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section.34_悪巧み

「セラ姉もラピスもまだ戻らないのか」


セレスはダイニングテーブルにもたれ掛かり、不満気な表情を隠さない。落ち着きのない様子で足をばたつかせたりする様子は年相応の少女のようだ。


「無理矢理連れて帰ればいいと思わないか?」


「何で僕に言うんですか…」


対してニコルはカウンターキッチンで昼食の片付けをしていた。


ここ数日、セレスは毎日のようにニコルの部屋に顔を出している。朝と夜毎日2回だ。


セレスも料理や掃除など問題なくできるはずだが、いつも一緒にいる姉妹がおらず人恋しいのだろう。


セラも未だに都市国家アイアスから戻ってきていない状況のため、ニコルはセレスが部屋に通うことを容認していた。


「僕とお前ならできそうだと思わないか?」


「⋯⋯その自信はどこからくるんですか。2人がいるの、軍隊の施設の中なんですよ」


「僕のフリューゲルを使えばいい」


「MⅢ大隊規模戦力の大型機動兵器で殴り込んだら宣戦布告と変わらないですよ」


セレスは肉体年齢こそ12歳ではあるが、シーラのように戦闘用に調整されたホムンクルスだ。まだ幼いながらテストパイロットを務めていた。


今、彼女に預けられているのが試作量産型の大型機動兵器フリューゲルという機体だ。


将来的にはシーラのMⅢイカロスを引き継ぐか、その後継機を扱うことを期待されている。


「あの城壁だろうと、門の部分なら貫通できるぞ」


「⋯⋯アイアスの都市軍は僕達の味方なんですよ?」


「でも役に立ってないじゃないか」


「役に立ってます。カルコサへの引き渡し法案に貴族院の拒否権を使用して時間を稼いで、ようやく市長を味方につけました」


都市国家アイアスの貴族院は軍派閥寄り⋯⋯というより専門家の集まりだ。貴族院の拒否権での先戻しは1年までしかできないが、早い段階で軍派閥は市長を味方に付けることができた。


対して市長の拒否権には期限がない。


アイアスの軍派閥は、議会の与党政党がカルコサに譲歩した法案を通せない状況を作ることはできたわけだ。


「⋯⋯ニュースは見てますよね?」


「それでもセラ姉とラピスは戻ってきていない」


結局のところ、セレスの基準はそこだった。


「返すつもりなら、さっさと返せばいいじゃないか」


「政治の絡む軍隊は独断行動するとスキャンダルになるらしいですよ」


軍事国家である都市国家アイアスの都市軍でも、その辺りがセンシティブな問題であることは他所の国と変わらないらしい。むしろ、政治に関わっているからこそ、余計に神経質な可能性もある。


おおよそ軍事国家は独裁主義である事が少なくないが、アイアスの場合はそうではないらしい。軍属でも政治家になれ、貴族院や議会に議席がある程度だ。


それでも、そうでない国より政治的な影響力がはるかに大きいようだが。軍派閥は、この発言力は絶対に失いたくないのだろう。


「軍人を買収すればいいー」


「⋯⋯セレスさん、寂しいだけですよね」


やたら過激な発言を繰り返す黒髪の少女の本心を言い当てると、唇を尖らせて黙ってしまった。


分かってはいたが、図星のようである。


人工的に作られた彼女達姉妹は仲間意識が強く、それに比例するように互いに依存している傾向が強い。


ラルスもシーラから似たような愚痴を聞かされているのだろうか。


「⋯⋯お前だって、自分の女と会えてないんだぞ」


「⋯⋯誰から聞いたんですか?」


「お前に好きって言われたって嬉しそうなメッセージが届いた」


本人からのようだった。ニコルも、ラルスにはこの手の相談や報告はしているため、人の事は言えなかった。


「お前だって、我慢しているだけだろ」


「⋯⋯」


ひた隠しにしている内心を言い当てられるのはなかなか来るものがあった。


「⋯⋯私も今そんな気分だ」


「⋯⋯すみませんでした」


彼女なりの意趣返しだったようだ。


「お前は何とも思わないのか」


「⋯⋯会いたいと思いますけど、ある程度聞いた通りに話が進んでいることには安心しています。今のところラピスは安全です。セラさんも着いていますし」


「冷静なことだ」


「⋯⋯そう振る舞って誤魔化してるんです」


セレスは愚痴として吐き出して発散するタイプのようだが、誰しもそうとは限らない。ニコルの場合は口に出してしまうと感情と思考がそちらに引っ張られる気がするので口に出さないだけだ。


ラピスとは毎日決まった時間に連絡を取っているが、画面越しでも彼女の不安感は伝わってきている。早く連れ出したいと思わないはずはなかった。


揃ってため息をついたところで、ニコルの部屋のインターフォンが通知音を鳴らした。


セシリア・キース博士だった。セレスのように髪の長さが腰まである白髪の少女2人を連れていた。


2人の少女は元気よく挨拶をする。


「「こんにちはー」」


「邪魔するぞ」


ニコルが鍵を開けると、遠慮もなく揃って部屋へと上がってきた。


「ああ、セレスもいたのか。丁度いい」

 

