時である。
思わずハロルドに目を向けるが、ハロルドは肩をすくめて頭を振った。この戦闘狂が何かしたわけではなさそうだ。
「構わないとも」
「了解しました」
ニコライは短い返事で音声を切る。マイクで演習部隊に指示出しを行い始める。
「お忙しいようで。今日はここまでにされますか?」
外交官の他人事のような物言いに殴り飛ばしたくなる。こちらは企業連合が何処に砲身を向けたか掴めていない。
「何。大したことはないさ」
「ちゅ、中佐⋯⋯」
傍らからアンナの声が耳に入った。
横目に彼女を見ると、ノートPCの画面がバルドゥルに見えるよう向けられていた。調べさせていたアルビオン・バイオニクスの演習地が分かったようだ。
確かに何もない地域だ。
そこにアイアスの施設はない。
示し合わせたように、外交官の画面に官僚が横から映り込み耳打ちをした。報告を聞いた外交官の顔色が一変する。
「貴様っ⋯⋯!!」
「どうした?そんなに慌てて」
この執行役員が何をやったのか分かった。
「我々は、都市国家アイアスに許可を得て、実弾演習を行っているだけだが?」
「誰がそんな許可を出した!?」
「土地管理局だから行政府だね」
よりにもよって、こんな時だけタイミング良くハロルドが答えを返した。
「こちらは預かり知らない」
「っ……!急用ができた。私は失礼する!」
「おや、それは残念だ。ご要望があれば実弾演習の様子をライブでお見せできるぞ?新商品のプロモーション映像の撮影も兼ねているからな」
「不要だ!!」
吐き捨てて、議会側は通信を切ってしまった。
「やり方が、少し過激すぎないかね」
アーノルド少将もおおよそ事は察したようだ。ため息交じりに返すが、呆れただけで議会と異なり怒りはない。
アイアスの軍派閥としては越境してきたカルコサ都市軍がどうなろうと知ったことではないのだ。
「何のことだ?」
「白を切るならそれで構わないさ。これでアイアスの議会は目論見を台無しにされるわけだ。都市国家アイアスの許可を得て、カルコサ都市軍に砲撃したのだから」
アーノルド少将の言葉に、キース博士はわざとらしく肩をすくめるだけだった。
仕草がハロルドに似ていた。
親子なだけはある。
「次の会議はいつにするかね?」
「次の会議には返還時期を詰められれば良いな」
次回の日程だけ決め、今回の会議は終了となった。
「⋯⋯良くも悪くも、アルビオン側が手を売ってくれたわけだ。私は議会の様子を確認しにゆく。いらぬ疑念をかけられかねないからね」
アーノルド少将は立ち上がると背筋を伸ばした。
「ブリュール中佐は2人の返還方法を選定しておいてくれ。ここまで来れば勝手に返還しても軍部の暴走とは取られないだろう。可能ならば、企業連合側から迎えに来させたい」
「了解しました」
「キース中佐は⋯⋯まぁいつも通りでよいだろう」
「楽しみです」
バルドゥルとハロルドが敬礼を返すのを確認すると、アーノルド少将は最後にアンナに目を向けた。
「よく耐えた。弟くんのことは確証がない。冷静な行動を取りなさい」
「はい」
少将がブリーフィングルームを後にするとバルドゥルは肩の荷が下りた思いで息を吐いた。
「ハロルドは非正規のルートでアルビオン・バイオニクスと連絡を取ってくれ。どうせツテがあるのだろう」
「こんな事に付き合わされなくなるなら喜んで」
珍しく前向きな返事を返すと、ハロルドも席を立った。
バルドゥルは最後にアンナへ目を向けた。
「⋯⋯少将も仰っていたが、馬鹿なことは考えるな」
「⋯⋯分かっています」
アンナは俯きがちに返事を返した。




