section.27_窮鼠猫を噛む
「最悪!最悪!最悪!」
「セラさん怖い!!」
「お願い!今は我慢してっ!」
ニコル達が応戦を始めたころには、セラとラピスもす大型輸送車両を酷使し退避を始めていた。
しかし、セラが運転するのは大型輸送車両である。そして、後ろからはMⅢを懸垂しているとはいえヘリコプターであり航空機だ。最高速度は雲泥の差である。
「なんでこっちに来るのよ!カルコサの都市軍じゃないの!?」
相手が誰かは知らないが、企業連合を狙うなら目的は研究資料やサンプルか。
食料プラントの職員達はシェルターに隠れ、市販品の検査設備は放置している。
大型輸送車両のコンテナの中にはアイアスの食料プラントと取引するための商品も積まれていた。
最新の遺伝子組換作物の種子や、同じく遺伝子組換の家畜の受精卵など、個人が売れば数年は遊んで暮らせる代物が詰まっている。
ただ、状態管理や売買ルートなど、ツテもなしに売れるものでもない。
奴隷商の人狩りという線もあるが、流石に大型輸送車両の運転手がアルビノの女性で、アルビオン・バイオニクスの試作ホムンクルスなどと分かることはないはずだ。
珍しい人種は高値がつくらしい。自分が人身売買でいくらの値がつくかなど考えたくもなかった。
「ニコル君!ラルスさん!シーラ姉!!誰でもいいから返事してよ!!くっそうECMかなぁ!?」
他の研究者や職員も、別の車両で散開しつつ逃げている。
何も車両はこの大型輸送車両だけでなく、機関銃を背負った軽装甲車や、兵士を輸送するような重装甲車もあった。
それを選べば良かったなどと後悔しても遅いが。
ならず者が相手の場合、何より狙われやすいのは宝を抱えている上に動きの鈍い大型輸送車両と相場が決まっている。
だが、誰かがこれを持ち出さないといけない。
セラはそれを買って出た。
自分で作ったものは自分で守りたかった。
「ラピスちゃん!バックモニターの状況教えて!!」
「ヘリコプターから!……え、エムスリーが落ちてきた!!1機!!!」
悪路にがくがく揺れる運転席の中で舌を噛みそうになりながらも、少女は健気に報告してくれた。
ただし、悪い知らせだった。
「……くり……ます」
「ニコル君!?」
通信機から微かに聞き覚えのある声が耳に入った。
「各……に伝達。合流……は……」
思わず声をかけるが、やはり電波妨害にあっているようで音声は途切れ途切れで、こちらの声も届いていないようだ。
「こ……戦闘中……合流が……かしい場合、…塞都市アイアス……へ逃走を……」
ニコルの言葉が衝撃で打ち消される。座席から跳ね上げられそうになる衝撃に、事故の経験がないセラは初めてシートベルトに感謝した。
サイドミラーを見れば、大型輸送車両のコンテナに手を伸ばす巨大な人型……MⅢが目に入った。
「ラピスちゃん!口閉じて捕まって!!」
「むぐっ!!」
横目でラピスが口を押さえてシートベルトに捕まるのを見届ける。
「よしっ……!ブレーキ!!」
大型輸送車両が出せる最高時速の時速100kmが出ている状態で、セラはブレーキペダルを踏み抜かん勢いで踏み締めた。
100tを超えるような重量級車両の急制動にABSなど役にも立たずタイヤの回転速度の低下と車両の慣性が噛み合わなくなる。
さらに、後方から突き上げるような衝撃がセラとラピスを襲った。
「んんーーー!!!??」
同乗者から声になっていないくぐもった悲鳴が耳に入るが聞く耳は持たない。
急ブレーキをかけたため、コンテナ車に取り付こうとしていたMⅢが衝突したのだった。
サイドミラーで後方を確認すると、不自然な姿勢でコンテナに貼り付いたMⅢの姿が見えた。
「よっしゃあ!ざまぁみろー!!」
