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section.17_機体テスト

長く深呼吸する。


すでに座りなれた座席ではあるが、毎回、深呼吸は欠かしたことはない。


長く吐く息とともにこれに乗るために不要なものが一緒に抜けていくのがわかる。


目の前は暗い。暗闇ではないが目が慣れてようやく周囲が確認できる暗さだ。


そんな中で計器やボタン、レーダーが淡い光で周囲を照らすことなく自己主張している。


メインモニターには起動準備中を示すメーターが表示され、まもなくプログラムが立ち上がることを示している。


メインモニターといっても、実際に目の前に大きな画面があるわけではない。ヘルメットのバイザーに直接映像が表示され、大きな画面があるように見えているのだ。


そもそも大人一人が入れればいいこの狭い空間にそんな大きな画面はつけられない。実際には複数の小さなモニターが配置されている程度だ。


暗い画面が反転する。


目の前に灰色のドームのような開けた空間が広がった。


「MⅢ、アルテミス。起動完了しました」


ニコルはヘルメットに備え付けられたマイクで報告をする。


ラピスがキース博士の研究室を案内されている時、ニコルは都市外施設内の地下演習場にて機体テストを行なっていた。


MⅢの操縦用ヘルメットはパイロットをサポートするため、機体とリンクする通信機やバイザー型全天周囲モニターの他にバイタルチェックも行えたりと多機能を備えている。


パイロットスーツの方も同じく操縦サポートに特化している。ジャケットには座席と体とを固定するためのスリットと非常時のエアバッグが、パンツには脚を圧迫することで上半身の血圧を上げる装置と脳波を読み取る金属外骨格が備え着いている。


どれも、MⅢの時速100㎞を裕に超す機動力と急制動の中で操縦者の血圧を調整して意識を保ち、代わりに圧迫で痺れてしまう脚は外骨格が動作を補助してくれる。


その代わり防具としての強度は気休め程度だが、そもそも巨大な鉄の塊を撃ち抜く弾丸を人が身に着ける防具で防ぎようはない。


ちなみに防弾チョッキとしての機能もあるにはあるが、機体内のサバイバルキットに付属している防具の方が歩兵の装備として優秀である。


激しい運動はともかく、MⅢを操縦する分には問題ない。


「OKニコル、動かしてみてよ」


「はい」


通信機越しの声に返事を返し、操縦桿を軽く傾ける。青い重装備のMⅢが一歩前に出た。それだけで、その空間には重々しい足音が響き渡った。


続いて左右のフットペダルを踏み込む。


右のペダルを踏み込んだことで、推力装置であるホバーエンジンのバーニアが唸り声を上げる。これはいわゆるアクセルペダルだ。


左のペダルを踏み込んだことで、MⅢアルテミスは姿勢を下げる。滑走するために最適な中腰の姿勢をとった。脚部のある機動兵器特有の、機体の姿勢の高さを調整するペダルだ。


ニコルが操縦桿を大きく倒して操作する。MⅢはコンクリートの床を滑るようにしてドームの外周の周回レーンに入っていった。


「どう?」


「以前より動きが軽いです。慣れる必要はありますけど、いい感じです」


MⅢアルテミスは人型MⅢの中でも甲冑のような見た目で、比較的、人に近い形状をした機体だ。といっても、極端に胸部が前方に飛び出していないと言うだけで、人で言うなら胸に盾でも貼り付けたかのような見た目である。


左腕部には試作中である折り畳み式の大型砲が肩装甲上のウェポンラックも含め占領しており、右の肩関節部(ショルダージョイント)にはレールガンと、狙撃と砲撃に特化した装備をしていた。


