section.23_衝突事故
ようやくラブコメ回が終わりました。
また夢だ。
夢を見ている時は夢だと分かるのに、目が覚めるとよく覚えていないのは理不尽だと思う。
そして、暗い場所から始まる自分の夢は、だいたい良くないものだ。
何やら浮遊感がある。
というより、小脇に抱えられて運ばれているのだ。
酷い焦燥感だけがある。
逃げなければいけない。
家に帰りたいと。
夢だと分かっているのにこの感情には逆らえない。
何とか動く手足で相手を叩き、蹴ってみるもビクともしない。
そもそも自分の手はこんなに小さかっただろうか。
武器はないかと探すが手元には何もない。
それならば相手から奪えばいいのだ。
自分とは真逆の位置に銃のホルスターが見える。
あれを奪えば何とかなる。
そう信じて手を伸ばすが全く届かない。
自分の腕はこれほど短かっただろうか。
せめて誰かいないのかと周りを見る。
周囲は暗く、何もない。
それでも足掻かずにはいられず、手を伸ばした。
何か掴めればそれでいい。
または、誰かに気付いてもらえるかもしれない。
これは叶わないのだ。
最後は放り投げられる落下感で目が覚める。
そういう夢だ。
それでも自分は抗っている。
右手を伸ばしていた。
だが、ふっと右手に何かが触れた気がした。
思わずそれを掴んだ。
何か、柔らかいものを掴んでいる。
驚きつつも、離すまいと握りしめた。
気が付いたら景色が変わっていた。
目の前に誰かいた。
知っているはずなのに、知らない少女だった。
地べたに転がる自分の右手を握ってくれていた。
柔らかな感触と体温に安心している自分がいた。
焦燥感がなくなると、酷い眠気が襲ってきた。
今の自分は知っている少女だ。
だが、この時の自分は知らない相手だ。
酷く単純な自分に呆れつつも、瞼を閉じた。
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「あれ……?」
絶妙な耳障りさを演出するモバイル端末のアラーム音が響いていた。
目に入った天井は自分の部屋の天井ではない。寝ぼけつつも、そこが家のリビングであることは分かった。
やたら高く感じる枕は枕ではなくソファの肘掛けだ。どうやらシャワーを浴びた後、髪を乾かさなければとソファに腰を降ろしたことまでは覚えている。
そのまま眠気に勝てず眠ってしまったようだ。
アラーム音が鳴っているということはすでに朝だ。
こんな所でよく眠れたものだと体を起こそうとして、ようやく右半身に触れる柔らかい感触に気付いた。
「え……」
青い少女……ラピスがソファの限られたスペースで、器用に眠っていた。上半身は右腕に抱き着くように、足は右足に絡め、わずかに少年に寄りかかっている。
「なんで……?」
ふと、自分の右手が何か掴んでいることに気付いた。
スベスベとしていて小さい。
そして細い指が確認できた。
少女の手のようだ。
寝ぼけて自分が捕まえてしまったのだろうか。
夜中にニコルの生活音で起きてくる少女だが、まだアラーム音で起きる様子がない。不自然な姿勢で眠ったため寝不足なのだろうか。
ただ、アラーム音は不快なようで、顔をしかめつつ右腕に抱き着いてきた。
触れてはいけない場所に右腕が触れてしまっている気がする。具体的に言うと二の腕が柔らかい膨らみに挟まれている。
非常に不味いと焦りつつも、少年も生物学的に男性である以上、身体は反応してしまっていた。
朝の生理現象はずだが、いつもよりしっかり上を向いて主張している。
「な、なんとか……」
少女を起こさないよう離脱できないか試みる。
結果を言ってしまうと無理だった。
少年が動くと、わずかなスペースで器用に寝ている少女がソファからずり落ちそうになってしまった。
思わず空いていた左手を少女の腰に回して支える。
落下感のせいで少女がパチッと目を見開いた。
目が合った。
「お、おはようございます……」
なんとか絞り出せた言葉はそれくらいだった。
ラピスの顔がみるみる赤くなってゆく。
「ご、ごめんなさいっ。すぐっ……今降りるから」
「ラピス待っ……あっ」
少女が立ち上がるため、ずり落ちそうな状態から少年の上によじ登ってきた。
下半身の上に少女の下腹部が乗ってしまう。
柔らかい感触が押し付けられニコルは思わず声を漏らしてしまい、身体もビクリと反応してしまった。
当然ラピスも下腹部に当たる固いものに気付く。
反射的に覗き込み、少年の下腹部のシーツ盛り上がりが少女の目に入った。
……穴があったら入りたい。決して下ネタではない。
ラピスの顔が茹でダコのように真っ赤になるのが見えた。
「あ……これって……」
「……」
自分は今どんな情けない顔をしているのだろうか。
