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section.24_緊張

「ニコル…達は入らないの?」


「入れない、が正解かな。MⅢは機動中、ホバーエンジンのバーニアから常に高温の排気ガスを吹かしてるから、藁とか牧草ロールの近くに行くと火事になっちゃうんだよね」


護衛で着いて来た3機のMⅢはを食料プラントの入り口で待機していた、茶色の機体……MⅢクーガーに止められた。3機を見送りながら、セラが運転する大型輸送車両は塀のの内側に入っていく。


2日間の行軍日程は特にトラブルもなく都市国家アイアスの食料プラントに到着した。


「アイアスの防衛部隊が使っているMⅢのガレージがあるから、迂回してそっちに行くんだと思うよ」


眺めていると、アイアス所属のMⅢクーガーは重機関砲(ライフル)を保持していない腕部を器用に操作して迂回する方向を指し示していた。


白い機体、ラルスのMⅢオルトロスが同じように空いた腕部を上げて挨拶か御礼のような動作をとっている。


まさに甲冑を着た巨人のように見える。


「……人みたいに動くんだね」


「あれ遊びだよ?」


「え!?」


「迂回ルートの伝達なんて通信と座標データの送信で済むことだから。まあ、MⅢのパイロットは皆、マニュアル操作でああいうやり取りするのが好きなんだよ」


そう言われてみると、ニコルが乗るMⅢアルテミスとシーラのMⅢイカロスは余計な動作をせず直立状態で静止していた。


そもそもこの2機には空いた腕部がない。


MⅢアルテミスは左腕部に巨大なレーザー砲と、右腕部側面に榴弾砲を積んでいる。MⅢイカロスも左腕部側面に砲らしき装備があり、右腕部に長大な重機関砲(ライフル)を携えていた。


戦闘中でもないのに武装のついた腕部を振り回す訳にはいかないということらしい。


「MⅢ以外の車両はこのまま倉庫エリアに向かってくれ!駐車位置は向こうで指示がある!」


「りょうかーい」


塀の内側、守衛所でセラは車両を降りると地図を受け取り行き先の指示を受けていた。


セラは愛想よく返事を返して運転席に戻ってくる。


「何で2つも門があるの?」


「外は軍事的な防衛用で、こっちは事務的なものだね。輸送車両って狙われやすいから」


内側のフェンスの向こうには広大な農園が広がっていた。


小麦畑とコーンの敷地が最も広いだろうか。その畑の中を農場用のトラクターがゆっくりと動いている。


多少なりと差異はあるものの、村での畑仕事を思い出す光景だった。


魅入っていると、運転席から笑いを零す声が聞こえた。


「ラピスちゃん、こういう景色が好きだと思ったんだよね」


「……うん」


今の生活も好きだ。


だが、やっぱり村での生活も嫌いではなかった。


もう戻れはしないからこそ、懐かしく、寂しかった。


----------


「……目標、国境線を越えました」


「予想よりも数が多いな」


軍事衛星が捕らえた車列は後方支援の輸送車両や装甲車を合わせれば数は優に50を超えていた。


国境線を越えてきたそれは、全て都市国家カルコサの駐屯地から出撃したものだ。


大隊規模の越境など宣戦布告と捉えられても文句は言えない。


アイアス都市軍の情報部は城塞都市外にいるテロリストの動向を日々監視しており、きな臭い情報など日常茶飯時だ。


そんな者たちでも、今の状況では動揺を隠せずにいる。


「……この状況で、政府は刺激するなと?」


「移動ルートは資源プラントを迂回している。現場レベルで出撃命令は出さない。全て政府に放り投げる。都市外活動専任特殊部隊(ハウンズ)に徹底させろ。政府判断があるまで待機だ」


