④鉄仮面と脳筋の腹芸攻防
グラハーンと話していた場所からレーヴェールの方向へ移動すること数百メートル。山中ということもあり、目視ではお互いの姿は確認できない。ここからなら、転移魔法を使用しながら移動すればさほど時間もかからず帰宅できそうだ。オフィーリアは念の為周囲を警戒した。グラハーンは戦場で魔法使いと対等以上に渡り合う実力者なのだ、少々距離を得たからといって油断していい相手ではない。
(さて、土砂崩れで行方不明になっていただくのは失敗。ならば、次はどうするか。警戒された状況、更には障害物の多い野外での白兵戦はあまり有利ではないかも知れない)
距離を詰められ隙を突いての物理攻撃はオフィーリアにとっても脅威である。物理攻撃無効の魔法はあるものの、精神力の影響を受ける魔法は予想外の攻撃などには効き目が弱くなってしまうことがあるのだ。何より彼女は直接、例えば炎の魔法等で燃やしてしまうよりも、罠にはめて、動けない相手を遠方から眺めるのが好みである。しかし今回は相手が歴戦の戦士だったから念のため直接確認に行ってしまい、こちらの正体もバレてしまった。
(やはり獣には迂闊に近づいてだめね)
精神を集中し、次の目的地の座標を脳内で設定したその時、側の茂みからソルジが姿を現した。
「!?」
「失礼」
あまりに早い特定に少々驚いたオフィーリアだが、このくらいの動揺ならば転移魔法も問題なく発動できる。即座に数百メートル飛ぼうとしたその時、ソルジが大きな平たい円の物体をふたつとり出して彼の前で勢いよく叩き合わせた。グワッシャーン!! という物凄い騒音がオフィーリアの近距離で鳴り、不覚にもよろけるほど驚いてしまった。貴族の踏ん張りでなんとか表情だけは崩さないように頑張ったが、大きな音は彼女の頭の中で反響し一気に心拍数が上がって脳内の座標が霧散してしまった。ソルジが鳴らしたそれ、レーヴェールで売ろうと思って持ってきたシンバルである。
「あなたに触るのが恐ろしいな。拘束なんかしたら、霜のように折れて消えてしまいそうだ」
「!?」
顔は平常通りだが、オフィーリアの目はぐるぐると混乱していた。古典的な音による威嚇だが、いきなり食らわされると防ぐのが難しい。ムキントロストンの戦士は魔法使いを動揺させる戦闘に長けていた。そしてまんまと隙をつかれたオフィーリアの細腰に回されたのは、グラハーンの太い腕である。実は彼は二の腕か手首をつかんで拘束しようと悩んだが、どちらも粉砕してしまいそうで恐ろしく、体の中で一番丈夫そうな胴に腕を回したのだった。なんせ、グラハーンにしてみたらオフィーリアは香の燃えかすくらいの儚さなのだから。
「まあ、お巧言を」
グラハーンは寒い地方で早朝歩けばパキパキと折れてしまう霜に例えたわけなのだが、それはあまり美しい表現ではない。踏んでいるし。しかし儚いという言葉をオフィーリアはまたもや社交辞令、もしくは皮肉と受けとった。何気ない会話ですらかみ合わないふたりだ。
「俺はあなたの魔力の匂いを覚えてしまった。転移魔法ごときの移動では撒くのは不可能だぞ」
「まあ、お鼻がよろしくて、粘り強くていらっしゃるのね。まるで犬神のよう」
「ふっ」
オフィーリアが腹いせに皮肉っぽいことを言っているのは苛ついたように動いている耳からなんとなく推察できるグラハーンだが、彼は犬が好きだししかも犬の神に例えられては嫌な気にもならない。しかしここでオフィーリアが言った犬神は呪いの神として生み出された、卑しくて凶悪な存在である。よくレーヴェールの怪談話に登場する。
「レーヴェールまでお送りいたそう。道中ぜひオフィーリア殿のお話を聞かせていただきたい」
「せっかくのお申し出ですが、私は徒歩はあまり早くありません。転移魔法で先にレーヴェールへ帰国し、閣下をお出迎えいたしますわ」
「いや! ぜひあなたと共に語らいながらレーヴェールへ行きたい。それに誰かに触れられている時は転移魔法は発動できないのだろう?」
「……」
