敬愛する主様へ
「ふン!愚かな・・『神界』とは違っテ、今は群れる『神族』なドおらぬ。キ様単体など我の敵でハない!」
デスティウルスはハーティを事もなさげに見下ろすと、無造作に腕を奮いながら魔弾を放った。
「っく!『アブソリュート・フィールド』!!」
それを見たハーティは素早く練り上げていたマナを霧散させ、三人を取り囲む極大防御魔導を展開した。
ズゴォォォォォン!!
そして、魔弾が防御魔導の障壁に着弾した瞬間、辺りは激しい閃光に包まれた。
「っつ!殆どノーモーションだったのに、なんて威力なの!?」
魔弾そのものはハーティの防御魔導によって防ぎきることができたが、そのたった一撃の魔弾によって、周囲一帯の樹海は瞬時に焦土と化した。
「うン?」
そして、魔弾を放ったデスティウルスの右半身は、何故か抉れたように消滅していた。
その抉れた肉体からは、黒い霧が噴出していた。
「うウむ。我自身ガ、放出したマナに耐えレ無かったカ・・まだ我の身体も本調子でハなイようだ」
デスティウルスは身体の大部分が失われたにも関わらず、平然とした様子であった。
「まあ良い、時間ナらいくらでもアる。我の身体にチカラが定着シてから、こノ世界ヲゆっくりと滅ぼすとシよう」
デスティウルスが独り勝手に呟いた直後、その身体が再び黒い霧のようになって渦巻き始めた。
『ソレマデ残リ僅カナコノ世界ヲ惜シムガイイ!!』
そして、ハーティ達の頭に直接響く声を出しながら、その黒い霧は空の彼方へと伸びて霧散していった。
「デスティウルス!!」
ハーティは霧散していくデスティウルスの名を必死に叫ぶ。
しかし、ハーティのデスティウルスを制止する声は、ただ虚しく空へ響くだけであった。
「ハーティルティア様、デスティウルスの事は皆で集まった時に考えましょう。あれの力も、すぐには発揮できない筈ですから。それよりも今はリフィアスの事です!」
「・・わかったわ!」
ハーティはデスティウルスの去った方角を悔しそうに眺めると、リリィアスへと駆け寄って彼女を抱き起した。
「リフィアス!大丈夫!?」
「リフィアス!」
ハーティとリリスが何度か声をかけると、リフィアスはゆっくりと瞳を開いた。
「あるじ・・さま」
「リフィアス!良かった!無事なのね!!」
ハーティはリフィアスが生きていたことに安堵の声を出す。
しかし、治癒魔導で外傷こそ完治はしているが、リフィアスの表情は弱々しかった。
「敬愛する主様・・申し訳ありません」
力無く謝るリフィアスにハーティは首を横に振る。
「いいえ!謝らなければいけないのは私の方よ!私のつまらない気持ちのせいで、私の中に『エメラダ』を取り込んでしまったことがそもそもの原因なんだから」
「何が『世界を救う』よ!結局、私自身が『デスティウルス』を復活させてしまったようなものじゃない!」
「ハーティルティア様、どうかご自身を責めないでください。ハーティルティア様が、必要以上に『女神』として世界に干渉したくないという思いに間違いはありません。それに、いずれにしても、この様な事態は遅かれ早かれ起こり得た事ですから」
「そうです、敬愛する主様。『邪神デスティウルス』が主様のように、かつての『邪神』としての力と確かな肉体を持って『転生』していたという以上、この世界で『邪神デスティウルス』と戦わないといけないという『運命』は変わらなかった筈です」
「リフィアスの言う通りです。寧ろ、少しでも『復活』の時代がずれてハーティルティア様がこの世界に存在していなければ、その時こそこの世界は為す術もなく『邪神』に滅ぼされていた事でしょう」
「二人とも・・・ありがとう」
キィィィィィン!
ドォォォォン!!
リリスとリフィアスがハーティを励ましていたちょうどその時、ハーティ達の元へ轟音を響かせながら、二機の人工女神が降り立った。
バシュウ!バシュウ!
そのまま二機の人工女神が大地に跪くとすぐに背部ハッチが開き、マクスウェルとクラリス、ナラトスとニアールがそれぞれの機体から降りてきた。
イィィィン!シュタッ!
