⑤トライアンドエラー
【(心の)極秘資料 トレンズト山の麓のカーブを利用した落とし穴の作り方 施工者オフィーリア・ヴィザードリク・フォンフェンベルク】
①トンネル工事の手順を応用し遠隔操作にて崖のあるカーブの場所に、馬車には耐えられない程度の強度の落とし穴を作成。被害拡大を防ぐために馬車が真上に来た瞬間に落下するよう調節。同時に穴が拡大しないよう周辺の地盤を固めておく
②馬車が落下する瞬間に馬車と馬をつなぐ金具を破壊し、御者と馬を解放。
③落下の一瞬の動揺を突きグラハーンへ重力増加を体感する錯覚魔法を使用し、脱出を妨害する。
④施工者は物理攻撃無効の魔法を使用の上、事故に巻き込まれた状況を装う。
なんとも古典的な罠である。馬車ごと落とされてはどうしても反応が遅くなってしまうことを見越しての作戦だ。事はオフィーリアの予想通りに運び、山を下る際のカーブでそれはそれは見事に馬車の車室のみが落下した。落下を知っていたオフィーリアは動揺もなく、素早く車室と御者の乗る部分の接続と馬を繋いでいる金具を破壊する。そして物理的なダメージを防ぐためのものと、グラハーンの動きを鈍らせる魔法をかけようとしたその時、簡素な車室の革製の屋根が吹き飛んだ。
「!?」
「失礼する」
車室はもう落とし穴から滑り落ち、傾きながら斜面を落下している。オフィーリアが掘った穴はそのまま崖に繋がっていた。彼女がグラハーンの声を聞いたのは耳に唇が着こうかという至近距離で、あっと思った次の瞬間には体が浮き上がっていた。魔法など使えるはずもないグラハーンは脚力のみで落ち行く車室から素早く脱出し、オフィーリアを抱えたまま片腕で枝をつかみ、斜面を飛び上がり元の道へと着地した。そこには慌てた様子の側近たちが様子をうかがっていた。
「閣下っ!? だ、大丈夫ですかッ!? オフィーリア様を折ってないですか!?」
「潰していないですかっ!?」
「そんな乱暴に抱えては、バラバラになってしまうのでは……っ!?」
アワアワと行ったり来たりする脳筋たちはどうやらグラハーンよりもオフィーリアを心配していたようだ。グラハーンは子猫を抱くように片腕でオフィーリアを抱き上げていて、その力加減は特に強くはなかった。
(……沈香の香り)
「オフィーリア殿、大事ないか?」
ムキントロストンの男など鼻が曲がるような汗の匂いがするのだろうと思っていたオフィーリアだが、グラハーンは抱えられるように密着しなければ分からないほどほのかな香の香りがした。もちろん不快な香りではない。
「閣下はいい香りがするのですね」
「そうかな? あなたが嫌いでなければいいのだが」
「……。失礼いたしました。不作法なことを申しまして、お恥ずかしい限りです」
「問題ない」
オフィーリアにとっては体ひとつで落ち行く車室から跳躍したことよりも、グラハーンがいい香りがしたことの方が驚きが大きかったようだ。彼女にしては珍しく、子供のように思ったことをすぐに口にしてしまった。恥じ入るように頭を下げたオフィーリアを気にするでもなく、グラハーンは彼女をそっと地面に下ろした。
「タイミング、規模、そして周囲のフォローと全てにおいて完璧な罠だ」
「……さようでございますか」
「特に馬を守ってくれたことは大変ありがたい」
「……馬は好きなのです」
「そうか! 俺もだ!」
この言葉からしてオフィーリアが罠を張ったことは完全にバレている。しかし褒め称えつつもターゲットは仕損じたので、これは皮肉なのだろうか。オフィーリアは次の手を考えてあまり気の利いた言葉が出てこなかった。そこへグラハーンの馬発言だ。実はオフィーリアは馬が好きだった。乗る機会はあまりなかったが、実家にも馬がいるし、兵士の訓練などで触れ合う機会もあったのだ。馬は賢いし優しいし、人によって態度を変えるところがとてもいいと彼女は思っている。
「馬がお好きならば、馬に乗って行こうか」
「閣下のお心のままに。私は縛られての連行でも構いません」
