⑭あら、筋肉も良きものですのね
ムキムキムキムキ。右を向いてもムキムキ左を向いてもムキムキ。王もムキムキ王妃もムキムキ、参列者もムキムキ。ベールを持ってくれる子供もムキムキ。なるほど国民総ムキムキだな、とオフィーリアは納得した。そしてこの国で最強のムキムキであろう、夫になる人を見上げる。
結婚宣誓の儀式は王城にて王の前で行われた。無骨ではあるものの、重厚で威厳のあるムキントロストン王城。キラキラしい繊細な美を誇るレーヴェール城とは違った迫力がある。そしてその力強い背景に負けない鍛え上げられた肉体、華やかな軍服に身を包んだグラハーンはとても美しかった。オフィーリアが幼い頃から育んできた美的感覚とは違ってはいるが、彼女は確かに夫を美しいと確信していた。
「グラハーン閣下」
「君は次々と美しさを更新するな!」
「……あなたの方こそ」
オフィーリアは銀糸の刺繍が施されたドレスを纏っている。グラハーン自ら用意したというティアラは氷のような銀の光を放っていて、オフィーリアが王から賜った氷冠伯の名にふさわしい。まさに氷の妖精のような彼女が頬を染める姿は、おとぎ話のように幻想的な姿だった。
オフィーリアが嫁いできたムキントロストンはレーヴェールとは全く違う国だった。まずは建物が大きくどっしりとしている。そして国民も皆背が高く体格がいい。さらにはほぼ全員声が大きく活動的であった。
以前はこの騒がしい様子や繊細さのかけらもない街並みを好ましく思っていなかったオフィーリアだが、驚くことに今は全く感じ方が変わっていた。無骨で不躾だと思っていたイメージは、今や大きく包み込まれる感覚が安心感へと変換されている。
王城での結婚の宣誓式は無事に終了し、晴れてふたりは夫婦となった。その後は太陽宮と呼ばれる離宮へと移動して数日の披露宴が行われるのだ。
広く開放的な作りの離宮の窓はすべてとり外され招待客が自由に過ごせるように配慮されている。床には星や空のモチーフが織り込まれた絨毯が敷かれ、席にはクッションがたくさん置かれている。どうやらくつろいでゆったりと過ごせる雰囲気の宴会のようだ。
テーブルにはムキントロストン式の料理だけでなく、レーヴェールで好まれるものもたくさん用意されていた。これだけでムキントロストンの人々はオフィーリアを歓迎し、彼女が安心して過ごせるように心を砕いてくれているのが分かった。
「グラハーン閣下」
いわゆる高砂席のような数段高くなった場所に座ったオフィーリアはグラハーンに寄りかかるようにして声をかけた。席は広々とした二人掛けになっており、ここにも柔らかなクッションがたくさん用意されていた。実これは、折れそうに細いオフィーリアを心配した使用人たちが積み上げたものである。
「オフィーリア、我々は夫婦になったのだ。もっと親しく呼んでくれないか」
「では、……グラディとお呼びしても?」
「!? グラディ? それは初めて言われたな」
グラハーンとしては呼び捨てが妥当かと思っていたのだが、意外な愛称が提案された。オフィーリアは国名や人名を間違えて覚えることも多く、名前というものの捉え方が独特なのかも知れない。グラハーンにグラディというのは幼い印象があり、はっきりいうと似合っていない。その証拠に周囲の側近たちは「ぶっほっ」と酒を噴き出していた。
しかしオフィーリアのおねだりを断る選択肢などないグラハーンは彼女の手をとり笑みを深めた。
「あなただけに呼ばれる名というのは、とても魅力的だ」
「まあ」
(なんか犬の名前みたいっすね。グラディ)
(まあ、本人たちが幸せそうだしな。いいじゃないかグラディ)
(グラハーン様がデレデレしていてキモいっす。グラディ)
(新婚だしな。グラディ)
近くにいる容赦のない幼馴染の側近たちはそんな風にヒソヒソと話していた。しかし新婚のふたりにはそんな周囲の視線は気にならない様子だった。
「私はムキムキスタンの方々を誤解しておりました」
「む? そうか?」
「ええ。体が大きく力が強い方は他者にも優しく、受け入れる度量をお持ちだと実感いたしました」
