⑫刺激される探究心
ムキントロストンの国民は毒耐性がある。この国の人は魔法が使えないことから、解毒魔法などではなく完全に体質のようだ。世界中の毒が効かないというわけではないだろうが、一般的に暗殺に使われる毒が全く効かなかったのだ。
オフィーリアはムキントロストンの土壌や水を通して、長年摂取してきた物質によって毒耐性体質が育まれた可能性と、神の祝福なような人智を超越した事象の可能性を考えていた。
(とはいえ、毒を試し続けるのは気が進まないわ。だいたい毒殺というのは地味だし)
オフィーリアはどうせ暗殺するなら派手にスカッとするやり方がいいと思った。もはや暗殺の意味すら見失った考えではあるが、そもそも最近のグラハーンとの暗殺にしても当初からの目的が変わってしまっていた。
(この方は何をしたら死ぬのかしら)
「ギャ゛ァ゛ァァァァァッ」
「うるさい!」
人里近くの森に大繁殖したマンドラゴラの駆除に来てみたものの、悲鳴を上げるマンドラゴラの呪いを一喝で跳ね返しているのだが。耳栓をして見守るオフィーリアは、そんなグラハーンの背中を不思議な気持ちで眺めていた。知れば知るほど謎が深まる不思議な人物である。しかし、グラハーンの側近たちも同じ方法でマンドラゴラを抜きまくっているから、これらはムキントロストン人の特性なのかも知れない。
「収穫物はどういたしましょう?」
ソルジなどもはや農家のお手伝い感覚で大量のマンドラゴラを馬車に積んでいる。この危険な作業に全く疑問を抱かない恐るべき人たちであった。
「マンドラゴラは毒性もあるので、公的な機関に寄付いたしましょう。魔法研究所であれば安全に役立ててくれると思います」
「ではそのように手配いたします」
目的はグラハーンにマンドラゴラを引き抜かせることだったが、引抜いたマンドラゴラを放置するわけにもいかない。淑女たるもの暗殺の後始末もきちんとしていかなければ。
「大量発生していたマンドラゴラは全て駆除したな」
「ありがとうございます。グラハーン閣下。住民たちも安心して森に出かけることができるでしょう」
「なに、あなたとハイキングができて嬉しいので気にするな」
「……」
グラハーンは夜会へ行っても茶会へ行っても山へ行っても海へ行っても、どこへ行ってもオフィーリアと一緒で嬉しいと彼女のおねだりを聞いてくれる。いや、おねだりとすら思っていないのかも知れない。オフィーリアが誘導する魔物の住処や、謎の植物の群生地などに嬉々として飛び込んで行くのだから。
「オフィーリア殿と出かけるといつも楽しめる」
「さようでございますか」
そんなふうに全身で喜ばれてしまうと、オフィーリアにはグラハーンが懐きに懐いた大型犬にしか見えなくなっていた。
(魔物討伐は国内最強冒険者を凌ぐ実力、毒や呪いは効かない)
オフィーリアは積み重ねてきた暗殺の結果を纏めていた。なんとも凄まじい内容で、これがレーヴェールの深窓のご令息ならばひとたまりもないだろう。ここはひとつ違うアプローチが必要だと考えた。
オフィーリアとグラハーンが婚約をしてから十ヶ月が経とうとしていた。ムキントロストンへの輿入れの時が近づいてきて、別れを惜しむため王家主催の夜会が開催された。王の姪であるオフィーリアと婚約者のグラハーンはもちろんセットで出席するが、こういう夜会では男性だけの社交の場というのもあるものだ。オフィーリアはグラハーンと離れた時を狙って計画を練っていた。
目が眩むほどの光に溢れた王城のホールは大きな窓があるため、離れた場所からでも煌めいて見えることだろう。金や銀がこれでもかと飾られた部屋には宝石がはめ込まれたシャンデリアが吊り下げられている。レーヴェールは魔力豊富な魔法国家なので、この灯りは魔法によるものである。キラキラと輝き、幻想的な雰囲気を演出していた。
