section.28_敗走
頭部の赤いセンサーを瞬かせる白い機影が獲物に向かって肉薄する。
無謀とも思える行動ではあるが、その機体が右腕に装備する大盾がそれを可能にしていた。
大盾がMⅢオルトロスの重要部位である胴と脆い関節部位を覆い隠しているため、機関砲や重機関砲では有効打は見込めない。
距離を取りたいカルコサ都市軍のMⅢクーガーは榴弾砲を至近距離で発射した。
爆発の煙で視界が悪くなるが、自機をも後方に吹き飛ばされる衝撃と爆風で白いMⅢは転倒するはずだ。
はずだった。
爆風を突き破り、白い大盾が顔を出した。反射的に機関砲をフルオートで掃射するが、当然ながら効果はなかった。
勢いに任せて追突されたカルコサ都市軍のMⅢクーガーはバランスを崩し横倒しになってしまった。
機体を起こそうとしてするが、すでにMⅢオルトロスは大盾を振り上げていた。
盾の裏側。
そこからMⅢを両断するための武器、高周波ブレードの刃先が顔を出していた。
MⅢオルトロスが盾を振り下ろすと共に刃が突き出し、コクピットブロックを貫いた。
「次だ!!」
敵の前衛を叩き潰したラルスのMⅢオルトロスは盾を構えたまま、後方に跳躍する。
榴弾砲でも怯まないMⅢオルトロスは機体出力に特化した実験機だ。
MⅢイカロスの出力を突撃型MⅢに転用し、重装備と高機動の両立を図った機体であり。戦闘機に頭と腕と下半身を付けたような形状をしている。MⅢイカロスと同出力を出すため両肩と両大腿部の4箇所にホバーエンジンを搭載しているため、肩装甲が大型化していた。
MⅢイカロスと大きく異なる点は、飛行しないため両肩のホバーエンジンを重量軽減と姿勢制御に特化している点だ。電力も有り余っているため、各関節のアクチュエーターを大型の高出力タイプを採用している。
そのため、通常のMⅢであれば機動力や運動性能に影響が出る大盾を片方の腕部で振り回すことができている。
武装は刺突ブレードを内蔵した大盾に、肩関節部に内蔵された榴弾砲、全機MⅢの肩関節部標準搭載の対人機関銃のみだ。
突撃と後退を繰り返す暴力的なヒットアンドアウェイで敵部隊の陣形を叩き潰す装備をしている。
ただ、左腕部のマニピュレーターには武装を積んでいない。これには理由がある。
MⅢオルトロスは大盾を構えて後退しつつ、姿勢を大きく低くした。そこには大破した敵MⅢが落とした武装が転がっている。
それを拾い上げると、MⅢオルトロスは敵に向けて弾薬の残った重機関砲を敵に向かって放り投げた。重機関砲は誤作動で度々暴発しながら敵部隊に飛んでいく。
ラルス・エムロードの戦い方は手癖が悪い。
MⅢに人のような動きをさせるには生体電気で機械に命令を出せるようにするインプラントを埋め込んだ強化人間が一般的だが、ラルスは腕部のマニュアル操縦用の操縦桿で行う。
他にもできる者はいるが、拾った武器を投げる者はなかなかいなかった。
砲撃戦や拠点防衛など必要な時こそ射撃武器を積んだりするが、おおよそ左腕は手ぶらである。
「ニコルの方はどうだ!?」
「僕の機体、白兵機じゃないんですが……!」
ニコルのMⅢアルテミスは重装甲の狙撃機である。
先日交換した飛行用のホバーエンジンの出力のおかげで地上での機動力は上がっているものの、中〜近距離で有効な武装となると右腕部側面に備え付けられた小口径の榴弾砲程度のものだ。
レールガンを使用する手もなくはないが、下手な姿勢で発射すれば反動で機体が転倒しかねない。
シーラのMⅢイカロスが狙撃用の重機関砲を構えているが、誤射しかねないつかず離れずを維持されて、機体の安全装置が射撃の邪魔をしてしまう。
右肩のシールドを前面に展開し、なんとか凌ぐのが精一杯だった。
「厳しそうだな。なら……」
「じゃあ、ちょっと跳ねてみようか?」
ラルスからの通信に聞き慣れない声が割って入ってきた。直後に警告表示がモニターに大きく表示され、アラートが鳴り響いた。
「後ろっ!?」
後方から照準用レーダーを照射された際の警告だ。
