第三十六話 門
煉獄都市、郊外地の東門。
山のふもとに建設されている、巨大で威圧的なゲート施設。
そこに設置された門が、迷宮へと誘うために、綜たちの目の前で大きく口を開けている。
「――それでかまいません。はい、私はここで別れますので。ええ、入るのは人間二人と分霊一体、それで間違いはございません」
煉獄都市を出るため、ゲートの脇に設置された交番のような分所。
そこで警守隊との交渉を終えたヴィー・セツナが、綜たちの方へと振り返る。
「それでは綜さま、由宇さま。そこの入り口まで、ご案内致しましょう」
相変わらず口調もバカ丁寧で、一歩引いた感じで常に落ち着いている。
だが、その態度が綜には他人行儀にも見て取れた。
「悪いねセツナさん、わざわざ俺たちに付き合ってもらって」
「あ……いえ、これもマスターからの頼まれごとですから、お気になさらず。マスターも綜さまのことはずっと気に掛けていましたから、少しでも私がお役に立てたのならば、マスターも喜ぶことでしょう」
綜がセツナを【さん】付けで呼ぶと、彼女の片眉がピクリと動く。
無機質なまでに整った、その顔が微妙に崩れるのが何気に楽しく。
綜は『セツナさん』呼びを、続けることを内心で秘かに決めていた。
(やっぱり違うものだな、……顔一緒だけど)
綜は左手へと視線を落とす。
そこには白いシーツを敷き詰め、その上にヴィー・クーを載せた。
ピクニック用の片手持ちができるバスケットがあった。
木製の籠の中で、まるで御伽話のお姫様のようにこんこんと眠り続けるヴィーの姿に、綜の気持ちも自然とはやる。
「それじゃあ行こうか、ねえセツナさん」
「え、ええ……やっぱり、さん付け……なのですね」
やはり、自身に敬称を使われるのが気に掛かるのか。
少し不満げに呟くセツナの言葉が聞こえなかったかのように、スルーする綜。
「なにやってるのさ二人とも、急ごう! 入り口はもうボク等の目の前だよ!」
「ああ、分かってるって由宇」
「…………」
肩から銃器の詰まった水色のショルダーバッグを下げた、いつになく妙にハイテンションな由宇が先を歩き、綜たちを促す。
綜はその姿に軽く相槌を打つ。
ふと横で、無言のまま険しい表情をしているセツナの顔が視界に入った。
「どうかしたのかい、セツナさん?」
「……いえ、なんでもありませんよ。さあ、先を急ぎましょう」
「?」
セツナが『さん』付けにも反応が薄く、固い表情のまま由宇同様に先を促す。
そのことに違和感を感じつつも、綜は深く考える間もなく由宇に追い付いた。
解錠都市への侵入は、基本的に新期の移人には常に解放されている。
煉獄都市の守護を担う警守隊との手続きに少々時間を取られたあと。
街の外層にある門を出て、連山の麓の入り口から迷宮の攻略をはじめればいいだけだ。
煉獄都市外層のゲートを出て、迷宮入り口の門に至るまで、自然が彩る陽光に照らされ緑に囲まれた空間が続いている。
外層門を出て麓の入り口まで、距離にして、ほんの二百メートル程度。
緑の自然に包まれたその狭間で、綜はセツナをガイドに、束の間の閑談をゆっくりと歩きながら楽しんでいた。
「はい、転移地帯を覆う外周山脈の中腹を削り出して、人工的に造り出されたのが、この解錠都市――いわゆる【迷宮都市】です。それぞれ八つの方位に備えられた出口のうち、一つは出入りの業者やランサー等に解放されている外との商業用のゲートですが、この門は市民登録証を持たない移人には使えません。また、志麻霧市が転移する時期の前後一か月は、都市迷宮は基本的に新期の移人以外は、立ち入り禁止区域となっております。つまり皆さんが外に出るためには、残された七つの出口それぞれに配置された門番【カロン】倒す。それ以外に方法はございません」
