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section.25_緊急出撃

「この状況で出撃するなと……」


クレア・アーノルドの目には日に照らされた黒いアスファルトが目に入っていた。


上を見れば、平たいボディと、地に伸ばした細長い脚が特徴的なMⅢ専用の輸送ヘリが目に入る。重量をギリギリまでカットし、MⅢを二機まで同時に空輸できる特殊ヘリだ。


市外活動専任特殊部隊(ハウンズ)では、大規模な出撃の際に使用されている。


カルコサの都市軍による大規模な越境行為が確認されてから航空部隊と連携して即座に用意されたものの、出撃にはストップがかかってしまった。


射撃訓練場の一つを完全に占拠して、クレアのように異形のヘリに吊るされたMⅢが林立する様は軍人たちにも物珍しい光景であり、訓練場を横切る車両の運転手の視線を集めている。


よく見るとフェンスの向こうにはカメラを抱えたカメラマンとレポーターが取材をしていた。


MⅢのコックピットに入って半日以上が経っていた。食事やトイレなど最低限の用事を交代で行いつつ待機命令というつまらない指示を現在も遂行している。


背もたれに身を預け、可能な限り苦にならない姿勢で何もしないというのはなかなかに苦しいものだった。


ここ一週間、こんな任務が延々続いていた。


部隊を6組に分け、警戒態勢が続く限り、緊急出撃に備えて4時間交代で待機する。


ただ、待機するだけだ。


MⅢのみの36人36機の特異な部隊、ハウンズの隊員達はこのくだらない任務に頭を抱えていた所に、ついに出撃かと思いきやストップがかかったわけである。


結成された目的もあって厳しい任務を任されることの多い部隊ではある。だからこそと言うか、このようにひたすら待つだけというのはどうにも性に合わない人間が多い。


そのため、クレアのように疲れきっている者もいれば、苛立っている者もいた。


ただ共通しているのは、出撃命令が出ればカルコサ軍に、その溜まった鬱憤を戦闘にぶつけてやろうと思っていることくらいか。


「ようクレアちゃーん。調子はどうだい?」

手持ち無沙汰で、機体の状態を確認していた中、急に通信を繋げられた。


この陽気で間延びした口調と声はカーシュ・ウィン・ボール少尉だ。


「こちらシェパード1。問題ありません。機体の調子も良好です」


階級は同じだが、部隊においては先輩に当たる。そのためクレアは敬語で応対する。


「かったいなぁ……階級同じなんだしタメ口でもいいんだぜ?」


「こちらブル2。隊長は普段よりセクハラスレスレなので気にしていただきたい」


彼のブル隊の隊員から苦言が入った。


クレアのシェパード隊の隊員達は我関せずといった様子だ。


コードが犬の名前であるのはこの部隊の通例だ。


部下達が大人しく沈黙を保っている中、わざわざ部下にも聞こえるようオープンチャンネルで通信を繋げるのはどういうつもりなのか。


「ハニーは昔っから固かったからなー」


「……シトウェル中尉にも聞こえているんですよ?」


ハニーというのはメイア・シトウェル中尉のことだ。同期であるだけでなく、メイアとカーシュは元傭兵でチームを組んでいたらしい。


かなりタイプの違う人物のため想像しづらいが、前衛で突撃機のカーシュと後衛の狙撃機のメイアの機体の相性は良さそうだ。


「心配無用。傭兵からの付き合いだからな。弱点も知って……」


「その辺りで黙れ馬鹿野郎。お前は出世が遅れている理由を学べ」


「こんな感じで仕事中は……」


「ウィペット1よりハウンズリーダーへ。武器使用の許可を」


「こちらハウンズリーダー。駄目に決まっているだろう。ブル1へ。溜まっているのは理解するが、非番まで我慢するように」


「こちらブル1了解」


メイアとカーシュの痴話喧嘩が始まりそうな辺りで、ハロルドがストップをかけた。カーシュが残念そうに返答し、通信が途絶える。


