第二十五話 総力戦! 断固としてヒサコを救え!
モンス=シガラの神殿を後にしたヒーサとトウは、そのまま公爵家の屋敷へと戻った。なお、公爵が徒歩で帰るという珍事が発生し、道行く領民を驚かせたものだ。
「呼べば馬車くらい来るんだし、身分的にどうなの!?」
「たまに二本の足があることを思い出しておかんとな」
そう言いながら、驚き顔ですれ違う領民達に手を振ったり、笑顔を振り撒いたりした。こういう距離の近さや気安さがヒーサの売りであり、領民から親しまれる要因にもなっているのだ。
それほど距離も離れていなかったため、一時間ほどの散歩で公爵家の屋敷に到着した。
そして、すぐにいつもの顔触れに執務室に集まるよう召集をかけた。
もちろん、顔を揃えたのはティース、ナル、マークの三名であった。本来ならここにヒサコとテアが加わるのだが、二人揃って出かけている(ということになっている)ので、代わりにトウがいる状態だ。
なお、ヒーサとヒサコ、テアとトウ、それぞれが同一存在だということはまだ気づかれていない。秘密を明かしたアスプリク以外は誰も知らないのだ。
執務室の長机を挟み、ヒーサとティースが向かい合うように座り、ヒーサの後ろにはトウが、ティースの後ろにはナルとマークがそれぞれ脇を固めていた。
「さて、揃ってもらって早速だが、ヒサコの件で決定がなされた」
「ああ、ついに決まりましたか。縛り首でしょうか? それとも斬首? あるいは火炙りとか?」
「ティース、死刑前提で話を進めるのは止めてくれ。仮にも、私の妹であり、お前の義妹だぞ」
ティースとしては鬱陶しい事この上ない義妹が消えてなくなって欲しいと思っているので、処分については大賛成であった。その口調も実に楽しそうで、鼻歌でも聞こえてきそうな雰囲気だ。
(まあ、当然と言えば当然か)
なにしろ、自分がティースにしてきた所業を思えば、この反応も納得と言うものである。同じ屋敷に住むようになって一ヵ月もなかったが、それでも徹底的に嫌がらせを慣行したのだ。あのまま続けていれば、辻斬りにでも発展しかねない険悪さがあった。
「まあ、ティースのご期待には沿えないがな。単刀直入に言うと、ヒサコを赦免させるために、教団側と全面対決をすることになりそうだ。場合によっては、内紛上等でな」
「……は?」
ティースは夫の発言に耳を疑った。言ってしまえば、妹を助けるために王家に匹敵する巨大組織に喧嘩を売り、場合によっては戦になると口にしたからだ。
はっきり言えば、正気の沙汰とは思えない。身内の命を救うためとはいえ、いくらなんでもスケールが大きくなりすぎているのだ。
「なんでヒサコを助けるために、そんな大事になるのですか!? というか、そんな大事になるくらいなら、さっさと処刑なさった方が良いのでは!?」
「妙に殺意高いな、おい。だが、これは絶対に下がれぬ一線なのだ。場合によっては、本気で合戦となることを覚悟しておけ」
「いえ、ですから、それがおかしいんですよ。人一人助けるために、国中を騒乱の渦に巻き込むと!?」
「ティースよ、愚かなことを言うな。一つ戯れに聞いてみるがな、お前は自分の父親があらぬ罪を着せられ、罪人として処断されようとしていたと仮定した場合、それを指を咥えて見ているとでも言うのか?」
ヒーサの問いかけは、ティースにとって心臓を握り潰されんほどの衝撃を与えた。なにしろ、現在自分の置かれている境遇そのものであったからだ。
父ボースンは何者かの陰謀に嵌められ、ヒーサの父である先代公爵マイスの毒殺容疑を駆けられ、獄中で自殺した。その嫌疑を晴らすために、ティースは望まぬ結婚を受け入れ、公爵領内を調べて回っている最中なのだ。
もし、ヒーサに対して“あらぬ罪”の前に膝を屈して、妹のことは諦めなさいと言ってしまえば、それは度し難いほどの二重基準になってしまう。
そんな身勝手な態度を示せば、ヒーサは決して自分を許さず、カウラ伯爵家への容赦ない締め付けをしてくるだろう。
そう考えると、ティースは自分の軽率な発言をヒーサに対して謝らねばならなかった。
「申し訳ございませんでした。思慮のない発言をお許しください」