そして、他のウェポンラックにも装備は満載されている。右肩には可動式の盾、左の肩関節部(ショルダージョイント)には円柱状の索敵ドローンポッドが積まれていた。


もちろん右腕にも武装があり、小ぶりな榴弾砲が腕部側面に固定されていた。


そんな重装備でありつつも、MⅢアルテミスはレーンの周回で戦闘速度にて時速200kmを叩き出す。


「新しいホバーエンジンの調子は良さそうだね。加速力は本職のファングや飛行型のイカロスに及ばないけど、最大出力だけなら上じゃないかな……?それじゃ、高速機動での射撃テストいってみようか。武器は任せるよ」


「わかりました」


警報が鳴り響いて屋内演習場の天井の一部が開いた。円盤にプロペラがついただけの簡素なマルチコプター型のドローンが6機現れ、無作為に飛び回る。


MⅢアルテミスは滑走しつつ、ドローンの方向に向き直った。


頭部が照準用のレーダーを照射し、狙いを定める


右翼のレールガンがプラズマを吐き出した。


機体速度は落としつつも、初速の速いレールガンで確実に6機のドローンを撃ち落としていった。


「……撃破速度は前より遅くなったね。どんな感じ?」


「機体速度が速いと、操縦桿の感度が大きく変わりますね……」


「そこは慣れてもらうしかないかも。まあ、突撃装備や白兵戦装備の機体じゃないんだし、FCS演算での射撃精度に問題ないなら許容範囲かな?一応、あと4セットやってデータは取っておこうか」


通信機の向こうにいる青年の指示に従い、追加されたドローンを撃ち落とす。


走行レーンで機体を滑走させながら全く同じ動作を初回と合わせて5セット繰り返し、精度と完遂する速度のデータを残していく。


「やっぱり、回数重ねると早くなったね」


「同じ動作ですし」


「じゃあ、最後に新しいホバーエンジンで可能になった機動の確認いくよ。出力レバーを特殊機動の値に設定して」


「……はい」


指示に従い、ホバーエンジンの出力を戦闘速から立体機動の出力へ変更した。


「高さは最低限だよ。高度計を注視して、2メートルまで浮き上がったら止めるんだ。リラックスしていこう」


「はい」


そう言われるものの、完全に新規のシステムを動作させるのだ。どうしても操縦桿を握る手に力が入る。


ニコルは深呼吸してホバーエンジンのアクセルペダルをゆっくりと踏み込んだ。


バーニア音に変わりはないものの、計器は今までよりも遥かに高い数値を叩き出している。警告表示が出ないため、爆発などの心配はないだろう。


ニコルは高度計の数値に集中する。


全天周囲モニターに写る脚部が浮き上がった。グンッと高度計の数値が上がる。


ニコルは思わずフットペダルから脚を離してしまった。身体を浮遊感が襲う。


だが、MⅢアルテミスは落下することなく上昇した高度でホバリングを始めた。


「怖がり過ぎだよ。まだ1メートルも上がってないよ?」


「……すみません。続けます」


通信機の向こうの青年に笑われ、ニコルは冷や汗を流しつつ肩を落とす。


だが、今のでフットペダルの遊びの幅や上昇する速度の感覚がなんとなく見えた気がした。


アクセルを踏み込んで指定の高度まで上昇する。


アルテミスは脚下2メートルの高さでホバリングする。この高さだと、飛んでいるというより浮遊しているようだとニコルは思った。


「いいねいいね。高度維持は問題なさそうだ。そのまま操縦桿で移動させて機動テスト用のレーンに入って。今はアクセル踏んじゃ駄目だよ。あんまり上昇すると天井に衝突しちゃうから」


