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ワールド・トランス・ワールド ~異世界に至る56番目の主人公~  作者: tea茶
第六章:同調闘争 《バトル・ジャンクション》
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第三十七話 マレブランケ



「――う……ん、ここ、は?」


 空を舞うように飛んでいたことが嘘のように、すっかり重くなってしまった身体を、寝返りを打つように、もぞりと動かすヴィー。


 寝起きの頭では、意識は未だにおぼろげなままだった。



「これは……毛布? ん、あれから綜たちは……?」



 煉獄都市での健瑠の襲撃から逃走中に、意識が途切れたのは覚えている。

 そして気が付けば、白い毛布の上に横たえられていた、自身の上体を起こす。


 全身は水に浸かっていたかのように、重く感じるものの動作に支障は無い。


 バスケットの縁に手を掛け、ぼやけた視界で辺りを見回す。

 すると、パールホワイトカラーで塗り固められた。

 真珠のような艶を持つ、幅広く広大な壁面が見えた。



「! ……なに、これ?」



 ぐるりと周囲に目をやると。

 ビルの五、六階分に相当する高い天井に、サッカー場が三個は余裕で入りそうな、大規模なホール空間が見渡せた。


 その中央で繰り広げられるのは。


 巨大な異形と舞踏のように跳ね回る人間との――戦闘。



「綜! それに由宇も!? 此処は……ココは! まさか――!!」



 ここがどこかを認識し、ヴィーの意識が焦燥に駆られ一気にクリアーになる。



「解錠都市の、最終ゲート!」








 驚愕したヴィーが目を凝らした先では。

 巨大な存在感を見せつけるように、『北東のマレブランケ』が、大ホールを揺るがす重低音の咆哮をあげていた。



「グァオオォォォォン!!」



 全長、およそ十メートル強。

 その巨体は、バッファローのような重量感を持ち。

 牛のような顔は、まるで闘牛のように獰猛な様相。

 前傾姿勢を支える四肢は、虎のように太く。

 全身をサイのような硬質化した、黒い鎧のような皮膚で覆われており。

 ヘルメットのような外骨格を纏った頭部は、二対の長大な牙を覗かせながら吠えたてている。


 その前足から鎌のように生やした凶悪な爪を、眼前で跳ね回る――まるで牛にじゃれる子犬のように矮小な存在――柳ヶ瀬綜に突き立てようと、空気を裂く勢いで、甲高い音を立てながら振り回していた。



「ギュッアァァア!」


「っと! ヴィー、起きたのか!」



 ヴィーが起きたことに気付き、転がるように迫る爪を回避する綜。


 起き上がり様、両手に持ったベレッタを発砲し応戦するも、その銃撃のことごとくが、巨大な頭部を覆う骨のプロテクターで跳ね返される。



「綜っ! なんでここに!? アタシが寝てる間に……一体何を!!」

「はっ、と! いよぉ、眠り姫! キスも無しで、よく起きれたな?」



 ヴィーの傍まで駆け寄りながら、綜は額を流れる汗と共に軽口を飛ばす。

 戦闘の火照りにあてられたのか、いつになく口調もハイテンションになっている。



「ひ、姫って、なにを言ってるんだぞ! ――って、そうじゃなくって! あれから何が? なぜ綜たちが、『北東のマレブランケ』と戦ってるんだぞ!」



 綜の軽口に乗せられつつも、すぐに表情を引き締め、きつい口調で問いただすヴィー。

 その本気の剣幕に、綜もさすがに冗談を言える雰囲気ではないと悟る。



「あいつ、『北東のマレブランケ』って名前なのか。いや、なんでって……ああっ、そういやマガイとの話は、ヴィーは聞いてなかったんだよな?」


「ヴィー、綜は君を助けるために、ココに来たんだよ」


「……は? アタシを助けるって……ちょっと由宇、どういうこと、それって?」



 ハンドガンを持つ綜とは少し離れた場所から、M16アサルトライフルで、マレブランケを狙い撃つ由宇。

 その銃弾は、綜が撃った時と同じく跳ね返されてはいるものの、ライフルの連射性を利用し、体表の一部分を集中して銃撃することで、さすがにマレブランケもその攻撃に危機感を抱いたのか、嫌がるように身体を振る素振りを見せる。



