section.31_入国審査
ブ―――――ッと、ブザーが鳴り響いた。
セラが通り過ぎた後にラピスも習って四角いゲートを通ると大きな音が鳴り出したのだ。ラピスは何事かと戸惑った様子で周囲を見回す。
セラとラピスは城塞都市アイアスの入国審査の最中だった。アイアス都市軍の都市外活動専任特殊部隊が保護したセラとラピスだが、形式として入国審査を受けてもらうことになった。
外から人間が城塞都市に入る際、都市国家アイアスでは危険物を持ち込ませないための持ち物検査、疫病を入れないための健康の状態のチェック、必要に応じて身分証の作成などを行っている。
2人は食料プラントに入るための2週間以内の健康状態報告書の書面データがあり、アルビオン・バイオニクスに籍があったことで、メディカルチェックと身分証の作成はスキップすることができた。
対応は拾った責任と称されてクレアが押し付けられていた。彼女はもともと面倒見のいい性格もあり、指示がなくとも世話をやくつもりではあったが。
そして最後の持ち物検査を行うことになったのだった。
セラは護身用の拳銃とモバイル端末を預けることで引っかかることは無かった。
しかし、まさかラピスが引っかかるとは思っていなかった。
「ええっと⋯⋯。ヘアピンとか髪留めを外して、もう一度通ってみてくれ」
「は、はいっ」
ゲートの逆側に戻り、言われた通り髪止めとヘアピンを外し、ラピスは恐る恐る金属探知機の取り付けられたゲートを通る。
再びブザーが鳴った。
女性の職員が小型の金属探知機を持ってきてラピスにかざす。
首まで来たところで、探知機が反応した。
「ペンダントかチョーカーなどつけていませんか?」
「え、ええっと…⋯」
「ニコル君から指輪を貰ったりとかは?」
「貰ってないです!」
「彼氏かい?」
茶化されたラピスは唇を尖らせてしまう。見かねたセラがゲートを通って戻ってきた。
ゲートが壊れているわけではないので、当然だがセラが通っても音はならない。
「ちょっと確認するだけだからね」
セラが前からラピスの首元を調べる。見る限り、ペンダントなど身に着けてはいない。ラピスの長い後ろ髪にヘアピンでも引っかかっていないものかと、後ろに回ってみる。
代わりに別のものを見つけ、セラは眉間にしわを寄せた。
「…⋯これは⋯⋯」
それは小指の先ほどの大きさだった。
中心部で赤い小さな光が点滅している。
虫の足のように針金が四方に伸びていて、うなじの白い肌に食い込んでいる。ラピスが困惑しているところを見ると、本人も気付いていなかったようだ。
「セレスも気付かなかったかぁ⋯⋯」
たしか、セレスがラピスと一緒に入浴したりしていたはずだが、ラピスのボリュームの多い髪に隠れて気付いていなかったようだ。
「どうかしたのか?」
クレアが覗き込んできて、針金が皮膚に食い込んでいる痛々しい光景を目にして表情をゆがめた。
何やら10円はげでも見つけられた気分になってきたラピスがそわそわと落ち着きをなくし始める。
「な、何かあるの?」
「ちょっと待ってね。今とるから」
ラピスに呼びかけ、本体であろう、黒い硬貨のような部品の側面を指でなぞる。
バツ印に伸びる4本の針金の間に爪で何とか押し込めそうなスイッチがあった。
「我慢してねー」
「えっ?」
セラが爪でスイッチを押し込むと、針金がそれぞれの方向に伸び、鉤状に折れ曲がって皮膚に食い込んでいた針金が抜けた。
「いっ――――!!!!」
びくんとラピスが大きく仰け反って悶絶すると同時に、その物体はセラの手のひらに落ちる。機械が着いていた所には小さな刺し傷が円形に4つ並んでいた。
ラピスが何事かと手を伸ばすが、セラに遮られてしまう。その代わりハンカチで垂れた血をふき取り傷テープを貼ってくれた。
クレアはセラによって外された奇妙な機械をセラの肩越しに眺めている。セラは深刻そうな表情で、それに目を向けていた。
「何なんだそれは?」
「…⋯発信機。GPSタグですね」
苦虫を噛み潰したような表情でセラは呟いた。
その言葉にクレアは目を丸くした。
「発信機?」
「基本的な用途は家畜の管理や野生動物の行動データ収集に使われます」
「家畜…⋯」
何でそんなものがとクレアは首を傾げる。
だが、ラピスの事情を知っている人であれば、誰がどこで何のためにつけたものか容易に想像がついた。
セラの表情に気圧されたクレアは、言葉を選びながら口を開いた。
