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そうだ、ヤッてしまおう  作者: 猫屋


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⑪大型犬はみんな好き


 レーヴェールとムキントロストンの友好の証しであるオフィーリアとグラハーンの婚約式は、王家主導の式典として公布された。王族の結婚式も執り行われる大聖堂で婚約を誓うふたりは、この国の明るい未来の象徴であった。

 グラハーンはムキントロストンの最高位の白の軍服を纏い、それには重そうな勲章やモール、金銀の刺繍がずっしりとあしらわれている。しかしそんな歴戦の勝利の印の装飾をものともせず、ひと目で分かる鍛え上げられた筋肉がなによりも列席者の目を引いた。そしてその隣に立つオフィーリアも長いトレーンのドレスを着用し、王家から贈られたティアラを髪に飾っている。こちらも見る者全ての網膜に焼きつくような、キラキラしい宝石をふんだんに使い大変重そうだ。さらには彼女にもサッシュと勲章がついている。これは国王軍への貢献の褒章として王から与えられたものであった。

 教会そのものが美術品のような細かい彫刻や、歴史的に貴重な絵画や像が飾られている。そして正面に設置された、大聖堂と一体化するような形状のパイプオルガンからは、神の歌声のような音が流れている。


「君は今日も美しい。この教会に立つと女神が降りたかと思うほどだ」

「……」


 目の前の大神官がなにやら誓約やら国同士の条約やら話しているのに、グラハーンはそんなことを言ってきた。オフィーリアは時と場合を考えないグラハーンに不快になるよりも、その誉め言葉がいつもと違うことに気がついた。彼はオフィーリアを誉めているらしい時はいつも強く猛々しいものに例える。それは彼女的には誉め言葉ではないのだが、今日は違った。

 女神に例えるなどどこの国でも使い古された言い回しではあるが、それでもグラハーンはオフィーリアが喜ぶような言葉を選んで褒めてくれたのだろう。そのことに胸を打たれたような気持ちになった自分に、オフィーリアは驚いていた。

 オフィーリアは貸し借りが嫌いな質である。やられたらやり返すし、親切にされたら親切にする。そして自分の喜びそうな言葉で褒めてもらえたなら、同じものを返すべきだと思うのだ。


「グラハーン閣下は……」


 いつもならば野性的だ、ゴリラのようだ、オーガのようだ、筋肉量が常軌を逸している。などそんなことを遠回しに言うのだが今はふさわしくない。グラハーンが喜びそうな褒め言葉、グラハーンが喜びそうな……、直接的な、強いところを褒める……。そう一瞬にして思考を回したものの、彼女の中に直接的な褒め言葉など存在しなかった。


「い、いつも逞しくて、強くていらっしゃいます。私はそんな閣下が……。き、嫌いではありませんことよ」


 言ってみて自分でなんだこれはと思った。オフィーリアは父に「お前は口から生まれてきたのか」と言われるほど口がたつ。口喧嘩で負けたことなどない。それなのに、この醜態はどういうことだ。オフィーリアの動揺を表すように耳がピクピクと動き、そしてほんのりと赤い。そんな様子のオフィーリアを見たグラハーンは、気の抜けたような表情をした後、蕩けるように破顔した。その表情はカーペットにひっくり返る犬猫をみたような。かわいい仕草をした幼児を見るような。まさに「かわいくて仕方がない」といった顔だ。


「天と地の神々の御前において、ムキントロストンの盾たるグラハーン・ブラッドアクス様と、レーベルの高潔なる氷の魔槍ことオフィーリア・ヴィザードリク・フォンフェンベルク様の契りが結ばれました。ここに、両国の揺るぎなき平和と永遠の繁栄が、神々の祝福とともに成立したことを高らかに宣言します」


 式典で新郎新婦に話を聞いてもらえなかった大神官は、さすがの貫禄で婚約式をやりとげた。オフィーリアが式典で私語をするなど親子ともどもいつものことなのだ。

 その後は大聖堂から王城までを馬車でパレードし、国民からも大いに祝福された。婚約式でこれ程大規模なのは国と国の友好の証しであるということと、結婚式はムキントロストンで行うためである。オフィーリアはレーヴェールでは有名人なので、国民がお祭り騒ぎのお祝いムードなのだ。

