第二十三話 未来絵図! これぞ久秀の野望なり!
「さて、なんか物騒な話になっちゃったけど、話続けていい?」
少しばかり顔が引きつっているアスプリクが、目の前にいるヒーサに尋ね来た。初めての友人、あるいは好意を抱いた人物には向けたくない顔ではあったが、先程のやり取りはさすがにひどすぎたため、顔を戻せていなかったのだ。
「ああ、すまんすまん。ついつい調子に乗って、アホな事を口走ってしまった」
ヒーサは改めて席に座り、アスプリクと対峙した。
なお、アホな事とは、かつて古の王が用いたという『炮烙の刑』で教団最高幹部全員焼こうぜ、というものであったため、アスプリクもトウもドン引きしていた。
(ほんとにもう、このバカは。限度ってものを覚えなさい、限度を!)
トウは梟雄の無軌道な言動に呆れ返っていた。いくらアスプリクの“好感度管理”のため、多少引いてもらうつもりの提案だったのだが、いくらなんでもやり過ぎだというのが率直な感想であった。
なお、女神の梟雄に対する好感度は、出会ってこの方、凄まじい勢いで乱高下しており、見事なまでのワロス曲線を描いていた。現在は大暴落の真っ最中だ。
「次はそうだね~。ヒサコの扱いについてなんだけど、本当にこのままアイク兄と引っ付けちゃうの?」
なにしろ、二人を引っ付けるよう提案したのはアスプリク自身だ。もしこれが実現すれば、この二人を間に挟んで、ヒーサと親戚関係になれるのだ。今まで以上に親密に付き合えるので、割と関心の高い事柄であった。
「その件なのだが、私に腹案がある。しかし、話が長くなりそうな上に、先に聞いておきたい事があるので、後回しでいいかな?」
「いいよ。じゃあ、その先に聞いておきたいことを聞こうかな」
攻守交替。さて、どんな問いかけがあるのかと、アスプリクは心待ちにしたが、目の前の男はそんな温いことはなかった。
「アスプリク、お前には三人の兄がいるな?」
「そうだよ~。芸術以外に興味がない病弱な長兄のアイク兄。宰相として国政を動かす次兄のジェイク兄。将軍として戦場を駆け巡る三兄のサーディク兄。この三人はいずれも国王と王妃の間に生まれた実子だね。で、僕は国王と旅のエルフの間に生まれた庶子だ。国王からは実子と認められていないから、厳密には王族じゃないんだけど、それに近い待遇は貰っている。類まれな術の才能を持っているから、先に唾つけとくくらいの感覚でね」
アスプリクは不機嫌そうに吐き捨てるように言い放った。呪われた血、あるいは才能のせいで、自分がどれだけの苦労を強いられてきたことだろうか。それを思い浮かべるだけで、頭が沸騰しそうになるのだ。
自然とそのイライラが指先にも出てきており、机をコツコツ叩いてそれをあらわにした。
「ヒーサ、これくらいなら知っていると思ったけど、肝心の質問はなんなんだい?」
「その三人のうち、次兄のジェイク宰相閣下を殊更嫌っているように思ったが、何かあったのか?」
出会ってすぐの時もそうだったが、アスプリクはジェイクを徹底的に嫌っているとヒーサは感じていた。口調や態度、そうしたこと全てがジェイクへの敵愾心で満たされているのだ。
アイクやサーディクに対しては、そこまで強烈な嫌悪感は感じさせないのに、ジェイクに対してはそうではないのだ。
そして、今の質問は触れられたくない案件であったらしく、握り拳を力任せに机に叩き付けた。
そのまま顔を下に向け、全身がガタガタと震え始めた。
「ヒーサ、違うんだ。何かあったんじゃない、“何もなかった”んだ。だから、僕はジェイク兄を絶対に許さない」
「・・・詳しく聞かせてくれないか?」
