⑦ギロチンは絵面が辛すぎる
グラハーンを王に押しつけ自宅に帰宅したオフィーリアは謹慎を申し出つつ、トンネルの舗装工事業者を手配した。
「なに? もう穴があいているのか?」
「はい。土砂も崩れないように硬化して纏めておりますので、作業には硬化解除ができる者を手配してください。トンネルを舗装する素材のリストはこちらに」
「わざわざグラハーン閣下が極秘入国する時に、トンネル工事をひとりで……?」
ジークムントは大変嫌な予感がして怪訝な顔でオフィーリアを見た。突然王城に召喚されグラハーンのカードゲームの相手をさせられ、そしてなぜか娘にケツの毛までむしりとられる勢いで巻きあげられた。グラハーンとオフィーリアの謎の繋がり、不可解な単独トンネル工事。そして自主的な謹慎。その謎を全て繋げる前にオフィーリアがサラッと説明をしてくれた。
「ええ。ムキムキスタンが誇る頑健な肉体をお持ちのグラハーン閣下といえど、竜一頭を埋もれさせる土砂をもってすれば亡き者にできるかと思ったのですが」
「ひぃっ! 暗殺者っ!?」
「単純な肉体の強さはもちろんですが、魔法への対応に慣れていらっしゃる。こちらが無傷ではあの方を害することは不可能であると理解しました」
「おおお、おま、おま、オフィーリア……っ、お前……っ!?」
驚くジークムントの様子も全く意に介さず、オフィーリアはグラハーンのその対応力に感心してした。のんきな様子の彼女であるが、友好国の王族の命を狙えばどうなるか分かっていないわけではない。
「王から処罰が下されるでしょう。もしかしたらグラハーン閣下自らのお手打ちになるかも知れません」
「おっ、おっ、オフィ……っ」
「運よく命拾いしたとしても、辺境の教会に生涯幽閉が妥当でしょうか」
「オフィーリア!!」
「お父様にご迷惑をかけないよう、これまでの私の功績や魔法で取得した特許を材料にして王に交渉いたします。場合によってはムキムキスタンに私の特許物を渡しても構いません」
カードゲームの時の対応ではグラハーンが怒っている様子は全くなかったが、ことがことだけにジークムントは蒼白になり狼狽えている。しかしオフィーリアは淡々と事実を話すばかりだ。娘との温度差に凍えつつも、ジークムントはガッシリと娘の肩に手を置いた。
「お前を見捨てるなどパパがするはずないだろうっ!」
「あら、腰が引けてますわよ。お父様」
「ここここ、怖くなんかないぞっ! よよよよよしっ! 領地に立てこもってムキントロストン軍でもレーヴェール軍でも相手にしてやる!」
「まあ。無理をなさらないでくださいませ」
すでに下半身がガクガクのジークムントだが、これでも国内では名の知れた魔法使いだし彼の領地には手練れの騎士も多くいる。オフィーリアを守る戦いであれば一方的に負けることはないかも知れない。しかしそうなった時、戦場になるのはフォンフェンベルク公爵の領地で犠牲になるのは領民だ。オフィーリアはその選択肢は初めからない。というか、領民を思うなら暗殺など企てるなという話だが……。
「グラハーン閣下自らお手打ちならば、せめて一太刀でも魔法を打ち込んでみせますし、辺境に幽閉ならば遠隔の呪いの研究をいたします」
「なぜそこまで……っ!? グラハーン閣下がそれほど憎いか!?」
「いえ、別に」
「!?」
これほどグラハーンの命を執拗に狙うならばそれ相応の理由があるかと思いきや、オフィーリアは特にグラハーンが憎いわけではなかった。むしろあれだけあからさまに命を狙われて、鷹揚に対応した彼の気の長さに感心したくらいだ。それにムキムキではあるが、汗臭くないしその身体能力の素晴らしさはオフィーリアにも理解できた。なので特に嫌ってはいない。
「ならばなぜ閣下をつけ狙う!」
「あの状況ではあの方の実力の半分も引き出せませんでした。それどころか私の身の安全を気遣われる始末。端的に申し上げまして、その余裕の態度がムカつきましたの」
「おま、お前は、なぜそんなに負けず嫌いなのだ……っ!」
「しかし、ギロチンなどの処刑法ならば困りましたね。閣下に一太刀どころではありませんもの。せめて髪を高く美しく結おうかしら」
「ギロチンッ!? 嫌だ嫌だ! そんなことをさせるわけにはいかない! わが国のギロチンを全て破壊してくれるわっ!」
「お父様、落ち着かないと血管が切れますよ」