「…⋯とりあえず、それはこっちで預かってもいいかい?」
「…⋯お好きに。私達のものではないですし」
しばし睨みつけるようにそれを見ていたセラだが、短くため息をつくとクレアに手渡した。
これはおそらくカルコサのものだ。
だとすると、あのカルコサの都市軍はラピスを追ってあの場所にやってきたことになる。
なぜか。
セラは母親であるセシリア・キースがラピスの青い髪に非常に関心を持っていたことを思い出した。
香油など手入れの要因も大きいだろうが、通常の人間にも濡烏やブルーブラックと呼ばれる干渉色で青い光沢が出ることはある。
しかし、この少女の髪はそれよりも明らかに青い発色をしている。母は人間が持っていなかった構造色ではないかと調べていた。突然変異による先天性なものなら、デザイナーズベビーのゲノム配列の新商品となるだろう。
仮にアルビオン・バイオニクスのようにゲノム配列を商品とするなら、心体的な異常や障害の確認をするため長期的な観察や診断、または生体解剖が必要になる。
アルビオン・バイオニクスとしては前者の形で権利者契約を交わし囲い込んでいる。先日にセシリアがラピスに渡していた契約書はそれであった。
はたまた、人身売買で今では珍しい人種やアルビノといった例の少ない特性を持つ人間はいくらの値がつくのだったか。
奴隷商がどこまで執着しているのかなど想像できないし、したくもない。
ただ、嫌な予感がするのは確かだった。
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「ここが、君達が滞在中に利用してもらう部屋だ」
クレアは、入国審査を済ませた2人を軍の女子寮へと案内した。
セラとラピスに貸し与えられる部屋は独身寮では一般的な2人部屋で、クレアとアンナが使っているものと同じような造りで隣の部屋だった。
クレアが2人の面倒を見るため、配慮もされた結果である。
そう、それは確かに一般的な部屋だ。都市の中にある軍の寮としては。
「…⋯狭い」
「えっ」
信じられないといった表情で不平を溢されクレアはショックを隠せなかった。
だが、ラピスのその反応はとても当たり前のことだ。
都市国家というシステム上、どうしても個人の空間は制限されてしまう。
開発地域に制限のなかった時代に造られた廃都市の建築物や土地を利用したセラやニコルの部屋と比べれば当然狭い。
さらにラピスが故郷で住んでいた開拓村の家は一軒家であり、訓練や任務から帰ってきて寝るだけの寮よりはるかに広かった。
「まぁ、城塞都市の中だから。しかも軍隊の寮だし」
そして、都市軍の独身寮となると税金を使うということもあるが、集団行動訓練の目的もあるため、できるだけ人を詰め込めるように造られてしまっている。
「でも、私の部屋よりも狭い⋯⋯建物は大きいのに」
「たくさんの人が住むための建物だから、こんなものじゃない?」
「…⋯そうなんだ。クレアさんはずっとこんなところで住んでるんですか」
「え⋯…まぁ、軍に入ってからはそうだな」
こんなところと言われ、憐れみの視線まで向けられてしまいクレアは返答に困ってしまう。確かにクレアの実家と比べれば狭いのだが。
⋯⋯特に不満もなく生活している自分がおかしいのだろうか。
「まあ、住めば都だぞ」
そう言う他なかった。
「あ、追い付けた」
ラピスの様子にどうしたものかと困惑していたクレアにとって、後ろから飛んできたの聞きなれた声は救いだった。
振り返るとアンナがひらひらと手を振りながらやってくる。
「アンナ、今日は早いな」
「あんたの手伝いをしろって言われたのよ。まぁデスクワークに飽きてきて立候補したんだけど」
そう言ってアンナはセラとラピスを観察する。
ラピスという少女の興味津津な視線が可愛らしい。
セラという女性の目付きが厳しいのは保護者として気を張っているからか。
「事情は聞いているわ。アンナ・クライヴよ。クレアとは寮が同室で腐れ縁なの。アイアス都市軍の情報士官…⋯オペレーターって言った方が判りやすいかしら。よろしくね」
「短い間ですが、お世話になります」
「よっ…よろしくお願いします」
セラの慇懃な挨拶は良くも悪くも研究者らしく感じる。ラピスの背伸びした挨拶は背の低さと童顔も相まって思わず頬が緩んでしまう。
