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そうだ、ヤッてしまおう  作者: 猫屋


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13/14

⑬やはり暗殺は正々堂々


 ここはレーヴェールの国王軍演習地。人里から離れていて、魔物の住む森も近い。そして大規模な破壊魔法を使ったとしても周囲に被害がでないように配慮されている場所だ。つまりは軍の施設がポツンとあるだけのだだっ広い土地である。

 本日の暗殺(おデート)はここで行われる。


「閣下と私が約束を交わしてからほどなく一年になります」


 本日、オフィーリアは国王軍演習の為に作った女性向け騎士服を着用している。銀氷の魔槍と呼ばれた彼女の為にあつらえた青の騎士服は、その冷厳な印象をを引き立てていた。オフィーリア愛用の三叉槍はすでに手にもっており、戦闘体勢である。


「本日は、とても勇ましく麗しい」


 グラハーンの褒め言葉のとおり本日は明らかな戦闘服、そして体から発せられる好戦的な雰囲気がそう物語っているのだ。武人であるグラハーンに言わせればそれは闘気とか剣気とか呼ばれる、そのようものが放たれているのだ。

 オフィーリアは緊張感を醸し出す雰囲気とは裏腹に穏やかに微笑み、いっそ親しげとも言える口調でグラハーンに話しかけた。


「閣下の頑強なご様子を拝見しておりますと、ふと、いかなる所業をもってすればあなたのお命を奪うことができるのかしらと、ささやかな好奇心がくすぐられるのです」

「はははっ! それはよく言われる!」

「ついにはこの手で確かめたいという欲望がわき上がってしまって」

「オフィーリア殿自らとは、光栄だ」

「うふふ」


 物騒なセリフを告げた後、オフィーリアは三叉槍を高く振り上げた。そこには目視できるほど迸る魔力が込められており、空には雷雲が立ち込める。絵面がもう魔王降臨である。


「お手合わせ願います!」

「謹んでお受けする!」


 怒鳴るようなやりとりの後、その場は真っ白な閃光に包まれた。オフィーリアの挨拶代わりの落雷魔法である。落雷は光速で目標に到達する。しかし、雷魔法の場合は色々な要素で予測することができた。グラハーンの場合はオフィーリアの魔力を完全に記憶していること、そして歴戦の戦士の研ぎ澄まされた観察眼での行動予測ができる。それは一般人から見たら未来予知ともいえる能力であった。

 グラハーンが雷魔法の発動を察知した瞬間に雷を寄せる呪(まじな)いをかけた短剣を投げると、空から落ちてこようとしていた雷が全て吸い込まれて行った。オフィーリアの雷魔法は感電範囲が制御されているので、短剣に当たった以外には広がらなかった。そして雷魔法が外れた時にはもうグラハーンはオフィーリアの背後に移動し、彼女の胴に腕を回そうとしていた。初めて暗殺を仕掛けた時の動きそのままである。


「おっ」


 体に触れられては転移魔法は発動できない、けれど触れられる前に慌てて発動したのではほんの数メートしか移動できなかった。オフィーリアは特に慌ててはいなかったが、遠方までの座標を設定することはできずに数回転移を繰り返して消えては現れ距離を稼いだ。

 腕が空振ったグラハーンは間抜けな声を上げつつも、いかにも楽しそうに走ってオフィーリアを追った。


「接近戦ではあなたが不利では!?」

「お気遣い痛み入ります。でも、閣下のお顔が見えないのは寂しいですわ」

「!?」


 追いかけっこをしつつ楽しそうなグラハーンの平静を崩すためか、オフィーリアは軽口を叩いた。そんな軽い言葉でもグラハーンは頬を染めて少しだけ動揺しているので、十分効果はあるようだ。そして隙をついて放たれるのはオフィーリアの得意の氷魔法だ。


「むっ!」

「閣下に全力を注いで差し上げます」


 範囲を絞られてグラハーンに確実に当たるように放たれた氷魔法は、鋭く尖った大小の氷柱が地面と平行に飛んで行く。オフィーリアの全力で放たれた氷は自然界で発生する氷柱とは比べようもないほど硬く、金属の鎧もやすやすと貫通するほどのものだ。しかし、グラハーンはそれを拳で打ち砕く。

 ムキントロストン人の最高の武器は己の肉体だと全国民口を揃えて言うだろう。彼らは雷や炎などの打ち砕きづらい魔法には呪(まじな)いをかけた道具で対応するが、殴って壊せるものの対応は大得意であった。砕かれた氷が空気中に細かく散ってキラキラと美しく輝いている。