ニコルは通信で入ってきた音声もあり、反射的に機体を跳躍させた。横に飛ぶなど器用な操縦をしている間はない。
せめてもと、ホバーエンジンの出力を上げて特殊機動、飛行出力に切り替える。ホバーエンジンの出力が上がり、MⅢアルテミスはフル装備の見た目に反して大きく空に飛び上がった。
張り付いてきていたカルコサ都市軍のMⅢも想定以上の機動力を目にしたため呆気にとられる。
そして、ニコルも驚愕することになる。
ニコルのMⅢアルテミスが先ほどまでいた場所に黒いMⅢが凄まじい速度で飛び込んできた。先ほどまでしつこく張り付いてきたMⅢは黒いMⅢに衝突され、そのまま引き摺られてゆく。
数十メートルは引き摺られただろうか。黒いMⅢの勢いが殺されたことで、ようやく詳細が確認できた。
右腕が巨大な黒いMⅢだった。
右腕は巨大な腕となっており、衝突したMⅢを鷲掴みにしていた。掴まれたMⅢは左腕部の重機関砲で武装を破壊され、反撃もできない状態にされている。
左肩にはペリースのような盾が取り付けられている。肩関節部にはシーラのMⅢイカロスとは異なる形状をしているものの、アルビオン・バイオニクス製の追加ブースター……外付のホバーエンジンだ。
本体フレームのステルス戦闘機のような形状は市販されているアルビオン・バイオニクス製のMⅢジャガーのようだが、それ以外はニコルが見たこともない武装で構成されていた。
識別信号は、アイアス都市軍のものだ。
「あな……」
「お前ハロルドか!!?」
言葉を遮るようにラルスが声を荒げたため、ニコルは目を丸くする。
ラルスはそこまで温和な性格でこそないものの、長い付き合いでここまで激昂する様子は初めて見た気がする。
「いや、昔馴染な機体と面白い機体が見えたからさ」
この男はいったい何をしたのかと考えたくなるが、今は戦闘中だ立ち話をしている場合ではない。
「ラルスさん!今は……!」
「そうそう。彼の言うとおりだよ」
ニコルの考えに肯定するように黒いMⅢは重機関砲を放つ。ラルスのMⅢオルトロスに照準を向けていた敵機の武装が撃ち抜かれた。
「は?」
「相手はわざわざ足を止めて構えてるんだ。簡単なことさ」
ニコルの呆然とした声に応えるようにまた数発、重機関砲が火を吹く。
無粋なカルコサ都市軍のMⅢは頭部と股関節を撃ち抜かれて崩れ落ちた。
オート照準による胴体への射撃ではなく、腕部をマニュアルで操り照準している。
まぐれや偶然ではない。
「俺もまたラルスと殺り合いたいけど、今の俺には立場ってモノがあってね。残念で仕方がないよ」
「……ちっ!」
淡々と黒いMⅢはカルコサ都市軍のMⅢを一方的に駆逐していく。機体システムの生きた機体を盾にされているため、同士討ちを予防する安全装置が働いて射撃での反撃できないのだ。
識別信号を抹消すれば安全装置を解除できなくもない。だが、小隊規模での作戦行動ならともかく、敵味方に同型機も多くいる混戦状態でその判断を下す度胸のあるカルコサ都市軍の軍人はいなかったようだ。
ハロルドの目に写る敵MⅢは精密射撃で一方的に駆逐されていった。
「あ、もういないか。じゃあこれもいらないね」
黒いMⅢに鷲掴みされていた敵機を長大な鉄杭が貫通する。
巨大な右腕部の肘から飛び出していた円柱状のパーツはパイルバンカーと呼ばれる近接武器を大型化したもののようだ。
ハードウェアの詰まった胸部とコクピットブロックを貫かれたMⅢはその場に崩れ落ちた。
「俺はこれから楽しい仕事の時間でね。ラルスも仕事があるんだろ?行ってきなよ」
「……シーラ、ニコル、行くぞ。車両部隊を拾いに行く」
「……分かった」
ラルスとシーラがハロルドに背を向けて後にする。
ただ、どうにも因縁がありそうな様子の相手にニコルは警戒を緩められず、MⅢアルテミスで黒いMⅢを正面に捉えたまま二人に続いた。
「初めましての君、いい警戒心だね。俺はハロルド・キース。詳しくは2人に聞くといいよ」
聞き覚えのあるセカンドネームを名乗る男は、ニコル達がやってきた食料プラントの防衛隊のいる方角に姿を消した。




