section.19_観測者
「……目標ロスト」
半ば呆然としながら、アンナ・クライヴ少尉は軍事衛星がとらえていた映像が示す事実を報告する。
オペレーションルームの空気は冷え切っていた。それはもちろん空調の温度設定が低いという話ではない。
もしかしなくとも、この場にいるアイアス都市軍情報部の面々がアンナと同じ気持ちかもしれない。
「手間を掛けて追跡した結果。手間暇かけて得られたのは企業の新兵器のデモンストレーション映像か」
バルドゥル・ブリュール中佐がアンナ含めこの場にいる情報士官の気持ちを代弁してくれた。
アルビオン・バイオニクスの都市外施設に接近したのは越境行為を行ったカルコサ軍の斥候だった。
企業の重要施設に武装して近付くなど気でも狂ったのか。しかし、敗残兵が拾えるかもしれないと期待もしていた。
ものの見事に消し飛ばされてしまったのだが。
「……あの戦闘狂に嫌味を言われるな」
戦闘狂とはハロルド・キース中佐のことだ。
都市外活動専任特殊部隊の領分に口を出したというのに何も得られなかったことを考えると、嫌味で済むのは良い方なのかもしれない。
「何故あんな所に入ったのでしょう?長距離行軍を行うにしても、足場の悪い廃都市は避けるルートです」
「よほどの無能……がたまにいるから判断に困る」
廃都市の地下には旧時代に設けられた地下鉄やら水道網が張り巡らされており、当然ながら老朽化したそれらは地盤沈下を招く。
舗装されているために踏み抜くまで気付けないのが非常に厄介なのだ。
拠点としている者たちは安全なルートを把握しているのだろうが、未知の廃都市にはキャラバンの運び屋すら気安く入ることはない。
「何かあるにしても企業に直接聞く訳にもいくまい。だが、日和見主義の政治屋共を黙らせる証拠にはなるかもしれん。観測映像をまとめるぞ」
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「で、提出したものの、政府は刺激するなの一点張りか。何してたの?」
「……クソが」
ハロルドのトゲのある言葉にバルドゥルは悪態をついた。
個室の高級バーで男2人。
わざわざこんな所に部署の違う佐官職の人間が膝を突き合わせて話す内容など限られている。
愚痴か情報交換だ。
軍施設の佐官室であっても、どこに聞き耳があるかなど分かったものではない。
ここであれば、ボトルと料理の追加注文でもしない限り店員すら来ることはない。
「政治って面倒くさいよね。生活重視だっけ?まぁ、冬になればテロが増えて落ち着くんじゃない?とことん経費削減するつもりだし」
現在議会で軍部の議席数が少なくなっている。
結果的に軍事予算や都市外への出撃数の多さを鬼の首でも取ったかのように詰められているわけだ。
そのツケは都市外活動専任特殊部隊の経費削減によって、資源プラントで働く市民の犠牲で払うとこの男はアルコール片手に言っている。
「こっちはその事態を避けるために動いてるんだが」
都市国家アイアスの経済圏には食料プラントの他、カーボン素材の原料を管理する材木プラント、化石燃料の採掘と精製をする燃料プラントと複数の資源プラントがある。
それぞれの資源プラントには優先順位があり、経済に影響の大きい燃料プラントが最重要、都市内でも生産できる食料プラントが最も順位が低い。
だが、冬に最も狙われるのは食料プラントである。
経費削減で都市外活動専任特殊部隊の出撃数を絞れと言われている現状、ハロルドは食料プラントの防衛に出ないと言い切っている。
横暴に見えて防衛基準も遵守しているため、その責任は指示を出した政府に行くわけだ。
都市外活動専任特殊部隊はアイアスの中でも新しい部隊だ。個人戦闘力が防衛隊より高く、昨年は食料プラントの人的被害の過去最低人数を記録している。当然、出撃回数が多くなった結果、経費が掛かってしまった。
それをダシに、与党が負けると思わなかったが。
「今年に目指すは人的被害過去最高数かな?」
「お前は人の命をなんだと思っている」
「身内以外は報酬計算の数字でしかない」
悪びれる様子もなくそう曰う男の目を見るが、酔ってはいるものの虚勢でも卑屈でもなくこの男は本心でそう思っている。
この男は他人に対して、極端なまでに興味も関心もない。
「そもそも、カルコサが何もしてこないと思うか?」
「……してくると思うよ」
戦いに関することは別のようだ。ただ、何をもって侵攻があると言い切っているのか。
「まぁ、目的なんて知らないんだけどね」
「おい貴様」
理由を求めると、ハロルドは面倒くさそうに頬杖をついた。
「そう言われても、感覚だからな」
「それでもそこまで言い切る何かがあるんだろう」
わざとらしく顎に手を当て、考えていますと言わんばかりだが、むしろ胡散臭い動作となっている。
「まず、ウチが緊急出撃した越境。あれはアイアスの材木プラントの植林エリアに入ってきたから、彼らは全滅の憂き目に遭ったわけだよ」
「……それで?」
「そして、今回は材木プラントを避けたからウチの緊急出撃に文句がついて彼らは越境できたわけだ。でも企業連合が拠点を置いてる廃都市に入ってしまったから全滅したわけだ」
「まぁ、そうだな」
「曲解だけど、両方とも1つのミスを避ければ何とかなったように思えなくもない。戦力増強か、廃都市を避けてまた入ってくるんじゃないかな」
「いや、越境してる時点でリスクが高過ぎるんだぞ」
「それでも欲しいものがあるのか。感覚が麻痺してるのか。または、奴隷商に目が眩んだド素人が上についたのか。仮想敵の具体的な動きに関しては、情報部の方が詳しいんじゃないのかい?」
ハロルドが不敵に笑う。
目が、手伝ってやってるのだから情報を寄越せと言っていた。
あえて越境行為を見逃したり、同僚として意見を貰っているばかりでは借りが大きくなるばかりだ。
「カルコサ軍が経済圏境……国境近辺の駐屯地に部隊を集結させている。確認できているだけでMⅢは20機をくだらない。支援車両も合わせれば大隊規模だ」
「それは楽しいことになりそうだ。俺にどうして欲しい?」
見透かしているような言動にバルドゥルは舌打ちをする。だが、情報部としての要望を言わない訳にはいかない。
「可能な限り無視しろ。お前の予想ならアイアスのプラントを避けて越境するんだろう。メディアに報じさせて政治屋共と世論に揺さぶりをかける」
カルコサ都市軍による大隊規模の越境行為のライブ中継に合わせて、報道統制で報じられていない小規模の越境行為を確認していたことをメディアにリークする予定だ。
「具体的にはどうして欲しい?」
「城塞都市、燃料プラントにでも近付かない限りは動くな。材木プラントや食料プラントに近付いても、プラントの防衛隊に全て任せろ」
「それ、俺のやろうとしてた経費削減と同じじゃないか」
大規模な被害が出かねない目論見と一緒にされ、バルドゥルは眉間にシワを寄せた。
「お前のはただのチキンレースだろう。俺のは政治的な駆け引きだ」
軍事的な緊張を隠していた事実を報じられれば、軍縮を謳う現政権を針のむしろにしてやれる。
「この情報と、ここでの酒も飯も俺の奢りだ。これで貸し借りはなしだぞ」
「了解。これは退屈せずに済みそうだね」
戦闘狂は嬉しそうグラスを煽った。