と、フォンフェンベルク公爵家が大騒ぎになっている……、というかジークムントが大騒ぎしているその頃、王城でも王が椅子から転げ落ちていた。さすが兄弟、リアクションが大きいのは血統かも知れない。
「あああああ、暗殺……っ!? オフィーリアが……っ!?」
グラハーンは極秘の入国ということで王の個人的な友人を招く部屋に通されていた。豪華な造りではあるが、距離も近く「親しい友人」をもてなす部屋を使うことで、王は彼に好意を示しているのだ。そこでグラハーンが世間話のようなノリでオフィーリアのことを王に伝えた。主に彼女の素晴らしい攻撃力に感服した、と。
「オフィーリア殿には初めてお会いしたが、魔法のキレやタイミングが素晴らしかったです。惜しむらくは実戦経験がないことでしょうが、それを補って余りある技術力をお持ちで更には複数の敵にひとりで対峙する胆力。感服いたしました」
「あわわわっ、こ、これは、我が姪がなんということを……っ!」
暗殺、とはっきりと言われずともこの状況を話されてオフィーリアの目的は明確である。王は驚きで未だ立ち上がらずにいた。
グラハーンは椅子から立ち歩み寄り、王の手をとって立ち上がるのを手伝った。その間も彼の口から発せられるのはオフィーリアへの賛辞だ。建前の国のレーヴェールではこれは嫌味と受けとられる言葉だが、グラハーンは心からオフィーリアの魔法技術を賛美している。
「我がムキントロストンでは不満があれば即座に行動するのが当然のことですので、オフィーリア殿が私に対するご不満を行動で示してくださったことは好意的に捉えております」
「な、なんとまさか……っ」
ここは建前の国レーヴェールなのだから、王もグラハーンによる「どう考えても皮肉の言葉」に合わせて答えなければいけないのだが理解が追いつかない。なぜならグラハーンは真っすぐに王の目を見て話し、そのハキハキとした口調からはなんの含みも感じさせなかったからだ。ムキントロストンのお国柄を考えても、これは彼の本心であると王は察しがついた。しかし「暗殺されかけましたが、怒ってませんよ」と言われたからといって、レーヴェールの王が「はいそうですが」と受け入れるわけにはいかないのだ。ここは誠意の見せどころである。
「グラハーン殿の広い御心に感謝いたします。我が姪の処遇に関しましては、その御心に応えられるよう厳しいものを……」
「それは困る!」
王は正直、あの手に負えない変わり者の姪がかわいかった。彼女の処遇をムキントロストンに任せてしまうと処刑の可能性が高まってしまう。せめて自国で処断することにして、可能であれば軟禁程度で済ませたかった。そこでうまく主導権をとろうとしたが、グラハーンの大声に遮られてしまう。グラハーンは笑顔を浮かべたまま、王の向かいの席に座っていた。
「私はオフィーリア殿になんらかの罰が下ることを望んでおりません。それどころか婚約の話も継続していただかなければ困ります」
「……、婚約のお話はこんなことをしでかしたのですから、当然白紙にと考えておりますが」
「白紙」
王としては当然の考えを伝えたのだが、グラハーンの雰囲気が剣呑なものに変わった。表情はあいかわらずにこやかだが、立ちのぼる殺気が王にも感じられるほどだ。
「なるほど。そうなってしまった時には、いかなる手段を用いてもオフィーリア殿をお迎えしなければなりません」
「なんと」
明らかな威嚇にレーヴェール王ももちろん応戦の構えをとるがグラハーンの言葉の意外さに驚いてしまい、ついその気持ちを言葉に出してしまった。暗殺を仕掛けてきた女を妻にしたいとは、どういうことか。
「それは我が姪の処分をご自分の手でなさりたいということですか?」
そこまでしてオフィーリアを手に入れてどうしたいのか。王の甥としてムキントロストンで国民から人気も高いグラハーンの暗殺未遂犯として、国に連れ帰って大々的に処刑するつもりかと王は予想をつけた。それならば納得の言葉である。グラハーンは先ほどまで発していた殺気を引っ込めて、今度はいたずらっ子のような笑みを浮かべ王の方へ体を傾けた。そしてやや声を潜めて話し出す。まるで内緒話をするかのように。
「レーヴェール王には、私の女性の好みを伝えねばならないようです。少し恥ずかしいのですが」
「……」