「手狭な部屋だけど、必要なものは揃ってるわよ。着替えも支給されるし、食堂も自由に使ってね。部屋にシャワーもあるけど、独身寮には男女それぞれ大浴場もあるのよ」
アンナが来てから、彼女が主導で必要な施設を案内してくれた。
「できるだけ二人、一人だけの行動は避けてね。女子寮の中はともかく」
「何でですか?」
「企業の自衛部隊はどうかしらないけど、都市の軍は皆が皆、クレアみたいな善人じゃないわ。中には犯罪者崩れの輩もいるから気をつけてね。基本的にこっちで護衛をつけるけど」
アンナが説明し、セラが質問して、それにアンナが答えるような会話の流れが出来上がっていく中、ラピスの視線はアンナの容姿と金色の髪から離れることがなかった。
彼女が、少年⋯⋯ニコルの姉なのだ。
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「今日は疲れたー」
大浴場から指示された部屋に戻り、セラは勢いよくベッドに倒れ込んだ。軍隊のベッドながらマットは柔らかかった。
もしかしたら来客用に良いものに変えているのかもしれない。
「クレアさんもアンナさんもいい人だったね」
「そうだねー」
ラピスの言葉に、セラは気のない返事を返す。
頭の中にはアンナの顔が浮かんでいた。鮮やかな金髪に、少し上がった目じり。整った顔立ちで高嶺の華のような印象を与えるが、崩すことのない微笑みは友好的な雰囲気を作り出していた。
外見だけでいえば、男に好かれ女に嫌われるタイプに見えるが、そうでもないようで、案内の途中でアンナに気さくに声をかける女性は多数いた。
面倒見の良さで女性からも支持を得ているのだろう。抜け目のない女性である。
だが、セラが気にしていることは、そんなことではない。その憂鬱の理由を、ラピスが代わりに口にしてくれた。
「あと、アンナさんて、ニコルに似てて変な感じ」
「生で見ると本当にそっくり⋯⋯」
ラピスは楽しそうに話すが、セラからするとどうしたものかと思う部分だ。今更罪悪感など感じている自分がバカバカしい。
おそらくニコルと顔を合わせるようなことになれば、アンナは一目で肉親と気付くかもしれない。今日の会話では、彼女の親族への温度感までは分からなかった。
「あ、ニコルに連絡取らないと」
「まだあれから1日だし、都市外施設には戻ってないと思うよ?」
「じゃ、じゃあメッセージだけ⋯⋯。あ、セレスにも送っておこう」
「あー、母さんとセレスには私も連絡しておこうかな」
セラもラピスと同様にセシリアとセレスにメッセージを送った。すると、即座にラピスとセラのモバイル端末から通話の通知音が鳴り響き始めてしまった。
「ラピスちゃんはセレスをお願い。私は母さんと話すから」
「は、はい!」
通話を音にして耳に当てる。
「もしも⋯⋯」
「どういう状況だ!」
セレスの声が、鼓膜に穴を開けるんじゃないかというようなボリュームで耳のなかに響いてきた。
「ええっと⋯⋯詳しい事はセラさんがキース博士と話してるみたい⋯⋯」
思わずスピーカーを離しつつ返答する。
「⋯⋯そうか。無事なんだな?」
「うん」
「怪我は?」
「怪我?怪我は⋯⋯?」
怪我といえば、セラが額をぶつけて切ってしまっていたはずだ。思わずセラを見ると、口に指を当てるジェスチャーで黙っているようにと指示された。
「擦り傷くらいかな。お風呂でちょっとしみたかも」
「そうか。シーラ姉さんや他の奴らは?」
「それは⋯⋯わかんないや。私とセラさんだけはぐれちゃったから」
「⋯⋯そうなのか。まぁ、姉さん達なら大丈夫だろう。むしろラピスとセラ姉さんのことを心配してるかもな」
「そうかも⋯⋯メッセージは送ったけど⋯⋯」
「帰ってきて、気付いてないようなら僕が伝えといてやる。セラ姉さんにも、僕が心配してたと言っといてくれ」
「分かった。またね」
「ああ。またな」
特に怪我などしてないと知ると、セレスは安心したようだった。セラの方もちょうど通話を終えたようだった。
「セラさんの方はどうでした?セレスも心配してましたけど」
「⋯⋯もう知ってた。皆への周知は明日するって」
「え?」
セラの言ってる事がよく分からず、ラピスは小首を傾げた。セラもどう説明するべきかと悩んでいる様子だ。
「⋯⋯えーっとね。1人だけ、ここで働いてるホムンクルスがいるんだよ」
とても複雑そうな顔をするセラに、ラピスはもう一度首を傾げることになった。