「まあ、素敵」

「はははっ! 素晴らしい硬度だ! 骨にヒビが入ったぞっ!」

「うふふ」 


 オフィーリアを守るように展開された氷柱の盾を、ヒビが入ったと言いつつも拳で砕きながらグラハーンは彼女に近づいた。拳を振るうことで少々落ちた移動速度を見逃すはずもなくオフィーリアは三叉槍を構えた。次は炎だ。次々放たれる魔法に後手に回っていたグラハーンがここで先手を奪うべく口を開いた。息を大きく吸い込み、空気を震わせるような声がオフィーリアへと向かって一直線に放たれる。


「容赦のない君が好きだっ!!」

「!?」


 グラハーンのとてつもない気迫か純粋に大声のせいか、オフィーリアの体が硬直し一瞬動きが止まる。そんな隙を見逃すはずもなくグラハーンの猛攻は続いた。


「強くっ、激しくっ、美しい君にっ、心を奪われているっ!!」

「……っ!」

「君に認めてもらえるならっ、俺はなんでも捧げよう」

「くっ……!」


 距離を詰められてオフィーリアは魔法を発動する魔力を練れない。というか、顔を突き合わせての大声の愛の告白に異様に動揺してしまっている。

 慌てて三叉槍を突き出すも、ヒョイヒョイと避けたグラハーンがどんどんと近づいてくる。そして投げつけられる愛の言葉もどんどん追加されていくのだった。


(くっ……! ど、動揺を誘うために言っているのよ……っ! お、落ち着いて……っ)

「オフィーリア」


 オフィーリアによる武器攻撃がグラハーンに通じるわけもなく、オフィーリアはあっさりとグラハーンの腕の中に閉じ込められてしまった。ここまで接近されれば、魔法使いにできることなど限られている。跳ね上がった心臓では正確に魔力を練ることなどできず、オフィーリアは苦し紛れに魔法発動の詠唱を行った。この動揺した状態での短い詠唱でできることといっても、目眩まし程度の魔法を出すくらいではあるがまずは距離をとることが大切である。

 しかし詠唱の気配を感じとったグラハーンが即座にオフィーリアの口を塞いだ。己の唇で。


「!?」


 ただでさえ抱きしめられ硬直したオフィーリアだったが、重なった唇を認識したと同時に三叉槍を手放した。というか彼女の体がビクンッと震えた後、手足が伸び切って手のひらも開いて固まってしまったのだ。

 グラハーンは思わずキスで彼女の口を塞いでしまったが、オフィーリアの震えを感じとっても離れがたく感じてそっと反応をうかがっていた。


(しまった。つい勢いで唇を塞いでしまったが……。嫌がっていないだろうか)

「……」


 オフィーリアは目を見開いて停止している。驚きで思考停止しているようだが、その耳はじわじわと赤みを増しているものの動くことはなかった。オフィーリアの耳が彼女の不快指数に合わせて動くのはグラハーンの知るところだった。そして伝わる鼓動はだんだんと速く強くなっていく。そのオフィーリアの表情以外の動揺具合が愛おしくて、グラハーンの胸も熱くなっていった。

 グラハーンとしてはなんとも離れがたくて、未練がましく少しだけ角度を変えてオフィーリアの唇に吸いついてみたりもするが、オフィーリアがその度にビクビクと震えている。その様子が少しかわいそうなのでそっと唇を離した。


「すまない、あなたの許可なく触れてしまった」

「……」

「あまりにもあなたが魅力的で」

「……」

「怒っているか?」


 グラハーンが謝罪と共にオフィーリアの様子をうかがうが彼女は未だ微動だにしない。あまりにも動かないので、グラハーンがまたもやその唇にチュッと音を立てて吸いついた。そうするとようやくオフィーリアがものすごい勢いで動き出して、扇をとり出し広げ素早く顔を隠してしまった。


「オフィーリア殿」

「……」


 グラハーンがオフィーリアの顔をのぞき込もうとすると、扇を顔に貼りつかせてそっぽを向いてしまう。グラハーンが反対側をのぞき込めばオフィーリアは逆を向くというのを延々と繰り返した。ただ、オフィーリアの真っ赤な耳を見てグラハーンはニヤニヤが抑えきれないようだ。


