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18:ふんわりシフォン(6)

 王女として城で暮らしていた時、クローディアは一部の人たちから陰口を叩かれていた。「魔力なし」の「役立たず」と。

 父や母のように魔法で結界をはることもできないし、姉や兄のように炎や水を踊らせることだってできない。だから、魔力のないクローディアが「役立たず」と言われるのも当然だと、ずっとずっと思ってきた。


 だけど、それは違うのかもしれない。


 辺境の地に来て、分かったことがある。

 ここにいる人たちはみんな魔力なんて持っていない。

 でも、魔法の力なんてなくても、みんな普通に生きている。


 訓練を重ね、自らを鍛えることで魔物と戦っていたり。

 手間暇をかけて料理やお菓子を作っていたり。

 魔法なんかに頼らずに、みんな自分にできる最大限の努力をした上で、誰かの役に立っている。


 そう、魔法がすべてではない――。


(私が「役立たず」と言われていた、本当の理由って……)


 クローディアは魔力がないということを言い訳にして、自分に何ができるのかを考えてこなかった。王女という身分に甘えて、努力をすることを怠っていた。本当なら「魔力がない」からこそ、もっと自分にできることを自ら探していくべきだったのに。


(魔力がなくても、できることはいっぱいあるんだ。なのに、何もしない、しようともしない人間だったから、私は「役立たず」だったんだ……)


 そういうことならば、と新しい考えが浮かぶ。


(お城に帰りたいなら、何か役に立つことができる人間になればいいんだ!)


 ぱっと世界が明るくなったような気がした。クローディアは瞳を輝かせ、ランドルフを見上げる。


「ランドルフ、ありがとう!」

「ん? なんだよ、急に」

「お城に帰るために何をしたらいいか、分かった気がする!」


 クローディアは自分の手のひらをぱっと広げ、ランドルフに見せつけた。


「あのね、私、気付いたの。魔力はなくても、この手で生み出せるものはいっぱいあるんだって。人の役に立つようなことも、きっと、いっぱいできるはずなんだって。だから、私は魔法に頼らなくても生きていけるように、自分の手でいろんなことができる人間になる!」


 そうだ。魔力があるのは王族と貴族だけ。城で働く人間も、よく考えてみたら「魔力なし」が大半だった。

 ――世界は、多くの「魔力なし」に支えられてできている。


「魔法なんか使わなくても、役に立つ人間になるの!」


 クローディアが元気よく宣言すると、ランドルフは呆気にとられたようにぽかんと口を開けた。それから、ぷっと噴き出す。


「そんな当たり前のことを堂々と言われてもな」

「あっ、笑うなんてひどい! しょうがないでしょ、私、本当に今気付いたんだもん」

「くくっ……うん、まあ頑張れ」


 ランドルフはぽんぽんとクローディアの頭を撫でた後、広げたままのクローディアの手のひらにそっと手を重ねてきた。

 手のひらから、彼の温度が伝わってくる。


「お前のこの手はすごいよ。正直、俺はお前がシフォンケーキ作りに挑戦してるって聞いた時、上手く作れるようにはならねえだろうなって思ってた。でも」


 ランドルフの翠の瞳が、優しく細められた。


「本当に上手く作れるようになったよな。俺、お前の作るシフォンケーキ、本当においしいと思ってる」

「ランドルフ……」

「俺のためにって頑張ってたのも、その、すごく嬉しかった。だから、あ……ありがとな」


 最後の方は少しつっかえるようになりながら、ランドルフが言った。思いもよらない感謝の言葉に、クローディアは思わず目を丸くしてランドルフを見つめてしまう。


 ランドルフはクローディアの視線から逃れるようにふいっと目を逸らし、じわじわとその顔を赤らめた。照れくさそうな、恥ずかしそうなその顔を見ていると、なんだかクローディアも恥ずかしくなってくる。


 重なったままの手のひらが、熱い。

 そこから熱が全身に回り、頬がじわりと火照ってくる。

 とくん、とくん、と心臓がいつもより大きな音を立て始める。


 ランドルフがひとつ咳払いをした。


「そろそろ、みんなのところに戻るぞ。いつまでもここで空ばかり眺めててもつまらないだろ」

「……うん」


 重なっていた手のひらが自然に繋がれる。クローディアはランドルフに手を引かれながら、草原を歩きだした。クリームイエロー色のスカートが風を受け、ふわりと膨らむ。


 頬の熱も、跳ねるような鼓動も、まだまだおさまりそうにない。


 遠くの方から、ランドルフとクローディアを呼ぶ声が聞こえてくる。あの声はヴァルターだ。小さなもふもふ竜はピクニックが楽しくてしかたないらしく、声を明るく弾ませていた。

 ランドルフが「あいつ、元気だな」と小さく笑いを漏らす。


 クローディアは歩きながら、また空を見上げた。

 空はただひたすらに青く、どこまでも穏やかに続いていた。




 その日、夜も更けてきた頃。

 クローディアはいつも通りヴァルターを抱っこして、ランドルフの寝室に足を踏み入れた。


 床に散らかっている服や本などをぴょこぴょこと避け、ランドルフのベッドまで慣れた足取りで進む。既にベッドでくつろいでいたランドルフがクローディアを見て、はあと大きなため息をついた。


「今夜は来ねえと思ってたのに……」

「なんで?」

「新人たちの前であれだけからかったら、普通嫌になって来なくなるもんだろ」


 ぶつぶつ言いながらも、ランドルフはクローディアのために場所を空けてくれる。クローディアはいそいそとベッドに上がり、ランドルフの前に座った。


「私、お腹出して寝てないもん。だから全然平気」

「お前な……。はあ、やっぱりお前はまだまだ子どもだな」

「私は大人だよ! 子どもなのはヴァルちゃん! ほら、ピクニックでいっぱい遊んだから、もう寝ちゃったんだよ?」


 むう、と膨れっ面をしながらヴァルターを指す。ヴァルターはぽっこりとしたお腹を出して、大の字になって寝ていた。今夜も見事な鼻ちょうちんを膨らませている。

 少しくらいつついても全く起きる気配のないもふもふ竜に、ランドルフが脱力した。


「こいつ、本当に竜なのかよ……。竜ってもっとすごい生き物のはずだろうが……」

「ふぉっ」


 相槌を打つように、ヴァルターが寝言を言う。その間抜けな声に、ランドルフがますます呆れてため息をついた。

 クローディアはその様子をしばらく眺めていたけれど、ふと思い出して口を開いた。


「あ、そうそう! 私、ランドルフにプレゼントを持ってきたの。受け取ってくれる?」

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[良い点] 『ひみつ婚』というタイトルに惹かれて……ここまできゅんきゅんしながら楽しく拝読しております。 クローディアは年齢の割に幼い印象ですが、そこがとても可愛いです♡ 王女様として大切に育てられ…
[良い点] >「そんな当たり前のことを堂々と言われてもな」 ほんとだよね~。でも、これはクローディアのせいじゃなくて、周囲の大人や環境が悪かった! いや、悪気があったわけじゃないと思うけど、クローデ…
[一言] なるほど。 そういう見方もありますよねぇ……何もしなかった今までの自分にさよならですね( ´∀` )
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