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ワールド・トランス・ワールド ~異世界に至る56番目の主人公~  作者: tea茶
第六章:同調闘争 《バトル・ジャンクション》
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第四十話 決着


「グオオォォォン!」


 血をしぶかせながら、爪を振るう巨大なモンスター、マレブランケ。


 目の前で跳ね回る、まるで比べるのも馬鹿らしくなるくらい小粒な生物目掛け、床を削り取る勢いで巨腕を振るう。


 しかし、その軌道を知っていたかのように。

 その生物は軽く上体を逸らし、後ろに一歩引いただけで避けてしまう。



「おっ、らあぁぁ!」



 そして、甲殻類のような殻を纏った細い腕で、空ぶった巨獣の太い腕を殴りつける。


 それだけで、手榴弾が間近で爆発した時以上の、集束された破壊のエネルギーが、マレブランケの身体に叩き込まれた。



「ギャォォン!」



 城門をこじ開ける丸太の一撃のような爆発力に、マレブランケの腕が、肩の関節を外す勢いで、跳ね上げられる。


 もはやマレブランケの両腕は、綜たちが出会った頃の、威風堂々とした鎧武者のような見栄えなど見る影もなく。

 腕を覆う外骨格は、所々が破壊され、欠損し。

 無事な部分にも、放射状にヒビが入ったひどい有り様だった。



「グウルルルルゥ、オオオッ!!」



 腕からの痛みが神経を刺激し、逆上したマレブランケはさらに勢いよく腕を振るう。



「よっ……と! ならぁっ!!」


「ギィィ! ォォ……ォオオオオオン!!」



 その大振りな一撃を躱しながら、カウンターの拳撃を当てていく。

 それが綜の戦法だった。


 いまだ、綜が被弾することは無く。

 虎と鼠のような対戦でありながら、優位に立っているのは明らかに鼠の方という。

 一見するとおかしな構図が、そこには生まれていた。


 このままのペースで行けば、綜が勝利する確率も一見、高くなるようにもみえる。

 しかし――



(じり貧のままじゃ、いつ終わるのか……クソ! さっさと頭の一つでも下げてくれりゃ、すっきり眠れるように、こめかみにブチ込んでやれるのに!)



 綜の視界は、常にレッドゾーンの危険警報のまま。


 マレブランケの一撃一撃は、まるで綜の命を削り取るために放たれた、戦車の砲弾に等しい攻撃だった。


 死線でダンスを踊るには予想以上のスタミナと精神力を使う。

 実際の所、綜がギリギリで避けているのは。

 単に、そういう風にしか避ける余力が無いからだった。


 それでも、後退せずに攻撃し続けるのは――



(前に進むしか! 助ける術が無いんだろうがよ!!)



 ヴィーの命の蝋燭の火がどれだけ保つのか、それは綜には分からない。

 ここで退いてしまった後で、『間に合いませんでした』、なんて結果が出たら、綜は自身の頭をその拳で吹き飛ばしてなお、あの世で土下座をするだろう。


 ゆえに退けない、さらに焦燥は募る。

 綜もまた、別の意味で追い込まれる立場に居た。








「しまっ――!」



 膝がわずかに震え、瞬間的に挙動が遅れた。

 それが致命的な隙になると、綜の直感が囁く。



「ぐっう……! ああぁぁぁぁ!」



 迫るマレブランケの剛腕から逃れるように、思い切り背筋を逸らせ回避を試みる。


 勢いのついた反動で、身体を宙に浮かせ。

 なんとか、皮の差一枚で直撃は避けたものの。

 叩きつけられる突風と、マレブランケに破壊された床面の、無数の破片が綜を襲った。



「がはぁぁっ!! くぁっ! く……躱したはずなのに、ヤロウ……っ!」



 咄嗟に両腕のオーダーでガードしたものの、それでも身体のあちこちに被弾した破片の勢いに押され、事故を起こした航空機のように、滑るように数メートル後方に投げ出される綜。