「俺はあなたにふさわしい男だろうか?」

「……」

「これからももちろん精進を怠らないつもりだ。あなたの側で努力する資格をいただけないか?」

「……しょ、勝負は閣下の勝利です」


 ようやく口を開いたオフィーリアが言ったのは今回の決闘の結果であった。お互い得意な攻撃範囲が違うので、このような直接的な対決をすれば分かりきった結果ともいえるが。


「いいや。遠距離からの攻撃であれば結果は違うはずだ。今回は俺に有利な条件だった」

「いいえ。閣下はどのような距離でも魔法に対応する力と戦略をお持ちの方です」

「それは光栄だ」

「あ、あなたとであれば、私はどのような人生でも安心して歩めることでしょう……」


 途中からグラハーンの限界を知りたくなっていたオフィーリアではあるが、当初の約束も覚えていた。オフィーリアの暗殺から生き延びれば、その実力を認めるという約束だ。扇に隠れたままオフィーリアは、その答えも蚊の鳴くような声で伝えた。


「あなたのかわいらしい顔を見せてくれないか?」

「……」

「いつも通り美しい」


 オフィーリアの顔は相変わらず特に変わってはいなかった。一見隠さなくても問題がないようだが耳は相変わらず真っ赤である。


「……末永くよろしくお願いいたします」

「ああ、 未来永劫君を愛すると誓おう!」

「……ムキムキスタンの神にですか?」

「いいや、君にだ」

「では、私も」

「うむ、愛してると言ってくれると嬉しいが」

「……」

「オフィーリア殿?」

「愛してると」

「……」

「ぜひ」

「……」


 その後もかなりしつこく催促をされたのだが、オフィーリアは家に着くまでずっと無視をしていた。いきなりの口づけから愛の言葉とは、乳母の手引きなしではちょっと対応が難しかったのだ。


 

 

 対決をしなくともふたりは婚約者なので、結婚は決まっていた。しかし納得して嫁ぐのと嫌々嫁ぐのでは心持ちが全く違う。オフィーリアは思う存分グラハーンに暗殺を仕掛け、彼の色々な反応を見てなぜか納得してしまったのだった。筋肉にも慣れたし、物理攻撃でも洗練された戦術は美しいと考えを改めた。そして最近思うのだ。


「お父様はまるで枯れ枝ようで、今にも折れそうですわね」


 グラハーンに慣れてさらには彼に愛着のようなものが湧くと父がやけにか細く感じるのだ。乙女心はなんとも勝手なものである、


「なんだ急に」


 レーヴェールは細身の男性が多く、平均体重も他国と比べて軽めである。父のジークムントはレーヴェールではしっかりと体重がある方で太ってはいないが痩せてもいない。健康的な体型といえるだろう。しかしムキントロストン人のような筋肉は纏っていないのだ。

 父と娘の朝の食卓はいつものように軽やかな会話が飛び交っている。食卓にはパンと卵料理、ベーコンに野菜スープに加えて果物なども用意されている。実に健康的な食事である。これをしっかり食べているジークムントは枯れ枝のようだということはない。


「台風がきた時などは、がっしりとした体格の方が安心ですわね」

「なぜ台風の心配を」


 娘が脈絡もなくおかしなことを言うのはいつものことだが、今日の謎の会話にはジークムントはピーンときた。思いついたと同時にジークムントはニヤニヤと笑みを浮かべる。


「それは、お前がグラハーン閣下に好意を寄せている証拠では?」

「……まあ、なにをおっしゃるのお父様。私の殿方の好みは深窓の……」


 そこでオフィーリアはふと考えた。

 細く儚い様子の美しい美青年。そのような雰囲気の男性がオフィーリアの好みだったはずだ。しかし今、そのような青年を想像してもなんだが湧き上がる感情が違う。


(きちんと食事をとってらっしゃるのか気になるし、私の少しの風魔法で飛んでいってしまいそうとか、落とし穴に落としたら折れてしまいそう)


 そんな心配が先走ってハラハラしてしまうのだ。そこで脳裏に浮かぶのはどんな暴風でも飛びそうにない男の顔だ。彼ならば台風の中でも難なく走り回りオフィーリアに会いに来てくれるだろう。


「ん? ん? どうなのだ? 最近は外出も楽しそうだったが」

「……」

「いっ! いたたたたたたっ」


 オフィーリアは最近習得したものを引き寄せる魔法を使い、父の髭をグイッと引っ張った。ニヤニヤ顔が大変腹立たしかったのだ。


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