この辺で王はこの男の内心が予想できてしまった。強い相手に惹かれるというムキントロストン人。それはなにも肉体的な強さのみならず、心の強さ、意志の強さも評価されるのだ。まあ、筋肉は標準装備なのだがグラハーンがもし、筋肉量よりも精神的な強さを重視するタイプならばオフィーリアほど気の強い女はそうそういないだろう。
「私は子どものころから夢見ていました。私を殺そうとするくらい剛毅な女性を妻にしたいと」
「それは……貴国の勇敢な戦士でも厳しい条件ですな」
レーヴェール王は思わず「変な趣味!」と言いそうになったのを押し殺して、一般的な感想を伝えておいた。ムキントロストンの正規軍にはムキムキの男女がわんさかいるが、その頂点に立ち纏めあげるグラハーンの命を狙う猛者などそうそういないのではないか。ならばオフィーリアは、ようやく見つけたグラハーンの理想の女だということになるが……。
「ええ。今回のご縁をいただき、私は本当に幸運な男です」
「あ、え、いや…、……まあ……そう言っていただけると……」
先ほどは姪を守ろうとしていた王だが、あのオフィーリアをここまで求められると「本当にアレでいいの?」
とグラハーンが心配になってくる。しかしまあ、本人が欲しいと言っているのだ。あまりこき下ろしては失礼になってしまう。これ以上は拒む理由もなく、さらにはレーヴェールからも望んだ婚姻であることからふたりの婚約は結ばれる流れとなった。
王城でそんな流れになっているとは知らずにファンフォンベルク公爵家ではオフィーリアが侍女に髪を結わせていた。侍女の手は震え、涙を流している。そしてその後ろでそれを見守る父、ジークムントもまた悲痛な表情である。
「お父様、トップにボリュームを出し、サイドからネープには編み込みを花のように模してあしらったのですがいかがでしょう。これならば首を隠しておりませんので、髪が崩れて醜い姿にはなりませんわ」
「お前ッ!? なにギロチン用ヘアスタイルを考案しておるのだ! 例え王が見捨てようとも、パパだけは最期までお前の味方だ!」
「念のためですよ。万が一、グラハーン閣下のご意向で私の公開処刑を望まれた場合です」
「だからってお前……! ギロチンはないだろう! ギロチンはっ!? そんな前時代的な!?」
「しかしお父様、ギロチンは死刑囚の苦痛を少しでも軽くするために考案された処刑法ですわよ。恐らく毒よりは苦しくないと想像できますが」
「絵面が辛すぎるだろうっ!? 娘の首、首が……っ!!」
この場には実際死刑に処された者はいないので、どの方法が楽かは誰にも分からない。ファンフォンベルク親子はそんな答えが出ないたとえ話で大盛り上がりだ。このふたりにはよくある光景である。そこへ、少々急いだ様子の家令が声をかけてきた。
「ご歓談中に失礼いたします」
「いいえ、特に楽しくはありませんので」
「オフィーリア! 酷いぞ!」
家令は初老の男性でどんな時も冷静沈着な姿勢を崩さず、公爵家の家のことを統括している紳士である。しかしそのダンディー家令が少々動揺が顔に出てしまっている。よほど予想外のことが起こったようだ。
「王城より勅使がいらっしゃったのですが……」
「分かりました。少々早かったですが、予想どおりなので問題ありません」
「そ、それが……その勅使様が……その」
「どうしたのだ、モーリス。なにか緊急事態か?」
ジークムントと家令のモーリスはもう数十年のつき合いだ。モーリスの普段と違う様子に気がついたジークムントはすぐに詳細を尋ねた。そんなジークムントの言葉にハッとしたモーリスは姿勢を正し、瞬時に心を落ち着けたようだ。
「狼狽えてしまい申し訳ありません。王城からの勅使の方がいらったのですが、勅令をお持ち下さったのが、ムキントロストン王国のグラハーン閣下です。旦那様とお嬢様にお会いしたいと思いです」
「なにっ!?」
「勅令に他国の王族がくるなど聞いたことがありませんが」
「……王がそのようなことを依頼するはずもない。恐らくはグラハーン閣下のご意思だろう」
「なるほど。直接私に引導を渡したいというご意思ですわね。受けて立ちましょう」
「やめろ! 魔力を練るなっ! まずは王の勅令を確認してからだ」
すでに好戦的姿勢を見せるオフィーリアと、きちんと対策を考えている割に膝がガクガクのジークムントは客に対応するための支度にとりかかった。




