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section.15_キース博士

「あれ?セラ、今日は休みじゃなかったっけ?」


「ちょっとね」


同僚の白衣の男性に笑顔で答えながらセラは二人の少女を引き連れて廊下を歩く。


アルビオン・バイオニクス都市外施設の案内で、ラピスが連れてこられたのはセラの職場だった。


広い敷地に巨大な温室にプールや加速器、放射線設備、宿舎といった様々な施設を内包しているここは大規模な研究所であり病院だった。


「セラはお医者さん?」


「そっちの免許もあるけど、研究者の方かな」


多くの人々はここを病院として訪れるが、その裏側には研究に必要な施設が並んでおり、病院よりも敷地を使っている。


病院棟の入り口からは見えにくくなっているのだが、研究棟から敷地内に入ると、どちらに重きを置かれているかは歴然だった。


白く清潔だが無機質な廊下には同じ色の服を着た人々が多く歩き回っている。


研究所のため白衣を着た人が少なくないことは当然なのだが、前知識もなしに初めて見るラピスにとっては奇妙なものに見えた。


「さっきすれ違った人、見た目は普通だけど紳士だよ」


そんなラピスの心境など露知らず、セラはそんなことを言う。


ニコルが気になるラピスと、そもそも恋愛になど無関心なセレスにとってはどうでもいい情報だ。リアクションはかんばしくないのは当然なのだが、セラは唇をとがらせる。


そんなとりとめもない会話をしながら、ラピスが連れて来られた一室。


その部屋は清潔で無機質な廊下と同じ壁と床の色をしていながら、雰囲気がまるで異なっていた。一言でいえば散らかっていた。


床にはびっしりと文字が書かれていたり殴り書きされたりした紙が散乱している。中にはグシャグシャに丸められたものもあった。


机にはノートパソコンやタブレット、分析機械を置くスペース以外は書類や本が山積みであり、隙間だらけの本棚のファイルは傾いている。


散らかった床の上には無造作に寝袋と衣類、保存食品の袋が捨て置かれていた。


無機質な空間をどうすればここまで生活感溢れる部屋にできてしまうのだろう。それは単にこの部屋の使用者が酷くずぼらであるだけの話なのだが。


この惨状を築きあげたボサボサな銀髪の女性は、コーヒーをすすっていた。


女性はドアの前で苦笑している自分の娘達の姿を見付け、片手を上げた。


「おお、どうした?セラ、セレス。ホームシックか」


「……母さん」


「今日も徹夜だったみたいだね……」


「送り出す娘達の書類作りが忙しくてね」


セレスが羞恥に頭を抱え、セラがため息をつく。

女性とセラとセレスの発言から、この女性が二人とシーラの母親であることが判った。


一癖も二癖もありそうな女性だ。


しかし、何よりラピスが驚いたのはその女性の若々しさだった。とても三児の、それも成人した娘のいる母とは思えない。


徹夜明けの髪に艶はなくとも、顔に目立ったしわは少なくスレンダーな体系を維持している。見た目で言うならセラに最も似ていた。


そんな女性に目を奪われていると、彼女もラピスを見とがめて目が合った。逆にしげしげと見つめられて、ラピスはセラの後ろに隠れた。


「その子は?」


「ラピスちゃん。都市外施設(ここ)に来たばかりの()


「おお、シーラから聞いてるぞ」


などと会話をしながら、女性はつかつかとラピスに目を向けながら歩み寄ってくる。


凝視されながら真っ直ぐ向かって来られると、意図はなくともなかなかの威圧感だ。間近に来ても品定めでもするかのように見つめられ、居心地が悪い。


「私はナタリア・キースだ。研究責任者なんだが、一応、執行役員ということにもなっている」


「ら、ラピスです…ラピス・レウィン…」


何やら髪を念入りに見られている。手で髪をなでながら生え際を確認される。好奇心に駆られているのか遠慮など全くない。ただ、手付きは優しかった。


「髪は最近染めたのかい?」


「え…あの、染めてないです」


「ん?」


聞き間違いととったのかナタリア・キース博士は怪訝な表情を浮かべた。セレスとセラも首を傾げる。


「そ、染めてないです…」


「んー?」


納得いかない様子のキース博士はラピスの1本の髪の根元をつまみ、抜いた。


短い悲鳴を上げ、抗議の意を含めた視線を向けるも、キース博士は意に介した様子もなく毛根をしげしげと眺めている。


眺めた後、新しい玩具を見つけたかのように笑みを浮かべた。


「ラピスだったか。君。私の手伝いをしないか?」


「え?」


「……母さん?」


何やら不敵な様子のナタリアに、セラが割って入も、ナタリアの言葉は止まらない。


「何だ。セラやセレスの友人におかしな事なんてしないぞ。それに君。働き口はあるのかい?」


「……ないです」


「別に、私の徹夜仕事に付き合う必要はないさ。片付けだったり、着替えを運んでくれたり小間使いな仕事からにはなるが……働きながら勉強だってしてもいい。セラも出入りしてるから安心だろう。どうだろうか?」


