第二十四話 強奪! 次なる領土拡張策!
再びヒーサはアスプリクと机を挟んで座り、次なる話題に移った。
しかし、先程と違う点は、アスプリクのヒーサを見る目だ。興味だとか、好意だとか、そういう次元を遥かに超えて、あなたに全てを賭けるとでも言いたげな強い意志を感じさせた。
「さて、今回の一件だが、ジェイク宰相閣下に全力で動いてもらうことにするよ。アスプリク、お前への罪滅ぼしも兼ねてな」
嫌な名前が出てきたため、アスプリクは露骨に顔をしかめたが、ヒーサがそう言うので我慢して次の言葉を待った。
「まず、例の漆器を二組、宰相閣下の所へ送る。一組は陛下への献上品だが、もう一つは法王聖下に贈る。この点はライタンと話していたのと変わらないが、こちらから直接送るのでなく、宰相閣下に届けていただくのだ。宰相閣下がこちら陣営だと印象づけるためにな」
「ジェイク兄が断ったらどうするの? 教団とはなるべく関わりたくないって人だから、隙を見せないために情報収集はしているけど、咎める案件を見つけても黙しちゃうくらいだ」
「そう。ゆえに、それを全力で使っていただく。今まで黙して伏せたままになっている手札がかなりあるはずだ。それを使ってでも教団に脅しをかけてもらう」
憶測の域を出ないが、何かしらがあったための交渉の材料として、秘密の案件を抱えていてもおかしくないのだ。出なければ、不入の地にわざわざ密偵を出す意味がないからだ。
また、ティースからの情報では、ジェイクなりにアスプリクの件で気を病んでいるとの情報も入っている。つまり、その妹への贖罪意識を徹底的に煽り、こちら陣営にがっちりとはまってもらうのだ。
「もし、宰相閣下が渋るようなら、こう言うつもりだ。『妹の身を差し出し、一時の安泰を測るような男を王とは認めるつもりはない。何もせずに傍観を決め込むというのであれば、あなたの即位後に色々と不都合なことが起きますぞ』とな」
「な……。ヒーサ、堂々と謀反宣言を!?」
あまりに博打に過ぎる発言に、アスプリクは目を丸くして驚いた。同時に、本気で自分のために目の前の男が全力を尽くすのだと感じ入った。
「ほ、本気で言っているのかい、ヒーサ!?」
「私は常に大真面目だよ。こんな席で冗談の類は言わんさ。それに、なにも勝算の薄い博打を打とうというのではない。勝つつもりでやるさ」
ヒーサの態度は至極真面目であった。笑みも怯えも一切ない。淡々と策を繰り出し、きっちり決める。そう感じさせるだけの何かを放っていた。
「第一王子が襲われたという、王家にとっての面子の問題。妹をほったらかしにしたという、兄としての負い目。反抗的な公爵を生み出すという、為政者としての実害。この三つが合わさった時、宰相閣下に一つの方向性を示すと考えている。ここ一番では、引き下がるという選択肢はないんだ」
「で、でも、ヒーサ、いいのかい? アイク兄や僕の件はともかく、ヒーサは王家でない他人。一方的に泥被って、ジェイク兄に睨まれたり、教団からの心象は悪くならない?」
全力で肩入れしてくれるのは、アスプリクとしては正直嬉しいことであった。しかし、目の前の貴公子にそこまでやってもらってもいいのか、という戸惑いがあるのだ。
そんな戸惑うアスプリクに対して、ヒーサは優しく微笑み、机の上に置いていた少女の手の上にそっと自分の手を添えてきた。
「世界を変えると言ったはずだぞ、アスプリク。私はお前に対して弄する虚言の持ち合わせがない」
「ヒーサ……!」
胸の奥底から熱い物が込み上げてくるのを、アスプリクは感じ取った。生まれて初めて誰かを好きになったことに加え、好きになった相手から優しくされる喜びを、今確実に知ったのだ。
奪われるだけの人生が、今初めて与えてもらったのだ。人としての温もりを。
なお、ヒーサの後ろの方から、嘘つきぃぃぃ! という奇声が聞こえた気がしたのだが、多分空耳だろうと断じ、話を続けた。
