③オフィーリアのわくわくトンネル工事
グラハーン・ブラッドアクス、二十五歳。身長は見上げるほど高く、着衣の上からでも鍛え上げられた肉体を確認できる。癖のあるバーガンディの髪はまるで怒った神のように見え、戦場ではその嵐のような活躍から赫怒の戦神と恐れられていた。
(なるほど、確かに無駄に体の大きな方でした)
オフィーリアは気配を消す魔法を発動しながら、先ほど話しかけた商隊をこっそりと窺っていた。商隊を装っているが、ムキムキなのはともかくとして(ムキントロストンは商人もムキムキなのは常識である)あの一番体格のいい男の立ち振る舞い、堂々としたもの言いは身分のあるものに違いないとオフィーリアは確信していた。そして個人的なツテを使って調べた「グラハーン殿下極秘入国」という情報。男の特徴もグラハーン・ブラッドアックスと一致する。
オフィーリアがなぜわざわざ商隊に扮したグラハーンと接触したかというと、ターゲットを確認するためである。今回、彼女は婚約者にしたくない男を儚くするために、トンネル工事を装って単独行動している。彼女の父などはずっと疑いの目で見てきて、外出するたびに後をつけてきて撒くのに苦労したものだ。しかしそんな苦労も全くおくびに出さす、オフィーリアはしれっとトレンズト山へ到着した。
(狙うはグラハーン閣下ただひとり)
今回、トンネル工事の時に偶発的に発生した土砂崩れに運悪く巻き込まれた商隊の中の一名死亡。というシナリオをオフィーリアは用意している。国賓としてレーヴェールへ招かれているグラハーンを狙うのはなかなか面倒だが、向こうから身分偽証してくれているのだ。オフィーリアにとっては有利な状況といえるだろう。自己の責任を問われたとしても、それは巻き込まれた一般人への補償ということになるからだ。
先ほど挨拶をした時に悟られないように魔力の目印をつけておいた。このオフィーリアのシグネチャを目指して土砂が滑り落ちるという計画だ。
【トレンズト山トンネル開通工事手順 計画、施工者:オフィーリア・ヴィザードリク・フォンフェンベルク】
①魔力の網を山全体に張り巡らせを探索魔法を使って地中の様子や固さなどを調べる。
②張り巡らせた網の中でトンネルを掘る位置を確定する。そしてその場所へ地盤を固める魔法を使用し目的以外の崩壊を防ぐ。
③魔力の網に沿ってトンネルとして掘削する場所を音波振動により土を緩め、魔法の効果を高める。
④風魔法に回転を加えトンネル開通予定地に展開、一気に開通する。
⑤その際発生した土砂は前もってシグネチャをつけておいた場所へ積み、土砂崩れを防ぐために硬化しておく。
「十一時ちょうど。トンネル工事にとりかかります」
ひとりそう宣言したオフィーリアはトンネル開通工事に着手した。
彼女の魔法はまさに国王軍一個大隊に相当すると言われている。レーヴェールの国王軍大隊はおおよそ五百〜八百人からなる。彼女の魔法による働きはそれに相当すると王に認められているのだ。大規模な魔法はオフィーリアの得意とするところで、工事手順に沿ってトレンズト山の保護すべき場所を固め、掘削部分の土を緩めた。そして天に伸ばしたオフィーリアの手には白銀の三叉槍が召喚される。一撃で山に穴を開けるために魔法の威力を倍増するための媒介として、長年魔力を通して使い込まれたオフィーリア愛用の三叉槍である。彼女の通り名の元になった武器だ。そして激しくひねりを加えた突きを放ちながらの風魔法を発動し、見事トレンズト山下方を貫通する一撃を放った。
「グラハーン様!」
「!?」
ここ最近の悪天候は調査済みで、雨で緩んだ土の地滑りは警戒していた。しかしムキントロストン一行の目の前に現れたのはまるで鉄砲水。浮き上がる勢いで滑り落ちてくる土砂は一直線にグラハーンに向かってきた。
「総員、退避!!」
「閣下……!!」
その土砂の動きから何らかの作為的なものを感じたグラハーンは、側にいたふたりを突き飛ばすようにして自身から放した。この場で狙われる可能性がもっとも高いのは自分であると自覚しているからだ。土砂の流れに巻き込まれないように横に逃げるのが定石ではあるが、両サイドには先ほど突き飛ばした仲間がいる。それに仮に自分を狙っている攻撃の場合、自分が動けば追いかけてくる可能性があるとグラハーンは判断した。
