エピローグ 旅立ち
「いやあ、おめでとう!」
パチパチと、目の前で不意に弾ける拍手。
呆気にとられた表情の柳ヶ瀬綜と、苦い顔で額を押さえた姿のヴィー・クー。
あれから最後の扉を抜け。
解錠都市を越えた二人を待っていたのが、この喝采だった。
「なんだ、コレ……?」
思わず綜は、困惑した声を上げる。
目の前には異世界の礼服で身を固め、長い髪を後頭部の少し上の方でシニヨン風に纏めた、妙齢の女の姿があった。
その風貌はさておき、なによりも綜とヴィーを惑わせたのが。女が顔を覆い尽くすように、奇妙な灰色の仮面を被っていることだった。
その無駄な装飾が、目の前で手を叩く女の怪しさを増している。
そうしていると、女はひとしきり続けていた拍手の嵐をようやく止めた。
さらに一歩前に出ると、仮面越しに聞き取りづらい、くぐもった声で話しかけてくる。
「よく頑張ったねー、第五十六期・柳ヶ瀬綜。私は『イーストリー商会』の代表で、今回、君の身柄を落札した者だよ。いやぁ、これから君には我が社のホープとして活躍してもらうから、今後ともよろしく頼むよー!」
快活に自己紹介してくる女から目線を逸らし、傍らのヴィーへと問いかける。
「なぁ、ヴィー。なんだコイツ? なんなんだよこれ」
「ちょっ、ちょっと待つんだぞ綜……またアンロックされた情報が……って! ああ! な、なんなの、これ!?」
「ど、どうしたヴィー!?」
新しい情報の検索から、該当部分に突き当たった途端、ヴィーの怒りが爆発した。
「こいつら! ランサーの協会って、迷宮都市を突破した移人をオークションに賭けて、自分たちの管理下に置いて使役してるんだぞ! なにが市民権だ、バカにして!」
「なに……っ」
突然もたらされた情報に、綜は我知らず女の方へと振り向く。
問いただすように鋭い視線を投げつける綜に、女は不敵な笑みを返すだけだった。
「俺たちを使役するって、今の話……本当なのか? あんた」
「ふ、ふふふ……」
ヴィーの叫びと、綜の怒りを含んだ戸惑いの声を聴くと、灰色の仮面の女は、今までの陽気な態度を翻し。
ふてぶてしい態度を取ると、まったく悪びれることなく語り出した。
「確かに君の言うとおりだよ、ヴィー・クー。君たちの活躍は、ずーっと見させてもらっていたからねぇ。だからこそ、うちの会社で働いてもらいたいと思ったんだ、分かるかな~? これは奴隷市場じゃないの、純粋なスカウトなんだよ」
「むぎぎ、こいつ!」
「……てめぇ、今更……俺たちに【首輪】を付けようってのか?」
静かに怒りを表す綜に、気圧されたように仮面の女が一歩下がる。
「ふ、ふん。私を攻撃するって言うの? そうしたらあんたたちは市民権どころか、犯罪者として追われることになるのよ、それが嫌だったらおとなしく――」
「なっ、お前! それはひどいんだぞ!」
「……っのやろう……」
「へっ? あ、ちょっ、ちょっとあんた何を……! あたっ!」
怒りに震えるヴィーを横目に、綜は一歩前に出ると。
傷だらけの右腕を天へと掲げ。
霊力の発光と共に瞬時にオーダーを展開する。
それを見た途端に、あわあわと腰を抜かし、地べたに尻餅をつく仮面の女。
「上等だ……! 俺たちの首にリード付けたいってんならなぁ! てめえブッ飛ばして、引きちぎってやるまでだよ!!」
「わーっ! タンマタンマ! なんなのよ~この【綜】はー!」
今にも本気で、その拳を振り下ろしそうな勢いの綜に。
あわてて仮面をはぎ取ると、その素顔を曝す、元・仮面の女。
――その正体は、綜たちもよく知る人物だった。
「え、そんな! もしかしてお前、『東雲由宇』……なのか!?」