ヒーサは机の上にあるアスプリクの拳にそっと手を置き、気が静まるように優しくさすった。それに多少は気が落ち着いたのか、握り拳を開き、顔を上げてヒーサに視線を戻した。
「僕があの汚れた聖なる山で“ナニ”をされたかは、さっき話しただろう? 修行だ、鍛錬だと言われ、弄ばれた。でも、僕はそれに耐えた。まあ、耐えたというより、半ば諦めていたと言った方がいいか。王宮の中には居場所もなく、容姿と才能のために世間から奇異の視線がぶつけられ、その才能のために教団に放り込まれても、結局は奪うだけで与えてくれる人は誰一人いなかった」
「まあ、そりゃそうだ。口を開けていれば、エサが飛び込んでくる、なんて美味しい話なんぞどこにもない。それこそ、他人の器に盛られた食べ物を、皿ごと奪い取るくらいはしないとな」
なにしろ、これが昔からの戦国式の生活様式なのだ。欲しければ奪う、力こそが正義、弱きは全てを失う、そんな世界で生き抜いてきたからこその結論なのだ。
世の中をそのように割り切るヒーサに、アスプリクは少し悲し気に微笑んだ。
「ヒーサ、君は本当に強いな。僕もそう考えるようになりつつあるけど、まだそこまでは断じることができない。孤独が、寂しさが、常に僕を絞めつけては、誰かがそれを助けてくれる。いつか白馬の王子様でもやって来るんじゃないかって」
「残念ながら、私の愛馬は黒毛だぞ」
手懐けたつくもんは黒犬であるし、黒毛の輓馬に変身することもできる。とても絵画のモチーフになりそうな、キラキラ輝く白馬の王子のようにはなれそうになかった。
「そうなのか。なら今度、いい白馬があったら贈呈することにするよ」
「それは楽しみだ。で、話を元に戻すが、ジェイク宰相閣下が“何もしなかった”とは?」
「言葉通りの意味だよ」
アスプリクはまだ机の上に載せられていたヒーサの手をぎゅっと握り、瞳を潤ませながらジッとその顔を見つめた。
「ジェイク兄はね、僕が何をされているのかを知っていたんだ。公権力の及ばない閉ざされた世界なんだけど、こっそり息のかかった者を潜り込ませていたんだ」
「密偵を入れて、情報収集をしていたということか」
「でも、それだけ。知った上で、一切動かなかったんだ。つまり、腹違いの妹を、あのクソジジイ共の生贄に饗することを黙認したってことだ!」
アスプリクはもう一度拳を机に叩き付けた。怒りに満ちた一撃は机を震わせ、それを落ち着かせるために、ヒーサはまたアスプリクの手に触れた。
(まあ、“為政者の判断”としては正しいのだがな。不入の地に密偵を入れるだけでも、まあ頑張った方だ。しかし、“兄妹の情”で見た場合は、完全に破綻していると言わざるを得ないがな)
公権力の及ばない不入の地に関しては、たとえ宰相と言えども迂闊に手出しはできない。調べるだけでも秘密裏にしなければならず、ジェイクの苦労が偲ばれるというものだ。
しかし、知ったところで動けないのも事実だ。もし、王家と教団が対立することになれば、国を真っ二つにする大規模内戦に発展しかねない。それを回避するのであれば、いざという時の交渉カードとして温存しつつ、異腹妹のことにはひとまず黙する方が良いと決めたのだろう。
だが、アスプリクの視点で見た場合、見捨てられたと感じてもおかしく無い。事実を知った兄が、妹のために一切動かないのは、情の観点で言えば最悪なのだ。
(なるほど。宰相の妹への後ろめたさの源泉はここか。兄としての情と、為政者としての冷徹さ、その板挟みの結果か。しかも為政者としての判断を優先した結果、妹からは徹底的に嫌われ、それの修復に動きつつも空振っている。ククク……、絶好の材料ではないか!)