非道で冷徹な判断だ。もし資源プラント付近でカルコサ都市軍の暴挙が始まればまず間違いなく、非戦闘員に死人が出るだろう。


だが、この辺りの駆け引きに関しても情報部の仕事なのだ。


「メディアは動いているか」


「すでに報道用のドローンが現地に向かっています」


これはチキンレースですらない。


最終的に政府は議会の軍派閥に泣き尽くしかなくなる状況となる。


それまでの死者、施設への被害はすべて容認しなければならない。


「……煮え湯を飲むのも仕事の内か」


バルドゥル・ブリュール中佐は自身に言い聞かせるように呟いた。


----------


「あの、こんな早くから遊んでていいの?」


「いいのいいの。健康診断の仕事は明日の昼からだし、2日間休み無しで移動だったんだから」


倉庫街に大型輸送車両含め輸送隊の車両を駐車し終えたセラとラピスは揃ってアイアスの食料プラントを散策していた。


ひたすら同じ作物が視界いっぱいに広がる農業施設も圧巻ではあったが、ひたすら真っ青な牧草の丘陵のみが見える景色は開放感に溢れていた。


放牧場エリアは観光地にもなっているようで、採れたての牛乳や作りたてのベーコンなどを販売している店舗の他、コテージ型のホテルも並んでいる。


「でも、牛がいないねぇ……?」


「牛舎にいるのかも」


セラが大人げなく無邪気にキョロキョロするため、奇異な視線を集めていないかラピスは気が気でならない。


これではどちらが保護者なのか。


だが、幸いなことにセラが悪目立ちするようなことはなさそうだった。


周囲の食料プラントの人々を見ると、モバイル端末の画面を注視している人がほとんどだ。


「すみません店員さーん。これ下さい」


「え?ああ。はい、どうぞ」


「ちょっとセラさん」


「城塞都市外の食料プラントの中でもここは嗜好品が主生産品で保養地にもなってるんだよ」


セラは楽しそうに購入した牛乳を手渡してきた。


口にしてみると濃厚な甘みが口に広がった。村やニコルとの生活で飲んでいた物よりも新鮮で高級品のようだ。


「美味しい」


「でしょー。帰る前にセレスやルージュにお土産も買ってあげないとね」


落ち着きなくあちこち見て回る様子は、ニコル達の街を初めて見たラピス自身のようだ。


彼女からすると、ここのような牧歌的な風景の方が物珍しいらしい。


「……ただ、前来た時は、もっと客引きが多くて活気があった気がするんだよね」


セラは何やら違和感を感じているようで、顎に手を当てて周囲を見渡しなおしている。


ラピスも見渡すが、モバイル端末の画面を見ている人が多いくらいだろうか。だが、普段から触っていない人の方が少ない。


ふと、セラのモバイル端末の着信音が耳に入った。


「もしもし。シーラ姉?」


どうやらシーラからだったらしい。


「え?シーラ姉達はホテルこれないの!?」


声を上げるセラに、ラピスは目を丸くした。何やら言い争っているようにも見えてしまう。


「え、ホテルについても荷物は広げちゃ駄目?ライブ配信ニュースを確認しておくように?」


通話を終えたセラは唇を尖らせつつ、モバイル端末を操作する。


そして、画面を見て顔を顰めた。


「何でこんなタイミングで……」


----------


「最悪のタイミングだな……」


カルコサ都市軍の大規模国境侵犯のライブ中継ニュースがオンライン上で配信されていた。


ニコル達が食料プラントの駐屯地エリアにMⅢを預けた時に、アイアス都市軍の防衛隊からこの報道の内容を共有されたのだった。


「お前等の本隊は何もせず見てるだけかよ?」


「……現政権の方針で、都市軍の予算が制限されている。テロやゲリラが増える冬に備えるために、対応するはずの迎撃部隊が出撃できないらしい」


ラルスの悪態に、防衛隊の兵士は苦虫を噛み潰したような顔で説明する。


彼等としても本意ではないらしく、辺境で孤立することになっている状況は被害者と言えるかも知れなかった。


「セラに連絡しといた」


妹と連絡を取っていた銀髪の女性が戻ってきた。シーラはラルスの肩に手を置いて宥める。


「でも、アイアスは都市軍の発言力は強かったと思うのですが……?」


防衛隊とラルスのやり取りを横で聞いていたニコルは首を傾げた。それを聞いた兵士が自嘲気味に笑う。


「坊主は賢いな。だが、それは議会で議席数があればの話だぞ。今の議会は都市軍の支出を批判だけして成り上がった奴等のもんさ。少しテロ被害が減ったらこれだ」


それでも現場裁量権がないということはないと思うのだが、それは飲み込んだ。


俺等が働いた結果なのになと、大袈裟に肩をすくめる兵士の物言いには棘があるが、こちらに向いているものではない。


気にしても仕方がない。


「ただ、あんた達には無関係な話だ。巻き込まれそうになったらいつでも逃げてくれて構わない。あんた達の輸送隊長にもそう伝えてある」


「……わかった。だから警戒待機指示が出たのか。寝床は借りれんのか?」


「客兵用の部屋がある。シャワーも使ってくれ。こっちの都合に巻き込んでいるんだ。好きに使ってくれ」


鍵を渡すと共に場所を指示すると渉外役の兵士は去っていった。


「ゆっくりできると思ったんだけどな」


「私はラルと一緒ならどこでもいい」


「……お前は良い女だな」


眼帯の男は寄り添う女性の腰に手を回して抱き寄せた。


企業の実験機の物見遊山に来ていた軍人達が妬ましげな目を向けている。


だが、人並み外れた戦闘力を持つホムンクルスであるシーラが身を預けるのはラルスだけだ。また、シーラの本質を知りつつ関係を持つだけの胆力を持つラルスのような人間も多くはない。


不貞など働けば、何がとは言わないものの、握り潰されるだろう。


「ニコルはラピスちゃんの所言ってても良いんだぞ?」


「……気を遣ってくれるのは嬉しいですけど、そういう訳にもいかないです。生身では守れるものも守れないです」


少年は生身ではただの大人にも腕力や暴力が劣ることを理解している。不意を突くなど何度もできることでもなければ、真正面からは無理である。


守ることを考えるなら、MⅢアルテミスが近くにある方がいい。


「そうか」


ラルスはそれ以上は何も言わなかった。

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