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section.22_日常

「ラピスちゃん!次のお仕事は出張だよ!」


セシリア・キース博士が研究責任者を務める研究所で働き始めて、早々に1カ月が過ぎた。


書類整理や、キース博士が散らかしたラボの片付け、お茶やコーヒーをいれたり、キース博士がサンプルと言うラピスの唾液や髪に血といったものの提出。


注射にはひどく抵抗があったものの、痛くない針で実施して貰えたので今では慣れてしまった。


少年との関係性に大きな進展はないものの、居候生活も続いていた。


「しゅっちょう?」


仕事にも慣れてきたかと思った折、セラがテンション高くそんな事を言ってきた。


「正確に言うと、アイアスの食料プラントで働く労働者達や防衛隊のメディカルチェックにセラと行ってもらう。城塞都市の外にあるから自衛できる武装を持っている企業連合(ウチ)が引き受ける事が多い案件だ」


「1週間の外泊だよ」


キース博士が補足してくれた。研究所務めだと仕事中に外に出る機会は少ないため、セラのテンションが高くなっているらしい。


「あ、でもそれだと家を空けることになっちゃう」


仕事の終わる時間の都合で、家事の分担はラピスが請け負う割合が多くなっていた。


「ニコル君も一緒だから大丈夫だよ」


テンションの上がっているセラが説明をとばしてしまうため、ラピスはセシリア・キース博士に目を向ける。


「……ニコルは実験部隊のテストパイロットだからな。守備隊は気軽に動かせない以上、研究所が管理している実験部隊を動かす。具体的にはシーラとラルス、ニコルが操縦するMⅢが往復の護衛につく」


キース博士はため息をつくが、浮かれている娘に頬を緩めつつ説明してくれた。


「スケジュールと、現地でやってもらう事をまとめておく。出発は1週間後だ」


----------


「僕も話さないといけないなと思ってました」


夜にニコルに話すと、そんな返事が返ってきた。


「ニコルは行った事あるの?」


「はい。研究者の護衛も実験部隊の仕事ですから。片道2日かかるのですが、広い土地を使った牧場と農場です。食べ物は新鮮で美味しいですし、セラさんは毎年この仕事を楽しみにしてますね」


セラとキース博士を疑っていた訳ではないが、ニコルも行くというのは本当らしい。


「1週間ほど家を空けることになりますから、食品を買い溜めし過ぎないようにしないといけないですね」


「そっか。腐っちゃうもんね。洗濯物とかも前日に干しておいた方がいいかな」


こんな感じで家のことの会話をしていると夫婦のようだと内心少し浮かれてしまう。


「準備するものとかは?」


「僕は作業着があるのでインナーくらいですね。向こうにも洗濯機ぐらいあるので予備も入れて4日分もあれば足りると思います。食料も輸送車両に積まれているので本当に服と日用品、お金くらいで大丈夫ですよ」


