section.32_戦闘詳報
ハロルド・キース中佐の佐官室。
キース中佐は涼しい表情で自らの座席に腰を落ち着けていた。
対して、彼の目の前にいる見慣れた人物は対照的に怒りに満ちた表情としている。
「⋯…いろいろと問題を持ち帰ってくれた」
ブリュール中佐が忌々しそうに口を開いた。
そして、その隣にはブリュール中佐の補佐官たるアンナ・クライヴ少尉もいた。
「うーん?カルコサ都市軍を皆殺した事かい?」
「⋯…捕虜をわざととらなかったことも問題だが、今はお前の部下の拾いものについてだ」
まるで悪びれる様子がないどころか、小難しいことに無関心な態度をつらぬくハロルドにバルドゥルは頭が痛くなった。
「アーノルド少尉が拾った企業連合の研究者とその連れかな。俺のツテでもう引き渡しの打ち合わせはできるはずだけど」
「その2人、本当に両方とも企業連合の人間か?」
「そのはずだよ?」
ハロルドは首を傾げる。この同僚は政府からの確認要請にすら目を通していないようだった。
バルドゥルはアンナに指示を出して、書面をハロルドの机に置かせる
「カルコサ政府が外交ルートで抗議文を入れてきた。テロリストを庇い立てするのか、とな」
「テロリスト?人も殺した事のなさそうな子供が?」
「その物言いだと、白髪の女の方は確実にアルビオン・バイオニクスの人間か」
基準は不明だが、どちらの事かは把握しているらしかった
「一応、片方は俺の妹だからね」
「⋯⋯妹なら、心配の1つもしないのかお前は」
「産まれが普通の人間とは価値観が違うものでね」
肉親にすら無関心な男に愕然とする。アンナも眉間に深いシワを寄せて何か言いたげだったが、バルドゥルは片手で制した。
今重要なのはそこではない。
「で、君ほどの人間が、これを鵜呑みにしてるわけかい?」
「カルコサ側は引き渡さなければ戦争も辞さないと」
「何を今さら」
嘲笑するハロルドを否定はできない。バルドゥルにしても、この文書を見て鼻で笑った内容だ。
「問題はウチの政府だ。今回の失態から何かしら功績を欲しがっている。戦争は回避すべきだという論調でメディア戦略も打ってきている」
戦争を未然に防いだという功績が欲しいようだ。
無関係な人間が犠牲になるだけでことが済むならそれでいいというわけだ。
「バルドゥルは何もしてないのかい?」
「当然、保守派メディアに情報は流している。逃げ腰は悪手。突発的に発生している戦闘は全勝で、真偽不明な難癖に従う余地はなく、企業連合と揉める方が経済的損失は圧倒的に大きいとな」
それによって大きな問題が発生する可能性が大いにある。
ただ、問題は議席数は政権の方が持っているという点だった。どれだけ根拠のある正論も、行使する権力が無いと意味をなさない。
「アルビオン・バイオニクス出身のお前の意見が聞きたい」
「⋯⋯」
率直に問われ、流石のハロルドも襟を正した。
「か⋯⋯アルビオン・バイオニクスの執行役員兼研究責任者、セシリア・キース教授は2人の名前を聞いて『2人ともすぐにでも戻して欲しい』とのことだ。必要書類があるなら最優先で準備させるらしいよ。実験部隊含め、本社にも発言力のある人物だ」
セシリア・キース教授は、アルビオン・バイオニクス内にて、デザイナーズベビーといった富裕層向けの主要サービスの他、企業連合の主軸である軍事研究も手掛ける人物だ。
そんな人物がアイアス都市軍の保護した2名の名前を認知している。
そして、すぐに戻してほしい⋯⋯要望で済ましている内にさっさと返せと言ってきた訳だ。
「⋯⋯政府がバカをやると」
「都市国家が2つ滅ぶんじゃないかな?」
アルビオン・バイオニクスは企業連合の中でも、4大企業連合に名を連ねる大組織だ。
専属傭兵を軍隊レベルで所有し、キャラバンやギルドといった輸送に関係する組織に融資している。
ギルドは多くの傭兵を管理する組織であり、傭兵への仕事の斡旋の他に、輸送拠点であり駐屯地でもあるアウトベースを運営している。地上輸送を担うキャラバンも、ギルドの傭兵による護衛とアウトベースという中継拠点がなければ成り立たない。
そして、輸送の重要拠点である軌道エレベーターを管理するのは企業連合であり、アイアスのある暗黒大陸の軌道エレベーターはアルビオン・バイオニクスの管轄である。
