⑩まずは小手調べ
レバス国立公園。広大な敷地に様々な植物が植えられていて、小型の動物も生息している。そんな場所には時々魔物が迷い込んで来る時がある。そういう場合には公園は立ち入り禁止になり、討伐隊が組織される。今回オフィーリアは前もってジャイアントボアの討伐を請け負う旨を通達しておいた。オフィーリアは高度な魔法の使い手として有名でもあったので、そこはあっさりと了承されたのだった。
そしてオフィーリアとグラハーンの初デート当日。なぜか人力車を引こうとするムキントロストン一行の申し出を断り、魔法で動く馬車で行くことになった。
「馬がいらないとは、何度見ても不思議なものだ」
「馬をつなぐこともあるのですが、今日は素早く移動できるよう魔法を使用いたします」
「あなたが魔法を使うのですか? 疲れはしないものなのだろうか」
「ご心配には及びません。魔力馬車は大変燃費良く設計されておりますのよ」
オフィーリアの魔力と魔力制御能力はレーヴェール正規軍に訓練をつけられるほど高レベルのものだ。こんな小さな魔力馬車に使用したとしても屁でもない。しかし淑女が屁でもないとか言うとはしたないので、魔力馬車の燃費の話をしておいた。オルゴールの馬車のように美しい装飾が施された魔馬車にふたりが乗り込むと、車輪がひとりでに回り出した。魔力制御や行き先の指定はオフィーリアがしたので、御者席に護衛が座るのは念のための人手だ。
「先日は素敵なお花をありがとうございます」
魔馬車内でふたりきりになると、オフィーリアはとりあえず雑談を始めた。喋っていても黙っていても目的地に着くのだ。ならばなるべく暇をつぶした方が移動時間が早く過ぎるというものだ。
「お気に召したのなら嬉しい。あなたのように強く美しい花を選定した」
「まあ……。グラハーン閣下の目には私はあのように映っているのですね」
「ああ。豪華で可憐で鮮烈だ。あなたの美しさは容貌だけにとどまらず、能力性質、すべてが素晴らしい!」
グラハーンが手放しで褒めてくれているのはオフィーリアにも分かったが、その褒め言葉はあまり女性に向けるものではないような気もする。なんというか、新たに手に入れた足の速い馬を褒めるような……。もしくは流行りの装飾がほどこされた馬車を褒めるような。そんな風に感じられた。それほど不快なわけではないが、自分が普段触れている価値観とは違いすぎてオフィーリアは早々に雑談をするのが嫌になった。
口を閉じてにこりと微笑めば、グラハーンもニッカリと笑い返してくる。無理に雑談を挟まずとも不快な顔をせず、快適な空間の維持に協力してくれる姿勢だけば好感が持てるとオフィーリアは考えていた。場所は特に渋滞に巻き込まれることもなく、スムーズに目的地へと到着した。魔馬車での移動は揺れも少ないので、体への負担が少なく快適であった。
「少々狭いが振動が少ないので、病床の者や負傷した者の移動に最適だな。」
「閣下の軍馬のように鍛え上げられたお体では、狭く感じるのでしょうね」
「軍馬とは! なんとも素晴らしい例えだ。ありがたい」
「……」
馬に例えられて喜ぶ人がいるとは思わなかったオフィーリアは思わず首を傾げてしまった。笑顔はなんとか保持していたが。軍人は馬を大切にするし、世界には馬の神様も存在する。軍馬といえば鍛え上げられた美しい筋肉に艷やかな毛並み、これはグラハーンでなくても喜ぶかも知れない。オフィーリアはやはりムキムキの人の気持ちは今ひとつ分からないと思ったのだった。
見渡す限りの広大な緑。レバス国立公園内には森林や湖などありのままの自然を楽しめる場所もあるが、ハイキングコースや花畑など整えられ、気楽に訪れることもできる人気の行楽スポットでもある。子供からお年寄り、家族にカップルどんな人でも楽しめる場所である。とはいえ、一応身分制度があるこの国では貴族ゾーンと庶民ゾーンで分けられており、衝突してトラブルが起きないように配慮はされている。しかし今この公園は閉鎖中である。その理由は花畑にいるジャイアントボアが人を襲う魔物であるからだ。
「なんと美しい……ジャイアントボア!!」
