⑨婚約者の交流
今回のグラハーンの訪問は極秘入国だったため、一度帰国し改めて公式にレーヴェールへとやってきた。とはいえ多少着飾って立派な馬車に乗ってきただけで、前回の極秘入国の時のメンツは同じである。どうやら商隊に扮していただけで、皆グラハーンの側近らしい。
グラハーンの歓迎式典が行われ、オフィーリアとの婚約が発表される。両国の平和と友好を願ってレーヴェールの国民はおおむね祝福ムードであった。高位貴族をはじめ庶民の中にも魔法使い至上主義者はいるが、十年の親交により強い肉体に憧れる者も増えている。高魔力者が少ない庶民にしてみたら、高貴な人が魔力バカだろうと筋肉バカだろうとあまり気にしないのかも知れない。
「最近ではわが国でも体格のいい男性の人気が上昇しているようですよ」
「そうなの? 私は押せば倒れそうな深窓のご令息がいいわ」
「まあ、お嬢様。それではいざという時に守ってもらえませんよ」
「愛する人は私が守りましょう」
「ご、ゴホン……!」
オフィーリアと侍女は現在神殿にいた。オフィーリアとグラハーンの婚約式の日どりを決めるために神官が良き日を占っているのだ。季節や星の位置、魔力の流れに神託とありとあらゆる占いの道具を並べての儀式中だ。あまり神を信じていないオフィーリアと侍女は私語が止まらないので、神官が気まずげに咳払いをしている。
「大神官様、良き日は決まりましたか?」
「は、はい、神のお言葉を待っております」
ジャラジャラと並べられた大小様々な魔石に、筮竹のような細い棒が数十本。そして摘みたての花びらや金の羅針盤が置かれている。オフィーリアに使い方は分からないが、道具が多すぎて節操がないように感じてしまった。オフィーリアはこっそりと風魔法を発動して器に盛られた花びらを巻き上げた。
「!? わあっ!」
「あら神のお言葉かしら」
「は、花びらが」
「花びらが四枚と、七枚……。じゃ花月七の日ですわね」
「え? あ、は?」
「はい、では私とグラハーン閣下の婚約式は花の月の七の日に決まりました。王にもご報告しておいて下さいませ。お父様には私が矢文で知らせておきます」
「え? 矢文? は、はい、お願いします……?」
オフィーリアは信心がなさすぎてなんと神の意志を語ってしまった。しかし彼女自身の婚約式の日程なので、勝手に決めたところで神はお怒りにはならないかも知れない。退屈な神事が終わったところで、オフィーリアが家に帰ると父、ジークムントが在宅していた。
「おかえりオフィーリア。婚約式の日どりが決まったのはいいが、なぜか矢文で知らせがきたのだが」
「ただいま戻りました。お父様にはいち早くお知らせすべきと思いまして」
「頭をとりにきていたぞ」
「避けたのですね」
「柱に刺さったぞ」
「まあ。オホホホ」
「神殿から飛ばしたのか? 恐るべき飛距離だな」
「転移魔法の応用で暗殺に使えるかと思いまして。お父様に試しました」
「試したの? 父で? 額に刺さっていたかも知れないのに?」
といつものように親子の交流をし、まだ何か言っている父を放置したオフィーリアは玄関前にある階段を登って自室へと向かった。
(グラハーン閣下に手紙を書きましょう。暗殺にお誘い申し上げなければ)
「まあ、お嬢様、お手紙ですか?」
「ええ、グラハーン閣下をお誘いしようと思って」
「それはいい考えですね! 素敵な便箋と封筒を持ってまいります!」
「ありがとう。さて、記念すべき初めての暗殺はどこがいいかしら」
暗殺は初めてではないが、デートは初めてなのでオフィーリアははりきって候補地から場所を絞り込んだ。
(あまりはじめから策を弄してはかえって良くないかも知れないわ。まずはシンプルに)
初デートでしかも婚約発表したとはいえ、婚約式もまだなのだ。場所は爽やかかつ、健康的なところがいいだろう。オフィーリアは庶民のカップルも出かけるハイキングスポットを調べていた。そこへ手紙の準備をした侍女が戻ってきた。