「さて、アスプリクよ、先程後回しにしていた案件の回答なのだが、その前にもう一つだけ確認しておきたい事がある」
「なにかな?」
「お前が求めるもの、欲するものとはなんだ?」
抽象的過ぎて、即答しかねる質問であった。物か、人か、状態か、なんとでも取れる質問だ。
それでも、アスプリクは自身の求めるものを必死で考えた。
もし、正直に答えるのであれば、目の前の貴公子が欲しい、と答えただろう。だが、アスプリクはその回答を即座に消し去ってしまった。
ヒーサはすでに結婚しているし、ティースから奪ってしまうことになるからだ。現段階では、ヒーサが自分に向ける好意が、友人としての好意なのか、愛妾への好意なのか、いまいち判断が付かない。
聞けば答えてくれそうだが、そんな“野暮”なことは気が進まなかった。この冠絶した頭脳を持つ貴公子の相手を務めるのであれば、自分自身もまた強く賢くなくてはならない。
弱さを受け入れてくれる懐の深さに甘えてばかりいては、自分が腐っていくような、そんな感じがしてならないのだ。
ゆえに、ヒーサ自身を求めてはならない。求めるのは、もっと別のものでなくてはならない。
「僕が欲しいのは、“自由”だ」
「ほう、そうきたか」
「今、僕は立場に縛られている。王女としての自分はほぼなくなっているに等しいけど、教団幹部としての仕事をやらされているからね。その合間合間に《六星派》に情報を流したりと、怪しまれないようにするのに一苦労さ」
「おや? 教団はともかく、《六星派》も嫌なのかね?」
「彼らに通じているのは、あくまで教団を潰すのに手っ取り早いからだ。でも、彼らが覇権を握ったら、今度は彼らが僕に仕事を寄こしてくるだろうね。頼んでもいないのに。今よりかはマシになると思えばこそ、異端に手を染めているのさ」
うんざりと言った口調でアスプリクが吐露したが、その話した内容はヒーサがまさに求めているものであり、我慢しきれずに会心の笑みを浮かべた。
「では、《六星派》に強い思い入れはないと?」
「あくまで、現状変更に利用できるから、通じているだけだよ。でも、こうして《六星派》でもないヒーサがいて、世界を変えるなんて夢を見させてくれるんだ。いざとなれば、そちらの方を僕は取るよ」
「ありがとう、アスプリク。そこまで評価されているとは光栄だよ。ならばこれにて、心置きなくアーソ辺境伯領を討滅できる」
いきなり漏れ出たヒーサの言葉に、アスプリクは耳を疑った。
国境での小競り合いが絶えない場所に存在する辺境伯。武勇名高きアーソ辺境伯を“滅ぼす”とヒーサは言ったのだ。
「ヒーサ・・・、君はアーソ辺境伯領が《六星派》の溜まり場になっているのを知っていたのかい!?」
「いいや、当てずっぽうだ。アスプリクの反応を見て、確信に変わったがな」
「んな!?」
まんまとやられたことに、アスプリクは少しばかりめまいを覚えた。
だが、してやられたというのに、不思議と嫌悪感は湧いてこなかった。好きな人がやはり自分を上回る知恵者だと分かって嬉しいからだ。
「でもさ、わざわざこんなことをしたんなら、事前に多少の目星はつけてたんでしょ?」
「まあな。疑惑を持ったのは、ケイカ村の社交場だ。あそこでヒサコの姿でカインとやり取りしていた時に疑惑が生じた」
「ああ、あそこでか。どういった感じで?」
「カインが言った。『司祭を殴り飛ばすとは、豪儀なお方ですな』とな。人前で話している時だというのに“様付け”をしていなかったんだよ、司祭様とな。それに妙に嬉しそうに感じたし、もしかすると、と思ってアスプリクにカマかけしたというわけだ」
実際に現場にいたわけではないので、アスプリクにはカインの口調等は分からなかったが、聞き手が違和感を感じたのであれば、それはしくじったなと言わざるを得なかった。
それを漏らさず頭に入れていて、まんまとカマをかけてきたというわけだ。
