⑥龍虎相搏つ、サイコロで
(私としたことが、王城への道を徒歩でこんな脳筋男と歩くなど。魔法使いらしからぬことを……!)
王城へと徒歩できたオフィーリアを見た門番、並びに警備兵は何度見もしていた。そこでオフィーリアはハッと我に返ったのだ。魔法使いたるもの転移魔法でしれっと登場するか浮遊して幻想的に現れるのが定石で、最低でも馬車で汗もかかず移動すべきだ。それをムキムキのバカでかい男と連れ立って、謎の質問攻めにされながら歩き続けるとは。ちなみにこの質問攻めとは、オフィーリアの得意攻撃を聞くなどというわけの分からないものだった。
グラハーンはオフィーリアをエスコートして、その他のムキントロストンの者たちは入国手続きを済ませてから、後ほど王城入りするとのこと。
「さて。突然の訪問なので数日待つことも覚悟している。レーヴェール王にはご迷惑をおかけする」
「グラハーン閣下をお待たせすることなどないと思います。王の準備が整うまでは私の父を召喚魔法にて呼び寄せますので、談話やゲームなどいかがでしょうか」
「あなたの父上か。フォンフェンベルク公爵をお呼び立てするのは恐れ多いな。俺はあなたと親睦を深めたいのだが」
父をあまり尊敬していないオフィーリアの「父を召喚魔法にて呼び寄せる」という雑な表現に、グラハーンは笑いを堪えられないようだ。少々吹き出しながらオフィーリアと過ごしたいと要望してきた。
「私などは殿方のお話相手には力不足でございます。きっと閣下を退屈させてしまいますわ。その点、父はよく喋りますし、つまらない冗談などを常に言っておりますので余興としては面白い人ですよ」
「……っく、そ、そうなのか。父上とは、まあなんというか……っくくっ、仲が良いのかな?」
「特には。よく絡まれるのですが、父の目的は私にはよく分かりません」
言葉だけ聞くと悪口ようだが、父のお勧め具合がなんとなく父娘の仲がいいような気がしてくる。グラハーンはこの国の公爵としてではなく、オフィーリアにこれほどこき下ろされる父に興味を抱いてしまった。
担当の者に待機所へ案内される間、オフィーリアはなんとかお暇しようとグラハーンの手から自分の手を抜きとろうと頑張ったが、努力のかいなく待機のために準備された部屋に着いてしまった。
「そんなに強く手を握られては恥ずかしいですわ」
「むっ、強かったか? 怪我などはしていないだろうか?」
「物理攻撃無効魔法をかけておりますので」
「これは失礼した。あなたに触れる時は、レーヴェール製の繊細なスプーンを持つ時よりも力を抜かなければ」
「わが国のスプーンはそれほど繊細でしょうか」
「うむ、贈り物としていただいたことがあるのだが、スープをひとくち飲むことすら叶わなかった」
「……」
きっとムキントロストンのスプーンは、オフィーリアからしたら金属のお玉のようなものなのだろうと、この隙にグラハーンの手から自分のものを引き抜いた。通された部屋は大切な客を持たせる部屋で、この部屋をあてがわれただけで王がグラハーンを大切にしたいというのが分かる。オフィーリアとしては全てを父に押しつけ、さっさと退散したかった。
「少しおつき合い願えないかな?」
「……誠に残念ですが……」
「ダイスゲームをしよう!」
「!?」
ダイスゲーム、つまりはサイコロを使った賭けごとだが主に兵士や庶民の遊びで、貴族の間では下品で罪深い遊びだとされている。特に信心深い人などには嫌悪されることもある遊びだ。オフィーリアはダイスゲームがどんなものかは知っていたが、実際にやったなとはない。国王軍を鍛えた時に、おっさん兵士がやっているのを背後から指示を出しゲームを操ったことがあるだけだ。この時に「陰のダイス支配者」というあだ名がついたりもした。
グラハーンは懐からダイスをふたつ出してオフィーリアに見せつけた。これは彼らムキントロストン一行が空いた時間を潰したり、旅の中の少ない酒やつまみをとり合うための余興の品である。
「……あいにく、そのような遊びは」
「なにか賭けよう」
「!」
「そうだな……。俺が勝てば少しばかり俺につき合っていただく。オフィーリア殿が勝てばあなたのお好きなように」
「退室の許可をいただけますか?」
「あなたの望みのままにしていただいて結構だ」
とはいえ淑女がダイスの賭け事をするなど下品な行為ではある。オフィーリアは怒ってもいいような提案なのだが、実は彼女は賭けごとが好きだったりするのだ。国王軍の彼女に操られていた兵士は、すってんてん寸前からひとり勝ちまで高低差の激しい遊びを無理矢理楽しまされて白目を剥いていたものだ。
「七か十一が出れば俺の勝ち。それ以外はあなたの勝ちということでどうだろうか?」
「それは不公平ではありませんか」
「こういう時、ムキントロストンの戦士は不利な状況に己を置くことで、己の覚悟と精神力高めるのだ。人は追い詰められてこそ真の力を発揮する」
(なにを言っているのか分からないわ)
たかだかダイス遊びの話で熱く語るグラハーンの言葉を、全く理解できないオフィーリアはとりあえず口角だけあげて聞き流した。正直、彼がなにを言っているか理解不能だったからだ。
「どうぞ。ダイスを調べてくれ」
「これは市販品ですか? なんというか……。閣下がお待ちになるには庶民的な……」
「道中の露店で購入したものだ。野営は退屈な時間が長いので、部下たちと賭けごとをして時を紛らわせていたのだ」