ヒーサは親密になってアスプリクの話を聞きつつも、頭の中では急速にこの状況を利用するための策が練り上がっていった。
よもやこんなにも早く国盗りの最大の障害になると思われたやり手の宰相ジェイク、その弱点を拾い上げれるとは考えてもいなかったので、その幸運に狂喜した。
「ちなみに、他の二人の兄にはそういった感情は?」
「そもそも、アイク兄はケイカ村に引き籠っているから、顔を会わせるのも珍しいんだ。サーディク兄も前線に出ている事が多いから、ほとんど会わない。王都に常駐していて、総本山の情報を探っているジェイク兄だからこそ、僕は許せないんだ」
「アスプリク、こう言ってはなんだが、宰相閣下の判断はある意味では正しいのだぞ」
「それは理解できる。“今だから”理解できるんだ。三年前の、神殿に放り込まれた頃の僕が、それを納得できるとでも!?」
アスプリクは頭が切れる。術の才能も国一番。だが、一皮むけば、愛されることを知らずに育った、十三歳の女の子でしかないのだ。
自分の核となるものを何一つ持たず、ただ言われるがままに怪物を退治し、時に高貴なる者の好奇心をその身を以て満たしてきたのだ。
いずれは誰かが助けてくれるのではないか、その僅かな糸を手繰りながら待っていた。
だが、そんな者など、どこにもなかった。あるのは、どこまでも続く無間地獄であり、留まることを知らぬ絶望であった。
気が付くと、アスプリクは泣いていた。ヒーサの手を握りながら、その上にいくつもの雫が零れ落ちていた。元々赤い目が更に赤くなり、折角の特異ながらも愛らしい顔が潰れていった。
(やれやれ、こんな弱々しい娘が、魔王などとは思えんな。いや、この世界への憤怒や絶望感が、変じて魔王を降ろす器となるやもしれんか)
ヒーサは後ろを振り返ってみると、トウも複雑な顔をしていた。検査の結果では魔王の可能性大と出たのだが、ここへ来て少々自信が無くなって来たのだ。
時期的にはそろそろ魔王に変じてもおかしくないのだが、一向にその兆候が見られず、判断が難しいと首を傾げた。
ならば、普通の幸薄き女の子として接しよう。そう考えたヒーサは手を握ったまま立ち上がり、机の横をすり抜け、泣いているアスプリクをそっと抱き寄せた。
アスプリクもこれに反応し、少し体を捻し、ヒーサの腰に手を回して抱き着いてきた。その腹に顔を埋め、ガタガタ震えながら必死でしがみ付いた。
少しの間、ヒーサはアスプリクの頭を撫でてやり、落ち着くのを待った。そして、泣き方が落ち着くと、しがみ付く少女の手を一旦解き、そのまましゃがみ込んだ。
しゃがみ込むと目線が同じ高さとなり、その皺くちゃになった少女の顔が目の前に現れた。誰からも愛されず、ただ利用されるだけの哀れな女の子。手を差し伸べて救ってやれるのはじぶんだけなのだと、ヒーサは意を決して語りかけた。
「アスプリクよ、一緒に世界を変えよう」
「一緒に……?」
「ああ、前の“商談”のときに言ったではないか。この公爵領を誰であっても大手を振って住める場所にする、と。ゆえに改めて誓おう。この地を、独立した住みよい世界に変える。そうなれば、もう誰もお前を虐げることはない。重苦しい法衣を脱ぎ捨て、自由を満喫できる」
やって来た。本当に白馬の王子がやって来たのだ。当人は馬は黒毛だと言うし、身分はそもそも公爵なのだが、そんなことなどアスプリクにはどうでもいい事であった。
待ちに待った十三年の年月、ようやく取り戻す切っ掛けを見つけたのだ。
「アスプリク、お前が自由になりたいように、私にもやりたいことがあるんだ」
「ヒーサのやりたい事って?」
「のんびり茶を飲むことだよ。そうさな、柔らかな日差しの下で、野点でも楽しもうか。皆を誘ってな。もちろん、その中にはお前も加わってもらうぞ」
ヒーサの頭の中には、すでに明確な未来の絵図が描かれていた。
降り注ぐ柔らかな日差しの中、柴木で沸かす湯を注ぎ、ふすべの茶の湯を皆で飲む。漆器の重箱を用いた弁当を用意し、食事も楽しむ。あるいは、歌でも詠みながら、景色、風情に想いを寄せる。
そこには茶を点てているヒーサがいて、茶を待つティースが、アスプリクが、その他大勢がいる。皆、苦労より解放された穏やかな面持ちを見せて。
かつて見ることのできなかった戦国乱世の先にある世界。望むべくして手にすることのできなかった眺望。それをこの世界で実現する。それこそが、戦国の梟雄・松永久秀の野望なのだ。
