17:ふんわりシフォン(5)
十一月も終わりに近付いた、ある晴れた日のこと。
すっきりとした青空の下、クローディアはぴょんぴょん跳ねながら草原を駆けていた。
「ランドルフ、ピクニックってすごく楽しいね!」
「はしゃぎすぎて転ぶなよ……って、言ってるそばから!」
思いきり小石につまずいて転びそうになったところを、ランドルフに抱き留められた。クローディアはランドルフの服をぎゅっと掴み、えへへと照れ笑いをする。
そう、今日は約束のピクニックの日。
このピクニックのために、クローディアはちょっとだけおしゃれをしていた。クリームイエローのワンピースに、ふんわりとした小麦色のケープ。ワンピースの襟や袖、スカートの裾には白のレースがついていて、とても可愛らしい。
まるでシフォンケーキのように柔らかな印象のこの服は、クローディアのお気に入り。
長い髪は高い位置で二つに結び、結び目には白いレースのリボンを飾り付けた。桃色の毛先が走り回るたびにぴょこぴょこ跳ねて、すごく楽しい。
一方、ランドルフはいつもの黒い騎士服だった。少しはおしゃれとかすればいいのに、と言ったのだけど、いつ魔物に遭遇しても対応できないといけないから、と返された。
一緒におしゃれしてお出かけしてみたかったなあと思う。でも、騎士服を着たランドルフもかっこいいし、まあいいかとクローディアは納得した。
「クローディア、ランドルフ! 一緒にシフォンケーキを食べるんだぞ!」
少し遠くの方で、ヴァルターがぴょんぴょんと飛び跳ねながら、もふもふの両手を振っている。その後ろにはシートを広げているジルフレードと新人三人組、それからシンシアの姿があった。
クローディアはランドルフにしがみついたまま、元気よく返事をする。
「今行く! ランドルフ、行こ?」
「ああ」
シートの上に、クローディアとヴァルターが作ったシフォンケーキと、シンシアが作ってくれたサンドイッチなどの軽食が次々と並べられていく。
みんなでそれらを囲むようにして座ると、楽しい食事の時間が始まった。
「シンシア師匠の作ってくれたサンドイッチ、すごくおいしい!」
「ふふ、ありがとう。クローディア姫とヴァルターくんが作ったシフォンケーキも、とってもおいしいわよ」
「やったー! シンシア師匠に褒められた!」
クローディアとヴァルターが同時に両手を上げて喜ぶ。と、そこに、不機嫌そうなランドルフの声が割り込んできた。
「ちょっと待て。クローディア、お前、なんでシンシアのことを『シンシア師匠』って呼んでるんだ?」
「え? シンシア師匠は、シンシア師匠だからだよ?」
「……ヴァルターのことは何と呼んでる?」
「ヴァルちゃん!」
にこっと笑って答えるクローディアに、ランドルフはますます眉間の皺を深めていく。
「ジルのことは? 新人たちのことは?」
「ジルさん! 新人さん!」
「俺のことは?」
「ランドルフ!」
「俺だけ呼び捨てじゃねえか!」
ランドルフがクローディアの額をぺちんと指で弾いた。クローディアは涙目になりながら、じんじんとする額に両手を添える。
「まあまあ、団長。いいじゃないっすか」
「それだけクローディア姫にとって、団長は特別な人ってことっすよ」
「というか、オレ気になってるんすけど、団長とクローディア姫は今も夜一緒に寝てるんすか?」
新人三人組がシフォンケーキを口いっぱいに頬張りつつ、尋ねてくる。
ランドルフがむすっとした表情のまま、答えた。
「クローディアはお子さまだからな。しかたなく一緒に寝てやってる」
「お子さまじゃないもん! 大人だもん!」
「どこが? 毎晩お腹出して寝てるくせに」
「嘘言わないで! 私はお腹なんて出してないもん! お腹出してるのはヴァルちゃん!」
「ふぉっ?」
二人の応酬に巻き込まれたヴァルターが、黒い瞳をまん丸にした。それから、自分のもふもふのお腹を見て、こてりと首を傾げる。
新人三人組はそんなヴァルターを見て「可愛いなあ、もふもふは」と愛でていた。
みんながそれぞれ自由に騒ぐ中、ジルフレードが眼鏡をくいっと直しながら、ランドルフに冷静な声で忠告する。
「ランドルフ。クローディア姫が子どもっぽいからといって油断していると、痛い目に遭うかもしれませんよ? 女性はある日突然、花開くこともあるのですから」
「あはは、ないない! そういうタイプじゃねえよ、クローディアは!」
ランドルフがからからと笑って否定するので、クローディアはぷくっと頬を膨らませた。
本当にランドルフという人は、よく分からない。
優しいと思ったら、すぐ意地悪になる。父や母、姉や兄みたいに、いつも甘やかしてくれるわけではない。
クローディアが落ち込んでいる時には必ず助けてくれるのに、なんでだろう。
(こんなわけが分からない人なんて、もう知らない!)
クローディアは食後のお茶を飲んだ後、すくっと立ち上がってランドルフの傍から離れた。
静かな場所を求めて、一人でとことこ草原を歩いていく。
ざあっと風が吹いた。
木々の枝が風に撫でられてたわみ、葉が擦れてざわざわと一斉に鳴る。クローディアのスカートの裾も、ぱたぱたと音を立てて翻った。
気持ちいいけれど、少し冷たい秋の風。
クローディアは乱れた前髪を手でちょいちょいと直し、また前を向くと、とことこと歩き始めた。
ピクニックで連れてきてもらったこの場所は、広い草原に小さな森、それに綺麗な湖が近くにあって、本当に景色がいい。ずっと城に住み、王都しか知らなかったクローディアには、まるで別世界のように感じられる。
世界はなんて広いんだろう――。
ぼんやりと空を見上げていると、背後で草を踏む音がした。
「クローディア、勝手に一人で行くな。魔物が出たらどうするんだよ」
ランドルフだ。少し離れただけなのに、彼はすぐに追いかけてきたらしい。
クローディアは空を見上げたまま、小さな声でぽつりと零す。
「私、お城に帰れるのかな」
今、クローディアが立っている場所は、あまりにも城から遠い。見上げた空は高くて、高すぎて、足元から不安が這い上がってくる。
「いつか帰りたいって思ってるけど、叶うかな」
「さあな。それはお前次第だろうな」
ランドルフはクローディアの隣に立ち、一緒になって空を見上げた。彼の藍色の髪が風に吹かれて、ふわりと揺れている。
帰れるとも帰れないとも言わない、彼の言葉。
少し不満に思ったけれど、すぐに思い直す。
確かに、彼の言う通りだと。
(本当にお城に帰りたいなら、何もせず、ただ待っているだけじゃダメだよね。自分から動かなきゃ、何も変わらない……)
ここでクローディアは、ふとあることに気が付いた。
 