「閣下っ!!」
その時、土砂がグラハーンを包み込む一瞬前、横から仲間の男が大きな盾を投げ渡してきた。それは一般的な男性ならばすっぽり隠してしまうほどの大盾ではあるが、土砂に対してそんな盾一本では太刀打ちなどできるはずもない。普通ならば。グラハーンが盾を受け取った同時に轟音と共に彼の姿が土砂に包みこまれていった。
「ターゲットの喪失確認。土砂の硬化」
オフィーリアはわざわざ用意した双眼鏡で土砂崩れの行き先を確認し、これ以上被害が広がらないように土砂を固定した。自然災害の土砂の動きとしては不自然ではあるが、こんな非常事態に専門家でもなければ判断はつかないだろう。
「さて、被害の確認に行きましょう」
オフィーリアは素早くムキントロストン一行の元へと移動した。
「もしもし」
「あなたは、先ほどの」
オフィーリアがムキントロストン一行のところへたどり着いた時、彼らは驚くほど落ち着いていた。ムキントロストンの王族が土砂崩れに巻き込まれたにしては、慌てる様子が全くないことに、オフィーリアは内心首を傾げていた。
(慌てていない……? ムキムキ過ぎて仲間にも嫌われていたのかしら)
「地滑りがあったようですが、お怪我をされておりませんか」
「ええ、大丈夫ですよ」
「?」
答えた男は人あたりのいい顔をしているが、やはり彼もムキムキである。そんな彼は怪我人はいないと答えていた。仮にグラハーンが死亡していて怪我をした者がいないとしても、そんな言い方をするだろうか。
「……あの……?」
オフィーリアが口を開こうとしたその時、こんもりと盛り上がって硬化した土砂が噴出する温泉のように上空へ打ち上げられた。今、その土砂はオフィーリアの硬化魔法によって岩石ほどの硬度になっているはずなのだが。
「!?」
「思ったより時間かかりましたね。グラハーン様、鍛錬が足りないのでは?」
「はははっ! ここの地盤が硬いのは土地柄か? 異様に硬かったのだが!?」
「言い訳ですか。ダサいです、グラハーン様」
盾を回転するようにして内側から土砂を破壊して現れたのは、赤い髪の大男。オフィーリアのターゲットのグラハーンである。そして彼が跳ね飛ばした土砂はほとんどが真上に打ち上げられ、誰もいない場所に落とされていた。オフィーリアの方向に飛んできた少量の石粒は先ほどから話していた人当たりのいい男が、手に持った鞄で打ち落としていた。そんなことをしてもらわずとも、オフィーリアは防ぐことはできたが。
「盾のおかげで服はあまり汚れなかったぞ、ありがとうソルジ」
「レーヴェールではどうせ売れなかったでしょうし」
オフィーリアより縦も横も大きな盾をゾルジと呼ばれた男に渡しながら、グラハーンは彼女へと視線を向けた。
「君は先ほど出会った、儚い君……香炉灰のような……」
「香炉灰?」
「いや、触れれば崩れそうな佇まいだと思ったものでな!」
「まあ」
香炉灰、香を安定させるために香炉に入っている灰だが、言わずと知れた燃えかすである。完全なる悪口っぽいその言葉だが、儚いとか触れなば崩れそうとか言われたらレーヴェールの女性は褒め言葉と受けとってしまう。言う方も言う方だが、それを喜ぶ方もどうかしている。
「ところで、君はどうしてここに? レーヴェールへ帰国したのでは?」
「いえ、土砂崩れを目撃しましたので、皆様がご無事か心配で戻ってまいりました。私は魔法で怪我の治療もできますので」
「ほう」
オフィーリアはとりあえず善意で戻ってきたということにして、敵意を隠すことにした。彼女が狙うのは決闘ではなく、暗殺なのだから。
「怪我の治療ができるとはかなりの魔法の使い手とお見受けする。更には災害現場でも動揺しない胆力と、単独行動。我らは魔力というものは持ち得ていませんが、きっとあなたは高名な魔法使いなのでしょう」
「とんでもないことでございます。私はただ、少しでも皆様の助けになれれば、と」
「なるほど。なんと高潔な精神。……ところで、話はかわりますが」
「はい」
グラハーンはオフィーリアと向き合い、腕組みをして彼女をじっと見つめる。その視線は駆け引きや嘘など通じないというような、人の内心を見抜くような視線であった。建前社会で育ったオフィーリアにしたら、ずいぶん不躾な視線である。