グラハーンは視界を埋め尽くす色とりどりの花よりも彼の三倍はあろうかという魔物に目を奪われていた。花畑にいたのはコロンコロンに太ったまん丸の巨大猪。花畑を荒らすでもなく、純粋にここが気に入って住み着いていたらしい。確かにこの辺りは自然豊かで食料も豊富だろう。
「お花畑が好きなようですわ」
「それはかわいらしい。あなたのように」
「……」
「それに美味そうだな」
「あなたのように」と例えた後に「美味そう」というのは雰囲気によっては性的な嫌がらせを疑われるような発言ではあるが、グラハーンの言葉に性的な意図など微塵もなかった。彼は純粋にジャイアントボアの脂ののりを観察して予想を立てて即座に感想を述べただけだ。
オフィーリアの予定していた暗殺計画は単純なもので、ジャイアントボアにグラハーンを襲わせる、もしうまく運ばなければ洗脳魔法を使用しジャイアントボアをけしかければいいと思っていた。
その時、背後からグラハーンの側近たちが遅れて到着し、口々にジャイアントボアの感想などを述べているが焦っている様子は全くない。なぜか「バーベキュー」「かまどの材料」「野菜はいるのか」など聞こえるが、オフィーリアはその辺りのことは興味がなかった。
洗脳魔法を使用してもいいのだが、オフィーリアは少し試したいことがあった。それは魔力を使うことなく、自分の労力を最小限に目的を達する方法だ。
「グラハーン閣下」
「む?」
オフィーリアは隣に立っているグラハーンの肘あたりにそっと手を当てた。腕を組んでいた彼の腕は服の上からも筋肉の隆起が分かるほどで、がっしりとたくましくそして熱い。そしてオフィーリアが触れた途端少しだけ震えて筋肉に力が入った。
(筋肉量が多いから体温が高いのね。)
「な、なにかなっ?」
「あのジャイアントボアのせいで、この公園でデートできない恋人たちが悲しんでいるようですの」
「ジャイアントボアのせいで? それはまたなぜ」
「国民の中には魔法が使えない者もおりますので」
グラハーンはジャイアントボアごときでデートができない理由が分からなかったらしい。確かに彼にとってはジャイアントボアの危険性はバーベキューの時にこっちにくる煙くらいのものかも知れない。
「それに」
オフィーリアはあまりかわいい仕草が得意ではない。他人に媚びる、もしくは自分の美貌を見せつけることはあってもそれを利用して誰かになにかを頼むことをしたことがないのだ。なのでグラハーンを見上げる目は氷のように冷たく、下町の無法者をもひと睨みで失禁させるような視線だ。しかしオフィーリアは無謀にもグラハーンの体に軽く触れながら上目遣いでおねだりをし、手のひらで転がそうと試みる。これは彼女の乳母が書いた「面倒ごとを殿方に押しつける方法〜番外編〜」である。昨夜この冊子を見つけたオフィーリアはつい読みふけってしまったのだ。
「閣下があれを倒すところを拝見したいですわ」
「……」
いつも返事が早いグラハーンは少々沈黙している。それはオフィーリアのメンチが怖いわけでも、彼女の行いをあざといと感じだけでもない。それはその赤くなった耳を見れば一目瞭然である。
「あ、照れてますね。気持ち悪い」
「本当だ。グラハーン様、きっしょ」
「童貞かよ」
グラハーンの側近たちはヒソヒソしているが、本人には聞こえていないようで突然大声で笑い出した。
「わはははははっ!! 任せろ! あのジャイアントボアをあなたに捧げよう!」
「お気遣いなさらなくて結構です」
「グラハーン様! 丸腰、丸腰っ!!」
オフィーリアにおねだりをされて嬉しくて堪らないという態度を前面に押し出したグラハーンは、爆笑しながらジャイアントボアに向かって走り出して行った。本日はデートのため、彼は帯剣しておらず、荷物から剣を出したソルジが慌てて追いかけている。
警戒してこちらをうかがっていたジャイアントボアだったが、一直線に走り込んでくるグラハーンを敵とみなしたらしく、後ろ足を何度も踏みしめて突進の準備をしていた。双方避けるつもりなど微塵もなく、真正面から激突した。