「構わん。ヒサコとはそりが合わぬことくらい、重々承知しているよ。いなくなればいい、と考えるのも無理はない」
ヒーサは首を垂れるティースを許し、話を続けた。
「今回の件は明確に、教団側に非がある。儀式の失敗を棚上げして、追加の金の無心をしてきたのだからな。そして、ここで重要なのは、その儀式の失敗による被害者が“第一王子”と言う点だ。ヒサコの行いは少々乱暴ではあるが、王家のメンツを守り、その怒りを教団側に示す行為だ、と私は考えている」
ヒーサはきっぱりと言い切り、ティースも言わんとするところは理解したので頷いて応じた。
しかし、控えていたナルが首を横に振った。
「公爵様、それはあくまで公爵様ご自身の考えでございましょう? 空気の薄い山の上、呆けた老人達がそれを認めるかどうか」
「言うねぇ、ナルも。まあ、その意見には同意するよ。だからこそ、教団に対しての包囲網を形成することにした」
「包囲網、ですか?」
「ああ。包囲に加わるのは、我が公爵家、王家、教団内の改革派、以上だ」
包囲網の中に王家が加わっているだけで、かなり安堵できるものであった。もちろん、それが確約されているのであれば、であるが。
「まず、私、火の大神官、モンス=シガラの上級司祭、三名の連署で赦免を願い出るのは、先程の神殿での会合で決定した」
「それは心強い。なるほど、教団内部にも、近頃の風紀の緩みを懸念する者がいるというわけですね」
ティースとしては腐敗著しい教団が、少しはまともになってくれることを願うばかりであった。
「それで、王家の方はアスプリク様に?」
「ああ。ジェイク宰相閣下に手を回すように手紙を出すそうだ」
「宰相閣下はアスプリク様の件を気にしておりましたし、上手くすれば力になってくれましょう。アイク殿下の方は、むしろ制止役が必要なのでは?」
「それな! アイク殿下は今回の被害者であり、同時にヒサコにぞっこんと来ている。下手にヒサコを処断するなんてことになったら、どんな行動に出るか分からん。トウ、そこはお前がケイカ村に戻った時によろしく当たってくれ」
控えていたトウは無言で頷いた。
どのみち、ヒサコの断食行が終わるタイミングでヒーサのスキル《入替》で、本体と分身体が入れ替わることになるであろうし、それにつられて再びケイカ村に戻ることになるからだ。
トウが動くまでもなく、本体と化したヒサコが八方手を尽くすことだろう。
「国王陛下は例の漆器を贈る点は変わらん。味方になってくれればいいが、あまり期待はできん。まあ、中立さえ守ってくれればいい。問題は第三王子のサーディク殿下だ」
「サーディク殿下がなにか?」
「実は上級司祭のライタン殿から仕入れた情報なのだが、ケイカ村の司祭はリーベという名で、あろうことかセティ公爵家現当主の末弟なのだそうだ」
「なんですと!? じゃあ、ヒサコはセティ公爵家に対して、正面から喧嘩売ったってことになりますよ!? 教団に加えて、別の公爵家を巻き込むなんてとんでもないことです!」
教団相手だけでも面倒なのに、それに別の公爵家まで教団側に肩を持つことになると、分が悪いにも程があった。
まして、“武”の公爵と名高いセティ公爵家である。ティースとしては、正面切ってぶつかることだけは避けねばと考えた。
「で、サーディク殿下はセティ公爵家と昵懇の間柄。下手をすると、あっち側に付きかねん。戦友は肩を並べて歩いてくるもんだな」
「いやいや、呑気に構えている場合じゃないですよ。武名の名高きサーディク殿下とセティ公爵が肩を並べて突っ込んでこられたら、こっちはそのまま蹂躙されかねません」
「同感だな。真っ向ぶつかれば、まず勝ち目はない。ゆえに、贈り物攻勢で状況を好転させる。向こうが“武”に優れているなら、こちらは“財”に優れているからな。なぁに、金貨の詰まった財布袋で相手の脳天を叩き割ってやるだけさ」
ヒーサお得意の賄賂の配布であった。
今回の一件は儀式の失敗という、教団側の明らかな失策がある。それによって王家に損害が出たとなれば、普段は教団と距離を置きたがる連中も目を覚ますだろう。
“誠意”はそのためのきつけ薬なのだ。
「それにな、これは教団の腐敗を止める最後の機会となるやもしれん」