「はい」


さらっと恐ろしいことを言う青年の言葉を流しつつ、少年は操縦桿を傾けた。


アルテミスは高度を維持したまま移動を始める。速度は先ほどの高速機動と比べるとかなりゆったりとしているが、機体がひっくり返る心配はいらなそうだ。


前進を続けると速度計は時速30kmを超えたあたりで止まってしまったが、姿勢は安定している。


機体が浮いている事にさえ目を瞑れば、大型輸送車両に合わせた巡航速度で機体を動かす感覚と大差は無さそうだ。


「シーラさんとMⅢイカロス様々だね。これが普及できればMⅢの戦術の幅が広がるよ」


「MⅢ単独で高所に登れるのは便利ですね。まだ少し怖いですが」


「怖いのはこれからかな。ホバリング状態で耐えられる風速を調べるんだから」


「……お手柔らかにお願いします」


対風圧試験、ニコルは終始顔を顰めつつ、ひたすら転倒事故の恐怖に耐えることとなった。


1時間ほどのテストだったが、はるかに長い時間拘束されていた気分だった。


MⅢアルテミスをガレージの機体ハンガーに戻したニコルは青い顔で機体を降りる。


「散々だったな坊主」


「本当に……」


整備士の男達が苦笑いで迎えてくれ、少年はそれにため息で返した。


ニコルが機体から離れると入れ替わるように機体の脚部周辺に集まっていく。


対風圧試験でMⅢアルテミスは転倒こそしなかったが、何度かバランスを崩してシステム判断で全自動の緊急着陸を行った。機体の状態表示に問題はなかったが、脚部関節の損耗具合を確認するのだろう。


そんな整備士を他所に、ガレージに据え付けられたコンピューター端末に向かっている赤髪の青年がいた。


機体の中でやりとりをしていた青年だ。


モニターを覗き込むと、強風に煽られるMⅢの様子を記録した映像を前にしつつ、青年は計器に表示されたデータを映像と紐付けて資料として記録していた。


「エストさん、お疲れ様です」


「あ、ニコル。機体テストお疲れ様」


赤い髪が肩まであり柔和な笑みを浮かべる姿は女性と見間違えかねないが、エストはれっきとした男性である。


そして、機体テストの際、ニコルの乗るMⅢアルテミスに無慈悲かつ機械的に負荷を与え続けていた人物でもある。


ちょうど、エストの操作するモニターに、緊急着陸を行う機体の映像が映った。


「……対風圧試験、もう少し何とかならなかったんですか」


「お仕事なんだから仕方ないでしょ。パイロットが乗ってないと分からないこともあるし。報告レポートまとめたら僕宛に送ってね」


「……了解です」


優しそうな見た目に反して、忠実に業務をこなす人物だ。尊敬するべき部分でもあるのだが、自身が酷い目にあってからだと微妙な気分になる。


不服そうな様子のニコルにエストは首を傾げるも、何か思い出したように口を開く。


「ああ、そう言えば彼女ができたんだっけ?そっちに影響出ないように気は……」


「違います」


「あれ?でもラルスさんが……」


「違います」


同居人はできたが、交際している訳ではない。

頑なに否定するニコルに、青年は再び首を傾げることになった。


エストは仕方なく話題を戻す。


「飛行機能、あとは実戦で使ってみるしかないね。機会があったら使ってみてよ」


「実戦でですか。使用するような機会は限られそうですけど」


「MⅢで踏破できない環境は限られるからね」


ニコルが思い付く範囲だと、市街戦での狙撃ポイントの確保や、山岳地帯の踏破だろうか。


後者に関してはそもそも行軍ルートから外される場合がほとんどなので、ニコルが使用するとなると前者に限られそうだ。


「まあ、機会があれば……」


少年の言葉を遮るように襲撃警報を知らせる電子音が鳴り響いた。


ニコルやエストだけでなく、MⅢアルテミスのチェックに入ろうとしていた整備士達含め、ビクリと身体を震わせて動きを止める。


エストが操作していたコンピューターのモニターに警告が表示された。


「所属不明機が都市外施設の防衛エリアに侵入したらしいね。守備隊が出撃するみたいだ」


「……」


「たぶん、僕たち同じこと考えてると思うんだけど」


「……残念ながらそうかもしれないですね」


青年の言葉に少年はため息をついた。


「実戦データを取るのにちょうど良さそうだね」

「実戦データを取るのに都合が良いですね」


機体チェックは延期になった。

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