15:ふんわりシフォン(3)
ランドルフとクローディアが一緒に暮らしている騎士寮の部屋には、小さいけれどきちんとした台所がついている。
シンシアにシフォンケーキ作りについて教えてもらった翌日、クローディアはヴァルターに手伝ってもらいながら、その小さな台所でシフォンケーキを作ってみることにした。
今回は自分たちの力だけでシフォンケーキを作らなくてはならない。
気合いを入れるため、クローディアは今日もお菓子職人風の衣装を身にまとう。ヴァルターも白いフリルエプロンをつけて、小さな胸を張っている。
「よーし、おいしいシフォンケーキを焼いて、ランドルフに喜んでもらおう!」
「おう! おれさまも頑張ってお手伝いするんだぞ!」
シンシアにもらったミニシフォンの型を掲げ、クローディアとヴァルターははりきって作業を始めた。
ところが。
「シンシア師匠に教えてもらった通りにやったはずなのに……なんで?」
数時間後。できあがったシフォンケーキを見て、クローディアとヴァルターはしょんぼりと肩を落とした。
初めて作ったシフォンケーキは、全然膨らんでくれなかった。ぺしゃんこで、ふわふわとは程遠い見た目をしている。しかも、型からはずす時にも失敗してしまい、表面はぼそぼそだ。
(一生懸命頑張ったのに、どうして? こんなの、ランドルフに見せられないよ……)
クローディアは涙目になりながら、失敗したシフォンケーキを袋に詰めた。とりあえずこの失敗作をシンシアに見てもらって、なぜ失敗したのかを聞きに行かないと。
ヴァルターを肩に乗せて、クローディアは騎士団の廊下をとぼとぼと歩く。
そこに、騒がしい三人組が現れた。
「あ、クローディア姫ともふもふだ!」
「どうしたんすか? 落ち込んでるみたいっすけど」
「あ、なんかいい匂いがするっすね」
新人三人組、彼らは今日も大変元気なようだ。
クローディアはへにょりと眉を下げたまま、三人組を見上げる。
「私ね、ランドルフのためにシフォンケーキを作りたかったの。でも、失敗しちゃったの」
「へえ……団長のために!」
「うわあ、ラブラブっすね」
「本当に失敗したんすか、そのシフォンケーキ」
クローディアはしょんぼりしながら、袋の中の失敗シフォンケーキを三人組に見せた。笑われてもしかたないと、少しだけ身構える。
けれど、三人組は笑ったりなんかしなかった。
「え、どこが失敗なんすか? すごくおいしそうっすけど」
「いい匂いの正体はこれだったんすね」
「いいなあ。食べたいなあ」
食べたい、と言われて、クローディアは目を見開いた。ヴァルターも一緒になって、目をぱちくりさせている。
「じゃあ、少しだけ食べてみる?」
「いいんすか!」
「やったー! 女の子の手作り!」
「もちろん食べるっす!」
三人組があまりに嬉しそうに言うので、クローディアもなんだか嬉しくなった。ひどい見た目ではあるけれど、これでも一生懸命作ったものだ。食べてもらえるなら、その方が嬉しいに決まっている。
じゃあ、と袋の中からシフォンケーキを取り出そうとした、その時。
「何やってんだ、お前ら」
背後から聞き慣れた声がした。振り返ると、怪訝そうな顔をしたランドルフがすぐ傍に立っている。クローディアは思わず声を上げた。
「ラ、ランドルフ? なんでここにいるの?」
「なんでって、ここは騎士団だろ。団長の俺がいて何が悪いんだよ」
眉間に皺を寄せ、むっとした表情をするランドルフ。クローディアは慌ててランドルフから見えないように、シフォンケーキを隠そうとした。
けれど、ランドルフはクローディアの不審な動きを見逃してはくれなかった。
「何だよ、これ」
ひょいっと袋ごと失敗シフォンケーキが奪われた。
ダメだ。ランドルフだけには見られたくない。
クローディアは涙目になって、取り戻そうとする。
「返して! 見ないで、ランドルフ!」
「そう言われると見たくなるもんだよな。……って、これは、まさか?」
クローディアの手を華麗に躱し、ランドルフは袋の中身を覗いた。ふわりと甘い香りがあたりに広がっていく。
「それ、クローディア姫が団長のために作ったシフォンケーキっすよ」
「クローディア姫は失敗したって言ってるっすけど……」
「すみません。団長がうらやましかったので、それ、オレたちが横取りしようとしてました」
気まずそうな三人組の言葉に、ランドルフも微妙な顔になる。彼は涙目のクローディアを見て、居心地悪そうに頭を掻いた。
「これ、お前が作ったのか。……その、俺のために?」
「うん。でも、失敗しちゃったから」
「……そうか」
しょんぼりと俯いたクローディアの頭を、ランドルフがぽんぽんと撫でる。
「これ、食べてみてもいいか?」
「え、でも」
「俺のために作ってくれたんだろ? ……食べてみたい」
そう言ったランドルフの声は、穏やかで温かかった。その声は、クローディアの胸の中にじわりと熱を持って沁みこんでくる。
クローディアが小さくこくりと頷くと、ランドルフはシフォンケーキをひとかけら、指でつまんで口に入れた。
「……味は普通。でも、シフォンケーキって感じの食感はしねえな。なんか固い」
ランドルフは全く忖度なしの感想を述べた。
クローディアはむっと口を尖らせて反論する。
「だから失敗したって言ってるのに。次は、次こそは、ちゃんとおいしいシフォンケーキを作るもん……」
「ああ、楽しみにしてる」
「え」
驚くクローディアの頭を、ランドルフがまたぽんぽんと撫でた。それから翠の瞳を細め、優しい声で言う。
「お前が上手にシフォンケーキを焼けるようになったら、それを持ってピクニックにでも行くか。今はちょうど気候もいいし、暑くも寒くもねえからちょうどいいだろ」
「ピクニック……?」
「辺境に来てからずっと出掛けたりしたことがねえだろ、お前。だから、ごほうびに景色のいいところに連れて行ってやるよ。ああ、もちろんヴァルターも一緒にな」
「ほ、本当?」
頬を染め、瞳を輝かせて、クローディアはランドルフを見上げた。
ランドルフは「本当だ」と返し、照れ臭そうにそっぽを向く。けれど、その手はクローディアの頭を撫で続けていた。
仲の良い二人の姿を見せつけられた新人三人組は、揃って半眼になりつつ呟いた。
「やっぱり、団長はずるいっすよね」
「なんか……いいところだけ、かっさらっていってないっすか?」
「オレも可愛い女の子と可愛いもふもふと一緒にピクニックしたいっす……」