つまりナタリアは知り合いのいる職場と学習の場を用意してくれると言うのだ。都合が良すぎる……が、これほどよい条件で何も知らない少女を雇ってくれる場所などあるだろうか。


「働きます!働きたいです!」


「ラピスちゃん!?」


「よし!決まりだな」


セラは何か言いたげだったが、セシリアが遮ってしまった。


博士がコンピューターを操作すると、何やら文字の書かれた1枚の紙がプリンターから出てきた。


それらがコンピューターやプリンターであることについて、ラピスはこれから学ぶことになる。


「ラピス、文字は読めるかな?」


「はい。あと、かけ算と分数くらいの計算もできます」


博士はその紙切れをラピスに手渡す。


「都市の外の人間でそれだけできたら大したものだ。じゃあ、これにサインをしてくれ」


「はい!没収!」


それをセラがかすめ取った。


何が書いてあったのか。

文書の中身を確認したセラが、母親を睨み付けた。


「……母さん?」


「別におかしな事は書いてないぞ?ニコルだってサインしているだろう」


とぼける母親を見て、セラは長いため息をついた。

セラはラピスに向き合うと、改めて書類を手渡してくれた。


「ラピスちゃん?」


「は、はい」


「ここに書いてあることはすごく大事なことなの。だから、いったん持ち帰ってニコル君と相談すること。ラピスちゃんは知らないことが多いから、その場で流されて物事を決めると大変なことになるよ」


「……はい」


きっちりセラから説教されてしまい、ラピスは肩を落とした。確かにセシリアからの提案は都合が良すぎるのだ。


ラピスの反応に、理解してもらえたと判断したセラは母に向き直る


「母さんも。それでいいよね?」


「かまわないぞ。あ、髪の毛をあともう少し貰えないだろうか?毛先でも、枝毛でも構わん。いやしかし、ニコルの奴も捨てたもんじゃないな。面白い()を拾って来たもんだ」


「……全くもう」


飄々と振る舞う母親に、セラは何度目かのため息をこぼした。


そして、改めてセラはラピスに向き直る。


「母さんの下で働くなら。私達のことも、ちゃんと説明しておかないといけないね」


「セラやセレスのこと?」


「なんだ。もう話すのか?」


ラピスが首を傾げると共に、黙って聞いていたセレスも割って入ってきた。


「母さんがラピスちゃんに興味持っちゃったから、仕方ないでしょ。母さんもいいよね?」


「中にルージュがいると思うが、かまわないぞ」


「ルージュ姉が来てるのか」


「まだ姉妹がいるの?」


セレスの言葉にラピスは目を丸くした。

てっきり3姉妹なのだと思っていたからだ。


「たくさんいるぞ」


「たくさん?」


言ってる意味がうまく理解できない。


「ああ。たくさんだ。今、何人だったかな」


「奥に来てくれたらわかるよ」


ポカンとするラピスをセラとセレスが案内してくれた。


ついでだからとセシリアも着いてくることになった。


セシリアの研究室から出て、階段を降りてゆく。階段は1階で終わらず、さらに地下に続いていた。当然ながら窓などなく、閉鎖的な雰囲気の通路となる。


「どこまで降りるの?」


「あと2階分かな」


配線と配管が天井と金網状の床の下を植物の蔓のように張り巡らされているフロアに到着した。


灯りも最低限しかないためか不気味な印象を受け、思わず身が固くなる。


先を歩くセラとセシリアから離されまいと、少し距離を詰める。


後ろからセレスが妙な事をしてこないかと振り返ると、顎でさっさと行くように促されてしまった。


たどり着いたのは重々しい鋼鉄製の自動扉の前だった。高さはラピスの2倍はありそうだった。


「なんか、ちょっと怖い……」


「地下だとどうしてもそうなるよね。配管も配線も修理しやすさ優先だとこうなっちゃうみたい」


ラピスの感想に、セラは苦笑いを返した。


「でも、これを見ても、私達のことは怖がらないで欲しいかな」


セラが扉を開いた。


扉の奥は、多くのガラス製の柱が並んだ部屋だった。部屋自体の灯りは少ないが、そのガラスの柱から光が漏れており、先ほどまでの廊下よりは明るい。


それだけならば、不思議な部屋で済んだだろう。


「え……?」


そのガラスの柱の中には人間がいた。

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