14:ふんわりシフォン(2)
シンシアはくるりと円を描くようにしながら、シフォンケーキの生地をシフォン型に流し込んでいく。その後、型をしっかりと持って、台にトントンと軽く打ちつけた。
予熱の終わったオーブンにシフォン型を入れ、温度を確認する。このオーブンには魔石という魔法の力が込められた石が使われていて、簡単に温度が調節できるようになっていた。
「百七十度で二十分、じっくりと焼いていくの。オーブンによって温度や時間の調整を細かくした方がいいから、これはあくまでも目安ね」
シンシアの言葉をメモした後、クローディアはヴァルターと一緒にオーブンの中を覗き込んだ。じっと見ていると、生地がふわわんと膨らんできたのが分かる。
どんどん膨らむ生地はじわじわと型の高さを超えていったけれど、その膨らみはある程度のところでぴたりと止まり、ほんの少し縮んで大人しくなった。
二十分後、ほかほかのシフォンケーキが焼きあがる。けれど、ここで終わりではないらしい。
シンシアは調理台の上にどんと瓶をひとつ置くと、シフォンケーキを型ごとくるりとひっくり返してその上に乗せた。シフォン型の真ん中にある筒状の部分が、ちょうど瓶の口のあたりで支えられて安定する。
「シ、シンシア師匠、これ、ひっくり返して大丈夫なの? 落ちたりしない?」
「ふふふ、平気よ。生地が型にしっかりくっついているから。さあ、この状態で三時間以上は置いて冷ますわよ。半日くらいこのままにしておくこともあるわ」
「そんなにっ?」
クローディアとヴァルターは声を揃えて驚いた。シフォンケーキとはそんなに時間をかけて作るものだったのか。全然知らなかった。
さらに、シンシアは付け加える。
「あ、食べごろは焼いた翌日よ。乾燥しないように袋に入れたりして、冷蔵庫で保存しておくの」
「えええー!」
まさか、一晩も寝かせるものだったとは。クローディアはヴァルターと一緒にへなへなと椅子に座りこんだ。
そのまま逆さまのシフォンケーキをじっと見つめる。そうしていると、ふと疑問がわいてきた。
「ねえ、シンシア師匠。なんでこんな風に逆さまにしたの? 普通に冷ませばいいのに」
クローディアの疑問に、シンシアが笑いながら答えてくれる。
「シフォンケーキの生地は空気がたっぷり入っているから、膨らみやすいけど縮みやすくもあるの。こうやって逆さにしておかないと、生地が沈んでぺたんこになってしまうのよ」
「でも、冷ましている途中で落ちちゃいそう……」
「大丈夫、ちゃんと焼けていたら絶対落ちたりしないから。そうそう、だからシフォン型は生地がはがれにくいタイプを選んでね。アルミ製のものなら生地がしっかりくっついてくれるから、おすすめよ」
シフォンケーキを冷ましている間、シンシアはシフォンケーキについていろいろ教えてくれた。
今回作ったのは基本のプレーンなものだけれど、アレンジすれば様々なバリエーションのシフォンケーキを作ることが可能だという。
紅茶、バナナ、チーズ、チョコレート、かぼちゃなど、加える材料の違いによっていろんな味が楽しめるようになるらしい。
それに、シフォンケーキと一緒に食べるとおいしさがさらにアップする「ディップ」も大事なのだとか。生クリームやカスタードクリームなどが一般的だけど、変わり種のディップも実はたくさんある。クルミディップにマロンディップ、柚子ディップにブルーベリーディップ。種類も豊富で、どのシフォンケーキと組み合わせるかを考えるだけでも面白い。
――そんな話を聞いたりしながら時間をつぶし、三時間後。
やっと、シフォンケーキを型からはずす時がやってきた。
パレットナイフという、クリームを塗ったりするときに使う平べったいナイフを使い、シンシアは生地を型からはがしていく。まずは側面をぐるりとはがし、それから底の部分にナイフを入れて型と生地を完全に離す。
シフォンケーキがするりと型からはずれ、お皿の上に乗せられた。
「さて、本当なら一晩置いておきたいところだけど。クローディア姫もヴァルターくんも味見したいでしょう? 今、食べてみる?」
「え、いいの?」
「おれさま、食べたいんだぞ!」
食べる気満々の返事にシンシアは笑みを浮かべて頷くと、その場でシフォンケーキを切り分けてくれた。シフォンケーキはとても柔らかいので、上から押さえて切るとつぶれてしまう。なので、上から軽くナイフを当て、前後に動かしながらナイフの重さで切るようにする。
小皿の上に一切れずつ切り分けられたシフォンケーキが置かれたところで、おもむろにシンシアが立ち上がり、「ちょっと待ってて」と席をはずした。調理室の奥の方へと行ってしまい、その姿が見えなくなる。
するとヴァルターがその隙を狙い、自分の前に置かれたシフォンケーキをぱくりと口に入れてしまった。
「おいしーい!」
「あっ、ヴァルちゃん何やってるの! 待っててって言われたでしょ!」
「くふふ、だっておれさま、我慢できなかったんだもん」
ヴァルターが口をもきゅもきゅ動かし、ごくりと飲み込んだところで、シンシアがようやく戻ってきた。
「あ、もう食べちゃった? 残念、せっかくディップを添えてあげようと思ったのに」
「ふぉっ?」
シンシアの手には、純ココアとスキムミルク、練乳、水切りヨーグルトを混ぜ合わせて作ったというココアディップがあった。
ヴァルターはそれを黒い瞳をまん丸にして見つめる。そして、自分の目の前にある空っぽの小皿へと目を遣った。
「おれさま、ココアディップと一緒に食べたかったんだぞ!」
小さなもふもふ竜は白いフリルエプロンを握り締め、地団駄を踏んでいる。それから未練がましく小皿を眺め、シフォンケーキの小さなかけらを見つけると、その小さなかけらをもふもふの手で指した。
「おれさま、このかけらをココアディップと一緒に食べるんだぞ!」
「ええっ?」
そこまでして食べたいのか。
もふもふ竜の食いしん坊っぷりに、クローディアとシンシアは呆れてしまう。
「しかたないわね、あたしの分をあげるわ。ほら」
シンシアがココアディップを添えたシフォンケーキをヴァルターに差し出した。
ヴァルターは大喜びで「ありがとうなんだぞ!」としっぽをぶんぶん振る。
「クローディア姫も、ココアディップを添えて食べてみて」
「うん!」
クローディアはドキドキしながら、できあがったばかりのシフォンケーキを口にした。
ふんわりと優しい食感のシフォンケーキと、風味の良いココアディップ。柔らかなケーキと甘いディップが口の中で合わさって、幸せなハーモニーを奏でる。
「おいしーい!」
クローディアとヴァルターの声が揃った。
(ランドルフにも、このおいしいシフォンケーキをいっぱい食べさせてあげたいな)
シフォンケーキで喜ぶランドルフの顔を見てみたい。
クローディアはランドルフの笑顔を想像して、へにゃりと顔を緩ませた。




