②メイジ・スプレマシーvsマッスル・スプレマシー
オフィーリアに結婚の話が伝えられてから数日後、正式に王から召喚をうけた。
レーヴェールは昔ながらの貴族然とした生活様式や振る舞いこそ上品だと考える人も多いので、年配の人や身分の高い人はかなり生活に不便な格式の高い衣装を好んだりする。大きく膨らんだスカートに、重ねられたペチコート。そして病院帰りの犬猫のようなひだ襟。そのようないかにも動きづらい衣装でいかに動かず魔法を駆使して生活するか、が彼らの優雅さの証明になるのである。
とはいえ、自身の長い首が美点であることを知っていたオフィーリアは、首回りを襟では覆わず鎖骨が見えるデザインのドレスを好んでいた。白銀の髪が映えるようにヴィヴィッドなブルーのガウンにペチコート。そして魔力を纏わせた金糸で施された刺繍や、また同じ金糸で止められた宝石が飾られた胸衣。それを纏ったオフィーリアはまさに女神のごとき美しさだった。
こんなひとりで座れもしなけりゃ、ドアノブに手すら届かないデザインのドレスを着てなにひとつ不便などないですよ、という顔をしてオフィーリアは王の御前にあがった。これがこの国の身分の高い女性の嗜みである。頭を下げてカーペットの模様を目で追って遊んでいたオフィーリアは、王の発言を許す言葉で頭を上げた。
「陛下のお召しにあずかり深い敬意と感謝をもって参上いたしました。オフィーリア・ヴィザードリク・フォンフェンベルクでございます」
「楽にしていい、オフィーリア。今回そなたを召喚したのは我が国にとって非常に重要なことを伝えるためだ」
「承知しております」
「ジークムントより伝え聞いていると思うが、ムキントロストンのグラハーン殿下とそなたの婚姻が決定した」
「はい」
「この婚姻は両国の平和と友好の礎となるものである。魔力が高く魔法の素晴らしさを誰よりも理解しているそなたにこそ、ふさわしい責務と考えている」
「光栄でございます」
「……」
「……」
この王とは実は叔父と姪の関係なので親戚である。とはいえ謁見室でそれほど砕けた話ができるはずもなく、お互い定型文を白々しくやりとりをした。一番高くなった場所に王座が置かれ、本日は王妃は不在であるが少し離れた場所にはこの国の重鎮たちが座っている。その中にはオフィーリアの父もいる。なにやらヒソヒソと世間話をしているようだ。どうせ自分たちの領地の自慢でもしているのだろう。
王は重鎮たちの私語は気にもとめず、背筋を伸ばしてウエストの前で手のひらを重ねたオフィーリアをマジマジと観察した。特にそのアップにした髪から覗く耳を。
「……嫌か」
「滅相もございません。身に余る光栄を賜り感激により言葉が思いつきません」
「お前は意に沿わぬ時は、顔には全く出んが耳が動く」
その時、オフィーリアの左側から「それな」という父の嬉しそうな声が聞こえてきたのだが、空耳だろうか。オフィーリアの耳がまたしてもピクピクと動いた。これは貴族の娘として感情を表に出さないように訓練された結果、鉄仮面は完成したもののその踏ん張った力が耳に流れてしまったのだ。つまりは嫌なことがあるとオフィーリアの耳はピクピクと動く。幼い頃から付き合いのある王はこのことを知っているのだ。
「私の私心など、この婚姻の果たす役目を考えれば些末なことに過ぎません。国と国を繋ぐかけ橋になることは高貴な血に生まれたものの義務と承知しております」
(あんなツンケンしている時は本当に嫌な時ですな)
(まあ、相手があんな筋肉達磨となれば嫌にもなりましょう)
(無礼ですぞ、グラハーン殿下はその頑強なお体ひとつを武器に戦場を駆け巡る鬼神。並の魔法使いでは彼を仕留めることはできないでしょう)
それにしても父やらその辺の身分の高い紳士たちのヒソヒソ話が酷い。この場には王の側に侍ることができる高貴な紳士がいるので、オフィーリアと同じ魔法使い至上主義が多い。しかしオフィーリアの耳に届いた言葉の中にはグラハーンを擁護するセリフもあった。少しずつではあるが、時代は変化しているのだ。
「此度はそなたにの犠牲を強いていることを私も理解している」
「恐れ多いことでございます」
「両国の懸け橋となってくれるそなたには、特別に褒美を与えようと思う。言ってみるがよい」
オフィーリアはにっこりと控えめな笑みを浮かべたが、実はその笑みは彼女の目論見どおりに事が進んだ喜びのほくそ笑みだったのだが、王の優しい言葉にほほ笑んだように見えなくはない。
「陛下のお気持ちだけで十分でございます」
「まあ、そう言うな。せっかくの機会だ」
「……では、恐れながら」
定番のやりとりを一度挟んだ後、オフィーリアは芝居がかった動きをしながら望みを口にした。父はその姿を見て確信する。
(あれはなにか企んでおる時の挙動だ)
父は娘のことを深く理解をしていた。
「両国の間に鎮座するトレンズト山に、国民の心をつなげるトンネルを開通したいのです。今後の二国間の友愛と共に、交流も深まることでしょう。その際に行き来が難しければせっかくムキムキスタンに嫁ぐ私も悲しゅうございます」
(……)
(ムキムキ?)