セラは興奮を隠さず片腕でガッツポーズをする。
しかし、推力と浮力を失ったMⅢの重量が大型輸送車両にのしかかり、車両は急速に減速を始めた。
「えっ!?嘘っ!?それは駄目だって!!」
一転して動揺するセラだが、こうなってしまってはできることなど1つしかなかった。
「あーもうっ!!もったいないけど仕方ない!!」
セラが身を屈め、座席の下に手を伸ばした。
その先にあったのは、黄色と黒で塗装された縁取りガラスカバーに守られた赤いレバーだった。
セラは薄いガラスカバーを叩き割り、赤いレバーを力の限り引く。
その拍子にレバーが折れてしまったが、ちゃんと動いてくれたことは車内に響いてきた連鎖的な爆音と衝撃で認識できた。
「ななっ…なにっ、したのっ?」
「荷物を捨てた!!」
セラの言葉が良くわからなかったが、金属がぶつかり擦れ合う鈍い音が答えを教えてくれる。
セラの運転する本隊である牽引車と、後方のコンテナ車が切離された、牽引車は速度を取り戻した。
「このままアイアスの方角に逃げるよ!!」
先ほどのニコルの声の通信は、合流が難しければ都市国家アイアスの城塞都市方向へ逃げろというものだった。
おそらく、自国の食料プラントへの攻撃を察知して迎撃部隊が出撃しているのだろう。
保護してくれるかは分からないものの、アイアス都市軍の築いた防衛線の内側に入ってしまえば、この煩わしい追跡者であっても手も足も出まい。
「ニコル達は!?」
「今は自分の心配をしてねー」
だが、甘かった。
MⅢのボディがコンテナにめり込もうが、衝撃でホバーエンジンが停止しようが、人型の両腕と頭部は無事だった。
上半身の可動部位はホバーエンジンに支えられることなく自重も武装も支えているパーツだ。
問題なく動く。
追跡していたMⅢの頭部センサーとカメラが牽引車を見据えていた。
「え?」
突如として体を襲った浮遊感にセラもラピスも呆然とする。
よく見なくても、車両の外側の景色が大きく傾いていた。
敵MⅢが発射したのは大口径の榴弾砲だった。
それが大型輸送車両の牽引車右翼側、その大地に着弾し爆発した結果だった。
CE弾頭ではなく、ただの榴弾砲の貫通力は低い。
この火器の大きな目的は高機動の代償に衝撃に弱くなっているMⅢを転倒させる、または脚を止めることだ。
当然ながら、コンテナ車を切離し軽くなってしまった牽引車ではひとたまりもなかった。
宙に浮いていたのはごくわずか。車体の一部が地に着いた瞬間に牽引車はサイコロのように地面を転がった。
4、5回回転したのち、横倒しになった状態でようやく止まる。
ボディとフレームが頑丈に造られていたことが不幸中の幸いか、車体は原型を留めていた。
轟音と激しい振動、何が起こっているのか認識できない視界に、うずくまっていたラピスは、周囲が静かになってから恐る恐る頭を挙げた。
さっきまでちゃんと座っていたのに、体が横倒しになっている。シートベルトが体を支えてくれていた。
何をしたらいいのか、どこを向いたらいいのか分からずおろおろしていると、ぽたりと、頬に何か落ちてきた。生暖かいそれを手で拭うと、赤い線が手の甲に描かれた。
愕然として、血が滴ってきた方を見上げる。
「セラさん!!」
名を呼んでも返事が無い。真っ白な髪を血で染めているセラは、力なく身体をしなだれさせていた。
シートベルトがなんとかその身体を支えている。
ラピスが彼女の投げ出された手を掴むと体温と脈はしっかりしていた。
ちゃんと生きている。
「血、血が…」
なんとかシートベルトの拘束から這い出たラピスはハンカチでセラの頭の傷の止血を試みる。
だが、やはりこれでは心もとない。