「まあ、全てそうだとは限らないか、俺はどんな君も受け入れると誓うぞ」
「そうですか。ふふっ」
オフィーリアがかわいらしく笑うなどたいへん珍しいことである。いつもは貼りつけた愛想笑いか、高笑いくらいなものなだが、今日の彼女の微笑みはなんの憂いも裏もない純粋な微笑みだった。それをうっとりと眺めたグラハーンもニッコリと笑う。
レーヴェールとムキントロストンの未来永劫の平和は続くかは分からないが、オフィーリアとグラハーンの幸せな結婚生活はいつまでも続くのではないだろうか。
実はこの結婚式にはオフィーリアの母が参加していた。婚約式はレーヴェールで、結婚式はムキントロストンで行われた。それぞれの式には王の名代として代表者が参加していたのだ。レーヴェールからは王子や王女、もしくは宰相などが参加するものと思われていたが、自身の母がきた時はオフィーリアは驚いた。
なぜならオフィーリアの母は魔法使いとして自由気ままに旅をする、ある意味年中行方不明の人だからだ。
「まあ、お母様がいらしたのですか」
「ええ。久しぶりねオフィーリア。王に直談判して名代をもぎとってまいりましたよ」
オフィーリアの母はレーヴェール歴代最強と言われる魔法使いで国への貢献も素晴らしいものだったが、いかんせん性格が気まますぎた。糸の切れた凧のようにふわふわとどこかへ消えてしまう彼女を心配した王が、なんとかレーヴェールに繋ぎ止めようと兄に押しつけたのではないかと噂されている。幼馴染としての心配半分、国力の低下の心配半分といったところだろうか。
父母の仲は悪くはないがとにかく母がすぐに行方不明になるので、実際のところはオフィーリアにはよく分からなかった。ここでいう「仲が悪くない」とはオフィーリアと父のような関係である。
オフィーリアの母は正装ではあるものの、ボリュームの少ない行動しやすいドレス姿なのが彼女らしい。白銀の髪はオフィーリアとお揃いで、顔も瓜二つといっても差し支えがないほど似ていた。オフィーリアの性格も間違いなく母からの影響が大きいだろう。
「お父様といらしたらよろしいのに」
「うふふ。国境まで追いかけてきてたけど、転移魔法で振り払ったわ」
「まあ。お母様にお会いしたかったのでしょう。お母様人形を作らせて一緒に寝ていましたよ」
「まあ、相変わらず気持ち悪いジークムントね」
「放置するから粘着されるのでは?」
新婚になったオフィーリアは、母がいなくて寂しがる父の気持ちが少し分かったようだ。独身の時は娘に構う父が謎だったが、今なら分かる。父は単純に母がいなくて寂しかったのだろう。だが、オフィーリアの母はひとところに閉じ込めておけるような人物ではないのも家族はわかっていた。
「まあ、お父様に優しいのね、オフィーリア。素晴らしいわ」
「私はもうお父様に構ってあげられませんから」
「そう……、そうね。ジークムントはひとりになってしまったのね。仕方がないから私の外出に連れて行ってあげましょう」
「お父様が国外へ出て大丈夫なのですか?」
「今、転移魔法を二人で発動する研究をしているの」
母は微妙に話が通じないとオフィーリアは思っていた。これも昔からなのでいつものことだ。そして突然行方不明になるのは母的には外出だったようだ。昔などはジークムントが捜索隊を組織したりしていたというのに。開発中の転移魔法など恐ろしいものの実験につき合わされる父を想像したオフィーリアは、少し笑ってしまった。父が母に振り回される様はなぜかたいへん愉快な気持ちになる。公爵がほいほい外国へ出てはまずいと思うが、そこは影武者でも立てるのだろう。
「おめでとう、オフィーリア。私たちのように仲睦まじい夫婦になってね」
「ありがとうございます。お母様。それは遠慮しておきますわ」
「うふふ」
「おほほ」
このような感じであるが、オフィーリア家族は結構仲良しだとそれぞれが感じていた。