「我らはレーヴェール人のように魔力を感じることはありませんが、それでもなんとなく匂いに似た感覚で嗅ぎ分けることができるのです」
「……! それはなんともプリミティブな能力ですね」
「プリミティブ!?」
「とても素朴で力強い、人間本来の力を生かした能力ですわね」
「なるほど、お褒めいただき光栄ですな」
魔力を匂いとして嗅ぎ分けるなんてまるで野良犬のようで原始的な能力ですね、とオフィーリアは伝えたかったのだが、なぜかグラハーンには喜ばれてしまった。このように、両国のコミュニケーションには少々のズレがあるようだ。まあ、しかしグラハーンは喜びこの場で揉め事にもなっていないのだから問題はないのかも知れない。
「それで俺の体からあなたの香りがする」
「まあ、それは独特な言い回しですわね。あらぬ誤解を生んでしまいそうですわ」
「こういうのを、魔法使いたちはどう言っていましたかな、たしか……シグネチャ、とか」
グラハーンの言葉と共に、オフィーリアは物理攻撃防御の魔法を発動し、彼の部下たちは一斉に武器をとり出した。短剣、薙刀状の刃物など、多種多様な刃物がオフィーリアを囲む。そんな状況にも関わらず、表情ひとつ変えずにオフィーリアはグラハーンに視線を向ける。決して睨まず、かといって媚びることもせずいつもの彼女の表情だ。
「これは素晴らしい反応速度だ。さて、どうするか」
「そうですわね。魔力の通らない武器ではこの防護壁を通り抜けることはできないでしょう」
「ならば、あなたの魔力が切れるまで根比べといくか! わが国の戦士たちは過酷な持久戦にも耐えうる心身を有している」
「この程度の単発魔法であれば、一か月は継続可能ですわよ。それまでずっと武器を構えていらっしゃるの?」
「それは素晴らしい魔力量だ」
「恐れ入ります」
グラハーンの部下たちは彼の指示待ちのようで、武器を突きつけたまま微動だにしない。そんな中、グラハーンだけはニヤニヤと好奇心丸出しの笑みを浮かべ、オフィーリアを観察していた。
「驚くほどの魔力量に、トンネル工事をひとりでやってのけてしまう魔法技術。目を貫かんばかりに光を放つ白銀の髪。オフィーリア・ヴィザードリク・フォンフェンベルク様と推察するが」
「まぁ、そのような観察眼をお持ちとは、思いいたっておりませんでしたわ。失礼いたしました」
オフィーリアはスカートの裾をつまんで浅く素早く礼をした。これは深く長くするほど相手に敬意を払っているとされる挨拶ではあるが、それはあくまでレーヴェールの常識でありムキントロストンでは女性も大変活動的なので短い挨拶は全く問題がない。そしてグラハーン初め、ムキントロストンの人たちは普通に観察眼を褒められたとしか思っていなかった。つまりはオフィーリアの嫌味はなにひとつ通じていないのだ。
「改めまして、オフィーリア・ヴィザードリク・フォンフェンベルクでございます。殿下が極秘入国されるとの情報を手にいれ、誰よりも早くお出迎えをと参った次第でございます」
「なんと! わざわざ俺を出迎えに!」
「ええ、それで私の得意の風魔法を見ていただきたくて、張り切ってしまいました」
「ほう、わざわざ俺にシグネチャをつけて、確実に体験できるようにと配慮してくださったのだな」
「さようでございます」
もはや狐と狸の化かし合いですらない。オフィーリアは身元どころかわざと土砂をグラハーンに当てたとバレているし、グラハーンはそれを分かっても部下に攻撃命令を出さすニヤニヤと笑っているのだ。
「やはり、情報管理を見直すべきですね」
「そうだな! オフィーリア殿にはありがたい忠告をいただいた」
グラハーンは片手を挙げると部下たちの武器を下げさせた。そしてソルジはオフィーリアを責めるどころか、グラハーンの極秘情報が漏れたことを懸念しているようだ。一方のオフィーリアはその隙をついて転移魔法で姿を消した。転移魔法は発動の際に数秒体が硬直してしまい、それを知るものならそこを狙って攻撃される。なので使いどころが難しいのだ。更には一度に長距離を飛ぶことは、オフィーリアであっても不可能だ。距離にして数百メートル移動し、もっと遠くにいきたければ更に追加で転移魔法を発動しなければならない。
オフィーリアが消えたことをグラハーンはもちろんすぐに気がついたが、笑みを崩さず悠然と周囲の山の景色を見渡していたのだった。




