第三十五話 決断
目の前に突きつけられた選択肢。
時間が解決する、などという安易で悠長な解決策も無く。
綜は、いずれかの道を選ばざるを得なくなっていた。
(だけど、俺は……)
「……悩んでる、ってことは、兄さんがしたいこと……もう決まってるんじゃない?」
「真桜!?」
いつまでも決断を渋る綜の背中を押すように、真桜が言葉を掛ける。
「私はもう大丈夫だから……だから、兄さんはヴィーちゃんを助けてあげて」
「だけど! それじゃ真桜が一人に――」
「兄さんっ!」
なおも言い募る綜を遮るように、真桜はめずらしく声を張り上げる。
「目の前に助けられる人が居るなら、手を差し伸べる……それが兄さんらしい、ってことじゃないの?」
「真桜……」
「私はもう、兄さんを縛る枷になんて、なりたくない」
強くなった未来の自分を見た。
自分とは違う可能性の未来を見た。
マガイとの遭遇が、今の真桜の心境に多大な影響を与えていた。
気持ちを表面に出すことが苦手で、幼い頃から世話を焼いてくれていた義兄の背中に隠れていただけでは、いつしか満足できなくなっていた自分の気持ちに、真桜は気づいた。
「私はずっと……兄さんに守られてばかりだった」
自分の内面とは裏腹の、周りが外見だけを見て押し付けてくるイメージが煩わしくて、真桜はずっと、臆病な自分を変えたいとは思っていた。
だがそれと同じくらい、妹として綜に守られる立場も心地よく。
結局いままで、自分を変える努力を真桜は放棄してきた。
だからこそ、成長した自分――大人の真桜が、強く、頼りがいのある女性になっていたのに驚くと共に、彼女に言い知れぬ嫉妬も感じていた。
「私は……変われなかったのに」
(だけど……今なら理解できる。もう一人の私が、強さを追い求めた意味は……きっと『兄さん』に追い付きたかったからなんだ)
「私は、強くなりたいっ!」
(そして……いつかあの人のように、隣に……)
「真桜、お前……」
じっと綜の目を見つめ、決して自分から目を逸らそうとしない真桜。
思いも掛けぬ真桜の強い自己主張に、綜は戸惑いを覚えていた。
そんな二人から少し距離を取り。
真剣なまなざしでやり取りを見詰めていた亜理紗から、静かな声が掛かる。
「なら妹ちゃんは、私が責任を持って守る――ていうのはどうかしら」
「えっ?」
「会長!?」
硬直した場にかかる、思わぬ亜理紗からの声掛けに、真桜と綜は同時にそちらを見た。
だが綜は亜理紗の唐突な発言に不満を感じ、渋面をつくると言葉を濁す。
「守るって……簡単に言わないでくださいよ、会長」
「あら、私じゃ不満? でもね柳ヶ瀬、少なくとも今の私は……」
そんな綜の態度に気分を害することもなく。
逆に不敵な笑みを浮かべ、自身の左手をゆっくりと前方に掲げる亜理紗。
「キミよりも強いよ」
言い切ると同時に、亜理紗の左手に淡い燐光を伴った銀色の霊気が集束していく。
「それは!?」
「まさか! 会長、魄来兵装を!?」
室内に響く兄妹の驚愕の声。
その声に応えるように、亜理紗の左手に出現した細身の剣――銀色のレイピア。
「そうよ、これが私のオーダー」
実体化した自身のオーダーを、手首のスナップを活かし軽く振る。
それだけの動作で、室内のキンと張りつめた空気を揺らすと、存在感を見せつけた。
「どうかしら、柳ヶ瀬。これでも力不足かしら?」
◆ ◆ ◆
「それで……貴女を見逃すことで、ワタシたちに何のメリットがあるというのです?」
病院の寂静とした廊下に、セツナの抑揚のない声が響く。
その先に居る由宇は、不遜な態度を崩すことなく、目を細めセツナを見つめていた。
「別に、君たちに得になる話なんてないよ。そのかわり、デメリットになる話でもないはずだけどなー」
「そうでしょうか。可能性は低いとはいえ、貴方たちが最初にゴールを迎えたとするならば、マスターの取り分が減るのですが」
「君の、でしょ? そこら辺は目をつぶってもらいたいなぁ。少なくとも、こっち側のヴィーよりも、君は厚遇されてると思うんだけどね」
「ではメリットはない、と。それでは意味がありませんね」
