16:ふんわりシフォン(4)
シフォンケーキを上手く焼けるようになったら、一緒にピクニックに行く。ランドルフがそう約束してくれたことで、クローディアはますますやる気を出した。
けれど、シフォンケーキ作りはとても難しく、なかなか上手く焼くことができない。
ある時は膨らまず、またある時は穴だらけ。
型と生地の間に隙間ができてしまい、ひっくり返した時にすとんと落ちてしまったこともあった。
クローディアは失敗するたび、シンシアに教えを乞いに行く。そうして、ひとつずつシフォンケーキ作りのコツを身につけていった。
秋も深まり、そろそろ冬の足音が聞こえ始める――そんな十一月のある日。
クローディアとヴァルターは、今度こそと手と手を取り合い、シフォンケーキ作りに挑んでいた。
「ヴァルちゃん、メレンゲ作りはお願いね!」
「おう! おれさまに任せろ!」
ヴァルターの白いフリルエプロンがひらりと翻り、かしゃかしゃと卵白を泡立てる音が響き始めた。メレンゲはピンと角が立つまでしっかり泡立てる。これができていないと、シフォンケーキは上手く膨らんでくれない。
クローディアは卵黄で生地のベースを作る。卵黄に砂糖、油、水を順番に混ぜていき、最後は薄力粉を加えて粘り気が出るまでしっかりと混ぜ合わせる。この粘り気がシフォンケーキの柔らかな弾力を作ってくれるのだ。
ヴァルターが泡立ててくれたメレンゲと生地のベースを混ぜ合わせる時も、気を抜いてはいけない。ここで混ぜ足りなければ、穴だらけのシフォンケーキになってしまう。とはいえ、混ぜすぎたら泡が潰れて膨らまなくなる。
適切な混ぜ具合を実現するため、メレンゲを三回に分けて、じっくりとベースに馴染ませていく。くるりくるりとボウルを回し、ゴムべらで生地をすくい上げるようにしながら、慎重に。混ぜ終わったら、シフォン型に生地を流し込んでいく。
生地を入れた後、シフォン型をしっかりと持ち、トントンと軽く台に打ちつける。こうすると、大きな泡が生地から逃げていくので、穴だらけのシフォンケーキにならなくてすむのだ。
「クローディア、オーブンの予熱ができたんだぞ!」
「ありがとう、ヴァルちゃん!」
クローディアは温めたオーブンの中にシフォン型を入れる。オーブン内の温度が下がらないように、扉の開閉は素早く行う。いろいろと温度や焼き時間を試行錯誤した結果、寮の台所のオーブンでは百八十度で三十五分くらい焼くのが良いと分かったので、その通りに設定してボタンを押す。
「上手く焼けますように!」
三十五分後。
焼きあがったシフォンケーキををオーブンから取り出し、くるりと型ごとひっくり返して冷ましていく。
数時間ほどそのままの状態で冷ました後、ようやく型からシフォンケーキをはずしてお皿の上に乗せることができた。
そうしてお皿の上に現れたのは、今まで作った中でも一番綺麗な形のシフォンケーキだった。ふわりと甘い匂いが漂ってくる。
クローディアはぱあっと顔を輝かせ、ヴァルターを振り返った。ヴァルターももふもふの両手をあげて、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。
「やっと上手にできたね、ヴァルちゃん!」
「おう! こんなに上手にできたの初めて! これならランドルフも大喜びするんだぞ!」
二人は目と目を合わせてにこりと微笑み合うと、お互いの健闘をたたえてぎゅっと握手をしたのだった。
翌日の昼下がり。
しっとりと味が馴染んだシフォンケーキを持って、クローディアはヴァルターと一緒に騎士団の廊下を歩いていた。
向かうのは、辺境騎士団の団長室。
(ランドルフ、今日こそ『おいしい』って言ってくれるかな……)
団長室に辿り着くと、ドキドキとうるさい胸に手を当てながら深呼吸する。それからトントンと扉を叩いた。
扉を開けてくれたのは、副団長のジルフレードだった。
「クローディア姫にヴァルターくん? 今日は何のご用ですか?」
「あのね、ランドルフにシフォンケーキを食べてもらおうと思って、持ってきたの。ランドルフ、ここにいる?」
「ええ、いますよ。ランドルフ、クローディア姫とヴァルターくんが来ましたよ」
ジルフレードは部屋の中に向かって呼びかけながら、クローディアたちを中に入れてくれた。
初めて入った団長室は、思ったよりも広かった。入口のすぐそばにある大きな本棚の中には、本や紙が乱雑に詰め込まれている。その近くに置いてあるどっしりとした書き物机の上にも、いろんなものが散乱していた。
大きな両開きの窓に、白いカーテン。その窓越しに、秋の色に染まった風景が広がっているのが見えた。
ランドルフは奥の方の机で、書類仕事をしているところだったらしい。ペンを手に、ちらりとこちらを視線を向けてくる。
「やっと納得のいくシフォンケーキができたのか?」
「うん! だから、ランドルフに食べてもらいたくて、持ってきたの!」
クローディアはまっすぐにランドルフに駆け寄ると、シフォンケーキを入れた袋を両手で差し出した。
ドキドキ。ドキドキ。
心臓が大袈裟に跳ねる。
緊張でぷるぷると手が震える。
「……食べていいか?」
袋を受け取ったランドルフが、じっとクローディアを見つめながら聞いてくる。クローディアは何度も何度もこくこくと頷いてみせた。
ランドルフは、ふんわりとした綺麗な形のシフォンケーキを一切れ、袋から取り出した。そして、ゆっくりと、大事そうに口に運んでいく。一口一口噛みしめるようにしながら味わって、こくりと飲み込む。
「……おいしい」
ランドルフがぽつりと呟いた。
その呟きを耳にした途端、クローディアの頬がぽっと火照った。
(ランドルフが、『おいしい』って言ってくれた……!)
自分が一生懸命作ったものを、生まれて初めて認めてもらえた。胸がぎゅっと締めつけられるような感じがして、目の奥が熱くなる。
ぽろりと一粒、涙が零れ落ちた。
嬉しい。
どんな綺麗なドレスをもらった時よりも。
どんな高価なアクセサリーをもらった時よりも。
ただ一言、「おいしい」と言ってもらえた今が、一番嬉しい。
「……なんで泣いてるんだよ、お前」
ランドルフは呆れたようにそう言いつつも、クローディアをそっと抱き寄せてくれた。そして、まるで子どもをあやすかのように、ぽんぽんと背中を優しく叩いてくれる。
「よく頑張ったな、クローディア」
ランドルフの温かな声が、胸の奥深くに沁みていく。
きっと普通の人が見たら、シフォンケーキを作っただけなのになんて大袈裟な、と思うのだろうけど。それでも。
これは、クローディアにとって、ものすごく大きな一歩だった。
「約束通り、今度ピクニックに行くか?」
「うん!」
ランドルフの言葉に、クローディアは笑顔で頷いた。