「綜! ボクが足止めしてる間に、彼女に説明して!」

「あ、ああ悪いな、頼む由宇!」



 マレブランケの足元に銃撃を集弾することで、その巨体の進行を足止めする由宇。



「ギィ、ォォォォン!」



 その間に、綜はヴィーへ今までに起こった事を説明する。


 マガイと健瑠の死。

 負傷した真桜を会長に預けたこと。

 ヴィー・セツナに道案内されてここまで来たこと。

 そして、ヴィーを助けるために――最初にゲートを抜ける決意をしたことを。







「そんな……アタシの霊力補給のためにこんな無茶を? そのために、門番アイツと戦うことを決めたの!?」



 信じられないとばかりに、茫然とするヴィー。

 瞳は限界まで大きく見開かれ。

 その頬は今までに綜が見たことも無いほどに、赤く染まっていた。


 だが、その初々しい表情も――すぐにくしゃりと崩れ、消えていく。



「それ、は……そのアリガトウ。嬉しい、とってもウレシイぞ。けど……だからって! こんな危険な賭けをしなくても――」



 口ごもりながらも、たどたどしく感謝を述べるヴィー。

 それでも諫めようとするその言葉を遮るように、向こう側から由宇が注意を飛ばしてくる。



「二人とも! ちょっとキツイのを試すから、気を付けて!」


「キツイって、由宇……! なんだそれ! ちょっ、それってまさか、手榴弾かよ!」



 ライフルの弾が尽きたと同時に、銃身を投げ捨て、素早く肩に下げていたバッグの底に手を突っ込む由宇。

 そして二重底の隠しスペースを開くと、こぶし大の塊を取り出した。


 綜はそれ・・を、映画でしか見たことが無かったが。

 パイナップル状で表面にでこぼこがある。

 あまりにも有名なその武器(・・・・)が何かを、すぐに理解した。



「マジかよ!? くそ! そんなものどこに隠してたんだよ! ヴィー伏せろ!」

「えっ? え、えええっ!」



 ヴィーが入ったバスケットを覆い隠すと、綜は由宇とマレブランケに背を向けたまま屈みこむ。

 その際に、由宇がためらいもなく手榴弾のピンを抜き、投擲したのが見えた。


 さすがに室内での使用を加味してか、殺傷力を高める金属片などは入っておらず。

 その爆風も空気圧でかなり軽減されるため、離れていればさほどの危害も及ばないものの。

 至近距離での威力は、いまさら推し計るのも馬鹿らしいほどの威力を誇る。



 ――爆風による有効攻撃範囲は、およそ数メートル。



 個人携帯の武器としては、まぎれもなく凶悪な部類に入るその手榴弾の威力が、マレブランケの腹の下で炸裂した。



「ボッ、ゴォッ! グバァッバアァァァァ!」



 緩いカーブを描いて床に落ちた塊に、何の警戒も払っていなかったため、マレブランケはその爆風の威力を余すことなく、その巨躯で受け止めることになった。







「……ゲホッ、ゴホッ、大丈夫かヴィー? ったく、無茶苦茶しやがって由宇のやつ」


「ケホ、まったく、正気じゃないぞあの娘……でもこれで、マレブランケもかなりのダメージを負ったはずだぞ」