もはや害意があるのは隠しようもないし、二度もグラハーンの命を狙ったのだ。この場で拘束されて辱められながらの帰国でもおかしくない状況である。オフィーリアはどうやらグラハーンを過小評価し、己の力を過大評価していたと反省した。後悔はしていないが、反省をして次につなげる所存である。
「何をおっしゃる」
「閣下がなぜお気に留められないのかは存じませんが、私は二度閣下を攻撃し、失敗いたしました。その結果、勝者に従うのは当然のことでございましょう」
「まあ、あなたの気持も分からないでもない。レーヴェールの高貴な女性は我々のような男は好かないのだろう」
「……」
「しかし、ふふっ、あなたのように直接手を下して抹殺しようとする豪気な女性はいないだろうが」
「豪気……」
豪気だの豪胆だの、そんなゴリラみたいな言葉を褒め言葉にしないで欲しい。オフィーリアの耳はピクピクと苛立たしげに震えている。グラハーンはそんな様子のオフィーリアとは対照的に、上機嫌にも見える。
「しかし、この状況ではあなたの特性は生かせないのでは?」
「は?」
「オフィーリア殿とは戦場で相まみえたことはないが、レーヴェールの魔法使いの連隊の一部はあなたが鍛えたと聞いた」
「はい」
確かにオフィーリアはレーヴェール軍の魔法訓練の指導を行っていた。その功績で王から叙爵されている。とはいっても戦略などは彼女の専門ではないので、指導したのは純粋に魔法技術のみだが。そしてムキントロストンとレーヴェールは合同で軍事訓練を行うこともあったので、グラハーンが知っていてもおかしくはない。
「魔法使い連隊はそれぞれ魔法に癖があって面白い。あれは恐らくは指揮者か指導者の違いなのだろう」
「……」
「規模が大きく精密で、それでいて大胆。そんな素晴らしい魔法使いの指導者はみな銀氷の魔槍を師と仰いでいた」
「……」
オフィーリアの胸に国王軍との訓練の日々が思い出される。あまり美麗な貴族の子息はいなかったが、皆オフィーリアの厳しい訓練についてきてくれたかわいい教え子だ。主におっさんだったが。こんなふうに師と仰いでくれているとは思いもよらなかった。……と、そんな思い出に浸っている場合ではなくオフィーリアははっと我に返る。
「つまりはあなたの本領を発揮するのは大規模な戦闘であり、このような個人の暗殺には不向きということだな」
「……まあ。さようでございますか」
確かにオフィーリアは歴戦の魔法使いに比べると少々精神力が弱い。精神状態が魔法の効果や発動に影響するので対象と距離の近い暗殺は向いていないというのは、グラハーンの考察が当たっているかも知れない。とはいっても、戦場で大人数を吹っ飛ばしたこともないのでなんともいえないが。
なんとか返事を絞り出したオフィーリアではあるが、だからなんだという気持ちが消え去らない。グラハーンは相変わらず堂々とした佇まいで、まっすぐにオフィーリアを見ている。その視線からはごまかしや嘘などは感じられなかった。
「あなたは俺を勝者とおっしゃるが、相手の得意分野で勝ってこそ、真の勝者!」
「……はぁ」
「あなたの不得意な分野で俺が勝利したところで、処断する権利は俺にはないのだ」
「……はぁ……?」
「従って、あなたの得意な大規模魔法の全力攻撃を生き残ってこそ真の勝者といえるだろう。今回のことのような些末なことは旅路のちょっとしたトラブルに過ぎない」
「……」
なんという圧力、なんという脳筋思考、なんという脳内温度。オフィーリアはついに言葉を失い、押し黙ってグラハーンを見つめる。おおらかさとすら表現しにくい発言はもはや彼女からすれば愚かとしか言いようがない。
(昔、ムキムキスタンから輸入された冒険譚の主人公のようだわ)
オフィーリアは隣国の国民の気質を知るために流行りの書籍をとり寄せて読んでみたことがあるのだ。なんとも暑苦しく、なんとも愚直で、なんとも汗臭かった。読み終わった頃には胸焼けがするほどだ。今のグラハーンのように。
(なるほど、私の専門分野でなければ攻撃をされても、攻撃とは認めないと……。この程度では負傷すらしないと侮っていらっしゃるのかしら……?)