ダイスというのはその存在そのものが運を表しているような遊びだ。もちろんイカサマをやろうと思えばできるが、今回グラハーンが提案したような単純な数あてゲームではかなりできることも限られてしまう。オフィーリアには何も仕込む機会がなかった。しかし彼女は例えあのダイスに細工をすることができたとしても、そんなみみっちい方法で勝ちを得ようとは思わないだろう。なぜならば彼女も生まれからして分かるように、強運の持ち主として自身の勝利を確信しているから。
(堂々と一片の迷いもなく自身の勝利を信じていれば、勝ちはあちらからやってくる)
魔法国家の公爵家の娘として生まれ、その体には溢れんばかりの魔力と魔法の才能を宿している。これを生まれながらの強運といっても差し支えはないだろう。しかし今回、相対するグラハーンも同じことだ。武力国家の王の甥として生まれ、力が全てのお国柄で名声を得られるほどの身体能力。彼もまた、生まれながらの強者である。
グラハーンの大きな手からふたつのダイスが転がり落ちる。そっと落とされたように見えるが、ダイスはぶつかり合い、なんとも絶妙なバランスでテーブルから落ちてしまった。
「あら」
「む、これは失礼した。振りなおしだ」
グラハーンはダイスを拾うとハンカチで拭いてから今度はそれをオフィーリアに手渡した。ダイスを受けとったオフィーリアは先ほどのグラハーンに習って同じように振る。
コン、カツン、コロコロコロ……。
静かな部屋にダイスが転がる音がする。今度はテーブルの端へはいかずもうすぐ止まるかと思われたその時、突然ダイスにヒビが入った。
「!?」
「なんと、破損していたのか」
パキンと高い音を立ててヒビが入ったダイスは割れてしまう。これではまた無効ということにになってしまった。
「ふーむ。よほど我らの勝負に白黒をつけたくないとみえる」
「まあ、閣下もご冗談をおっしゃるのですね。旅の間で摩耗したのでしょう。しかしダイスがなくなってしまっては、仕方がありませんね」
「カードもあるぞ!」
ダイスがなくなっては賭けをすることもできない。あからさまに出口の扉を見るオフィーリアを引き留めるように、グラハーンは今度はカードの束をとり出してきた。オフィーリアはピクリと動きを止める。……実は彼女には闇のカード魔術師というあだ名が……。
「お待ち下さい。さすがにふたりではつまらないでしょう。父を召喚しましょう」
「父上はあなたの使い魔かなにかなのか」
「いやですわ。私は使い魔はもっとかわいらしい魔獣が望ましいです。いでよ、お父様!」
「なんというか、お手軽な呪文だな」
大変気楽に自身の父親を召喚するオフィーリアをグラハーンは興味深げに見ていた。呪文もなんだが適当な感じに思えてしまう。
呼ばれて飛び出たフォンフェンベルク公爵、ジークムントは今まさに上着を着ようとしている格好だった。明らかに準備が整っていない。オフィーリアは先触れを出したりせず、いきなり父を召喚したらしい。
「こら! オフィーリア! いつも突然パパを呼ぶなと言ってあるだろう!」
「大丈夫ですわ。お父様。お父様は準備前も後も変わりませんもの」
「変わるわ! ズボンをはいていなかったらどうするのだ!」
「警備を呼びます」
「酷くないか? 急に呼び出しておいて警備を呼ぶなど……、ん? そちらの御仁は……」
「グラハーン閣下でございます」
上着のボタンを止めてシワを伸ばすジークムントは、側に立つ男に気がついた。見上げるほどのガッシリとした体躯、癖のあるバーガンディの短髪。服装は小綺麗な商人風だが、その醸し出す雰囲気から只者でないとひと目で分かった。
「!? グラハーン殿下っ!? なぜこちらに……っ!」
「突然の訪問になり申し訳ない。まあ、なんというか、未来の妻に会いたくなり、極秘に訪問させていただいたのだ」
「では、お父様。カードをしましょう」
「なに? カード? なにゆえ?」
「こちらにお座りになって」
「オフィーリア? 父にちゃんと説明をしてくれ」
父の問になにひとつ答えず、オフィーリアは父をグラハーンの向かいのソファーに座らせた。
「お初にお目にかかる。非公式な場ゆえ簡単なご挨拶で失礼する」
「いえ、こちらこそ。お会いできて光栄です。グラハーン閣下」
「お父様はリンドレイクの別荘を賭けてくださいね。私、あの美しい別荘が大好きなのです」
「オフィーリア? あそこはパパの隠れ家的なお気に入りの別荘なのだが」
「存じております」
その後、オフィーリアに徹底的に狙われたジークムントは上着、懐中時計、お気に入りの万年筆から別荘に至るまで巻き上げられた。普段は賭けごとにもムキになるグラハーンも、その容赦なさに思わず笑いながら見入ってしまうほどだった。
「オフィーリア……パパはスッテンテンだよ」
「まだお父様の個人経営の店がありますでしょう?」
「く、くくっ、フェンフォンベルク公爵。御息女はなんとも容赦がなく勝負強い方のようだ」
「閣下、そのように父を庇っていただかなくとも結構ですわよ」
「いや、あまりにも……な。くくくっ」
娘に身ぐるみ剥がれしまった父を目の当たりにし気の毒に思ったのか、グラハーンはそれとなくジークムントの味方をしていた。オフィーリアに巻き上げられたものをさりげなくとり返してやっているようだ。普段ならば賭けごとに熱くなり、手心など加えないグラハーンだが、あまりにもかわいそうな存在が目の前にいるとつい手を差し伸べてしまうような優しさも持ち合わせているのだった。それほどにジークムントが哀れだったともいえるが。
ともあれこうして王の謁見の準備が整うまで楽しく時間を潰すことができたのだった。