(だが、道は遠い。そもそも、茶の木はまだ手に入っておらんし、栽培に適した状態にするのにどれほどの時間がかかるか分からん。茶道具の作製はまだ始まったばかりで、陶磁器と漆器の生産に目途がついたくらいだ。何より魔王、いつ現れるともしれん邪魔者の排除こそ問題だ)
課題山積。野望実現のためには、いくつも越えねばならな山が、まだまだ存在する。だが、諦めるという文言はない。万難を排してでも実現するつもりだ。
皆が笑って暮らせる世を、少なくともこの手で届く位置にいる者くらいは、心穏やかに過ごせる世界を築かねばならない。そうヒーサは想いを強くした。
「アスプリク、お前はもう泣く必要はない。泣くのは全てが終わり、解放された喜びの涙だけでいい。そして、その時が来たらば、一緒に喜びを分かち合おう。喜びを湯と共に碗に注ぎ、皆に回して飲むのだ」
「なんだかよく分からないけど、面白そうだね。そんな未来が来るといいな」
ようやく泣き止み、無理やり笑顔を作ったアスプリクであったが、ヒーサは首を横に振り、少女の肩に手を置いた。
「来ると良い、ではない。来させるのだ。より良い未来が、運命とやらが目の前を素通りしそうになったら、その腕を掴んで引っ張りこむのだ、自分の前に! 掴み取ってこその勝利であり、ゆえに手にした褒美はひとしおに味わい深いのだ」
「……そうだね。ヒーサ、やっぱり君は強いな」
「いや、私は強くはないさ。強くないから、必死に策を弄して盤面を乱し、相手の隙を作り出すことに終始しているのだ。本当の強者なら、正面から堂々と押さえつけに来る」
かつての苦い経験だ。織田信長に幾度となく仕掛けようとも、結局は勝つことができなかった。盤面を操り、包囲網を築こうとも、結局は討ち果たすにはいたらず、最後は自身を城共々炎の中に沈める結果となった。
だが、今回こそしくじらずに、完全なる勝利を手にするのだ。
などと考えていたら、猛烈な横槍を入れてくる者がいた。ヒーサとアスプリクのイチャイチャぶりを見せ付けられていたトウであった。
トウはヒーサの後頭部を思い切り引っぱたき、同時にアスプリクの前に手拭いを置いて顔を拭くように促す一方、再び部屋の隅へと移動した。
「ちょっと! 好感度管理とか言ってたけど、何やってんのよ! バロメーターが限界突破して、好意どころか信奉の域に達してるわよ、あの子!」
「それは重畳。やはり、上げて落とし、それから再び上げる。結構効くな。緩急が重要であることが分かるというものよ」
緩急などという一言で片づけれるほど、易しい行いではないのだが、それを平然とやってしまえるのが、目の前の男の恐ろしさなのだ。モラルに縛られずに平然と策を実行してしまえる精神の強さであり、同時にそれを最大限に増幅させるスキル《大徳の威》だ。
やはりとんでもない男だと、トウは改めて思い知らされた。
「それで、これからどうするのよ?」
「これでアスプリクはちょっとやそっとのことで、私を疑わなくなった。だから、今までの“ぬるい”策ではなく、少し“きつめ”の策を実行できる」
「は? 今までの行いが“ぬるい”とな!?」
トウは耳を疑ったが、今までのこの世界でのやりようは、戦国の梟雄の中では“ぬるい”のだそうだ。つまり、これからさらに悪辣な策を用いると言ってのけたに等しい。
「ああ、あの娘に言ったことは本当だぞ。のんびり野点を楽しみながら、歌でも詠む。最高ではないか。ただし、そこに参加できる人間は、“私の思惑次第”ではあるがな」
ヒーサのその言葉に、トウは背筋を震わせた。
望むことは平和な日常であっても、そこに至る道は血肉で舗装されている。しかも、その血肉の中に誰を混ぜるかは自分次第であり、誰でも混ざり込む可能性があると言うのだ。
「道は一本。ただし、切り開く者、整える者、歩く者、それらが同一とは限らない。もっとも、歩く者の中に私が入っていることは絶対条件ではあるがな」
ヒーサはポンポンとトウの肩を叩き、再びアスプリクの方へと戻っていった。
そして、茫然と振り返り、再び娘をあやし始めた“共犯者”の姿を見つめた。そして、思った。
(その立ち位置、私は“どこ”に含まれるのかしら?)
トウは“人間”というものを甘く見ていたかもしれない。神として、まだまだ未熟であることを思い知らされたのだ。
~ 第二十四話に続く ~