 そしてこの後、一年間はレーベルで婚約者として、国民に幸せな姿を見せつけるのが役割になるのだった。




 ある日オフィーリアは家族専用のサロンで新聞を読んでいた。


【地下街に巨大黒大蛇(ブラックサーペント)が出現! 上級冒険者が捜索するも依然見つからず!】


 不安を煽るような文字で知らされたのは、王都の地下、古代遺跡を利用した地下水道にある地下街でのニュースである。そこは正式な商店街などではなく、貧民や不法滞在者、または犯罪者などが勝手に住み着いて違法な市場を広げている場所である。王家主導もと、年に何度か摘発されているがなくならないのだ。

 そんな衛生環境も悪く人が密集した場所に魔物が現れれば、餌も隠れ場者も豊富でやりたい放題だ。オフィーリアは次の暗殺(おデート)の場所を決定した。


「最近の私は夜の海のような漆黒の美しい鱗に憧れていますの」

「?」


 ある日の面会……いや、お茶会の日。オフィーリアは早速グラハーンに黒大蛇の皮をおねだりすることにした。グラハーンと密室にいると圧迫感を感じるので東屋にティーセットを準備し、美しく整えられた庭を眺めながら談笑をしていた。グラハーンの手土産のどでかい女神の彫刻はとりあえず庭の噴水に飾られることになった。あまりの存在感に、その彫刻を引き立てる庭造りをするために庭師が頭を抱えている。

 そしてオフィーリアはグラハーンを暗殺(おデート)に誘い出すため、話を切り出したのだ。黒大蛇は人を襲う恐ろしい魔物ではあるが光を受けると深い緑に輝く漆黒の皮が、装飾品として人気なのである。蛇柄と聞くと派手でハードな印象だが、黒大蛇の革は上品な輝きが素晴らしいゴージャスかつ上品なものなのだ。しかしオフィーリアのおねだりはグラハーンには遠回しすぎたようだ。彼の中では黒大蛇に繋がっていない。


「地下街に黒大蛇が現れたというニュースをご存じでしょうか?」

「! ああ! 新聞で読んだ。なるほど、君はその黒大蛇の美しい革が欲しいのだな」


 見るからに疑問符を浮かべた顔をしているグラハーンにオフィーリアがさらにヒントを差し出すと、ようやく先ほどのセリフの意味が分かったようだ。


「ええ。黒大蛇の革といえば神秘的で不思議な魅力がございますわ。でも私はそれよりも閣下が黒大蛇を打ち倒されるお姿を拝見したくて、はしたなくもおねだりをしてしまいました」

「……」


 オフィーリアのセリフは棒読みである。このおねだり法も例によって彼女の乳母が書いた本に記載されていたものである。それでもグラハーンは食い入るようにオフィーリアを見つめ、耳が赤くなっているので問題ないようだ。なんとも安い男である。


「オフィーリア様は、意外とグラハーン様の扱いがお上手ですね」

「ええ、お嬢様は本当におねだり上手で……。うふふ、旦那様の秘蔵のワインも巻き上げてらっしゃいましたよ」

「それはそれは」


 オフィーリアとグラハーンを見守るソルジと侍女は微妙に噛み合わない会話を交わしていた。会話というのはしっかり噛み合っていなくても、なんとなく進むものなのであった。


 地下街は治安が悪く薄暗いものの造り自体は古代遺跡を利用しており、ダンジョンのような不思議な雰囲気の場所なのであった。オフィーリアはローブを纏ってその目立つ外見を隠していたが、洗脳魔法を使って黒大蛇を操る姿は、もう魔王のようだ。


「閣下、黒大蛇をおびき寄せておきましたわ」

「おお、これはご助力かたじけない!」


 誰がどう見てもグラハーンに向かって大蛇をけしかけているのだが、グラハーン当人は全く文句はないようだ。皮を傷つけまいとする気持ちがグラハーンの攻撃に制限をかけるはずだとオフィーリアは考えていた。しかし、グラハーンは黒大蛇の攻撃を難なく避け、持参した槍で目から脳までひと突きで破壊してしまった。