低く下げたジャイアントボアの鼻先は、ちょうど腰を落としたグラハーンの真正面。グラハーンは助走の勢いを全て乗せて拳を叩き込んだ。体格差としては完全に不利なグラハーンの一撃を鼻に喰らったジャイアントボアは、うめき声をあげて動きを止める。その隙にソルジがグラハーンの剣をジャイアントボアの上方へ投げた。痛みに悶えるジャイアントボアを踏みつけて飛び上がったグラハーンは、その剣を受けとって剣先を下方にいるジャイアントボアに向けそのまま力を乗せて落下した。
「グホッ!」
グラハーンが突き立てた剣は吸い込まれるようにジャイアントボアの首元に刺さった。ジャイアントボアは空気を噴き出すような音を立てた後ピクリとも動かなくなり、その場には花畑の穏やかな雰囲気がとり戻されたのだった。
(ちっ)
まさに瞬殺という言葉がふさわしい。あらかじめジャイアントボア対策を講じていて、訓練でもしてきたかのような迷いなき動き。その動きはオフィーリアからでも見惚れるような洗練された実力のなせる技だった。舌打ちをなんとか我慢したオフィーリアは耳をピクピクと動かしながら、ジャイアントボアに刺さった剣で頸動脈を切断して血抜きをするグラハーンを見ていた。普段から目が鋭いので、睨んでいてもあまりバレない。
(やはりジャイアントボアくらいではグラハーン閣下は仕留められない……。次の手を考えなくては)
ウエストのベルトからチェーンで下げた扇を広げたオフィーリアは、それを優雅に揺らして仰ぎながらグラハーンに微笑みを送る。
「ご要望通り、ジャイアントボアを仕留めた。なんとも脂が乗っていて美味そうな個体だった」
「さようでございますか。さすがはグラハーン閣下です。身のこなしは狩りの神様のようで、見惚れてしました」
「む、……そ、そうか」
ケルヌンノスは鹿の角が生えた狩猟や野生動物、豊穣の神である。なんとも野生的な佇まいがグラハーンにお似合いだと、オフィーリアが褒める(?)とグラハーンがまたモゴモゴと歯切れが悪かった。そしてまた耳か赤い。
「グラハーン様、気持ち悪く照れている場合ではありませんよ。ジャイアントボアをもっと血抜きをしたいので木に吊り下げてくださいますか」
「誰が気持ち悪い。首を切って血を出したぞ」
「オフィーリア様に差し上げるならば、なるべく血を抜いたほうが、臭いも気になりませんでしょう」
「そうか、確かにな」
「……。いいえ、私は結構……」
野外で現地調達の猪バーベキューなど食べるわけがないと言うオフィーリアの言葉を最後まで聞かず、グラハーンと声をかけてきたソルジはジャイアントボアの死骸の方へ歩いて行ってしまった。どうやらバーベキューは決定事項のようだ。
(どうして野営準備を常備しているのかしら)
持ち運びできる椅子とテーブルが設置されて、そこから作業場を眺める。グラハーンと側近たちはそれはそれは手際よくジャイアントボアの血抜きを行い皮をはぎ、肉を解体している。魔物を駆除することもあったオフィーリアはその解体の工程は特に不快でもなかったが、突然始まったバーベキュー大会には疑問を禁じ得ない。ものすごい速さで竈が準備され、解体された肉が鉄の櫛に刺されたり、塊のまま網に乗せられたり調理されている。添えられている野菜やフルーツはおそらく、近くの温室から調達してきたのではないだろうか。この公園内には食べられる植物ゾーンがあった。
「あなたは噛む力も弱そうなので」
グラハーンにとっては粉砕されたような小さく切られた肉が盛られた皿を手ずからオフィーリアの元へ運ぶ。オフィーリアにしてみれば特に違和感のないサイズではあるが。
「まあ、恐れ入ります」
テーブルセットにはクロスがかけられ、ワインやカトラリーも用意されている。そして運ばれた皿にはジャイアントボアの肉だけでなく、野菜やフルーツも美しく盛られていた。とてもあの野生的なバーベキュー調理場で用意されたとは思えない。グラハーンの側近の中にコックが同行していたのが幸運であった。
オフィーリアの好みに合うように合わせてくれたのだろう。それくらいオフィーリアにも推察することができるのだ。グラハーンの皿に盛られた大きな肉の塊を見るだけで胃もたれしつつ、オフィーリアはとりあえず笑顔で初暗殺を終えたのだった。