「なるほどね。丁寧な説明ありがと、セツナさん」
物事を整理すると進む道がはっきりと見えてくる。
それ故にセツナと話をするだけでも、綜はリラックすすることができた。
病院に真桜を残してきたのは正直心残りだったが、今は亜理紗を信頼して任せるだけだと、綜は自身に言い聞かせる。
それにセツナの説明によると、ヴィーは霊力の消費を抑えるために、【待機モード】に入っただけで、無理な活動をしない限りは、迷宮攻略の間は大丈夫だろうとのお墨付きももらえた。
その事実が、綜の心にも幾ばくかの余裕を与えていた。
「結局、綜はヴィー・クーを最後まで連れて行くんだね」
「ああ、ここで置いて行って、俺との繋がりが切れたとか例の神霊に思われたら、霊力補給のボーナすももらえなくなりそうだしな、ここまで来たらコイツとは一蓮托生だよ」
「そっか……危険だとは思うけど、しょうがないね」
綜の答えに由宇は歯切れの悪い相槌を打ちながらも、納得したように頷いた。
やり取りの区切りがついたところを見計らい、セツナが引き続き話しを始める。
「今から入る麓の入り口から中腹のダンジョンを抜けるために、解放口の門番を倒し、外に出ることで、お二人はこの世界での市民権を得ます。確かに門番は強力なモンスターですが、それ以外にも迷宮内に生息するモンスターは数多くいます。ですがそれだけの銃器をお持ちでしたら、十分に門番のところまでたどり着くことができると、私は予測しますよ」
「そうか、それを聞いてちょっと安心したよ、セツナさん」
「いえ、この程度のアドバイスは、さして助力にもならないかと……」
試練を前に、あくまでなごやかに会話を進める、綜とセツナ。
「しかし無茶をしますね、いくら霊力補給のボーナスが欲しいとはいえ、ここは――」
「マガイに聞いた『南西のトロメーア』は嫌な感じがしたからね、ボクが『北東』行きを勧めたんだ、そっちの方が都合が良いし、綜も賛成したもんね」
すいすいと、軽い足取りで先を歩いていた由宇が不意に振り返ると。
どこか警告めいた物言いをしていたセツナの言葉を遮り、説明をする。
「…………」
「確かにマガイの話を聞くとな……まあ、逆位置ってのも縁起担ぎに過ぎないけど、病院からもこっちのゲートの方が近かったし」
由宇の言葉に同意を示す綜にとって、門番の種類などは正直どうでも良い話だった。
急ぎの無茶な行軍だとしても、それをしなければヴィーの衰弱はどんどん進んでいく、その焦りがなによりも綜の足を早める理由だった。
その言葉を受け、もはや口を挟むまいとばかりに目を軽くつむるセツナ。
「……時には、そういう思い切りも必要なのかもしれませんね」
「セツナさん?」
合理的な考えを好むセツナの、どことなく突き放すような物言い。
その反応に、綜は疑問符を浮かべる。
「いえ、ここまでくれば私の方からは……特にアドバイスできることもありませんので」
「そっか、確かに」
セツナによる短いガイドの旅も、ここで終わる。
すでにセツナは、亜理紗のサポートへと意識を割いているのだろう。
そう考え、綜は特に言及することなくセツナから目を離す。
揃って足を止めた綜たちの目の前で、解錠都市が口を開ける。
挑む者を待ち構えているその入り口は、山肌を無造作にくり抜き、縁の部分を無骨で分厚い無数の鉄骨で支えた空洞で。
さらに入り口の両端には、銀白色の方鉛鉱を加工して作られた巨大な彫像が、それぞれ入洞する者を威圧するかのごとく屹立していた。
入り口からでも見える空洞の様子は、床に敷き詰められた不揃いの天然石の石畳や、鉄柱で補強されている大穴の中は一定間隔で松明が焚かれているものの、二、三十メートル先は見通しが暗く、奥まで見通すことはできないようになっていた。