今夜の深いブルーの衣装はお揃いである。グラハーンはムキントロストンの正装にレーヴェール風の刺繍をとり入れ、オフィーリアはレーヴェールの流行のドレスの形にムキントロストン伝統の刺繍を施してあった。まさに友好の証のカップルの装いであった。
「今日も目が眩むほど美しい」
「閣下もとても素敵です」
なんとも直接的な褒め言葉が当たり前になってしまったふたりは、どこから見ても仲睦まじい。誰もが両国の恒久の平和を信じて疑わないほどだ。ホールの雰囲気を作り出す王国楽団の合図で夜会は滞りなく進行された。堅苦しい挨拶やらダンスが済めばあとは各々好きなように楽しんでいる。グラハーンはオフィーリアと過ごしたそうにはしていたものの、男同士のつき合いというものからは逃げられなかったようだ。この国のおえらいさんや大商人などに連行されるように喫煙室へと連れて行かれてしまった。
「手筈は」
「……仰せのとおりにしておりますが……。お嬢様……本当にそんなことをなさるのですか?」
「ええ」
「あの、なぜそんなことを? グラハーン様の愛をお疑いですか?」
オフィーリアの側につき添う侍女が不安そうにしている。今回は夜会のためオフィーリアが動きづらい分、彼女に協力を仰いだのだ。とはいっても、とある人物を廊下に案内するだけだが。依頼内容はオフィーリアからその人物に直接説明してある。
「グラハーン閣下の愛?」
「ええ。グラハーン様は深くお嬢様を愛しておいでです。このように試されなくとも、それは見れば分かりますよ」
「? 私はただ、知りたいのです」
「え?」
「グラハーン閣下はハニートラップにはかかるのかしら? という疑問の答えを」
グラハーンの深い愛についてはオフィーリアにはよく分からなかったが、彼女はどこまですればグラハーンが危機に陥るのか単純に疑問に思うようになっていた。物理最強、謎の毒耐性、呪いを気合で吹っ飛ばす人間の弱点とは? というオフィーリアの知的好奇心が刺激されているのだ。ここで男性がターゲットの場合、古くから行われていた定番の罠に立ち返ったのだ。つまりはハニートラップである。
そんなことを知ってどうするの? は探究者には言っても仕方がない正論である。
なんとか話を早くきり上げたグラハーンは喫煙室から脱出して廊下を歩いていた。ライトアップされた庭を眺めながら、音楽が漏れているホールへと向かう。
(夜の庭もいうのも幻想的だ。こういうものならばオフィーリア殿の審美眼にかなうだろうか)
グラハーン自身は相変わらず脳筋だし大雑把で、繊細な美など分からない。しかし婚約者がどのようなものを好むかを考えるだけの思いやりは持ち合わせていたのだ。そして彼も婚約してからの十ヶ月学んでいた。レーヴェールではどんなものが好まれるのか、どんな言葉で褒めると女性が喜ぶのか。祖国にいる時は考えもしなかったことである。
「突然失礼いたします。ブラッドアクス閣下にご挨拶をさせていただきたくて……」
「!」
たまたま行き合わせただけの招待客だと思い、廊下の道を譲って距離を空けていたグラハーンは突然声をかけられて少々驚いた。ホールで紹介されたでもなくこのような廊下で声をかけてくるなど、通常は起こり得ないことだからだ。しかも相手は女性であった。レーヴェールでは、女性単独で親族でもない男性に声をかけるのは珍しいのではとグラハーンは認識していた。
「……」
「お初にお目にかかります。私は」
女は美しい美貌をこれでもかと前面に出していた。背は高めで肉づきがよくドレスによく映える体格で、本人もそれを自覚していて最も自身を美しく見せるドレスと振る舞いをしている。そしてひと目見れば見惚れるほどの美貌と、余裕のある態度。誰がどう見ても素人ではない。そう、彼女はオフィーリアが報酬を用意して雇った高級娼婦であった。
「やっぱりとても美しい方ですねぇ」
「もちろんよ。彼女は高位の貴族のお相手も務めることができる娼婦よ。美と教養をもつ方なの」
「そんな方がよく引き受けて下さいましたね」
「若返りの魔法をお支払いしたの」
「まあまあ、そうでしたか。それは夢のような魔法ですね」
