籠の鳥
「すまんな、中々来れなくて」
謝罪をしながら病室の中に入り、ベッドのそばにあった椅子を引き、その上に座る。
そんな私のことを、少女は不貞腐れた瞳で見つめていた。
「……間が長い」
その言葉には不満がありありと浮かんでおり、言葉を発した口元は分かりやすく尖っていた。
「色々あったんだ。悪いな」
機嫌を損ねている少女に対して我ながら言い訳がましいとは思うが、そういう他私には選択肢がなく、ベッドの上に架けられた台の上に、手に持っていた紙袋を賄賂のように置いた。
ご機嫌取りのように置かれたその中に少女は手を入れ、ごそごそと中をあさり、中身を順々に取り出していく。
紙袋から出された手に握られているのは、一冊の本だった。本を取り出し、台の上に置き、紙袋の中に再度体を入れ、取り出し、台の上に置く。それを四回ほど繰り返すと、私は空になった紙袋を自分の手元へと回収した。
「とりあえずご所望のものは持ってきたぞ」
「……ん。ありがと」
少女はまだどこか不機嫌な様子を残しながらも、行ったことの対価としてきちんと礼はくれた。
少女は台の上に置かれた本を一冊一冊手に取って、しげしげと題名を見つめ、満足そうに少し頷いていた。
その様子をみて少しだけへその曲がりが治ったと感じた私は、様子を尋ねていくことにした。
「体はどうだ?」
「悪くはないよ。いつもと変わらずって感じ」
「そうか」
淡々とした調子で出される言葉には動揺や詰まり等はなく、ただ当たり前の事実を話しているとしか判断できなかった。
なにかしらの病状の悪化を隠している、などは考えなくてもいいだろう。
ほっと安心して胸をなでおろしながら、ぐるりと辺りを見渡してみる。
この病室は個室であり、そのため前に訪れたときと何ら変化はない。強いて言えば、机の上に置かれていた花の元気が少しだけなくなり、俯きがちになっていることくらいか。
ベッドの脇にある物がおかれている机にも整理整頓がなされており、読み終わったと思わしき本が並べて置かれている。
「食事は?」
「ちゃんと取ってる。看護師さんにも褒められたんだから」
その小さな体は少しだけ張りながら、どこか誇らしげにそういった。
私もその様子に思わず笑みをこぼし、何となく心が温かくなってその黒髪へと手を伸ばした。
頭の上に手が乗ると、そのややごわついた感触がまず手に伝わった。しばらくシャワーを浴びていなかったのだろう。
今の病院は、入院患者は基本的に調子のいい日は毎日シャワーなりなんなりを浴びることができる。
髪が少しだけべたつくというのは、それはそういうことなのだろう。
調子が悪いときに来れなかったことに少しだけ心が痛みながら、それでも罪滅ぼしのために掌を動かしていく。
「……髪、汚いでしょ」
少女は何もそれに対して抵抗を見せず、寧ろどこか申し訳なさそうに私のなすが儘にされていた。
「気にしないよ。大丈夫。……ごめんな、体悪いときに傍にいれなくて」
私のその言葉に、少女は掌の下でゆるゆると否定するように首を振る。
「大丈夫。来てくれたから」
そういいながら、少女は少しだけうつむいた。
撫でやすくするためか、それとも表情を見せないためか。どちらにせよ私の心を揺さぶるいじらしい様子だった。
それに私の口角は緩み、掌の動きも慈しみを増していた。
黒髪を頭の頂点から手櫛を通すようにゆっくりと撫で、再度頂点へと帰ってきてまた下る。
微笑みを浮かべながらその行動を繰り返してる私を、窓からそよぐ風がないだ。
そのもとに目を向けてみると、窓から見える木々は見事にその葉を茂らせ、生命の息吹を感じさせた。巨大な幹から発する枝は細かく分岐し、その端端から太陽という母から余すことなく栄養を頂いてる。
それの背後にあるのは広大な空。真っ青な色の中に白い雲が絵の具のように点々と落ち、その流れる遅さは人間の悠久の時を感じさせる。
抜けるそうな空の真っ青な色と木々の生い茂る緑。
真っ白一色で染めるよりも、この光景の方がよほど生命の動き、その予感を感じさせる。
無機質な物よりも有機物の方がやはり人間には近いのだ。
……それでも、この少女が叶うのは見ることだけなのだけれど。
「……どうしたの?」
外に目をとられすぎて掌の動きが疎かになった私をいぶかしんでか、少女が上目遣いにこちらを見た。
その瞳は私がこの部屋に訪れたときよりも少し開かれており、調子が少しにしろ良くなってきたのだろうと感じられた。
「……なんでもないよ」
安心させるように笑みを浮かべながら、再び私は掌を動かした。