「ハーティルティア様!大丈夫ですか!?」
そして、それに一足遅れて『神聖魔導甲冑一型』に身を包んだユナが舞い降りてきた。
「ハーティ!この焦土になった樹海は一体どうしたんだ!?君達は大丈夫なのか!?」
「リフィアス様!?ハーティ!一体何があったの!?」
荒れ果てた『生命の泉』を見て状況が飲み込めず困惑していた五人に、ハーティは『デスティウルス』が復活した事、それを取り逃した事を説明した。
「なんと言う事だ・・」
そして、ハーティの話を聞いた五人は、一様に表情を暗くしながら俯いた。
しかし、そんな中で一早くクラリスが顔を上げた。
「ああもう!『デスティウルス』が復活したという事実が揺るがない以上、くよくよしても仕方ないわ!それよりも力が定着していない今、確実に『デスティウルス』を滅ぼす方法を考えないと!」
「それもそうね・・クラリスの言う通りだわ!」
「で、あるな」
「あんたも偶にはいい事いうじゃない」
「ちょっ!ニアール!『偶には』は余計よ!」
そして、クラリスの発言で場の空気が少し明るくなってきた時。
キラキラキラキラ・・。
突如、リフィアスの身体から白銀色に輝く光の粒子がこぼれ落ち始めた。
「リフィアス?」
リフィアスを抱き起していたことにより、その異変に最初に気づいたハーティがリフィアスへと声をかける。
すると、リフィアスが悲しそうな表情をしながら口を開いた。
「どうやら、胎内の『黒の魔導結晶』がなくなった上、『デスティウルス』にわたくしの持つマナの大半を吸収されたことで、『ハイエルフ』としての肉体が維持できなくなったようですね・・」
「そんな!リフィアス!しっかりして!きっと何かいい方法があるはずよ!どうにかしてリフィアスにマナを込めることができれば・・!」
狼狽えるハーティへリフィアスは静かに首を横に振った。
「いいのです。先程申し上げた通り、この場所に来た時点で覚悟はできておりました。元よりこの肉体は、マナによって本来の寿命を遥かに超えて維持されていたもの・・それがあるべき形に戻るだけです」
リフィアスが語る間にも、光の粒子は止めどなく彼女の身体からこぼれ落ちていく。
「わたくしはもう十分に生きました。そして、最期に敬愛する主様やその仲間に見送られて逝けるなら本望です・・。ただ、『デスティウルス』討伐の一助となれなかったことだけが悔やまれますが・・」
「そんなっ!嫌よ!『バハムス』に続いてリフィアスまで居なくなったらっ!折角また逢えたのに!!」
認めたくない現実に目を背ける様に、ハーティは顔を横に振る。
そして、ハーティから止めどなく溢れる涙が、煌めく雫となってリフィアスへと落ちていった。
「もう間もなく、わたくしの肉体はエーテルに還ることでしょう。その前に、敬愛する主様へお願いがあります」
「嫌よ!そんなお願いなんて聞けないわ!リフィアス!生きなさい!これは命令よ!リフィアスは私の命令ならなんでも聞くはずよ!!」
ハーティはリフィアスへ必死に叫ぶが、リフィアスはそのまま言葉を続けた。
「お願いです、敬愛する主様。『ヴァルハラの聖樹』にある『聖杖エーテリア』をリリスに託してください。主様の力をもってすれば、『聖樹』から取り出す事ができる筈です」
「リリスが『女神』の『転生体』であるにもかかわらず、そこまでの力を持たないのは、『聖杖エーテリア』にその力の殆どを預けているからかもしれません」
「ですから、リリスが『聖杖エーテリア』を手にすれば、『女神』としての力を取り戻すかもしれません」
「っ!!『聖杖エーテリア』ですって!?」
リフィアスの言葉を聞いたリリスが、驚きによって涙で潤んだままの瞳を大きく見開く。
ハーティ達から一足遅れて『リーフィア』にやってきたリリスは、『ヴァルハラの聖樹』に『聖杖エーテリア』が存在する事を知らなかったようであった。
「そして、敬愛する主様。どう・・か『リーフィア』の民を・・世界を・・『邪神』から救って・・お導き・・ください」
優しくハーティに微笑むリフィアスの身体は、いよいよ光の粒子となってその形を崩し始めた。
「リフィアス!リフィアス!待って!いかないで!」
ハーティは自らの腕から溢れていくリフィアスの身体であった光の粒子を必死に掬い取ろうとする。
しかし、それは叶わずにリフィアスの身体はどんどん末端から失われていった。
「敬愛する主様・・この世界を創造してくださってありがとうございます。どうか・・この世界を『邪神』の手からお救いください・・わたくしは、この世界の未来を・・・そして、主様を・・『失われた神界』でいつまでも・・見守っています」
パァァァァァ!
「リフィアーーース!!」
そして、一際明るい光が辺りを照らした直後、リフィアスの肉体は完全に消滅した。
「リフィアス・・・」
リフィアスを失った後、その悲しみで熱い涙を流し続けるハーティの手には、今まで存在しなかった一振りの『剣』が握られていた。