「そちらは美しいお花もたくさん咲いていて人気スポットですね。しかし最近大型の魔物が確認されて立ち入り禁止になっていたと思いますが」
「それは好都合ね」
「なんでも巨大な猪の魔物が花畑に住み着いたらしくて」
「ジャイアントボアね。お花が好きなのかしら」
侍女の情報を踏まえてオフィーリアは初デートの場所を決めた。魔物洗脳魔法の使い方をおさらいし、周囲の地形も確認、ジャイアントボアの特性を最も生かせそうな場所を選定した。
「花畑にグラハーン殿下とジャイアントボア……」
なんとも相容れないとり合わせだなどと考えながら、オフィーリアはペンを手にとった。
親愛なるグラハーン様
日差しも暖かくなり、レーヴェールとムキムキスタンの繁栄を喜ぶように花が咲き誇っております。先日はあなた様と楽しい時間を過ごせたこと、とても良き思い出となっております。
あなた様とまた新しい記憶を作りたく、共に過ごす時間をいただけませんでしょうか。美しい花畑が有名なサラスレイクの景色をグラハーン様と共に見ることができましたらとても嬉しく思います。
「お嬢様」
スラスラとペンを動かしているオフィーリアに侍女が声をかけた。
「そのお手紙の参考になさっている本はなんですか? 」
「これはばぁやが作ってくれた。『健気な手紙の書き方』です」
「まあ、そうなのですか」
「ええ。これさえあれば定番の乙女チックなお手紙が書けるのです」
(まあ、お嬢様ったら。想いが溢れて言葉にならないのかしら)
参考というかばぁやが考えた文面を丸写しした白々しい手紙なのだが、一応かわいらしいデートのお誘いの手紙が完成した。
「わははっ! まるで手引きでも丸写ししたような手紙だ!」
ここはレーヴェール滞在中のグラハーンに用意された彼の屋敷だ。他国の王族ということもあり、国から用意された立派なものだった。オフィーリアの自宅からもほど近く、便利な立地。美しく整えられた庭に華やかで上品な屋敷。グラハーンには繊細すぎる造りの屋敷だが、彼は別に黄金の御殿でも掘っ立て小屋でも気にしない。王族の癖にどこでも眠れるし割と何でも食べるのだ。
彼のために用意された大型のソファーに座ったグラハーンは、オフィーリアから届けられた手紙を読んで嬉しそうに笑っていた。
「ご機嫌ですね。オフィーリア様からのお誘いですか」
「おお、ソルジ。この手紙はとてもあのオフィーリア殿が本心を綴ったとは思えない! まるで少女雑誌に登場するような白々しい文面だ!」
「グラハーン様、少女雑誌なんか読んだことありましたっけ?」
「以前に訓練所に落ちていたぞ。なにやらか細くキラキラとした男女が、ハッキリと意思表示をせずいつまでもお互いの気持ちを想像して悶えている話だった。なんとももどかしくて、俺がかわりに伝えてやりたかったぞ」
「グラハーン様が入ると、少女趣味の世界観がぶち壊れますね」
グラハーンの乳兄弟で側近のソルジはその距離感が示すように、グラハーンの一番の側近である。口調も砕けたものだし、結構ズケズケ物を言う。しかし彼もまたムキントロストンの戦士であり、脳筋なのだ。
「オフィーリア様からの面会の誘いですか?」
「面会ではない、逢引だ」
「逢引って、婚約者にふさわしい表現ですか? 別に人目を忍ばなくても」
「面会もおかしくないか? なんというのだ……、うーむ」
「あ〜、アレですアレ、デートですよ」
「それだ!」
情緒もクソもない脳筋的な会話も、彼らの間ではいつも通りだ。グラハーンはすぐさま返事として「承知した」とバカでかい字で書いた手紙をオフィーリアに届けさせる。
「グラハーン様、こういう時は返事と共に贈り物をするのでは?」
「たしかに。手紙だけでは味気ないな。では闘牛を四十頭ほど」