「よし、美しい皮は傷ついていないな!」

「……」


 周囲から様子をうかがっていた住人たちからワッと歓声が上がった。ここに住む者や商売をするものたちも黒大蛇には迷惑していたのだ。オフィーリアはグラハーンの的確な攻撃に思わず感心して言葉を失ってしまった。


(あの大ぶりの槍をなんとも軽々と操って、まるで黒大蛇の動きを読んでらっしゃるような身のこなし……。さらには攻撃目標を確定した時の鋭い目……)


 グラハーンの獲物の急所を見極めた時の鋭い視線。全てを見通してしまうような集中したその様子にオフィーリアはなぜか気分が高揚してしまったようだ。彼女にはない物理攻撃でも、極めた技というのは美しいものなのである。


「オフィーリア殿、ご所望の獲物を打ち倒した。できればあなたからお言葉をいただけると、大変幸せなのだが」

「!?」


 倒した黒大蛇の後始末はプロたちに任せて、グラハーンはオフィーリアの側にきてそんなことを言った。彼らしい直接的な言葉であるが、これはつまり「褒めて褒めて」と言っている。見上げるほどの長身と鍛え上げられた筋肉を纏ったグラハーンのその様子は、まるでボールをとってきた大型犬だ。……耳と激しく揺れる尻尾の幻覚が見える。


「あ、えっと……、グラハーン閣下」

「はい」

「コホン、あなたの迷いなき槍での一閃はとても素晴らしいものでした。まるで稲妻のように逞しくて美しく……思わず見惚れてしまいました」

「なんと! 身に余る光栄だ!」


 うわべ社会では手放しで褒められれば謙遜するものである。しかしこの率直な感想はグラハーンらしいともいえる。オフィーリアはうわべ社会で生きてきた人間ではあるものの、こんなふうに心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、喜びを表現されれば嫌な気などしないというものだ。

 カッと熱くなった耳を自覚しながらもオフィーリアはグラハーンから目が離せない。頬を染めてニッコリと笑うグラハーンにつられて、オフィーリアの口からポロリと言葉がこぼれ出てしまった。


「……とても勇ましかったですわ」

「!?」


 オフィーリアにしては砕けた表現で伝えられた言葉にグラハーンか赤面する。こんな違法な空間で甘酸っぱいやりとりが展開されて、周囲にいる冒険者や犯罪者がどうしていいやらと戸惑っていた。

 ちなみに、意外なことではあるがオフィーリアは犬が好きである。犬には嫌われがちではあるが。


 グラハーンが仕留めた黒大蛇でオフィーリアに贈り物をしてくれると言っていた。オフィーリアとしては特に蛇柄が欲しかったわけではなく、グラハーンを襲わせる目的だったため異論はないが贈り物にも期待はしていなかった。


(鱗の鎧でも作ってくるのでは?)


 グラハーンの好みを考えれば妥当な予想である。黒大蛇の鎧、剣の鞘……。思い浮かぶのは武具ばかりである。しかしそんなオフィーリアの予想は覆された。グラハーンから贈られたのは、ドレスに合わせられるような美しい手袋だった。


「まあ、なんて上品な輝きなのでしょう」

「ああ、とてもきれいだ!」


 オフィーリアは色素の薄い外見をしているので蛇柄や黒など重い素材はあまり身に着けなかったが、手袋は彼女が身に着けても違和感がない上品なデザインに仕上がっていた。


「ありがとうございます。……閣下、私この手袋に合う濃紺のベルベットのドレスを持っていますの。このドレスを着ていけるところへ連れて行ってくださいますか?」

「もちろんだ。そんな美しい君と出かけられるなんて、俺は幸せ者だな」


 これまで自分に似合うと思っていたものとは違う印象の贈り物をもらったオフィーリアは、気分が高揚していた。そしてサラリと素直な誘い文句が出てきたのだ。これは乳母の受け売りではなく、彼女自身の言葉である。


 そして後日出かけた夜会でグラハーンに毒を盛ってみたものの、彼には毒耐性があると新たな発見をしたオフィーリアなのであった。


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