廊下で出会ったグラハーンと高級娼婦を少し離れたところから見るのはオフィーリアと侍女だ。ふたりは気配と姿を消す魔法を使用しているが、グラハーンにはオフィーリアの魔力を覚えられているのであまり近づけないのだ。娼婦の女性が挨拶をしグラハーンに近寄ろうと一歩近づくと、グラハーンは素早く下がって距離を保っている。
「グラハーン様はお話されないようですね」
「え、ええ」
あの娼婦の女性はオフィーリアから見てもかなり感じのいい女性であった。美しく賢いだけでなく、話しやすくて親しみがあるのだ。それなのにグラハーンの表情は硬く全く口を開かない。オフィーリアはそんなグラハーンの冷たい表情など見たことがなかったので、驚きで胸が騒いだ。
「どうして……? あの方は私の三倍はお胸がありそうなのに……」
「まっ、お嬢様っ!なんてことをおっしゃるのですか!?」
「いえ、でも……」
娼婦は義理堅い人なのか責任が強いのか何度もグラハーンに近づこうと足を進めているが、その度に避けられてなんだが追いかけっこのようにも見える有様になっていた。
(あら? 遊んでらっしゃるの? 追いかけっこをしているようにも見えてしまって……あら、なにかしら、なんだかイライラしてきたような……)
自分で仕掛けたハニートラップだったが、意外にも一番効いたのはオフィーリアにだったようだ。グラハーンはササッと女性を避けると、彼女を見もせずに歩き出してしまった。
「このような場所で誤解を生むような行為は遠慮願いたい。婚約者に疑われたらたまらないからな」
そしてこんな冷たい口調のグラハーンもオフィーリアは知らなかった。
「……」
「お嬢様、グラハーン閣下は他の女性など目にはいらないのですよ」
オフィーリアのハニートラップは失敗に終わったようなのだが、なぜか胸がざわざわする。なんだかよく分からないが、オフィーリアは少し動揺しているようだ。
「さて、あなたの魔力を感じたので追求しなかったが、彼女はオフィーリア殿のご友人かな?」
「!?」
「えっ」
廊下の先にいるかと思っていたグラハーンがいつの間にか曲がり角の直ぐ側まできていて、顔を出してオフィーリアを見ている。この口ぶりだとここにいるのはとっくにバレていたようだ。
「あなたの魔力は匂いとして覚えている。かくれんぼは俺には勝てませんよ」
「グラハーン閣下……」
「閣下もいらしたので私はこれで……。オホホホ」
バートナーが戻ったので侍女はそそくさとその場を後にした。
グラハーンは曲がり角の向こう側隠れるようにしているオフィーリアの手をとって、優しく引き歩き出した。
「こんなところでなにを?」
「あ、いえ。グラハーン閣下にハニートラップを」
「ハニー? ああ、先ほどの女性か」
「ええ、閣下はあらゆる攻撃を跳ね返す最強の武人ということが分かりましたわ。けれど英雄色を好むといいますから」
「なるほど。俺の対処は合格でしたか?」
オフィーリアがグラハーンの命を狙って様々な罠を仕掛けるのは公言していたので、ハニートラップもバレても問題ないのだがオフィーリアなぜか後ろ暗い気持ちになった。
「普段と違う毅然と断る姿に感服いたしました」
「断るも何も。俺にはあなたがいるのだから、他の女性に触れる距離にはいきません」
「そうですか。それとなんというか……」
「?」
あの女性からのボディタッチを避ける素早い動きや冷たい声と表情。いつもと違うグラハーンを見て、オフィーリアは胸のざわざわが収まらないのだ。
「いつもと違うグラハーン閣下が見れて、とても興味深かったです」
「それは困ったな。あなたにはしたくてもできない態度だ」
その時、廊下の向こうから姿を消したはずの侍女の「ギャップ萌えー!」という叫びが聞こえたような気がしたのだが……。まあ、気のせいだろう。
後日、オフィーリアは協力してくれた娼婦に礼と詫びを兼ねて、肌のくすみを消す魔法をかけてあげたとか。