(ムキムキ……? これは嫁ぎたくないという暗喩だろうか?)
まるで舞台に立つ女優のように指先まで揃えた手を振りながらオフィーリアは、レーヴェールとムキントロストンの平和と貿易について熱弁した。
「つきましては平和の象徴として嫁ぐ私自ら、トレンズト山にトンネルを開通したいと考えております」
「ふむ、そなたの平和を望む心は分かったが、トレンズト山の街道整備についてはまだ議会で承認されておらんが」
「此度の喜ばしいご縁を記念して、ぜひトンネルの開通をしたいのです!そしてこれはあくまで念の為ではあるのですが、万が一国境を閉鎖せねばならない事態に陥った時は、トンネルであれば容易に管理できるかと」
トンネルの開通を熱望するオフィーリアは普段の冷たい美貌のクールな彼女とは別人のようであった。王の側に控える貴族の紳士たちはその姿を「国を思う姿は、まさに聖女」「なんという矜持、尊き血にふさわしい……!」といったり、はたまた彼の父や王と同じく胡乱な目をうかべたり。しかし王としてはこのトンネル開通は悲願でもあるし、祝い事にかこつけて実現できるならば渡りに船である。議会に口を出される前にオフィーリアへの褒賞として与えてしまいたい。
「よろしい! そなたの願いを叶えよう!」
「ありがたき幸せにございます」
「うむ! それとな、ムキントロストンだぞ! ムキントロストン!」
「御意」
「グラハーン殿下の前で間違えるでないぞ」
「お任せくださいませ」
王の優しい叔父心からの指摘を聞き流し、深く頭を下げたオフィーリアは床を見ながら笑みを深めた。
(ふふふっ、これで大義名分はできた)
「ではトンネル工事につきましても、私自ら施工いたしましょう」
「なんと」
「工事計画書を提出いたします。トレンズト山の調査結果とトンネル開通場所の案、そして使用予定魔法と効果と完成予想図を準備しております」
「これは、用意周到だな」
やはりオフィーリアは褒美を見越して準備していたか、と王は苦笑いするがまあ予想できたことなのだから無駄がないといえば無駄がない。オフィーリアは魔法でとり出した書類を王の側に立っていた宰相に渡した。
「グラハーン殿下は来月ご到着の予定である。それまで不備なく準備をしておくように」
「承知いたしました」
一礼したオフィーリアは王が退室するまで姿勢を保ち、しばらくすると静かに頭を上げた。横に視線を向けると何ともいえない顔をした父が立っており、オフィーリアを見ている。
「トンネル工事ならば土木技術に長けた技術者を手配するが」
「あら、お父様。私、山岳トンネル工事に興味がありましてよ」
「嘘をつけ」
「あと引力を発生させる魔法の開発もしておりまして。どのくらい引っ張ればお父様のお髭が抜けるのか調査中です」
「……最近、夜中に髭が痛いのだが……」
「ふう、夜間は過ごしやすい季節になりましたね……。では皆様ごきげんよう」
未だ談笑する暇な貴族の紳士にも一礼したオフィーリアは父を引き連れて退室した。彼女の足どりは軽く、顔には笑みが浮かんでいる。思惑通りに事が進んでご機嫌なのだ。
「ムキムキスタンとの街道トンネルが開通した暁には、馬の鬣で作られるというカツラをプレゼントしますわね。その高い技術力が評価されていましてよ」
「なに! 父はまた禿げてはいないぞっ! フサフサぞ!」
「あらでもお父様、昨年よりも生え際が八ミリ後退しておりますわよ」
「違うぞ! これは父が前進しておるのだ!」
「そうですか、オホホホホホホホホホホ!」
「む、ずいぶんとご機嫌だなオフィーリア」
普段は無愛想なオフィーリアの大変珍しい笑い声はその日王宮に響き渡った。そのあまりに珍しい光景に縁起がいいと、ムキントロストンとの縁談に幸せな未来を想像する人々がたくさんいたとか。
ムキントロストンから真っ直ぐにレーヴェールへ向かうとトレンズト山にぶち当たる。さほど高い山ではないが、やはり平地を進むのとは全く違い進行スペードは落ちるし、大荷物の場合は山自体を避けて遠回りしなければならなかった。