「それでは綜さま、由宇さま、ここでお別れとなりますので」
「ああ、真桜と会長に、『外で会おう』――そう、伝えてくれるかな」
「フフ、そうですね。綜さまのご武運、妹さまとマスターと共に祈っておりますよ」
最後に微かな微笑を浮かべたヴィー・セツナに見送られ。
綜と由宇の姿が入り口を通り、迷宮の奥、暗い影の中へと溶けていった。
完全に綜たちの姿が見えなくなったところで、ヴィー・セツナは踵を返す。
「……しかし【北東】ですか。データによるとゲートを護るのは、『北東のマレブランケ』――やはり別の場所を推奨すべきだったのでしょうか」
帰路でそう独りごちるす、しかしその分析は意味が無いとばかりにすぐに打ち捨てる。
「いえ、あの方の狙いが門番そのものならば、ワタシの進言など無意味ですしね……」
そう言いつつも、セツナの固い面持ちには、いつになく苦い表情が浮かんでいた。
「それに……彼らもまたマスターの競争相手。これ以上、ワタシが手助けするのも無粋というものでしょう、それにいくら無謀な挑戦に見えたとしても――」
自分に言い聞かせるように、言葉を発するセツナ。
中空で軽やかに反転すると、すでに遠く、小さくなった迷宮の入り口を振り返った。
「『不敗』の門番相手でも、結果はまだ分かりませんからね」
◆ ◆ ◆ ◆
右手に握ったブローニング・ハイパワーから吐き出された、鮮やかな極光が薄暗いダンジョンを照らし出す。
一発、二発、三発と、引き金を引くたびに放たれる銃弾。
その炸裂音と共に、銃口からダンジョンの薄闇を切り裂くフラッシュが瞬き、目の前のモンスターの命を散らしていく。
「由宇! こっちは弾が切れた! 補充してくれ!」
装填された弾丸を撃ち尽くすと、スライドが下がってホールドオープンした銃。
それをこちらに背を向け、UZIサブマシンガンで背後の敵に射撃を続けていた由宇へと投げ渡す。
「了解! これを使って、綜!」
腰だめに掃射していたサブマシンガンを、器用にバッグと脇腹の間に挟み込むと、由宇は放られた銃を器用にキャッチしバッグに入れる。
そしてすぐに新たなる銃――コルトM1911・ガバメントを取り出すと、フィルムが巻き戻されるように、それを綜へと放った。
「サンキュ、っと」
左手はヴィーが眠るバスケットで塞がっているので、綜は右手だけで銃を掴み取る。
握り部分のグリップのスイッチを押し、弾倉を引き出す。
弾倉に銃弾がしっかりと詰まっていることを確認し、素早く腰にグリップ底を当ててマガジンを押し込み再装填する。
そしてスライド部分を勢いよく自らの歯で噛み挟むと、そのまま首を回し、後ろに引っぱる。
(鉄臭い味にも、慣れたな)
ガチンと小気味良い音を響かせて、弾倉から薬室へと弾丸が送り込まれる。
チラリと撃鉄が起こされたのを確認する。
流れるような射撃準備。この一連の動作にかかった時間は、約三秒。
マガイのレベルとまではいかないが、それでも手慣れた動作といえた。
「ウゴォォ! ッ、ホボォッ!?」
三秒間の間隙。
弾丸の連射が途切れ、反撃する隙があるとみたのだろう。
今まで物陰に隠れていたモンスターが通路に飛び出し、綜の前へと姿を現すには十分な時間だった。
「のこのこ出てきたところ悪いが……準備完了だ!」
「ギャピィィイ!!」
隙を見つけたとばかりに、手にした棍棒を振り回し、雄たけびを上げながら勇んでこちらへと駆けていたモンスターの足が、思わぬ綜の早業にピタリと止まる。
通路奥から飛び出していた、その二足歩行をする二体の小太りな豚型モンスターへと、綜はすかさず銃の照準を合わせ、間髪入れずに引き金を引いた。
引き攣り、豚顔をさらに歪めたその醜怪な顔の中央を、撃ち抜く鉛の弾丸。