通信を聞いていると、古株の隊長クラスが痺れを切らしつつある中、なにやらハロルドに不機嫌そうな様子が見えないことが気になった。


上官の様子についてオープンチャンネルで会話するわけにもいかない。専用回線を同じヘリに繋がれている同僚のジャックに繋ぐ。


「ジャック。今いいか?」


「こちらドーベル1……いや、専用回線か。何だ?」


「いや、キース中佐の機嫌がやけにいい気がして」


「そう言えば苛ついてはいなかったな」


黙っていたが、ジャックも通信は聞いていたようだ。


「俺にはどちらかと言うと、シトウェル中尉とボール少尉ができてる件の方が驚きだったな」


「それはそれで驚きだけど……、中佐は待機任務全般嫌っていると思っていたんだが」


「まあ不自然だな」


何か企んでいるのではという認識は同じだったようで、ジャックも頷く。


「アンナから何か聞いてたりしないか?」


「なぜ俺なんだ。俺よりも寮が同室のお前の方が話す機会が多いだろ」


「たまに2人で会ってるだろ?」


「……それはプライベートで用があっただけだ」


「そうか……そう言えば昔馴染みなんだったか」


情報部の士官であるアンナなら何か知っていそうだが、本当に極秘な情報は当然ながら漏らすことはない。


普段も、こちらが少し後で知るであろう事を先んじて伝えてくれるだけだ。それはそれでとても助かっている。


「カルコサ都市軍の越境行為を確認。また、政府より出撃命令を受領。都市外活動専任特殊部隊(ハウンズ)緊急出撃(スクランブル)


噂をすればと言うべきか。情報部のアンナから都市外活動専任特殊部隊(ハウンズ)全体に向けて通信が入った。


だが、クレア含め隊長クラスの面々も首を傾げた。


「越境行為なんて現在進行系で行われてるじゃないか?何を今更なんだい?」


代表して、ハロルド・キース中佐が問いを投げた。


通信ウィンドウ越しに見えるアンナは何やらコンピューターを操作しつつ話しているようだ。淡々とした表情とは裏腹に、荒々しいタイピングの音がマイクに入ってきている。


「データを送りました。車両中心の大隊は囮です。別の国境より、MⅢの大型輸送ヘリを複数確認しました。対空迎撃は間に合いません。突撃機、白兵戦機を優先し出撃願います」


アンナからデータが送られてきた。マップ情報には、カルコサ都市軍の輸送ヘリ部隊がアイアス食料プラントに間近の位置に表示されていた。


「軍事衛星の観測エリアを迂回したようです。食料プラントの対空レーダーと救難信号にて……」


「細かい事はいい。都市外活動専任特殊部隊(ハウンズ)全機出撃。俺と、小隊長機を優先して出せ。俺が最優先だよ」


「それだと後衛の私も一緒になってしまうのですが?」


「途中下車を許可するよストロース中尉。君は射程圏内に入ったら降下だ。全体指揮は任せる」


「了解いたしました。では……」


レヴィナスはブル隊、ウィペット隊、シェパード隊、ドーベル隊の4小隊に優先出撃の指示を出す。


レヴィナスの大型ミサイルを搭載したMⅢレックスとハウンズリーダーの黒いMⅢは先んじて城壁の向こうへと消えていった。


「隊長はああ言っていたけど、ブリーフィングを行うわよ。輸送ヘリに揺られながらでも、作業しながらでも構わないから聞いておきなさい」



カルコサ都市軍のMⅢ空挺部隊

輸送ヘリ数15機

搭載MⅢ数30機 機種不明


3分でアイアス食料プラントへ到達予想。


プラントへの被害が予想されるため、都市城壁の地対地ミサイルでの面制圧は棄却。


同理由にて対空ミサイルでの迎撃不可。


作戦目標

敵MⅢの殲滅

プラント職員の保護


留意事項

法人の保護が最優先。

同地域にて定期検診の業務委託を受けたアルビオン・バイオニクス所属部隊が展開中。


「……企業連合所属の部隊への誤射は厳禁。近くに企業連合の施設もある。あなた達が皆殺しにされて済んで御の字の事態になるわ」

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