「は? ――っと、由宇!? いや、それにしちゃ……老けて――」
「おい新人、それ以上言ったら……首ぃ掻っ切るぞ」
「あ、すんません」
直前まで腰を抜かしていたとは思えないほど、女――【東雲由宇】から放たれた濃密な殺気が、綜を襲う。
その怒りの波動にあてられ。
即座にオーダーを解除すると、背筋をしゃんと伸ばす綜。
「まったく、女性の扱いが下手な『柳ヶ瀬綜』ね、本当に失敗しちゃったかなー、これ」
「えっと、お前は……データから参照すると、第三十七期・東雲由宇ってことでOK?」
「そうよ、新しい分霊ちゃん。言葉遣いはなってないけど、あなたの方はまだしっかりしてるわね。しっかし、事務所開いたばかりで、最初に採った新人社員がこんな短絡バカだなんて……やっぱりしくじったかな~」
仮面の女――第三十七期・東雲由宇が溜め息を吐きながら、綜を見てぼやく。
その姿が『由宇』と似通っていたからか。
それとも同郷の者に会えた嬉しさからか。
綜は短絡バカ扱いされても、さして怒りを感じることもなかった。
「えっと、とりあえず……あんたのこと、なんて呼べば良いのかな?」
「そうね、東雲由宇の名前を使いたくないなら、『社長』って呼びなさいな」
「っ!」
その科白から、こちらの事情は筒抜けで、考えていることまで見透かされていることを、綜は理解することができた。
そして、目の前の女性を『社長』と呼ぶことは。
この世界での自分の進路を決めるのと、同等の意味を持つということも分かっていた。
(まぁ、確かに。モンスターを倒せるような人間を、野放しにするはずもない、か……)
武器はしっかりと管理する、それが成熟した社会のシステムだ。
そのシステムが正常に機能してこそ、人々は安心して暮らしていける。
だから綜に対するこの【管理】も、悪意と言うよりは、この世界でまともに生きていくうえで、必要な措置なのだろう。
「一つ、聞いても良いかな……『社長』」
「綜?」
「……良いわよ、私に答えることができる質問ならね」
意を決した顔で問いかける綜に、ヴィーは驚き、大人の由宇は静かに頷き返した。
「あんた、事務所を開いたって言ったよな。それって……移人でも独立できるってことなのか?」
その問いに、色々な意味を含んでいることを。
目の前の『由宇』は、同じ立場だからこそ理解できた。
「ええそうよ、時間はかかったけどね。元は移人の私も今では独立開業し、いっぱしの経営者よ――と、胸を張って言いたかったんだけどねぇ……」
「あれ? な、なんだよ」
胸を張っていたかと思うと、不意に辛辣なジト目で見詰められ、狼狽する綜。
「よりによって、雇い主になる私に攻撃しようとするなんてね。他の社長さんが競りに参加しなかったのがよく分かったわ……くぅー! 安く買えてラッキー♪ って、思ってたのにぃ~!」
今度は涙目になると、くやしげに頭を抱え。
オーバーなアクションで天を仰いで、嘆く由宇。
「え、安い? ま、まさか、不敗のマレブランケを倒した綜が、そんな……不人気ってことなのか!?」
「…………いや……不人気どころか、入札に参加したの、私だけだしね」
「えー!? なんだそれ! 綜はちゃんと門番も倒したし、外に出てこれたんだぞ!」
ヴィーの抗議にも、軽く手を振り否定する由宇。
その姿には若干の呆れが入っていた。
「だって、この子の戦い方を見てみんなドン引きよ。育成するにもクセがありそうだし。いくらエンジンの馬力が凄くても、扱いが不味ければ、みんなまとめて事故るのがオチってものだからねぇ」
「また、残り物扱いなのか、俺は……」
