第三十九話 覚醒
ぶちぶちと、神経が焼切れるような熱さを持つ怒りが、脳内をめぐる。
肉体の奥底、魂魄の核からは、抑えきれない量の生体エネルギーが解放され、霊力と言う形となって吹き上がり。
赤金の光を放ちながら、綜の身体を中心に渦のように駆け巡る。
更に綜の霊力に触発されたかのように、辺りに残留していた白銀の霊力光、東雲由宇が残した霊力の残滓が一斉に輝きを増すと。
綜の下へと集い――霊力の渦となり混ざり合う。
「これは? まさか、これが……共鳴現象!」
ヴィーの眼球を焼くほどにまばゆい光が、綜を中心に一斉に拡散し、発光する。
光は綜の両腕へと集束し。
霊的レベルから物理干渉を可能にする武器へと変化していく。
「まさか……魄来兵装!」
綜の両腕の拳の先から肘を経て、肩の下、上腕の半ばまでが甲冑のような、白銀の装甲に覆われると、赤と金のラインが走った硬質のガントレットを細部まで構成する。
「魄来兵装まで! 綜、お前……オーダー持ちになったんだぞ!」
ヴィーの感嘆の声を受け、その全身に炎のような霊力光を纏いながら、綜は立ち上がる。
オーダー持ちの肉体は、霊的に強化される。
それはマガイが見せたように。
一足で数メートルほど、ジャンプできる身体能力を得るということ。
そんな超人の領域にまで、綜の肉体レベルは現在達していた。
「……くっ、は……ははっ、あははは!」
「そ、綜!? いきなりどうした? 何だか怖いぞ」
「いやぁ、大丈夫、大丈夫。ちょっとテンション上がっただけだって」
ヴィーが心配するほどに、ハイな状態に陥ってるのは綜自身も頭では理解している。
安心させるようにヴィーに軽く手を振ると、綜は改めてマレブランケと対峙する。
その巨体を前にしても、もはや綜に怯えの感情は欠片も無い。
多幸感を促す神経伝達物質が、オーダーを展開したと同時に脳内を駆け巡り。
今まで奥底に抱えていた、不安や恐怖の感情を掃き捨てた。
その負の感情と取り替えるように。
細胞の一つ一つが膨れ上がり、皮膚を突き破って爆発しそうなパワーを、綜は今も体感でひしひしと感じていた。
「由宇も言ってたけど……お前を倒すことなんて所詮オマケだ。だけどもアイツが消えた原因も、お前に無いことは無いんだろう……」
この憤りをどこへぶつければいいのか――そんなことは、分かり切っている。
「だから……憂さ晴らしついでになぁ! ボコボコのサンドバッグにしてやるよ! マレ……なんとかぁ!!」
「グオオオォォォォ!!」
瀕死だったはずの綜が、再び動き出したのを警戒したのか。
巨体を揺らし、門の鍵を担うモンスター、マレブランケが咆哮で応える。
「本当に、やる気なの?」
「ヴィー、お前が休んでる間に終わらせてやるよ。だから……心配せずに、今はゆっくり眠っとけ」
「綜……」
「キスはくれてやれないがな、後でプレゼントは渡してやるよ――眠り姫」
誰一人、外に通すことの無かったモンスターを、もし打ち砕くことができたのなら、それは竜退治を成し遂げた勇者のように、相応の褒賞を期待できるというものだ。
もはや綜が引くことは無いと悟ったヴィーは、呆れたように吐息を零す。
「ふ……フフッ、本当にバカだなあ、アタシの『柳ヶ瀬綜』は」
だが、その唇が喜色でほころび。
笑みの形を取ることまでは、抑えきれなかった。
「分かったぞ、ここまで来たら一蓮托生、だもんね……でも、なるべく早めに起こしてくれると嬉しいぞ。百年後に目覚めるなんて、真っ平ゴメン、だから……王子、さ……ま」
緩やかに床へと頭を降ろし、ヴィーは腕を枕にすると、静かに目を閉じる。
「ああ、蔓にまみれる前に起こしてやるよ、って……もう寝たのか、ヴィー?」
全てをゆだねる様に眠るヴィーの姿に、綜も思わず目を細め、優しい笑みを零す。
そうして、ヴィーの矮躯を丁寧にバスケットの中の毛布に横たえると、ホールの端へとそっと置く。
あとは、待ち構えている敵だけだと、リベンジを誓い、綜は拳を固める。
その手に握りこむものは、この世界で新しく繋いだ絆と、それを護りぬくための力。
「お姫様の言うとおり、さっさと片づけるとするか――この、デカブツをよ」
門を守るモンスター、『北東のマレブランケ』はこの時、困惑していた。
もはや通例となった、自分の巣へとやって来る小さき生き物、侵入者の処理。
今回の来訪者も今までの例にもれず、幾度となくこの牙で噛み殺し、爪で引き裂き、四肢でもって潰したモノたちと、【同じ臭い】のする人間だった。
先ほどまでのソレは、今までの人間同様に逃げ惑い、効きもしない小癪な針を飛ばしてくるだけの存在だった。
マレブランケの経験上、そいつを嬲り続け、咆え立てるだけで、いずれは力尽き。
己の一撃の前に散るのも時間の問題だと、知っていた……ハズだった。
――なのになぜ、コイツは今、怖れることもなく近づいてくる?