「と、いいますと?」
「教団の腐敗は皆も知るところだ。もし、教団が現実を見る目を持っているのであれば、今回の一件は引き下がるだろう。王家を敵に回すのは、“普通”なら有り得んしな」
あくまで、教団は王家の補助として、術士の管理や運用を任されている組織に過ぎないのだ。それが術士の独占に走り、教義などと言う余計の肉付けまで行って、いつしか歪な姿の利権団体に成り下がった。そのように、ヒーサは教団を見ていた。
特権意識が傲慢を生み、その傲慢さが万能性を錯覚させ、不如意の欠落を生み出す。
(世の中、ままならぬ数多の事象が存在するというのにな。人間ごときが神仏にでもなった気でいる愚者どもよ、今に思い知らせてくれようぞ)
どのみち、ヒーサにとっては教団は邪魔なだけであり、最低でも無力化しておく必要があった。無論、魔王と戦うことを想定した場合、腕利きの術士だけは引き抜いておく必要はあるが。
「でも、ヒーサ、教団側が普通でなかった場合は?」
ティースはそれが不安でならなかった。特権に浸って来た者が、それをそう簡単には手放すとは思えないし、判断力の欠落を促すことにもなる。
ヒーサの言う通り、最悪内戦を覚悟せねばならないのだ。
「底抜けのバカ者か、度し難い傲慢さの持ち主、ということになる。そうなった場合は・・・」
吐き出す言葉を一旦溜めつつ、ヒーサの脳裏にかつての光景が思い浮かんできた。
戦国の世において、寺社仏閣が炎に焼かれるなど数知れず。ヒーサの内なる松永久秀もまた、その例にもれず、数多の仏閣を焼き払い、聖職者を名乗る生臭坊主を火の中に放り込んできた。
これからこの世界で行う教団への過激な一幕も、梟雄に言わせれば見慣れた光景であるし、それを生み出す手練手管も洗練され、実に手慣れたものなのであった。
(またやるのか。いや、やらねばならんよな。坊主なんぞ、お経を読んで、学に打ち込んでおればよいだけの存在。権力も、富も、持たせてはならん。不入の権を持つ者が余計な力を蓄えるのは、厳に慎まねばなるまい)
躊躇いはない。すべてを焼き尽くす。むしろ、今回の一件はこちらが危機的状況に陥ったのではなく、教団側が更生する最後の機会を与えられたと思えばいいのだ。
「焼こう、神殿を。そこにいる愚者もまとめてな」
無表情、しかも一切の抑揚のない淡々とした言葉、静かだが迫力のある気配に、それをまともに浴びた三人が引いた。
今まで見たこともない夫の雰囲気にティースは絶句し、息苦しさから思わず心臓の辺りに手を当てた。
マークもまた、あまりの静かな殺気に喉がカラカラになり、唾を飲み込んだ。
ただ一人、ナルだけは特に反応を示さず、立ったまま微動だにしなかったが、内心では冷や汗をかきまくっていた。
(やはりこの男、何かがおかしい。見た目と経験が釣り合っていない。何か別なものが降りてきているのか!? 例えば、魔王、とか)
降りてきているという点では正解であったが、ヒーサの中にいるのは戦国期の日本を七十年生き抜いた老人が入っており、決してその正体は魔王ではなかった。
あくまで、中身は“人間”でしかないのだ。巡って来た七十年分の時間が、多少濃いだけでしかない。
「まあ、それはあくまで最後の手段だな。そう、『百戦百勝は善の善なる者に非ず』だ」
「なんですか、それは?」
「古の兵法の極意書に書かれた一節だ。百回戦って百回勝つのは最善ではない、ということだ。究極的には“戦わずに勝つこと”こそが、最良の勝利なのだよ。つまり、外交交渉にて、有利な結果を得られることこそ肝要なのだ」
戦は金がかかるし、人的損失もバカに出来ない。話し合いで解決できるのであれば、それに越したことはないのだ。
もっとも、話し合いで折り合いが付かないからこそ、戦と言うのもなくならないのが、世の習いだということも身に染みて知っているのではあるが。
「ま、あくまで最悪の中の最悪が極まってしまった場合は、国を真っ二つにした内紛になるだろうが、今回はその可能性は低いと見ている。そんなものを望んでいるのは、さすがにおるまいて」
「そう願いたいところですが、世の中、度し難いレベルのバカもいますからね」