「なるほどなるほど。参った! というか、僕が迂闊だったというわけか」
「その通りだ。言わなくていい事は、適当にごまかせばいいさ。確たる証拠を突きつけられたのならともかく、こういうハッタリを利かせてくる奴もいるからな」
「ヒーサがそうだったというわけか。ハハッ、やっぱりヒーサは面白いな」
負けたというのに、特に悔しさもなく、笑って応じることができた。ただただ純粋に、目の前の貴公子とのやり取りが楽しいのだ。
「で、これがアイク兄やヒサコにどう関係するんだい?」
「辺境伯を滅ぼすと、一時的に空白の地が出来上がる。そこにアイク殿下を領主として入ってもらう」
意外な言葉に、アスプリクは驚いた。よもや、病弱な兄に、国境の要地を任せるというのである。いくら何でも無謀に過ぎるというものだ。
「アイク兄は本当に、芸術以外はからっきしだよ。ケイカ村の代官職だって、部下に丸投げして、自分は芸事に勤しんでいるくらいだ。辺境伯領をあてがったって、どうせ何もやらないよ」
「ゆえに好都合なのだ。名義上の領主はアイク殿下に、実質領地を差配するのはその“妻”であるヒサコなのだからな」
「あ、やっぱ縁談まとめるんだ、二人の」
アイクとヒサコの縁組を最初に考えたのはアスプリクであり、まさかこんな形で実現させようとは思ってもみなかったのだ。
アーソ辺境伯にアイクが就任し、実質的な支配者をヒサコとする。誰も予想しえない驚天動地が産み落とされようとしていた。
「あとは時期の問題だ。すべてが順序良く進むよう、手を打たねばな」
「今回の一連の動き、どうなるかな?」
「まずは、ヒサコの赦免優先。これが成らんと、他が進まない。贈呈品の漆器をジェイク宰相閣下に送り、王都と教団総本山での工作を頑張ってもらう。で、ヒサコはもうしばらくケイカ村に滞在してもらって、漆器の宣伝でもしてもらう。赦免が通ったら、アーソ辺境伯領に移動する。そして、適当な理由を付けて滞在し、そのまま討伐軍を招き寄せる」
「結構忙しいね。特にジェイク兄がどれだけ手早く説得するかにかかっている」
嫌いな兄に最重要な箇所を一任するのは気が引けたが、宰相と言う地位がなくては相手を説得することなどできはしないので、やむを得なかった。
「それで、僕はどう動けばいいかな?」
「辺境伯の討伐軍に参加してもらう。というか、先遣隊として、討伐軍本体より先んじて辺境伯領に近付き、ばれないように襲撃の事前警告をしてもらうことになるかな。私が欲しいのはあくまで辺境伯領の地位であって、住民の命ではない。さっさと逃げるように促す」
「で、それをシガラ公爵領で引き受ける、と」
「話が早くて助かる」
これも以前から言って来たことだ。シガラ公爵領を《六星派》の安住の地とし、新規産業の担い手をやってもらうつもりでいるのだ。
人手は多いに越したことはなく、辺境伯領の住民をできる限り収容したいと考えていた。
「かなり難しい仕事になるね、これは」
「すべてを救い上げることはできんよ。そんなことができるとすれば、神様くらいではないかな」
「フフッ、そりゃそうだね。ちっとも役に立たない神様だけど、今回くらいは詐欺の片棒を担いでほしいくらいだよ」
なお、すでにこの部屋でバッチリ聞いており、無理やり手伝わされるのはほぼ確定していた。
ゆえに、トウは引きつった笑顔を二人に向けるよりなかった。
「そして、空白地帯となった辺境伯領を、アイク兄に押し付けるってことか」
「そうだ。三国の交わる国境地帯であり、早期安定化のために王族を据える。この理論で推し進めようかと考えている」
「その理屈だと、サーディク兄に持ってかれるかもよ?」
「安心しろ。すでに、マリュー、スーラ両大臣は買収済みだ。あの二人は頭がいい上に欲深いから、多少の説明とそれ相応の贈り物を渡しておけば、都合よく動いてくれるさ」
「あ、あの二人もこっち側だったんだ。ほんと抜け目ないね、ヒーサは」