 マレブランケの呻きが静まっていくと共に、煙も次第に晴れてくる。


 再びその巨体が姿を現した時。

 前とは違った姿を、綜たちの前にさらすこととなった。



「やった、綜! アイツの左わき腹、ちょっとだけどヒビが入ってるぞ!」


「やったな由宇! ……おい? 由宇! ダメージを与えたからってボッとするな!」



 ようやく目に見えた成果に、綜とヴィーの声が明るく響く。

 だが、傷を刻んだ当の本人は、喜ぶ素振りを欠片も見せず、ただ立ち尽くしていた。





「…………はぁ、これでも……かすり傷程度なのか……」





 綜たちには聞こえない声量で、気が抜けるようにボソリと呟いた由宇。

 虚脱したように佇むその姿は、明らかに隙だらけで、見ているものの肝を冷やす。



「由宇? おい、なにやってんだ! またあのデカブツが動き出したぞ! チッ――」


「ちょ、ちょっと綜! なんでバカ正直に近づくの、危ないぞ!」


「ゴアァァァ!!」



 幾ら呼びかけても由宇が動こうとしないため。

 綜はマレブランケの気を引くために、戦線へ舞い戻ろうと駆けだす。

 巨獣に正面から突っ込むその姿に、思わず声を荒げるヴィー。



「大丈夫、っと! 確かに、はじめは危なっかしいとこもあったけどな、避けるのは上手くなったんだ、コツを掴んだんだよ!」



 ダンジョンでの戦闘を経て、綜が開眼した回避方法。

 それはグールに追われていた時に見せた危機回避を、自身の身に限定したスキーム。



「俺でもやれるって、ところ……見せてやるよ!」



 眼前にマレブランケの凶悪な爪が迫る。

 一撃必死の緊張が総身を襲うと共に、脳内を駆け巡る神経伝達物質のドーパミンが作用し、体感速度はギアを上げ加速する。

 全てがスローモーションな赤の世界で、綜の思考だけがその速度を増していく。


 ――右に避ける――視界は【濃い朱】――不可。

 ――左に避ける――視界は【赤】――条件付きで可。

 ――左に避け、バックステップ視界は【薄い赤】で現状維持――承認。


 幾通りもの回避経路を、瞬時に脳内マップに構築し。

 安全地帯へと素早く体重移動。


 斜め上から繰り出され、目標を失ったマレブランケの巨爪の一撃が、一秒前に綜が居た空間を削り取る。



「ギイィオオオオ!!」


「よっと! ちっ、あれを喰らっても平気なのかよ? このっ、化け物が!」



 床を穿っていくマレブランケの、その横っ腹へと銃弾を即座に叩き込む綜。

 しかし巨体に比べ、あまりにも小さな弾丸は、ヒビの入ったその体表をわずかに削り取ることしかできない。


 それはまるで象に針で攻撃するようなものであった。


 だが、それでも綜が目を凝らすと、黒い体表の鎧の隙間から、赤黒い血が垂れているのが確認できた。



(出血はしてるんだ! そうさ、コイツも無敵ってわけじゃない。ヤツの攻撃を避け続けて、なんとかこちらの攻撃だけを当て続けていけば……)