あきれたような物言いで、話を締めくくろうとするセツナ。
だが由宇は、その様子にかすかに揺るぐこともなく。
ただ作り物めいた笑みを浮かべながら、見据えていた。
「なるほど、合理的過ぎるのも考え物だ……と。なら、こうしよう」
「っ!? 東雲由宇! 貴女は……!」
Gパンのポケットから素早く手を取り出す由宇。
その右手にはデリンジャー――ミニサイズの二連式小銃が握られていた。
「ほら、これでデメリットの発生だ。こんな小型の銃でも、君の命を奪うことくらい、容易いでしょ」
「正気ですか!? ワタシに何かあったら、マスターや彼らが不信を抱くのも……」
「それこそ、ここで君を殺すことと、ボクが疑われるデメリットなんて、今更はかるまでもないと思うんだけどね」
「う、ぐっ……」
目の前の由宇からは、本気とも正気ともとれない、薄気味悪さをセツナは感じていた。
だから不用意な行動を取れず、思考を巡らすことしかできなかった。
「それにサポート役の君がいなくなっちゃったら、君のマスターにとってもデメリットになるはずだよねー」
「く、ぅ……分かりました。ワタシは貴女からは何も聞いていませんし、貴女方の行動に口を挟むようなことはしません……これで、よろしいのでしょう。東雲由宇さま」
そのセツナの宣言を受けて、ようやく由宇はデリンジャーの銃口を下ろす。
「うんうん、やっぱり君は賢いなぁ。話の通じる子で嬉しいよ♪」
そう言うと、由宇は。
それまで綜たちに見せていた時と同様に、満面の笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
流麗な日本刀をそのまま真っ直ぐに引き延ばしたように、煌めく刀身。
室内灯を反射する両刃のついた、そのシルバーの片手剣は、握り手の部分にも華美を抑えた装飾を施してあり、一種の芸術作品のようにも見えた。
「だから、気兼ねなく私に任せて――とは、言い辛いけど。今一度、私を信じてほしい、柳ヶ瀬」
一見すると細身の剣を突き付け、脅しているようにも見えかねない構図。
だが、戸惑う綜たちよりも、レイピアを握る亜理紗の方に、余裕の無い表情が伺えた。
「私はずっと……自分が強い人間だと、思い込んでいたわ」
不意に亜理紗がこぼした呟き。
そのまなじりが薄く塗れていることに、綜と真桜は気づいた。
「こんな異世界で……まさか自分の力不足を嘆くとは、思いもしなかったけどね」
「会長……」
「それに、妹ちゃんの気持ちも尊重したいのよ。私と同じように、後悔しないようにね」
「会長さん……」
魂現技能の存在を知り、オーダーに覚醒した亜理紗は、セツナの情報を元に綜の後をひたすらに追った。
それが悔恨の念からなのか、思慕の情だったのか、自身では判別をつけることなく。
ただモールの惨劇を思い返しながら、幾度かの戦闘を繰り返し、急き立てられるような想いを抱えたまま、綜との再会を果たした亜理紗。
その瞳には真桜と同じく、今までにない、強い決意を感じさせる確かなものが存在していた。
「柳ヶ瀬、君がまだ……人を救う気持ちを持てているのなら、今の私はそれを全力でサポートしたいと考えているわ」
「兄さん、私はただ守られてるだけじゃ嫌なの……あの人みたいに、この世界を自分の足で立って、歩いて行きたい」
「…………」
二人が背中を押してくれている気持ちが、痛いほどわかる。
真桜が独り立ちの兆しを見せ、亜理紗がフォローを申し出る。
これだけの条件を目の前に提示され、行動を抑えることなど。
もはや綜にはできなかった。
「二人とも、しんみりしすぎだよ……ったく、今生の別れじゃあるまいし」
「兄さんっ」
「柳ヶ瀬……」
緊張を解くように、一度深く息を吸い、吐き出す。
そうしてからようやく表情を緩めると、真桜と亜理紗へとゆっくりと顔を巡らす。
「【外】で、待ってますから。うちの妹をちゃんと連れてきてくださいよ、会長」
「柳ヶ瀬……ええ! 約束よ、必ずあなたの元へとたどり着いて見せるわ!」
「兄さん、すぐに追いつくから、待ってて!」
力強く宣言する亜理紗と真桜。
その二人の言葉を受け、綜も淡く微笑を浮かべた。




