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そうだ、ヤッてしまおう  作者: 猫屋


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⑧愛(暗殺)を乞う男


 幸か不幸かオフィーリアは髪を美しく結い上げたばかりなので、ドレスのみ着替えることにした。他国の王族を迎えるには気楽な雰囲気だが、スカートを膨らませる輪状の芯やパニエなどがない動きやすいもを選んだ。これは万が一グラハーンに攻撃された場合に反撃しやすい様にだ。


「閣下とはお会いしたが、お前ほど好戦的ではなかったではないか」

「まあ、お父様。なにをおっしゃいますか、勇猛果敢、戦う姿は戦場の鬼のようだとご評判のグラハーン閣下ですよ」

「カードゲームではお前のほうが鬼のようだった」


 ジークムントはオフィーリアにカードゲームでむしりとられたものをとり返してくれたため、グラハーンに恩義を感じているようで彼の人柄を優しいと認識していた。そしてオフィーリアが言ったグラハーンの戦場での評判も事実ではあるものの、オフィーリア自身もそのとおりとは思っていなかった。確かにグラハーンは大雑把そうではあるが、オフィーリアの安全や健康への気遣いは感じられたし、清潔な服装や香を使うところなどそれほど原始人でもないのか、などと大変失礼な形で見直していた。しかしそれを素直に認めるのはなせか悔しかったのだ。


 応接室へと入るとグラハーンはにこやかに挨拶してをしてきた。てっきり王から出されたオフィーリアの罪状を厳しい顔で読み上げるのかと思っていたファンフォンベルク親子は驚いてしまう。


「またお会いできて嬉しい限りだ」

「!」

(まあ、ムキムキスタンにもお世辞という文明があるのですね)

   

 いきなりオフィーリアに声をかけてきて少々驚いたものの、まあ知らない仲でもないので気さくに接してくれいるのかも知れないとオフィーリアは微笑むだけで答えた。実際は暗殺加害者と被害者なのだが。娘に対してなんとも気恥ずかしい言葉をかけるところを目撃してしまった父、ジークムントはなぜか少々頬を染めながらグラハーンに挨拶をして、無事全員席に着いた。


「勅令というのは建前だけです。オフィーリア殿にお会いするついでに、王から書状を預かってきただけなので」

「そうだったのですか。グラハーン閣下にそのような手間をおかけしまして、誠に申し訳ありません」

「いいえ。こうしてオフィーリア殿にお会いできたので、なんの手間でもありません。レーヴェール王に無理を言った甲斐がありました」

「は、はぁ……。それで書状というのは」

 

 オフィーリアへの隠しもしないアプローチにジークムントはますます頬を染め、なぜか汗をかきながら本題へと促した。このままでは純情中年は熱でも出してしまいそうだ。グラハーンは供もつけずひとりで訪ねてきたので、手に持っていた金箔と国花の浮き彫りがあしらわれた美しい箱をテーブルに置き、中から書状をとり出した。大きな体と太い腕や手でその繊細な箱を優しく開ける姿に、オフィーリアは一瞬見とれてしまった。オフィーリアの罠で落ちる荷馬車から彼女を助けあげた時も、グラハーンはあのような繊細な手つきをしていたと思い出したから。


「婚約に関する書状です。細かな話は国同士で決めてくれるでしょう。こちらは貴家への誓約書です」

「は、いや、しかしオフィーリアはあなたを害しようとした娘です。このまま婚約をするわけには」

「それはレーヴェール王ともお話した。こちらとしては全く問題はない」

「いや、しかし」

「私はオフィーリア殿のような女性が大変好みなので」

「!?」


 ここでジークムントの顔面が真っ赤になり、純情なおじさんは両手で顔を隠してうつむいてしまった。その姿はまるで思春期の乙女のようである。話し相手が照れてしまったので、グラハーンは視線をオフィーリアに向けた。オフィーリアは黙っていたものの、もちろん話はすべて聞いている。


「そういうわけなので、私はあなたと婚約をしたいと希望しています」

「さようでございますか」

「なにか言いたいことがある場合は、遠慮なさらず伝えて欲しい」

「閣下の御心のままに」

「私はあなたの本音が聞きたいと思っている。そしてそれを聞いて傷つくような狭量な男ではないど自負していので遠慮なさらず」


 暗殺までしようとしたのだしグラハーンはオフィーリアの本心は分かってはいるのだろう。しかしそれを口に出せと促してくる。レーヴェールではこんなことを相手に望まれても本音を言うものではないのだが、グラハーンの余裕の笑みにイラついていたオフィーリアは即座に口を開いた。


「閣下は私にはもったいない偉大なお方ですわ」

「本心かな?」

「ええ。南国の国、サーバルの太陽のように人々の体温を上げ、些末な事を気になさらない大らかな心は、底が知れない海のようです」

「その心は?」

「戦場を猪突猛進に駆け抜ける、そんな男性を好む女性は多いことでしょう」

「あなたは?」


 オフィーリアが並べ立てたもはや悪口では? と言えるような一見賛辞に聞こえる皮肉に対して、グラハーンは何度もその真意を問うてくる。意外としつこい男である。そのやりとりにさらにいらだったオフィーリアは、扇を広げ口元を隠しつつついついズバリ言ってしまった。彼女もたいがい短気である。


「私はあなたが全く好みではありません」

「ひぃっ。……酷いなお前……っ」


 悲鳴を上げたのは未だ顔を隠しているジークムントで、オフィーリアは真っ直ぐにグラハーンの目を見て発言した。グラハーンは軽く微笑んだまま微動だにしなかった。そして暫くの沈黙後、ゆっくりと口を開く。