ムキントロストンからの小規模な交易商人の一団がトレンズト山へと差し掛かっていた。荷を厳選し荷物を小さくまとめ、また勾配が急な道や狭い場所は馬車を一度解体し人力で運んだりして移動していた。これが一般人程度の体力であればとても実現できる山越えではないが、この一行は「一番の輸出品は筋肉」をキャッチコピーにしているムキントロストンの人たち、そして彼らが自慢にしている力強い馬である。もう、荷馬車いらなくない? と突っ込まれそうな勢いで荷物を運んでいく。その中にひときわ体の大きな目立つ男がいた。
赤い織物の布を半身に纏って腰のベルトで留めており、ゆったりとしたズボン。布を纏っていない半身は盛り上がった筋肉の肩と腕が露出していて軽々と荷物を運んでいる。そして頭にもいかにも商人風の柄のターバンを巻いており、そこからはみ出した髪は暗い赤紫だった。
「さて、これを越えれば王都まで一直線だな」
「残りは数日、といったところでしょうか」
「噂の銀氷の魔槍の姿を拝むのが楽しみだな!」
「我々は商人に擬態しておりますゆえ、公爵家のお嬢様にお会いできるかは……」
「なに、商人なのだろう? 売ればいい。わが国の布や化粧品も持参しておるのだから」
「レーヴェールの女性は古風な自国製品を好むと言われておりますが、どうなのでしょうね」
両国は価値観も大きく違うので、女性の嗜好品も違う。レーヴェールでは手間をかけて美しく装う事が美徳とされているが、ムキントロストンでは女性もムキムキで活動的なため、化粧品をとっても実用的でシンプルな形に変化していた。例えばレーヴェールでは朝も早くからマッサージやパックで肌を整え、手順の多い化粧を施し髪を大きく結う。一方のムキントロストンではザッバリと顔を洗ったらオールインワンのスキンケアに身だしなみ程度の化粧をするというような感じだ。もちろん好む化粧品の種類も違う。
商人風の男たちが立ち止まって話していると、ひとりの女が近づいてきた。
「もし、あなた方はムキムキスタンの商人の方かしら」
女はくすんだ青のフード付きのガウンに踝丈のペチコートを着用しており、かなり活動的な造りではあるが繊細な装飾や膨らんだヒップのデザインからレーヴェールの女性だと推測できた。
「これはレーヴェールの御婦人ですかな?」
「ええ、これから帰国いたしますの。もし、レーヴェールでムキムキスタンの商品を購入できるとしたら、とても嬉しいことです」
「!?」
(ムキムキ……?)
(ムキムキスタン?)
(なんだ? あだ名か? レーヴェールで流行っているのか?)
(しかし……ムキムキとは……)
「素晴らしい呼び名だ! そんな素晴らしい愛称をつけていただき光栄ですな!」
ムキントロストンをムキムキスタンと信じて止まない女、もちろんオフィーリアは目の前の大きな男が嬉しそうに大きな声を出したことで耳を激しく動かした。そして男の背後に控える数人の商人風の男たちも、満更でもない愛称に頬を染めていた。彼らは肉体を褒められたと感じればその他のことは割とどうでもいい。
(まあ、なぜか喜ばれてしまったわ。やはり脳筋王国の男性のツボはよく分からないわ)
(それにしても小枝のように細い女性だ。いや、わが国は小枝に至っても太く逞しい! これは燃え尽きた香の残骸のようだ。触れれば粉になって崩れてしまいそうな)
お互いなんだかよく分からないが、上辺の笑顔を貼りつけて見つめ合った。しかしオフィーリアは相手の男を注意深く観察していた。
(やはり、強く大きな肉体、バーガンディの短髪、そして堂々とした強者たる風格……グラハーン殿下が極秘入国するという情報は確かでした)
「では国でムキムキスタンの市が立つのを楽しみにしております」
「そうですか。お気をつけて。物にぶつからないように! あなたはとても儚くて今にも消えてしまいそうだ」
「まあ」
ムキントロストンの王の甥、オフィーリアの婚約者候補グラハーンを確認したオフィーリアは、思いもよらぬ褒め言葉をもらい習慣で愛想笑いを浮かべた。
(ムキムキでも社交辞令くらいは言えるのね)
ちなみにムキントロストンでは弱そう、儚そう、消えてしまいそうは相手を侮る言葉で、ムキントロストンの国の女性であれば激怒する。つまりは悪口だった。しかしレーヴェールは真逆の価値観で、ひとりで竜を討伐できる魔法を操る女性にも弱き者、という建前を崩さない。
まあ、価値観の違いというものだ。