「幸い、この場にはいないから助かっているがな」
質は違うが、ティースも、ナルも、マークも優秀なのはヒーサも認めるところである。一応、現段階では多少の上納金徴収を行ってはいるが、特にこれと言った締め付けはしていないため、カウラ伯爵家はまだまだ元気であり、その象徴が目の前の三人なのだ。
無論、その気になればいつでも潰せるという、余裕の表れでもあったが。
「それに、今回の騒動を気に宗教改革がなせれば、マーク、お前も大手を振って、存分に力を奮えるかもしれんのだ」
教団の強みは、何と言っても術士の独占であり、所属する神官以外の術士は異端者として断罪される。ゆえに、現段階でマークは術が使えることを伏せておかねばならず、術の使用は慎重にならねばならなかった。
もし、術士であることが教団にバレてしまうと、自分どころか周囲にまで悪影響が出かねないのだ。
その縛りが無くなるのであれば、本当の実力を繰り出せることになり、より主君への忠義を働きによって示せるのだ。
「公爵様、そのような日が来るのでしょうか?」
尋ねるマークの声も、いつになく明るい。隠れて暮らすことなく、堂々と日の下を歩き、術を使えるのは、何よりの喜びであった。
「いずれは来させるさ。そうさな、今日、お前にちょっかいかけてた白い少女が、法王にでもなればお前に自由を贈ってくれるかもな」
これはヒーサが用意していた初期プランだ。邪魔者を消し、アスプリクを教団の頂点の据え、やり易いように作り変える。そうすれば、マークの件ももはや罪ではなくなるのだ。
もっとも、アスプリクは法王就任など真っ平な様子であるため、今は教団の破壊ないし完全な無害化を狙っていた。
どのみち、形は違えど、マークの自由はやって来るということだ。
「さて、一応、こちらからの話は以上だが、そちらからは何かあるか?」
「一つ朗報がありますよ」
ティースは笑顔で嬉しそうに手を上げた。
「なんと! 前々から話していた鵞鳥の肥育が稼働を開始しました。初出荷も無事に終わりました」
「おお、確かに朗報だな」
カウラ伯爵領では、鵞鳥の肥大肝の量産に力を入れてきており、父親の存命中から設備を整えてきていたのだ。それがようやく完成し、出荷もできたというのだ。
上手くこのまま定着して軌道に乗れば、伯爵領の新たな収入源として期待できる。
収入の増加は望ましい事であり、ティースが喜ぶのも無理はなかった。父親から引き継いだ事業が、ようやく実を結びつつあるからだ。
「順調なら、そのまま続けるといい。あと、こちらにも回すように牧場長に言っておいてくれ。てか、先程から妙に浮ついていたのはそれか」
ここでの会話の初期から妙に気持ちが前屈みになっている理由をようやく知ることができた。なにしろ、長年続けてきた事業がようやく動き出したのだ。喜ぶのも無理はないかと、ヒーサも納得した。
「王都の要人への土産にもなるし、あとヒサコの救出祝いに間に合えば上々かな」
「一生来ない方がいいんですけどね、それ」
ヒサコの名前が出た途端に急に萎えてしまい、話終わったからと言わんばかりに席から立ち上がって、ティースは後ろの二人を率いて部屋から出ようとした。
「ああ、待て。ナルはここに残ってくれ。聞きたいことが少しある」
「え、ナルに?」
ティースは困惑した。自分ではなくナルに残るように命じるなど、今までなかったからだ。
どうしたものかとナルに視線を向けると、従者は頷いて応じた。
「あとからすぐに追いかけますゆえ、先に私室に向かわれてください」
ナルがそう言うのならと、ティースはマークを連れて部屋を退出していった。
そして、扉が閉まると同時に両者が相対する。互いに暗殺者、間合いは詰まりつつある。見ている者は侍女が一人。
(やれるか? いや、無理だな。リスクが大きすぎる)
ナルは高ぶる気持ちを抑えつつ、ゆっくりと迫るヒーサを見つめた。
緊迫した空気は部屋に満たされ、心臓と僅かな足音だけが妙に耳に残っていった。
~ 第二十六話に続く ~
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ヾ(*´∀`*)ノ