動揺と情欲が頭の中でぐちゃぐちゃになっている。
嫌われてしまうなら、いっそこのまま押し倒してしまおうか。情欲に負けつつあるのか、そんな悪い考えが浮かんだ。
少女は逃げ出すと思っていた。
だが、むしろ少女は下腹部を少年に押し付けてきた。その刺激に、また身体が反応してしまう。
「ら、ラピス……!?」
「……ニコル」
再び少女と目が合う。
彼女は羞恥で耳まで赤くしつつも、口を引き結んで少年を直視する。
「……私、嫌じゃないよ」
その言葉に、そのまま情欲に流されなかった自分を褒めてやりたい。
いや、今日がもし週末で、仕事が休みで、多少1日の始まりが遅くなっても問題のない日であれば流されてしまったと思う。
そういう意味で、今は仕事に感謝したい。
「……気持ち、すごく嬉しいです」
正直なところ、かなり名残り惜しい。
「このまま最後までしてしまいたいです」
もったいないとも思う。
少女の方も興奮のためか、息が荒くなっている。
それでも少年は理性と握手し、本能には少女の二の腕の感触で妥協してもらうことにした。
「ただ、今日は早い時間に出ないといけないんです」
ニコルの言葉にラピスはポカンとした。
その表情には、ここまで覚悟を決めたのにという抗議の思いも混じっていたように思う。
だが、今日の予定を思い出したのか、少女の顔がみるみる青くなっていった。
「いいっ今!今何時!?」
「ちょっ……、おっ……ふ……」
「わぁっ!?ごめんなさい!!」
慌てて立ち上がろうとした少女の膝が少年に直撃してしまう。
「いえ……おかげで……治まりました」
雰囲気はぶち壊しになったものの、お互い気まずさは残したまま、今日の準備を始めるのだった。
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都市外施設の地上ゲート周辺に車両部隊が集結していた。
大型輸送車両が3台。歩兵や研究者を輸送する装甲車が6台。斥候と殿を務める戦車4台。地雷除去特殊車両2台。MⅢ3機。
今回都市国家アイアスの食料プラントに向かう特殊車両の1団だ。
特にMⅢをそのまま1機積み込む事もできる大型輸送車両は規格外に巨大であり、コンテナを含めた全高は5m以上ある。
今回の中身はX線設備含め医療備品を積んだものが2台。食料や衣類などの通常の物資を積んだものが1台となっていた。
MⅢ3機は、黒い機体がシーラのMⅢイカロス。
白い機体がラルスのMⅢオルトロス。
青い機体がニコルのMⅢアルテミスだ。
MⅢ部隊でここまで塗装が揃っていないのは逆に珍しい。3機ともアルビオン・バイオニクス製コンセプトモデルの実験機であり、発表会や展示会で使用した初期塗装のまま運用しているためだ。
そして、ニコルはMⅢアルテミスのコクピットに乗り込んでいる。ただ、仕事に入っても、普段の調子は戻ってこなかった。
「ニコル。おーい。ニコルー?」
「あ、はい。何ですか」
ラルスに呼びかけられて、自分が惚けていた事に気付く。
決して朝起きた時のことなど考えて……いない。
「……なんかあったか?」
「……い、いえ、なにも」
などと答えるものの、言い出しで噛んでしまっていては説得力が無い。
ラルスとシーラの訝しそうな声が耳に入るも、言い訳すればするほどボロが出かねないため、無視するしかない。
だが、この手のことを相談するとすればラルスだろうか。笑われはするだろうが、特定の相手との経験は豊富だろう。
ニコルが仕事前にそんなことで頭を抱えている中、彼らのMⅢの足元では軍用車両やコンテナの積み荷の最終チェックで人が走り回っていた。
そのため、MⅢのホバーエンジンの出力は最低限に絞っている。出力を上げると人を吹き飛ばしてしまう。
そんなMⅢの足下の人々の中に見知った人物も当然含まれている。
大型輸送車両の傍らで青い髪の少女がMⅢアルテミスを見上げていた。
しばらくすると、セラがやってきて、2人で大型輸送車両の運転席へと入っていった。セラは研究職だが大型特殊車両の運転免許を趣味で持っているので、運転するのだろう。
こちらも目を向けている事には気付いていないはずだ。
MⅢの頭部は武装の照準や地形スキャンのセンサーやレーダーの塊であるため普段は正面を向いており、下方向のカメラは別の箇所に備え付けられている。
だが、通信の映像越しで、ニコルが下ばかり向いているのはラルスとシーラにバレていた。
「ラピスちゃんとなんかあったか?」
そのことに気付いたのは、ラルスに指摘されてからだった。弾かれたように顔を上げてしまい、動揺しているのがバレバレである。
「……ちょっと」
「ほう」
ニヤリと笑うラルスに、ニコルは今朝のことを正直に答えるしかなかった。