頭髪の無い余分な肉で皺が寄った後頭部を、大穴を開けながら飛び出す銃弾。
それはハイビスカスの花のように。
赤い花を通路の端々へと満開に咲かせながら、舞い散った。
――この通路での戦闘が終了したのは、それから五分と経たなかった。
◆ ◆ ◆
「ふぅ、今どれくらいなんだ、あれからだいぶ歩いた気がするけど」
時計代わりに使っていた携帯は、とっくにバッテリーが切れ。
正確な時間は解らないままだった。
「綜、これ食べる?」
「おっ、サンキュー由宇」
スティック状の固形食糧を三口で胃の中に放り込み、ここまでの道のりを思い返す綜。
「んっぐ、はあ、市販の携帯食料か……コイツが懐かしく感じるなんて、それこそずいぶん遠くまで来たんだろうな」
「うん、そうだね……もう引き返せないくらい、遠くにね」
あれから丸一日ほど経過したのか、それともまだ十時間程度なのか。
時間の感覚も曖昧になったまま。
入り組んだ迷宮内を、綜たちはひたすらに前へと進み続けた。
その間にも度重なるモンスターとの接触、および戦闘が行われた。
いつしか綜も銃を撃つのにも慣れ。
ためらいなくモンスター相手に引き金を引けるようになる程度には、時間は経っているようだった。
このダンジョンを進むにつれ、自分でも強くなったと、綜は実感していた。
だがそれも、銃という人類の利器の力によるところが大きいことも、自覚していた。
迷宮内で襲いかかってくるモンスターは、その異常な筋力を活かした肉弾戦か、剣や棍棒に槍といった原始的な武器を振るう攻撃しか繰り出してこない。
それを、遠距離からの銃撃だけで一方的に制圧し。
モンスターによる背面からの奇襲も、由宇とのコンビで対処可能としていた。
(ここまでスムーズにこれたのも、由宇のおかげってことか……)
今も隣で周囲に目を配っているパートナーに、綜は感謝する。
思えば志麻霧市からここまで、世話になりっぱなしの状況だった。
その恩にしっかり報いなければと、綜は改めて気を引き締める。
「――綜、あそこ!」
「っ! あれは……いかにもって感じのやつだな」
由宇の指摘を受け、暗がりの先を見通すように目を凝らす綜。
歩を進めるごとに、徐々に暗闇から姿を現してきたのは、扇状に広がる異質な空間。
広間の向こう側には、精密な紋様を施された周囲の壁に取り囲まれた。
全高五メートルほどの巨大な扉が、その威容を現していた。
「この仰々しさ……間違いないよな、どうせこの先に門番とかが居るんだろう? しっかしこんなデカイ扉、どうやって開ければいいってんだよ?」
「綜、ここを見て! たぶん、これで移動するんじゃないかな?」
人の手では到底開け放つことはできそうにない、重く巨大な異形の扉。
その異様さに戸惑う綜は、由宇が促す声に導かれるまま。
扉の前の床に、ヴィーが槍の男の攻撃を防いだ時と同じような。
幾何学的な線や文字で構成された陣が、描かれているのを発見した。
「ん、これは……ゲームとかだと、ワープ装置って感じだよな」
「おそらく、ね」
同意する由宇に、軽くうなづく綜。
目の前の、直径およそ二メートルの魔法陣に近づくと、外円部からはほのかに黄金色の光が漏れ、不気味に明滅を繰り返しているのが見て取れた。
その魔法陣の縁を踏む寸前で、綜は足を止める。
「っと、はぁ……こいつを踏めば、ようやく……」
最後の試練への扉は、もはや目の前。
心の内から沸々と湧きあがる、未知への恐怖と戸惑いを、綜は強い意志の力で抑え込むと、呼吸を整え――大きく足を上げた。
「チカチカと、これみよがしに……いいぜ、乗ってやるよ! 行くぞ由宇!」
「うん!」
傍らの親友の力の籠った返事に覚悟を決め、綜は光の中へと飛び込んだ。
◆ ◆ ◆