 無様に転がった先で見つけた物。


 それは由宇が残した、見慣れたあの水色のスポーツバッグだった。



「これは、由宇の――!」


「グッ、オオォォォォォ!」



 地べたに這いつくばったままの綜の姿に、勝機を見出したのか。

もはや余裕を見せることもなく。

 確実に息の根を止めるために、四肢を振り上げ迫るマレブランケ。



「っ、追い打ちかよ! だけどこの中に……!」



 目の前のスポーツバッグを手繰り寄せ、中に手を突っ込むと。

 綜が期待した通りに、底の方でパイナップル状の塊。手榴弾が転がっていた。



「ははっ! いいぞ! こいつを喰らえば、デカブツも――おっ?」



 勢いよく引っ張り出した手榴弾を掲げ。

 咆哮を放つ巨獣の口内へと放り込んでやろうと、綜が勇んで振り向く。

 すると……



「なん、だよ! テメッ、なんで口を閉じてんだっ! さっきみたいに吼えろよ!」



 おそらく、手榴弾に傷つけられたことを、身に染みて覚えていたのだろう。

 綜が手榴弾を掲げるのを目にした途端。

 マレブランケは吠えるのを即座に止め、固く口を閉じた。


 そして座したままの綜へと、風を切るように腕を振り下ろす。


 この距離で爆発させては単なる自爆だ。

 確立的にも、質量的にも、マレブランケに傷を負わせるよりは、綜が吹き飛ぶ方が可能性は高いだろう。



「学習するような、知的なナリじゃねぇだろうがよぉ! ――が、っはぁぁ!」



 すかさず床を転がり回避する。


 それでも振り下ろされた攻撃の余波を喰らい、再び綜の身体が勢いよく宙を舞うと。

 その際に手に持っていた手榴弾も、綜の掌から離れて転がってしまう。



「グルゥッ!」



 手榴弾が離れたことで安心したのか。

 うつ伏せで動かなくなった綜へと、確実なトドメを刺すために。

 その大きな口腔を目いっぱい開けると、牙をむき出して迫るマレブランケ。



「ガャァアアアァァァァ!」


「ざけんな、あぁぁっ! が、っはぁ……!」



 マレブランケは、目の前に突き出された左手ごと食らいつき、綜の上半身を噛み砕こうとするが、何かがつっかえ、口を閉じることができない。



「ッガ? グ、ガァァ!」


「耳元でうっせぇ……ったく、肘まで装甲があって、なんとか助かったぜ」



 左腕を巨大な口に突っ込んだまま。

 綜は右掌で上顎から伸びる一際長い牙を、がっしりと掴み込むと、右手腕の肘部分で下顎を押さえていた。


 右腕をつっかえ棒の要領で、口が閉じられるのを阻害していたものの。

 マレブランケはパワーで潰そうとするつもりなのか、ギシギシと右腕が撓み始める。



「そう……暴れんなって! てめえには……二度と、口を閉じさせねえよ!」



 口に突っ込んでいた左腕の手甲部分がスライドし、霊力を勢いよく噴出する。

 すると、籠もった低重音を響かせながら。


 白銀の光と共に、霊力で出来た装甲を分離、飛散させ、爆裂させる。


 【槍の男】が使ったオーダーの霊力爆破――それを、マレブランケの口内で使用した。



「ギュガッア! ギィ、グァオオォォォォン!」


「っ、ぐっはぁ!」



 口の中をズタズタにされ、ホール全体に悲痛な叫びを響かせるマレブランケ。


 そして自身が起こした霊力の爆風に吹き飛ばされる綜。

 身体を捻り、意図的に転がった先にあったものは――



「よし! っと、これで……最後だ!」



 後方に落ちていた手榴弾を、転がりざまに掴み取り、ピンを抜く。


 半回転すると共に折り曲げた膝に力を籠めると。

 そのままの姿勢から、オーバースローの投擲で一気に力を解放した。


 濃緑色の手榴弾が矢のような勢いで。

 悲鳴を上げていたマレブランケの口を通り過ぎ、喉の奥へと突き刺さった。



「ッグ、……ッハガ! カッハゴッ!」



 喉を通る手榴弾を、自身の極太の筋肉で気道を塞ぎ。

 手榴弾を呑み込むのを、なんとか防ぐマレブランケ。


 このまま吐き出そう。

 そう獣の脳が考えた時――鼻の先にソイツ(・・・)が居るのを、見た。




「そいつは、俺の友人からの……異世界の土産だ! しっかりと、味わいな!!」




 投擲と同時に、綜は全身のバネを振り絞り、宙へと跳ねていた。


 そしてマレブランケの眼前へと躍り出ると。

 残された右腕のオーダーに体中の霊力を集束させ。

 振り下ろす勢いのままに、直下の目標目掛け――解放した。



「ギィ、ピィィッ!」



 マレブランケの鼻面にめり込んだ拳と共に、炸裂する霊力の白銀光。