頭の傷は血が多く出ると応急処置の説明でセラに教えてもらったことがある。何かないかとシート裏のサバイバルキットを取り出そうとしてみるが歪んでいるのか、ビクともしない。
赤く染まっていくハンカチに焦りを感じ始めた時だった。
ズンッと大地が揺れた。
サイドミラーが歪んだことがあいまって、ラピスの座席の位置から後ろの様子が確認できた。
別のMⅢが空から降りてきたのだ。見た目と色が先ほどの機体と同じだった。
追っ手であることには違いない。
「セラさん!セラさん!!」
止血よりも逃げることを優先すべきだと判断し、セラに呼び掛ける。
起きてくれるかどうか判らないが呼びかける。
一人で逃げるという選択肢はなかった。
捕まるのは嫌だが、独りになるのも、見知った人を置いて行くのも嫌だった。
セラはなかなか起きてくれない。
ようやく彼女が見じろきした時には、絶望はすぐそこにまで迫っていた。
巨大な機械の手。
MⅢのマニピュレーターが窓の外にあった。
時間が止まったように見えた。
だが、MⅢのマニピュレーターは車両に触れることはなかった。
巨大な手は先ほどのゆっくりした動作とは打って変わって逃げるように車両から離れた。
「……何?」
異常があったのは空の上だった。
MⅢを1機を懸垂した大型輸送ヘリが通り過ぎていった。
さらにもう1機の大型輸送ヘリが通り過ぎる。こちらは何もつり下げていない。
先ほどと同じような衝撃が立て続けに3度、大地を揺らした。
今まで後ろにばかり気を取られていて、前をちゃんと見ていなかった。
フロントガラスの向こう側にはまた別の色のMⅢが3機、空から降りてきた。追っ手とは形状も塗装も異なっている。
ラピスは知る由もないが、グレーベースのカモフラージュ塗装は都市迷彩と呼ばれるものだ。
頭のないMⅢが2機に、高速列車のような流線型の装甲のMⅢが1機。うち後者が、武装を構えていた。
何の警告もなし重機関砲をフルオートで掃射する。
その轟音にラピスは思わず耳を押さえて蹲る。だが、それはセラとラピスを狙ったものではない。
轟音からわずかに遅れ、爆発と爆風が横倒しの牽引車を揺らした。
「……助かった」
目を覚ましたセラが安堵の息を吐く。
「セラさん?」
「……都市国家アイアス所属の、MⅢ部隊だよ。左肩に口輪をした猟犬の、絵があるでしょ」
灰色のMⅢは器用に腕部の武装を地面に突き立てると、空いた腕部のマニピュレーターで真上を向いている牽引車の側面を掴んだ。
「そこの輸送車両の運転手。意識はあるか?」
「ありまーす……」
MⅢから響いてきた女性の声に、セラは外部スピーカーで返答する。
返事から少し遅れて、バシュッと空気の抜けるような音がした。直立していたMⅢのコクピットハッチが後方にスライドし、中から人が出て来た。
片手にバール、肩にロープを持つ長身の人物は、命綱を機体に繋ぎ、器用に牽引車の側面に乗り移ってきた。
高所作業にも力仕事にも手慣れた様子で、歪んだ牽引車のドアを容易く抉じ開けてしまう。
「手を貸そう。ベルトは自力で外せるか?」
パイロットスーツにボディアーマーも身に着けた軍人だ。軍人にいい思い出の無いラピスは思わず身を固くする。
その様子に気付いたのか、その軍人は首を傾げるものの、少女の反応を操縦用ヘルメットのせいだと思ったようだ。彼女がおもむろにヘルメットを脱ぐ。
ヘルメットの下から栗色のショートヘアーの素顔が顔を出した。
「怖がらなくていいよ。助けに来たんだ。私はクレアだ。よろしく」
優しく笑うクレアに、少女の緊張も緩んだ。
「まずは運転手のお姉さんを引き上げたい。手伝ってくれるかい?」
「は、はい」
ラピスの返事にクレアは頷くと、セラを引き上げる準備を始めた。