強引で、そして全てを見通すような態度にオフィーリアはついに言葉を詰まらせて、微笑みだけを返してしまった。反論可能な時は必ず言い返す彼女なので、沈黙はもはや手札切れと言ってもいい。ここで強引に攻撃をしても恐らくはお互い無傷では済まない。オフィーリアはこんな男のために怪我を負ってまで刺し違えるつもりは毛頭なかったのだ。この様子ならば今すぐ暴力に訴えるというつもりもなさそうだし、帰国しレーヴェール王から処罰を言い渡された方がいいかも知れない。
「ではご一緒させていただきます」
「簡素だが馬車がある。ここからは道幅も広くなるから乗れるだろう。なにより、あなたが開通したトンネルがあるな」
「それはお心遣いに感激いたします」
「その割には耳が動いているようだが」
野生の勘や空気を読む能力に長けているグラハーンは、彼女の耳の動きが苛つきを表情に出さないためだと気がついてしまった。そのため、ほほ笑んでの礼でさえも内心は違うのだとありありと伝わってしまっていた。
「閣下のお優しい心に感動して」
「なるほど、あなたは見た目と違い豪胆な精神力の持ち主なのだな」
「……豪胆……?」
豪胆、肝が据わっている、度胸があるなどムキントロストンではとてつもない褒め言葉である。それはもちろん女性に向けても同じでムキントロストンの男性のほとんどが心身共に豪胆な女性を好んでいるのだ。なのでグラハーンはここで初めて心からオフィーリアを褒めた。これだけ体格の違う男たちに囲まれ、更には故意に危害を加えたとバレても動揺を表情に出さず皮肉を言い続けられる女。それは豪胆以外の何物でもないのだが、レーヴェールの価値観からすると「あなたはゴリラのように強いですね」と言われたと同義である。ゴリラの良し悪しはひとまず置いておいて、レーヴェールでは女性をゴリラに例えるのは褒め言葉ではない。
オフィーリアの顔から貼りついた笑みが消えた。生まれてこの方、儚い雪の妖精だの朝露の君だの言われてきた彼女は豪胆と言われたのは初めてだった。魔法を駆使し山に大穴開ける女だとしても、彼女は自分を豪胆だとは思っていなかった。
「まあ、過酷な戦場を肉体ひとつで猪突猛進に切り抜けられる闘神に、そんなお言葉をいただけるとは光栄です」
「……」
「まっすぐ突っ込むしか能のない脳筋が何を偉そうにほざいている」と言っているのだろうなぁ、というのはグラハーンにもなんとなく想像できた。しかし周りの部下たちはそのまま受けとり「まあな」みたいな顔をしているが……。ただ彼はすでに殺人光線を出さんばかりな視線を向けているのに、口先だけでは褒めできるような悪口をぶつけてくるこの女にそれほど悪感情は抱かなかった。レーヴェール風味のだから回りくどいが、彼女は一貫してグラハーンに悪口ばかり言ってきている。それが逆に正直な印象すら感じてしまう。まあ、ムキントロストンの人は世界で一二を争う騙されやすい国民性でもあるというのもある(しかしフィジカルが強すぎるため被害が少ない)。なので興味深い視線でマジマジと見てしまった。
「そんなにご覧になられては、女性は恥ずかしいものですわ。閣下が無作法だと勘違いをされてしまいますよ」
「好ましいものはよく見たいものだ」
「……。飾らぬお言葉は大変新鮮で感心したします」
「はははっ」
グラハーンはオフィーリアの魔力の匂いを感じた時に彼女の思考パターンも読みとってしまったのか。「軽薄な言葉にびっくりだ」と言っているのが同時通訳のように伝わってしまった。それは彼女が腹立ちのあまり少々態度が刺々しくなっているせいもあるだろうが。そんなオフィーリアの反応が面白く思わず笑ってしまった。
「腹の探りあいは嫌いな質だったが、あなたのそれは存外面白いな」
「閣下のお考えは私には難しいようでございます」
「ほら、またそのように……、わはははっ!」
突然大声で笑い出したグラハーンに不快になったオフィーリアは、扇を取り出して口元に当てた。本当なら閉じた扇でどついてやりたかったが、それを抑えるためと「黙れ」と態度で表すためだ。ついでに言えば普通に声がでかくてうるさかったのだ。