ムキントロストンの公爵夫人となったオフィーリアは意外にもこの国の生活に馴染んでいた。魔法の発達していない国とはいえ魔力を使った魔道具などは存在するし、オフィーリア自身が魔法を使えなくなるわけでもない。グラハーンの領地とされる場所はレーヴェールとも近い国境付近で、オフィーリアは基本的にここで生活を送っていた。
公爵邸からそれほど離れていない場所にあるオルクザイン軍駐屯地は、グラハーンの領地を守る軍隊である。そしてその敷地内には訓練所がありそこには│小姓から見習い兵士までの少年少女がいた。オフィーリアはその中から魔法適性をある者を見つけて指導しているのだ。
レーヴェールが脳筋アレルギーであると同じように、ムキントロストンも脳筋至上主義を拗らせている。
「結局最後に信じられるのは筋肉だけだ!」
そう公言する少年少女たちに魔法使いの強さを思い知らせるのがオフィーリアの任務であった。
「あの、奥様。魔法の素晴らしさを教えていただければいいのですが」
「ええ。魔法使いを侮り、将来この子らが酷い目に遭ってはいけませんからね」
「いや、適正者に魔法を使えるようになって欲しいのですが……」
「まずは魔法がどれだけ便利で恐ろしいものか、身をもって教えて差し上げましょう」
教官の説明もそこそこにオフィーリアは、三叉槍をとり出し、全身に吹雪をまとわせた。動きやすいボリュームの少ないドレスのスカートを翻し氷柱を背後に浮遊させたその姿は、もう邪悪としか言いようがない。
「魔女だー!!!!」
「レーヴェールの魔女だぁぁぁ!!!」
「ぎゃぁぁぁぁっ!!」
「まあ、元気な子どもたちですこと」
その姿だけで逃げ惑う子どもたちに見た目が派手な魔法を直撃を避けてお見舞いする。訓練が終わるころには子どもたちは魔法の恐ろしさを魂に刻み込まれていた。
「魔法が使えればこのように派手で面白い訓練ができるのですよ」
「……」
教官ドン引きの中、死屍累々の少年少女の中の数名の目が輝いた。どうやらムキントロストンでも魔法に興味を持った若い世代が育まれていくようだ。
そしてオフィーリア自身も魔法の研究に情熱を燃やしていた。王都と領地を生き来するグラハーンの為に常設できる転送魔法を開発しているのだ。オフィーリアの母は複数人で転移できる魔法を開発しているらしいが、それはかなりリスクが高いのでオフィーリアは魔法陣を使用したものを考えている。転移魔法の失敗でグラハーンが真っ二つになったら嫌だからだ。父ならまあ、母がちゃんと繋げるだろうし……。
公爵家の地下室に魔法陣を描きつつ、転送魔法の構築を考えていると足音が聞こえてきた。これはグラハーンだ。オフィーリアはもうすっかりグラハーンの足音や気配を覚えてしまった。
「オフィーリア!」
「おかえりなさいグラディ」
「ああ! 転移魔法を研究していたのか?」
「ええ。これが完成すればグラディもすぐ帰宅できるでしょう?」
「そうだな。君の側にいられる時間が増えるのは嬉しい」
最近のオフィーリアはずいぶん率直に話すようになった。ムキントロストンでは社交界ですら社交辞令が存在せず、いわゆる脳直集団による率直なおつき合いなのだ。当然トラブルも起きるものの解決は早い。なかなか解決しないものは拳で決着するだけだ。そんな国でいつまでも本音を隠していてもバカらしい。
「さあ、今日はもう休憩にして俺と散歩に行かないか?」
「ええ。よろしいですよ」
「オフィーリアは働きすぎたからな、少しリラックスしてくれ」
「まあ、愛する旦那様のためですもの」
「!?」
オフィーリアはなんでもない会話のように、愛の言葉をサラリと言ってさっさと地下室を出た。ワンテンポ遅れてグラハーンがオフィーリアを追いかける。
「オフィーリア! 今なんと!?」
「あら。そんな初めて聞いたみたいに」
「初めてだぞ!」
「そうでしたか?」
「もう一度! ぜひ」
「こうですか? 愛する旦那様」
「! うぉぉぉ!! 馬で早駆けに行くぞ!」
「まあ、負けませんよ」
「おう!」
こうして馬で爆走するのがこの地の領主夫妻の余暇の過ごし方になっているのだった。
おつきあいありがとうございました。