見事な事前準備と、それに基づく計画の全容に、アスプリクは驚きつつも安心を覚えた。やはり目の前の貴公子は自分にとっての白馬の王子様だと、確かな感触を得たのだ。
「もし、これらが成れば、国内の力関係に変化が生じる。分かるか?」
「勢力としては、シガラ公爵家が頭一つ抜け出すよね。ティースの持ってるカウラ伯爵領を事実上の傘下に収め、次にアーソ辺境伯領まで公爵家に合流したとなると、間違いなく三大諸侯の中でも抜きんでた存在になる」
「ただし、王家との関係は親密になっても、他の三大諸侯に加えて教団側と対立することになるから、勢力図としてはまだまだ微妙ではあるがな」
魔王対策と同時進行で国盗りをやっているのだ。どうしても粗が出てしまう。しかし、アスプリクを始め、使える協力者はかなり確保できていたし、悪くない情勢であった。
あとは、アーソ辺境伯領でこれから起こる“惨劇”を上手く処理すれば、心置きなくネヴァ評議国へと旅立ち、目的の茶の木を手にすることができると確信していた。
「さて、話は以上だ。何か聞いておきたい事はあるか?」
「おおよその流れは把握したから大丈夫だよ。あとは現場で柔軟に対応するよ」
「そうだな。アスプリク、お前は賢いなぁ。頼りにしているよ」
そう言って、ヒーサは机越しに身を乗り出し、アスプリクの頭を撫でてやった。王女にして大神官たる者には失礼な対応であったが、そんなことはアスプリクには関係なかった。
こうして大好きな人から褒めてもらえる、頼りにされる、優しさを感じることができる。今までの人生ではなかった温もりを与えてくれるのだ。本当に空虚な十三年を取り戻させてくれるような、そんな気がしてならないのだ。
「さて、それなら今日の話し合いはここまでとしよう。漆器の準備に、親書の作製と、色々と忙しくなる。より良い未来を手にするために、手を携えていこう、アスプリク」
「うん、僕、頑張るよ!」
「よし、その意気だ」
ヒーサは満足そうに頷き、今一度笑顔をアスプリクに向けてから扉の方に身を翻した。
そこにアスプリクが手を回してきて、ヒーサの背中に抱き付いてきた。小さな体を必死で絡ませ、離れ難いことを悪辣だけど自分には優しい貴公子に体を使って伝えた。
それにこたえる形でヒーサは一度彼女の手をさすった後に解き、再び少女の方を振り向いた。
そして、少し身を屈め、口付けを交わした。
アスプリクは驚いてその目を大きく見開いた後、全てを受け入れて目を閉じた。その白い手をヒーサの首に回し、しっかりとその温もりと絡み合う舌先を味わった。
なお、それを見せ付けられたトウは、呆れ返って危うく顎が外れそうになるほどであった。
(あのさぁ、あんたがアスプリクに言った事って、控えめに言っても『三重スパイよろしくな!』ってことなのよ。妻帯者がこんな少女を篭絡して頼むことか、普通!?)
実際、トウの反応は至極真っ当であった。
なにしろ、『大神官として教団内部に残り、《六星派》に情報を流し、さらに《六星派》の情報を自分に流せ』と言っていたからだ。
逆方向の情報の流れはない。あるのは撹乱用の偽情報や都合のいい話だけなのだ。
とても、十三歳の女の子に頼むような話ではない。
裏切らないというある程度の保証と、アスプリク自身の能力の高さを計算に入れねば、まずできない一手だ。
それを平然とやって来るあたり、やはり頭がぶっ飛んでいると言わざるを得ないのだ。
大丈夫か、こいつ。目の前の“共犯者”と行動を共にすることとなって、幾度となく浮かび上がって来た言葉が、再び頭の中を駆け巡った。
そんなトウの複雑な心中をよそに、目の前の二人は別れを惜しむかのようにまだ唇と重ねていた。
なお、その想いは一方のみが抱く、度し難い茶番に過ぎなかったが。
~ 第二十五話に続く ~
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