「それは……、少し傷ついたな」

「!?」

「まあ、閣下は意外と繊細な御方なのですね。生まれたての仔猫のようでかわいらしいですわ」

「ははは。やはりあなたは俺の理想の女性のようだ」

「まあ、なんとも稀有で希少なご趣味であらせられますこと。オホホ」

「そうかな。ハハハハッ」


 そういえばオフィーリアの母と出会った当初もこうしてこき下ろされたなぁ、と思い出に浸って涙目のジークムントをよそに、若いふたりは一見和やかに話していた。


「このまま婚約ではあなたの気持ちの落としどころもないだろう」


 暫く談笑した後、グラハーンがそう言い出した。そんな言葉にオフィーリアは内心首をかしげる。


「気持ちの落としどころなど、ご配慮いただかなくても結構です。この度の縁談はムキムキスタンとレーヴェールの和平のための、いわば国事とわきまえております」

「……わきまえてたのに、暗殺しようとしたのか。オフィーリア」

「お父様はお静かに」


 ムキムキの戦士との婚約が嫌すぎて友好国の王族を暗殺しようとしたオフィーリアだが、この縁談が国の未来を担うものであると一応理解はしていた。我慢する気がなかっただけで。だからグラハーンが婚約続行と判断した時点でオフィーリアは表立って拒むことはできないし、罰と思ってとりあえず従おうとは考えていた。しかしグラハーンはオフィーリアの心に配慮しているようだ。


「私はあなたをとても好ましく思っております。ですので、気持ちよくわが国へいらしていただきたい」

「気持ちよく? ムキムキスタンへ?」

「ええ。そのような素敵な愛称で呼んでいただいているのだから、国というより私があなたのお気に召す男であると証明できればいいわけです」

「まあ、閣下は思慮深くていらっしゃるのですね。しかし……」

「私がこの国で過ごす一年の間に、あなたの暗殺から生き残ればその時は私を認めていただきたい!」

「!?」


 グラハーンのとんでもない提案にオフィーリアは目を見開いた。そして彼女の脳裏には、彼の提案に対して喜びに似た思考が駆け巡る。


(えっ、てことは暗殺し放題ということですのっ!?)

「どうかな? 私があなたの暗殺を耐え抜く強い男だと証明できれば、その時は少しは見直していただきたいのだが」

「……魅力的な提案ですわね」


 ふたりの謎の息の合い具合にただひとりドン引きのジークムントを置き去りに、オフィーリアはグラハーンの提案ににこやかに同意した。


「一年間、私の策略から殿下が生き残れば、それはあなたが素晴らしい男性だという証明になるでしょう」

「ああ、必ずや君を幸せにできる男と証明して見せよう」


 不穏な密約のうえで成り立った婚約であるがこの息のあった掛け合い、そして交わされる笑顔を見れば意外と相性がいいのかも知れなかった。

 

 それから両国、両家ともに誓約書が交わされ、婚約式や今後の交流についてスケジュールが組まれる。この辺はオフィーリアの認識通り国事でもあるので、議会に任せておけば良き日程を組んでくれるだろう。さしあたってオフィーリアが準備しなければならないのは、以前王から直接伝えられた内容だ。

 婚約より一年間、グラハーンがレーヴェールに滞在し、その間にオフィーリアとの仲の良さを国民に見せつける、ということだ。


(つまりは暗殺計画(デートコース)を練ればいいというわけですね)

「レーヴェールには素晴らしい観光地がございます。閣下とは様々なところへご一緒したいですわ」

「それは嬉しい。あなたが好む場所を、私も知りたいと思う」


 雰囲気は至って和やか、オフィーリアの父親が頬を染めるほど仲睦まじく見えるふたりだが、その内心は闘志が渦巻いていた。


 その夜、オフィーリアは国内観光地の情報をとり寄せ、計画表を作成していた。彼女はやると決めたらそれがどんなくだらない目的だとしても、地味な準備を楽しんでやる大変真面目な気質でもあった。オフィーリアの侍女もそれに協力して、使用人から聞き込んできた流行などを話していた。


「最近はなんと言っても魔動植物園が人気でしょうね。各地から集められた珍しい動植物を、なんとも迫力のある展示方法で見ることができるそうですよ」

「まあ、そうなの。魔物をわざわざ見に行くなんて物好きね」

「やはり珍しいものは、見てみたいと思うものですよ。貴族や庶民問わず幅広く人気だそうです」

「パンフレットによると、陸の魔物だけではなく海の魔物も展示しているのね。ずいぶん大規模みたい」

「そうですね。近くに宿泊施設もありますし、泊まりがけで数日楽しむようです」


 オフィーリアの手元には魔物動植物園のパンフレットの他に、人気のショッピングモールの案内や市井で流行の商品。ありとあらゆる娯楽の資料があった。まずはデートコースとしておかしくない場所を選定し、各場所で効果的な暗殺法を考える。狙いはグラハーンひとりなのでもちろん他人を巻き込んではいけない。


(こういった施設より狩りなど自然の中の方が仕留めやすいかしら。大規模魔法を放っても大丈夫となると、周囲に人家のない場所……)

「まあ、お嬢様ったら。そんなに熱心に探されて……。閣下とのお出かけが楽しみなんですね」

「ええ。とっても楽しみだわ」

「お嬢様が信頼できるお方が現れて、本当にようございました」


 主人の幸せを喜び涙する侍女をよそに、オフィーリアの頭の中はあの余裕の態度を崩さないグラハーンをどのように暗殺してやろうかという計画でいっぱいであった。


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