アルビオン・バイオニクスがギルドに口添えをするだけで、キャラバンに依存している都市国家の輸出入を阻害することも容易い。
多少時間がかかろうが、確実に滅ぼせる。
「手伝え。お前の部下が拾って来たんだ」
「それ、結果論じゃないか」
「アルビオン・バイオニクスとの交渉の糸口を途切れさせないだけでいい」
「あ、それだけで良いんだ。まぁ、あの人とはいつでも連絡取れるよ」
何を頼まれるのかと嫌そうなハロルドだったが、内容を聞いて快諾した。
「⋯⋯最悪の場合、非合法なルートを使うことも視野に入れている。貴族院の拒否権で可能な限り時間を稼ぐものの、議席数で法案を通されてはどうにもならないからな」
「トカゲの尻尾は?」
「必要すらないだろう。お前の妹なら、あの白髪の女もまともな人間ではないのだろう?」
バルドゥルの言葉に、ハロルドは無言で肩をすくめてみせた。2人の物言いの意味が分からず、アンナは内心で首を傾げる。
「まぁ、向こうの実働部隊とも連絡はとっておいてあげるよ」
「⋯⋯いらんトラブルは起こすなよ」
「信用ないなぁ」
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情報共有と、同僚の助力を取り付けたバルドゥルは、アンナと共にハロルドの佐官室を後にした。
アンナはハロルドとバルドゥルの会話を聞いていたが、よく分からない問答がいくつかあった。
「中佐。いくつか質問しても?」
「歩きながらで、答えられることなら答えよう」
先程の中佐2人のやり取りで、今後の判断基準に関わってきそうな不明点をリストアップしていた。
了承を得たアンナは、その1つ目を口にする。
「⋯⋯では、ハロルド・キース中佐の出自について」
「元アルビオン・バイオニクスの専属傭兵だ。そして、セシリア・キース教授の第一子。長男だな。家を出奔し、今はアイアス都市軍に在籍している」
やり取りとセカンドネームから予想はしていた部分だが、明確に答えられると顔を顰めかねない情報だった。
聞く限り、かなり扱いに困る経歴だ。
人のことは言えないかもしれないが。
「出奔したのに、繋がりを維持しているのですか?」
「向こうの本社は知らないが、セシリア・キース教授はさほど気にしていないようだ。俺が見聞きする限りでは。むしろ、最低限の繋がりを維持しているから容認されているように見える」
ハロルドが妹のことに興味を示さないのは家を捨てているからのようだ。バルドゥルの流石に詳細までは把握していないらしい。
「では、『まともな人間ではない』とは?」
「⋯⋯言葉の通りだ。デザイナーズベビーを作る研究者の子供だぞ」
何やら返答に間があったのが気になったが、要は遺伝子的に調整が施された人間ということらしい。
⋯⋯保護したセラ・キースという女性も含めて。
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この話を聞いたアンナは今日の勤務時間を終え、部屋に戻る前にセラとラピスの滞在先となっている隣の部屋に顔を出してみた。
「アンナさん。どうしたんですか?」
件のセラ・キースという女性は軍の食堂で買ったらしきスナック菓子を頬張っていた。
ベッドの上で。
一応、不要な新聞紙を敷いてシーツを汚さない様にしているようだが、新聞紙には寝転んで頬杖をついていたらしきシワが残っている。
アンナの応対をしてくれたラピスも若干呆れている様子だった。
「あ、ちゃんと汚さない様にしてますよ?」
残念なものを見るような視線に気付いたのか、セラは新聞紙を指差し一応の言い訳をする。
これが遺伝子組み換えで生み出された人間。
あの得体の知れないハロルド・キース中佐の妹。
むしろとても人間臭く見えた。
とても駄目な方の。
「太るわよ」
「私、むしろ油断したら痩せちゃう体質なので」
大雑把な性格は似ているのかもしれない。
なんだか上司にからかわれた気分でアンナはため息をつく。
「まぁいいわ。私は部屋に戻るわね」
「⋯⋯何しにきたんですか?」
本当にその通りだ。時間の無駄だったとアンナが踵を返そうとした時、モバイル端末の通知音が鳴った。
「ラピスちゃんのだね?誰から」
「あ⋯⋯」
少年⋯⋯ニコルからの音声通信だった。