「いや、レーヴェールには闘牛ないですよ」
「なんと! どうやって暇をつぶしているのか……。では、闘犬……」
「女性の意見を聞いてみますか」
脳筋は脳筋でもソルジは自身が脳筋大国の脳筋閣下に仕えている脳筋であることを自覚している。女性への細やかな気遣いは苦手であることも分かっているので、ちゃんと助けを求められるのだ。
「そうですね、こういう時はお花やアクセサリーが一般的ではないでしょうか。ご婚約前ということをふまえますと、お花の方がお相手も気を使われなくていいと思います」
ムキントロストンから連れてきた女兵士や女の使用人に聞いてみても「肉」「肉」「酒」「筋肉鍛錬の道具」などとしか言わなかったので、ソルジはレーヴェールから手配してもらった女の使用人に尋ねてみた。これは英断である。
趣味嗜好がロマンティックではないというだけで、別に頑固ではないグラハーンはその助言に素直に従うことにした。
「よし! 花を手配しよう! 俺がオフィーリア殿にふさわしい花を選ぶぞ!」
「え、花屋に任せたほうがよくないですか」
「なにを言う。婚約者の花ひとつ自ら選ばずして、俺が選ばれる道理はない」
「いやぁ、グラハーン様の好きな花って食用ばかりじゃ……」
「目を楽しませるのだろう? 心配するな。見て心癒される花を選ぶ」
己の未知の分野にも闘志を燃やすグラハーンは、すぐさま使用人に命じ花屋を呼び寄せていた。
キングプロテアという花は痩せた水はけのよい土地で育ち、花が咲くまで数年かかるという大変貴重な花である。しかしその花は三十センチにもなるほど大きく、花開いたその姿が太陽や王冠のように迫力があり生命力を感じさせる花である。観賞用としても人気があるとはいえ、儚いものを美しいと感じるレーヴェールでは少々インパクトが強いとも言える。
しかも今、ファンフォンベルク公爵家に届けられたような突然変異のエンペラープロテアとなると、なんかもう花というよりモンスターである。
「でかっ」
公爵家に仕えてウン十年。普段は上品なナイスミドルダンディー執事のモーリスが思わずそんな言葉を漏らすほどだった。
中心部の花の集合体は白く、周囲を囲む尖った包は先端がほんのりと赤く色づいている。単体で見れば淡く美しい色味だがとにかくでかい。そしてアレンジメントされたエンペラープロテアの集合体はもはや恐怖すら覚えた。
「まあ、グラハーン閣下のような迫力のあるお花ですわね。あまりの衝撃に夢に現れそうです」
「おお……。」
バスタブでは? というような陶器に飾られた花束、いや、花の集合体。それは立っているオフィーリアとジークムントと同じくらいの高さがあり、幅はふたり分をゆうに超える。とても手紙のついでの贈り物とは思えない。
オフィーリアはぐったりとしているかわいそうな花屋に多めに手間賃をやり、ねぎらってやるようモーリスに頼んでおく。これを運んでくるのは、魔法で補助していたとしても大変だっただろう。さらには高貴な方からの注文だ。もしも失敗があれば命が危なくなる可能性もある。オフィーリアは哀れな花屋になぜか仲間意識を感じていた。
「閣下はやはり規格外の方のようですね」
「ほらカードがついているぞ。埋もれていて見逃すところだった」
「『あなたのように強く美しい花を選んだ』ぁ……?」
「オッ、オフィーリア声が怖いぞ……っ」
「まあ、閣下には私がこの花のように大きく派手でたくましく見えてらっしゃるのね」
「間違っとらんだろう」
「モーリス、このバスタブをお父様の部屋に運んでおいてくださる?」
「や、やめろっ! なんか視線を感じそうで怖いぞっ!」
ちなみにプロテアは諸外国ではとても人気な美しい花なのだが、レーヴェールでは育てるのに手間のかかる小さめの花の方がよく贈られるのだった。人間とは勝手なものである。