オフィーリアの目が鋭くなり、耳がピクンと動く。そして背筋を伸ばした彼女は、口元は微笑んでいるのにもはや睨んでいるといえるような気迫でグラハーンを見つめた。
「閣下はご自分の頑健さに誇りをお持ちなのですね。その燃える炎のような情熱は、真夏の太陽のようで私の目には眩しすぎますわ」
「ははは! そうか。太陽は直視してはいけないぞ。目を痛めるのでな」
「……」
「しかし俺はいくら見つめていただいても、その美しい瞳は傷つかない」
「……まあ、なんとも率直なお言葉ですこと」
暑苦しくて見るに堪えないと言ってやったのに、グラハーンは嫌味をそのまま受けとり猛スピードで打ち返してくる。これ以上の言葉の応酬は無意味とオフィーリアは笑顔で口を閉じた。そうするとグラハーンがそっと手を引いて馬の近くへと誘導する。
「狭苦しくて申し訳ないが、少々ご辛抱いただきたい」
「閣下にお任せいたします」
オフィーリアは「狭苦しくはありません暑苦しいです」とでも言ってやりたかったが、レーヴェールの淑女として我慢した。しかし他国の淑女であれば絶対にしないことを何度もやらかしていることを、オフィーリアは気がついていなかった。そしてグラハーンとオフィーリアを含めた数人は馬で、その他の者たちは荷物を担いでなぜか走って王都へと向かった。
魔法都市として名高いレーヴェールの王都カンターニャ。国民のほとんどが魔法を操り、生活の中にも常に存在する。魔法使い至上主義は貴族の中に多いが、やはり魔力が高いと収入の多い仕事に就きやすいので庶民もその思想寄りになるのは自然なことだった。庶民の学校や職場でも魔力が高いものが褒めたたえられ重用されるのだ。ただここ十年ほどお隣のムキムキ暑苦しい脳筋国とのお付き合いが増え、頑健な肉体に魅力を感じる者も増えてきている。現在はまさに過渡期なのだろう。
「さて、王都入りしてしまったからには、レーヴェール王にご挨拶しないわけにはいかんな」
「そうですわね。恐らくは門の警備兵から王城へ知らせは行っているかと思います」
「だろうな。この国では我らムキントロストン人は目立つな」
確かにムキントロストン人の平均身長は男女ともに百八十センチを越えており、見るからに筋肉量も違う。髪や目、肌の色の違いというより体格が別次元である。対してレーヴェールは小柄で細身の者が多い。
城下町ということもあり、街への出入りは門で確認される。グラハーンは一応、偽装の身分証は用意していたが、オフィーリアと一緒で外見の特徴がムキントロストン人とすれば正体を隠しきれるものでもないだろう。
「私は自宅にて謹慎しております。おって王から沙汰が下ることでしょう」
「謹慎? もしやご家族に無断で外出されたのかな?」
「は? ええ、まぁ、無断ではありますわね」
そもそも暗殺に出かけるのに家族に伝える者がいるのだろうか。オフィーリアはなにを当たり前のことを言っているんだこの脳筋めと視線に乗せてグラハーンを見た。グラハーンは顎に手を当ててなにやら思案している様子だった。
「なるほど。では俺が無理を言ってあなたを呼び出したと王に弁明を申し上げよう」
「なぜでしょうか。私は閣下に呼ばれて会いに伺ったのではありません」
「まあまあ、婚約者となる方をひと目見たかったとでも言えば、レーヴェール王も厳しいことはおっしゃらないだろう」
「……しかし」
「さあ! いざレーヴェール城へ!」
「いえ、あの」
「おおっ! この歩道は光る石畳で舗装されているのだな! 噂に名高い魔法都市カンターニャ名物だ!」
「こちらは魔力を含んだ石を加工しておりますので光るのです。おとぎ話のようだと観光にこられた方にも人気の場所ですね」
「素晴らしい」
決して掴んではいないが、やすやすと抜けない強さで包まれたオフィーリアの手を引いたグラハーンは、ご機嫌に王城への道を歩いて行く。その道は店も多くある大通りで、歩道や馬車道に美しい石畳が敷き詰められている。色とりどりに鈍く光る魔力を含んだ光は、まるで妖精がそこここにいるかのような幻想的な街並みを演出していた。ムキントロストンの戦士であるグラハーンならば、魔法に関わるものや魔力を含んだ建材など無関心かもしくは嫌うだろうと思っていたオフィーリアは少々面食らってしまった。そしてそんなあっけにとられているうちに、王都のメインストリートを男性と手をとり合って歩くという珍しい行動をしてしまったのである。