「なんだか旅行みたいだね」


説明を聞きつつ必要なものを指折り数えていると、少年に苦笑いされた。


「楽しそうなところすみませんが、僕は出発前まで輸送部隊の手伝いや護衛の打ち合わせで忙しくなるので、帰りが遅くなります」


「えっ……どれくらい?」


「夕食の時間には間に合わないですね。外で食べてくるので僕の分は無くて大丈夫です」


要は出発までのあと6日間は1人で夕食ということになる。なんだか持ち上げてから落とされた気分だった。


少女の百面相がそんなに面白かったのか、少年は笑いを零す。


「出発する日の集合時間は同じですし、当日は一緒に集合場所へ行きましょう」


「……うん」


そして6日間、本当に遅い時間まで帰って来ないとは思わなかった。


ラピスがシャワーを終えた後に帰ってくるのは良い方で、遅い時は日付が変わるような時間帯に帰ってきていた。


その上、朝はいつもより早い時間帯に出かけていく。眠くならないのだろうかと思うが、少年はいつもと変わらぬ表情で挨拶をして家を出る。


ラピスはセラと出退勤を合わせているので、夕食はセラとセレスととることになった。


本当に1人きりなのは夕食後から寝る前の間だが、遅い時間に1人というのは中々に寂しいものだった。


「村だと寝るしかなかったからかな……」


慣れとは残酷なもので、村で1人1軒家で生きていた時は何とも思わなかったはずだ。


出発前日である今日も、"遅くなるので先に寝ていてください"と モバイル端末のメッセージ機能で報告が入っていた。


出発日の明日は早い時間帯に出なければならないので、遅くまで起きて待っている訳にもいかない。


"先に寝てるね"と返信を返し、先に床に入ることとした。


そうして先に眠るものの夜中に目が冷めることとなる。農村での癖は早々抜けることはない。


見れば、ドアの隙間からわずかに光が入ってきていた。家主である少年が帰ってきたのだろう。


時計を見ると、ちょうど日付が変わったところだった。


ニコルは気を使って静かに歩いているようだが、流石にシャワーなどの生活音まではどうしようもない。


起きて行くと、かえって気を遣わせてしまいそうだ。


少年がシャワーを浴びている音やドアを開く音で何をしているか想像しつつも、眠気に身を任せようと思い直したところで、ドアの隙間から漏れるの灯りが中々消えない事に気付く。


少年が自室に戻った様子もなく静かになってしまった。


「……ニコル?」


流石に気になり、ラピスはドアを開いてリビングを覗き込んだ。


見れば、リビングのソファで寝息を立てているニコルが目に入った。


肘掛けと頭の間にタオルが引っかかっている。髪を乾かす途中で眠気に負けてしまったようだ。


「お疲れなんだね」


朝も早く、帰りも遅くまで動き回っていて疲労が溜まっていない訳がなかった。


少年を運ぶ腕力などないものの、仰向けにして寝る姿勢を整えてやることはできる。動かしている最中に起きるかと思ったが、よほど疲れているのか目を覚ます様子はなかった。


勝手にニコルの部屋に入ることは気が引けたが、この状況では仕方がないとシーツを取ってきて、少年にかける。


そう言えば、少年の寝顔はあまり見たことがなかった。せっかくの機会なのでわずかに余ったソファのスペースに腰掛ける。


「これは役得だよね」


使い方の覚えたてのモバイル端末でニコルの寝顔の写真を撮って保存した。普段は冷静で凛々しく目上に見える少年だが、寝顔は年相応の幼さが残っている。


これをニコルに見せたらどんな顔をするかとほくそ笑んでいると、ピクリと少年が動いた。


起こしてしまったかとラピスは身構えるがそうではないようだ。


少年は相変わらず瞳を閉じている。


ただ、眉間に深いシワを作って何やら身動(みじろ)ぎしていた。少年の右腕が何かを探すようにシーツをはいで宙に伸ばされる。


「え……えっと……?」


そう言えば、ニコルが時折夜中に目を覚ましていた事や親に虐待されていたという経緯を思い出した。


叫んだりはしないものの、酷くうなされているように見える。


「ど……どうしたらいいんだろう」


少なくとも、宙に伸ばされた手は何かを探しているように見えた。


それが何かなのかは分からない。


少女はひとまず、伸ばされた少年の右手を手にとってみることにした。


「わわっ!?」


右手を取ると痛いくらいにギュッと握り返された。


思わず身を固くするが、それ以上のことはなく、少年の様子は落ち着いていった。


「……んふふ」


何やら自分のおかげで相手が安心してくれてたような気分で、頬が緩む。


ラピスも安堵からか眠気に襲われ、ベッドに戻ろう考えた所で1つ大きな問題に気付いた。


「ち、力強……」


少年に手を掴まれたままだ。


想像よりずっと力が強く、ゆっくり指を剥がすのは無理そうだ。かといって、無理矢理振りほどくのも違う気がする。


「……」


内心で様々な言い訳を考えつつ、少女は灯りを消した。

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