「母さんに⋯⋯」


セレスは双子のようにそっくりな少女2人を見る。容姿はセレスに似ているものの、髪は真っさらな白髪で、血のように赤い。


「セナとルナだ。2人とも、姉に挨拶をしなさい 」


「「セレス姉。お久しぶりです」」


「ああ、久しぶりだな。前に会ったのは2人は培養槽の中だったか」


セレスが頭を撫でると、妹2人は照れくさそうに笑った。


「新しい姉妹ですか」


まだ10歳程度に見えるが、その実は戦闘用のホムンクルスである。見た目がセレスに近いということは同程度の身体能力と、戦闘技術を身に着けているのだろう。


「ああ。セレスは2人と一緒に機体テストをしてもらおうと思ってな」


「「機体テスト?」」


ニコルとセレスが顔を見合わせる。今、この都市外施設で新造のMⅢは特になかったはずだ。


「最新の機体なんてありましたか?一番新しい機体は1ヶ月以上前に運び込んだセレスさん用のMⅢリンドヴルムですが、まだ調整中のはずです」


「僕もまだ乗れないって聞いてるぞ?」


「2人とも真面目に仕事をしてくれているようだな」


金髪の少年と黒髪の少女の反応に、セシリアは満足そうに頷きながら、セレスの正面の席に腰を下ろす。


「試験量産型の大型機動兵器フリューゲル3機が組み上がっている。セレス、セナ、ルナで動作試験を兼ねて実弾演習をしてもらう予定だ」


「キース博士?」


きな臭い内容を口にした銀初の女性に、ニコルは眉間にしわを寄せた。対して、セレスは頬が緩んでいる。


「いや、待ってるだけも芸がないと思ってな」


「以前のやり取りでラピスとセラさんの身の安全は保証されてるはずです」


「だが、それでは私の研究が進まん」


そういうセシリアはおもむろに髪の毛の束を取り出した。青と紺の中間のような色合いをした髪はラピスの髪の色だ。


ニコルも、ここに来た当初は髪やら唾液やらサンプルを取られた覚えがあった。その一部なのだろう。


「お前の拾ってきたあの娘(むすめ)、面白いぞ。水はあるか?」


「僕の飲みさしなら」


セレスから受け取った水の入ったコップにセシリアはラピスの髪の束をポチャンとつけてしまった。


「あ」


「まあ見ていろ。ニコル、セレスの水は入れ直してやってくれ」


セシリアが水の入ったコップからラピスの髪の束を取り出した。青い髪が、水の使った位置からくすんだ灰色に変わっていた。


ニコルはそれを訝しげに眺める。


「⋯⋯何か化学反応ですか?」


「残念。外れだ」


ニコルは水に何か薬剤でも混ぜたのかと思ったがそうではないらしい。


「そう言えば、僕が髪を洗ってやった時もそんな感じになってたな。乾くと戻ってたけど」


「構造色というやつだ」


セシリアは自信満々に言う。


対して、ニコルはより不審にセシリアの持つ髪を眺める。


「人間の髪にですか?」


「だから面白いんだろう」


脱色に染色の他にも、繊維構造も調べたという。


ラピスの髪を日々観察していると聞いて、少しニコルは引いてしまった。毎日のように頭の髪の毛の根元まで確認されるのは流石にいい気分ではなさそうだ。


「新しい娘に試したい。だが、生存している個人のゲノム配列を試験開発に使用するには本人の在籍と同意が必要だ」


アルビオン・バイオニクスの規約だった。AIなどで同意書など偽造が容易いため、研究関連の未発表ゲノム配列の利用には研究所への在籍も条件となっている。


過度の競争を防ぐというより、グループ内でのデータの盗用などで誰の功績か分かりにくくなることを防ぐためである。


そのゲノム配列が商品化した後は話が変わってくるが、監査が厳しく書類が多いとセラが愚痴っているのを聞いたことがある。


「使用した時期に本人がいたかも確認されるからな。迂闊に試せもしない」


結局、返還を急いでいるのはセシリア・キースの個人的な都合のようだった。


「妙な刺激を与えて、ラピスとセラさんが危険な状態に陥るとは考えないのですか」


「そう早まるな。誰もアイアスの施設に攻撃するとは言っていない」


直接的にはそうでなくとも、それを匂わせることはできる。


「演習を行うエリアはここだ」


セシリアはモバイル端末に衛星写真を表示させて場所を示した。セレスもセナもルナも興味深げに眺めるが、広い地域を指定しているものの、本当に何もない地域だった。


「「ホントーに何もないですね」」


「ああ」


「⋯⋯キース博士。実弾演習エリアの通告はどちらに行いましたか?」


「アイアスの都市外土地管理局だ。了承は得た」


セレスにセナとルナが首を傾げる。対してニコルはため息をついた。


この土地には確かに何もないのだろう。


「話は変わるが、次のアイアス都市軍との会議だが、外交官が首を突っ込んでくるらしい」


アイアスの都市軍や都市運営に関わる施設に被害は出ない。


「⋯⋯うまくいかなかった時のプランBはあるんですか?」


何をするか、ニコルには予想がついた。


セシリアはアイアス議会の選択肢を無くすつもりなのだ。


少年の問いに、セシリアは答えとして少年本人を指差した。


「もしもの時はお前を使うぞ。次のアイアス都市軍の会議にはニコルも出ろ」


「はい?」


意味が分からず、ニコルは首を傾げた。

ラピスの髪の特徴を追記するためsection.11を更新しています

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