「優雅だな!」
「おほほほ」
もはや愛想笑い以外話す気にもならないオフィーリアと、上機嫌なグラハーンは連れ立って簡素な馬車へと乗り込んでいった。転移魔法対策としてがっしりと掴まれたウエストの手は放されないまま。
用意された馬車は荷車ともいえるような簡素なものだが、山越えを行うならば簡単にバラせて、手分けして運べるものでなければならないから仕方がない。オフィーリアもそれは知っていたし、特に文句を言う気もない。板に薄く硬い座面を乗せた場所に並んで座った後、グラハーンはオフィーリアのウエストから手を離し、掌を上に向ける。今この時も肩が触れ合うほど密着しているから、もちろん転移魔法は使えない。
「密着するのは不快だろう。もしよければ手を乗せてくれまいか」
「……」
「あなたの手首を掴んで拘束しておくのは恐ろしい。触れた途端儚く崩れてしまいそうだから」
「……お上手ですこと」
確かにオフィーリアが魔法でなんの防御もしていない状態で、グラハーンに思い切り握られたら彼女の華奢な手首は砕けてしまうだろう。オフィーリアは抵抗するのは得策ではないとその大きな手の中へ自身のものを乗せた。
「か細いな」
「さようでございますか」
「ムキントロストンの子どもたちの武術の指南に出向いたことがあるが、あなたのそれは幼児の手首よりも頼りない」
「さようでございますか」
グラハーンは大きな手の中に包みこんだオフィーリアの掌を、撫で回したり強く握ったりはしない。それでも彼の高い体温が伝わってきて、オフィーリアは思わず身じろぎをしてしまう。
「閣下はその御心と同じく、お手もとても熱いのですね。私などは溶けてしまいそうですわ」
「うむ、ムキントロストンの民は体温が高いらしいな。そして気質もとても暑苦しいと。レーヴェールの方とはずいぶん違うようだ」
「そうですわね。レーヴェールの民はそれほど体温は高くないと思います。気質も情熱的ではないといえるでしょう」
「そうだろうか。貴国の方は表面には出さぬだけで強い信念と精神、そして折れぬ心を持っている」
「……、それは」
なんとも直接的な賛辞、更には精神的な強さを讃える言葉。これはレーヴェールでは最上の褒め言葉ではないものの、きっぱりと言い切るグラハーンになぜか不快感は湧いてこなかった。
「……ありがとうございます」
そして思わず素直な礼がオフィーリアの口からこぼれ出た。ずっとストレートに話してくるグラハーンに影響されてしまったのだろうか。そしてグラハーンもそんな彼女の言葉を聞いて、少し驚いてように目を見開いている。
そうなのだ。レーヴェールの魔法使いは表面的にはスカしているように見えても陰では努力を欠かさないし、狙った敵は絶対に諦めない。精神的にも強くしつこく粘り強い。もちろんオフィーリアも。
グラハーンに密着してては転移魔法は使えない。お互い名乗ってしまい、更にはグラハーンの側近にオフィーリアを確認されてしまっているので、一般人として暗殺するのは不可能だ。随行者もろとも皆殺しにするような雑なやり方はオフィーリアの好みではない。ならばここからレーヴェール城に到着するまでにできること。誰かに密着される状態で転移魔法は使えないが、その他の魔法で小規模なものであれば問題なく使用できる。
魔力を匂いという状態で鼻から吸い込んで感知しているグラハーンには遠距離であればあるほど察知しづらく、さらには匂いの本体が隣にいるならば発生源の特定が難しい。
オフィーリアはグラハーンの横でしおらしく装いながら、遠隔で魔法を行使していた。馬車の進行方向、山道も終わりに差しかかった最後のカーブ。そこを越えれば後は広い街道へと繋がる場所だ。そこの土を緩めておき、馬車のような重いものが通った時に崩れるように仕掛ける。
(私が同乗した馬車もろとも事故にあえば、まさか私の策略とは思わないでしょう)
グラハーンと直接やり合って怪我をするのは嫌だが、自身を巻き込みもろとも作戦を遂行するのは戸惑いがない。オフィーリアはそんな思考の持ち主だった。