 それは気が遠くなるような途方もない作業。

 しかも己の命のチップを賭けた持久戦。



「待ってろヴィー、コイツをブッ倒して、すぐに霊力補給とやらを受けさせてやるから」



 それでも、綜の気力が萎えることは無かった。


 グールに追われ生徒たちと別れた時。

 ヴィーが消えてしまうと聞いた時。

 マガイを残し健瑠の前から逃げた時。

 傷を負った真桜を会長に託した時。


 全てを救うことなんて傲慢だと、そう思い知らされた。


 それでも、『救いたい』と想う綜の心が、芯まで折れることは無かった。


 たとえ出口を見失ったとしても、未だ空っぽの手に、確かな証を手にするために。

 だからこそ動く、目の前の敵を倒せばヴィーは助かる。

 それは確実なのだからと、綜は今も、もがき続けている。


 だが――手段そのものがが間違っていたことに、綜はまだ気づいていなかった。







「……そうじゃない……そうじゃないぞっ、綜! どうしてソイツを倒すのが目的になってるの? なんでここに来たの!」


「っ? ヴィー、一体なにを……」


 危険を度外視した無謀な戦いを続ける綜に、たまらずヴィーの悲痛な叫びが届く。



「なぜ他のゲートじゃなくて、この『北東のマレブランケ』に挑むなんてことをしたの! 先を急ぐだけなら他の道(・・・)もあったはずだぞ!! 綜、どうして!」


「え? どうしてって……だからそれは……北東が良いって、由宇が言ったから。え、別にかまわないんだろ? どこだって」


「どういう……こと?」



 ヴィーは眠っていた間のことを、綜の説明から推測。



(なにこれ……ズレがあるぞ、綜の認識と行動が噛みあわない、なぜ? まさか、セツナがわざと誤情報を……?)



 さらに考察し、改めて状況を整理する。



(確かにライバルを蹴落とすメリットはあるけど、それをあの会長が許すハズは……むしろ妹を預かってる時点で、会長の足止めは確実。更に綜たちに何かあったら、要らぬ恨みを買うデメリットまである……それなら逆に、セツナが此処のことを話さない方が変だぞ、でも……もしそこに、誰か・・の思惑が割り込んでいるとしたら?)



 それぞれの要素を繋ぎ合わせる。

 すると、ヴィーはそこから誰かが意図的に、重要な情報を綜に渡していないことが、はっきりと見えてきた。


 繋がらない会話、今の状況を作り上げた人物、それは――







「――ここまで、かな」



 不意に、それまで沈黙を保っていた由宇がポツリと呟くと、その相貌を崩す。

 端正で健康的なその顔で、皮肉気に唇の端を吊り上げる。

 ――それは自嘲の笑みだった。



「由宇?」



 いつも陽気で前向きだった友人が、今までに見せたことも無い。

 憂いを帯びた表情を浮かべているのに気取られ、綜の動きも止まる。



「もう分かってるぞ……東雲由宇! お前がわざと、『北東のマレブランケ』と戦うように、この状況を仕組んだんだな!」


「は? なに言ってんだヴィー、仕組むも何も、戦わなきゃ外に出られないんだろ?」


「そうじゃない、そうじゃないんだぞ綜」



 きょとんとした表情で、率直に問いかける綜。

 そんな綜に、ヴィーは首を振ると自分の推論を話し出す。



「信じられないだろうけど……いえ、そもそも、初めからおかしかったんだぞ。銃や車を用意してる? お金持ちの令嬢だから? 違う……これはそんな言葉じゃ片づけられない。コイツは……東雲由宇は、最初から全部・・知っていて、この状況を作り上げたんだぞ!」


「お、おいちょっと待てってヴィー! いきなり何を、なんで由宇がそんな!?」



 付き合いの長い友人をいきなり疑われ、戸惑いの表情を浮かべる綜。

 だがヴィーはそんな綜を真摯な目で見詰め、自分の推測の論拠を述べていく。



「この門番は、またの名を『鬼門のマレブランケ』。歴代の『柳ヶ瀬綜』や幾多の移人が命を落とした……未だにゲートを解放させたことが無い、『開かずの門番』なんだぞ!」


「えっ? 『開かずの』って、此処が……業者(・・)の出入り口じゃなかったのか?」


「アタシが煉獄都市で手に入れたデータを、セツナが知らないわけがない。セツナが案内できたというのなら、此処のデータも当然持っていたはずなんだぞ! なのに綜は、このゲートが危険であることを知らされていない、それは……そういう風に誘導したヤツが居るから! そうでしょう――東雲由宇!!」


「なっ! バカ言って……由宇がなんで、そんな……知ってたハズ、ないって、なあ?」



 ヴィーの剣幕に押されるように、思わず由宇の方へと顔を向ける綜。

 縋るように息を呑み、自分を見つめてくる綜に。

 由宇は普段通り、ニッコリと無邪気に微笑んだ。





「ああ……もちろんボクは――知ってた(・・・・)よ」



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