 それは巨獣を地に叩き伏せ、床に縫い付ける、生命を穿つ光の槍となった。



「グギャァァァ……アァァ……ァ……! バガッ!!」



 数瞬の後。

 手榴弾による内側からの爆発によって、マレブランケの頭部は弾け飛んだ。


 そして空中で拳を叩き込んだ綜の身体は、爆風を受けさらに跳ねる。

 ゆっくりと落下するその状態で、綜は周りの景色がスローモーションのように流れるのを感じていた。



「……っ、はぁ……これでやっと、終わった……か」



 中空に飛び散る、マレブランケであったものの肉片が視界に入る。

 平和な日本では考えもしなかった、差し引きゼロの、命の奪い合いだった。



「…………ひどいもんだな」



 なぜ、最後のゲートに門番が居るのか。

 その仕組みを――漠然と、綜は理解していた。


 圧倒的な存在感を示していた、巨大な生命力のカタマリ――モンスター。

 それを奪い、食らい尽くすことができた、力あるモノ(・・・・・)だけが、この世界では生きることを許されるのだろう。

 だがそれは――



「これでも、ヒト……なのかねぇ」



 自嘲する様にポツリと呟いた綜の身体が、床へと落ちた。






◆ ◆ ◆






 パチリと目蓋を開く。


 すっと上体を起こすと、大きく翠色のつぶらな瞳で、キョロキョロと辺りを見回した。



「これはまた、ヒドイ有り様だぞ」



 綺麗に敷き詰められていた床石は、所々が大きく陥没し。

 粉々に粉砕された破片を、周囲に無造作にまき散らしていた。


 きっと凄まじい戦闘がここで起こっていたのだろう。

 その情景が目に浮かぶような、凄惨な光景だった。


 しかし、それでも自身が眠っていた場所にまでは、被害が一切及んでいない。


 これは、意図的に避けたのだろう。

 そのことに思い至り、そっと吐息を漏らすヴィー。



「無理しすぎだぞ……あのバカ」



 ヴィーはそうぼやくものの、唇が緩むのを抑えられなかった。


 全身を漲らせる、補充されたばかりの破格な霊力量ボーナスが。

 ポジティブな結果が出たことを、すでに教えてくれている。


 だが、そんなモノは、今のヴィーの喜びに比べれば、所詮オマケに過ぎない。

 この身を震わす歓喜は、【彼】が自分のために闘ってくれたのを、知っているからだ。



「よっ、と」



 身体は今までの不遇が信じられないくらいに軽く、すこぶる快調だった。

 重さをまったく感じさせず、羽毛のようにふわりと浮くと。

 首を巡らし、目標を探す。



「……いた!」



 ひと際激しい、爆撃痕が残る、瓦礫の欠片の中央。

 そこに目的の【彼】が、ボロボロに煤けた総身を、大きな破片の壁にもたれかけさせたまま、眠るように座り込んでいた。



「綜ーっ!」



 溢れだす霊力、輝く桃色の燐光を宙に振り撒きながら、宙を駆けていくヴィー。


 そのよく通るソプラノの声音に気付いたのか。


 【彼】――柳ヶ瀬綜は、よろよろと右腕を掲げると。

 乾いた血糊をパラパラと落としながら、唇の端を不器用に吊り上げ、笑った。



「……いよぉ、目覚めの気分はどうだい、お姫様」


「綜! ……っと!」



 勢いのまま綜の眼前へと飛び込むと、ぶつかる寸前で急制動をかけ寸前で停止し。


 ヴィーは、ゆるやかに自身の胸元で手を組むと。



「起きるのもずいぶんと遅かった――って、オイ!?」



 綜の頬へと――キスをした。




「ふふっ、お約束の……眠り姫からの目覚めのキッスだぞ」

「……いや……約束って、はあ……大体なぁ……キスするのは眠り姫じゃねーよ!」

「うん? だったら別に、アタシは綜からでもかまわないんだぞ?」

「へ? あ~まぁ、それはほら……俺、日本人だし、そういう習慣持ってないから、ね」

「ふん、ヘタレが。だから彼女もできなかったんだぞ!」

「やかましいわ!」




 際限なく繰り返される、気心の知れた軽口の応酬。


 こんなやり取りを再びやり合いたくて、戦い抜いてきたのだと。

 今の綜なら、胸を張って答えることができるのだろう。


 いつしか言葉も出し尽くし、訪れる静寂と共に、互いの視線が重なり合う。



「……おかえり、ヴィー」



 優しく微笑む綜の、ダークブラウンの瞳に映る顔は、これ以上ないくらいの笑顔で――



「ただいまだぞ! 綜っ!」



 その温かい温もりへと、歓喜に羽根を震わせ、ヴィーは――飛び込んだ。




◆ ◆ ◆


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