肩を落とし、嘆息する綜。
そんな相棒の姿に、ヴィーはおたおたとフォローする。
「で、でもほら! 【シャチョー】は綜が気に入ったから、雇おうと思ったんだぞ!」
「ううん、開始価格が安かったから――うち、事務所建てたばっかりで……まともなランサーを雇うほど資金に余裕が無いのよ……ほんと、お金が無いのって、罪よね……ふふ」
ずーんと擬音が聞こえるほど、目に見えて落ち込む由宇。
その姿は見る者に憐憫を誘った。
「あー! もうっ! それなら綜をこき使って、稼げばいいんだぞ!」
「ちょ、ヴィー」
「なによ! 本当はやる気になってるのは、分かってるんだぞ! だから『社長』って、呼んだんじゃないのか? そうでしょ――綜」
怒鳴り声から一転。
甘い呼びかけで促すように、真摯な瞳で名前を呼ぶヴィー。
その水泡のように揺れる潤んだ目に見詰められ、綜の腹も決まった。
「……ああ、まあそうだよな。このままじゃ、この世界で右も左も分からずに無一文のままだし。もちろん、ヴィーも一緒について来てくれるんだろ?」
綜が唇の端を曲げ笑みを見せる。
その表情につられるように、ヴィーも目を細める。
「当ったり前だぞ! 綜とアタシは一蓮托生! そうでしょ!」
憂いを消し飛ばし、満面の笑みを見せる二人の姿に、やれやれと由宇も顔を上げる。
「ふふ……あんたたち、なかなか良いコンビじゃない」
その言葉に振り向くと、柳ヶ瀬綜とヴィー・クーは笑顔で同時に頷く。
その仕草につられる様に、東雲由宇も同じように笑った。
「ところでシャチョーは、なんであんな仮面をつけてたんだぞ?」
「え、だって、正体不明の影のフィクサーって、カッコ良くない? 最初が肝心だから、そういう雰囲気で主導権を握ろうと思ったんだけど……って、ちょっと! なんで離れるのよ、あなたたち!?」
ヴィーの質問に、自信満々で言い放つ社長。
その姿と言葉に、一抹の不安を抱く二人。
「なんだか……急に心配になって来たぞ、綜」
「奇遇だな、俺も今そう思ったよ」
「ねぇ、待ってよー! あんたたちっ、社長を置いてくなんて、なってないわよぉ!」
早歩きのスピードで先を歩く二人を、体力不足なのか、涙目で追い掛ける由宇。
「でも、こういうのも悪くないと思うんだぞ」
「ああ、そうかもな」
置いてきたもの、失くしたもの。
あの街での小さな頃の思い出に、学校での様々な出会いや、友と共に過ごした日々。
今までに綜が育んできた、絆を持った人たちの顔が脳裏をよぎる。
――まなじりがわずかに、湿った。
「綜?」
いつの日にか郷愁に囚われた時。
マガイのように、故郷に再び訪れる日が来るのかもしれない。
だがそれまでは、決して後ろを振り返らない。
「はぁ……ちょっと、二人とも……はひぃ、待ちなさいっての~」
「息が切れるのが早すぎなんだぞ、本当に大丈夫か? シャチョー」
すぐ傍から聞こえてくる二人のやり取りに、思わず顔がほころぶ。
でもそんな顔を二人には見られたくなくて、綜は空を仰ぎ見る。
抜けるような青空は、どこまでも続き、どこまでも果てが見えなかった。
はい、なんとか完結まで書き上げることが出来ました。
こちらの小説家になろうさんで、はじめて書きはじめてから二ヶ月ほど。
プロットに沿って、最後まで考えていたとおり、無事に書きだすことも出来ました。
その他にも書きながら思いついたアイデアや、この先の展開なども頭にはあるのですが。とりあえずは、私の書きたかった、ここでの彼らの一つの旅は終わりました。
ここまでお読みくださって、最後まで付き合って下さった方々に感謝を、本当にありがとうございます。