「グッ……グオォォ!」
得体のしれない戸惑いが、歯切れの悪い咆哮にも表れていた。
確かに、そいつの肉を抉ったハズだった。
体液をまき散らし、いずれ死に至る傷を受けたハズなのに、こうして起きて、なんの警戒も見せずに向かってくるコイツは――一体なんだ?
今までの小さき者と、同じ姿、同じ臭い。
なのに、本能が警鐘を鳴らす――ソイツは『格』が違うぞ、と。
「なんだオイ? ケツまで振り上げて、それでダンスでも踊るつもりか?」
警戒する様に、マレブランケは頭部を床面すれすれにまで落とすと、いつでも動けるように四肢の筋肉を力ませると、唸り声を上げる。
その今にも飛びかかりそうな怪物を前にしても、綜の歩みが止まることは無い。
「野良猫がよくそういう恰好してるよなぁ。ああ、なるほどそういうことか、警戒ね」
相変わらず怒りはチロチロと脳内を渦巻き、綜の頭を沸騰させている。
視界は真っ赤に染まったままで。
常に警報のレッドアラームが鳴り響いているのは、綜だって理解している。
だが、そんなもので、この歩みを緩めるつもりは、毛頭ない。
「ハハッ、でかい目ん玉だな。よーく見えてんだろ、コレ」
外骨格の奥。
巨大な頭部の窪んだ赤い瞳が、綜を映し出す距離にまで、踏み込んだ。
互いの距離はすでに一メートルも無い。
文字通り、目と鼻の先だ。
巨獣に迷いなく近づく、豆粒のような矮小な人間。
「グォ……!」
その異常な構図に、ついに緊張が途切れ。
マレブランケは得体のしれない恐れを吹き飛ばすように、威嚇の咆哮を上げようとして――
「くっせえ息吐き掛けんなよ! てめえぇっ!!」
――理不尽な言葉と共に――『殴られ』た。
「ガバ……ッ! ギュアオオオォォォ!!」
ゴギンと、重い鉄の塊同士が勢いよく突き当たったような、鈍い音がホールに響いた。
真下からの綜の強烈なアッパーで、顎の部分をかち上げられたマレブランケの頭部は、一瞬で天井近くにまで跳ね上がると、そのまま頸部を伸ばした状態で、ゆっくりと半回転の放物線を描きながら、その巨体を床にしたたかに打ち付けた。
「くっ、はは――!」
右の拳を振り切り、天を貫く姿勢のまま、ぼうっと立ち尽くす綜。
刹那、ガントレットの手甲部分がスライドすると、先ほどマレブランケの顎に炸裂した拳と同時に爆裂した、余剰な霊力を蒸気の形で放出する。
「は、はははっ……あはははははっ!」
辺りに漂う、白い霊力の蒸気に包まれながら、綜は愉しそうに哄笑を上げる。
自分の拳がこれほどの威力と、確証があったわけではない。
今のは単に感情に任せて殴りたいから、殴りつけてやっただけのことだった。
ただ、この手にした【力】を信じぬ限り。
自分にもヴィーにも未来は無いと、理解していた。
ゆえに先手強襲。
決して引かぬ一撃を加えようと、試した結果が――コレだ。
目の前では、あれほどのプレッシャーを放っていた化け物が。
痛みに首を振り、四肢をたわませながらもがいている。
その無様にあがく様が、己の拳に宿った力の大きさを、まざまざと見せつけていた。
(しっかし、有効な攻撃の手段を手に入れたとはいえ、必死な状況は変わらないよな)
綜がいかに強力な【拳】を保持していようとも、ヘビー級とミニマム級以上の隔たりが、両者の間には、依然として存在していることも分かっている。
クリティカルヒットした綜の一撃から、顎の外骨格をポロポロと崩しながら。
なおも、相手はよろよろと立ち上がってくる。
対してコチラは攻撃が入れば、K・O必至は間違いない。
あまりにも分が悪い、無差別級の対戦を自覚しながらも、あえて綜は笑う。
「来いよ、化け物! お前に喰われた『俺たち』の分まで、ブッ叩いてやるからよぉ!」
全身に纏う霊力は、拳に集束しつつ。
無限の力強さでこんこんと胸の内から湧いてくる。
「ガッ、グバアァァァァァ!!」
綜の叫びに呼応する様に、化け物もまた、まだまだ戦えるとばかりに咆え立てた。
「気合十分だなぁ、いいさそれで。ラウンドガールは眠ったままだが……続けようぜ! まだまだ喰い足りないんだろう? 俺も、お前も!」
互いの剛腕拳風が唸りを上げ、大ホールの空間で、爆裂する。




