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漆黒の咎喰い  作者: 捨て石


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第8話:白炎と黒炎の決戦

 第8話:白炎と黒炎の決戦

 吹き飛んだ鉄扉の破片を踏み越え、ヒルデは最奥の広大な地下空間へと足を踏み入れた。 無数の不気味な魔導管が這い回り、怪しい白光を放つ巨大な術式陣の中央。そこには上層部の老貴族たちが身を寄せ合い、その中心で白銀の髪をなびかせる男——ルシエルが佇んでいた。 「ひ……ヒィィッ!? な、なぜ奴がここまで来られる! 親衛隊は何をしているのだ!?」 老貴族たちの悲鳴に、ルシエルは冷酷な笑みを浮かべ、ただ一言「愚かな糧どもが」と呟いた。 ゴーッ!!!! 瞬間、激しい白銀の炎が巻き起こり、老貴族たちの体を包み込んだ。抗う間すら与えられず、王国の上層部は一瞬で真っ白な灰へと変わり、床へ散った。 「貴様……ッ!」 「余の『白炎』は、あらゆる魔力を喰らい、熱エネルギーへと変換して自己増殖する絶対の炎。貴族どもはその『燃料』に過ぎん」 ルシエルの姿が激しい白銀の炎に包まれ、巨大な四翼を持つ白銀の魔人へと変貌していく。圧倒的な密度の熱波が石造りの空間を歪ませ、周囲の岩盤を一瞬で赤熱化させていく。 「見せてみろ、エレボスの落ちこぼれ! その愚かな人間の足掻きを!」 ルシエルが手を一振りすると、壁のような白炎の濁流がヒルデへと襲いかかった。 直撃を避けるべく大剣『誓約の咎喰い』で受け止めたヒルデだったが、激しい衝撃とともに息を呑む。白炎は大剣に纏わせた黒炎の魔力を一瞬で「喰らい」、さらに勢いを増してヒルデの体を灼き始めたのだ。 「ガハッ……!? ぐあぁぁぁッ!!」 「無駄だ! 白炎の前では、いかなる魔力も余の糧となる! エレボスの黒炎とて例外ではない!」 ルシエルの高笑いが響く。肉が焦げる匂いと激痛がヒルデを襲い、膝が石畳へと折れかける。魔力で防ごうとすればするほど、白炎はそれを喰らって勢いを増していく。絶望的な相性差。 『娘よ、全魔力を我に委ねよ! 奴ごとこの空洞を丸ごと消し飛ばす!』 脳内でエレボスが焦燥を孕んだ声で叫ぶ。 だが、ヒルデは血の滲む歯を食いしばり、固く首を振った。 (……ダメだ。エレボスの力だけに頼れば……魔力を喰われて私ごと焼き尽くされる……!) ヒルデは激痛に耐えながら、焦げ付く右腕で胸元に握り締めた「ミレットの指輪」を強く押し当てた。 冷たい金属の感触。大切な仲間を守れなかった後悔、そして二度と仲間を失わないという拒絶の意志。 白炎が喰らうのは「魔力(エネルギー)」だ。ならば——。 「エレボス……お前の力を、私の『意志』の器に注ぎ込めッ!!」 『なに……!? 人間の精神で我の破壊孔を束ねるというのか!?』 ヒルデは異形の左腕の呪符と包帯を全て引き千切ると、噴き出すエレボスの黒炎を拡散させず、「熱を持たない質量」として自らの身体と大剣の刃へと限界まで凝縮・圧縮させた。 魔力として放出するのではなく、右腕の人間としての「執念」で黒炎を極限まで硬化させ、一本の漆黒の針のごとき「概念の刃」へと変える。 「往くぞ……ルシエルッ!!」 ドッ!!!! 踏み込んだ足元から岩盤が爆砕する。 熱気を持たない漆黒の刃と化したヒルデは、迫り来る白炎の壁へ向かって一直線に身を投げ出した。 「死ねぇぇぇッ!!」 ルシエルが放つ極大の白炎の光束。 だが、凝縮された黒炎の刃は、魔力として喰われることなく、物理的な「剛体」として白炎の熱量を強引に押し分け、その中心を穿ち進む! 「な……なに!? 白炎を喰いつくさず……弾いて突破してくるだと!?」 灼熱の炎に皮膚を焼き割られながらも、血の涙を流すヒルデの赤瞳がルシエルの首元を捉えていた。 「ミレットの……みんなの未来を……返せぇぇぇッ!!!!」 一閃。 ズシャァァァンッ!!!! 極限まで圧縮された黒炎の大剣が、ルシエルの胸に刻まれた「白炎の核(術式陣)」を、その肉体ごと斜めに深く一刀両断した。 「ガハッ……!? ぐ……あ……!!」 核を破壊された白炎が制御を失い、ルシエルの体内から逆流して爆発を起こす。 ルシエルは自らが放った炎に焼き尽くされながら、驚愕と狂気の混じった眼光でヒルデを見つめた。 「魔力を……絶って……剛刃と成したか……。愚かな人間が……ここまでの……適合を……ッ!」 「地獄で……ミレットに詫びろ」 ヒルデが刃を引き抜くと同時に、ルシエルの身体は白炎の爆発とともに粉々に砕け散り、永遠に灰となって消滅した。

 ◇

 荒い息を吐きながら、大剣を杖代わりに突いて突っ伏すヒルデ。 全身は焼けただれ、異形の左腕からも黒炎が引き、痛々しく赤く脈動している。 そこに、崩れ落ちる瓦礫を押しのけてガゼルとルカが駆け込んできた。 「ヒルデ...! 生きてるか!?」 「……終わったよ、二人とも」 振り向いたヒルデの表情には、長年苛まれ続けたトラウマから解放された、静かな強さが宿っていた。 だが、灰となったルシエルの残滓が消え去る直前、不気味な残響が三人の耳に届いた。 『……フフ、見事だ……。だが浮かれるな……我が実験の種は、すでに魔王ヘメラ様の手元にもある……』 残された言葉に、ガゼルとルカが表情を強張らせる。 「魔王ヘメラ……」 ヒルデは右手でミレットの指輪を握り締め、ゆっくりと立ち上がった。 「誰が立ちはだかろうと関係ない。……私の刃は、全ての元凶を断ち切るまで止まらない」 崩落の激しくなる地下施設から脱出するため、三人は崩れる通路へと駆け出した。



 エピローグ:朝靄の墓標、常闇の誘い

 王都の地下施設が音を立てて崩落し、地上へ噴き出した白灰の煙が夜空へ溶けていく。 三人は街の外縁に位置する小高い丘の上に立っていた。東の空が少しずつ白み始め、夜明けの冷たい風がヒルデの白髪を揺らす。 「……王宮はパニックだな。上層部が全滅したんだ、明日には国中が大騒ぎになる」 ガゼルが振り向かずに呟く。腰の二刀を鞘に納める音には、かつて王国の忠実な犬だった頃の迷いは一欠片もなかった。 「僕たち、これからどうなるんだろう」 「どうもこうもない。俺たちはもう『死んだ兵士』だ。……だが、誰の指図も受けねえ、自由な『鉄鎖』だがな」 ガゼルが乱雑にルカの頭を撫でると、ルカは照れくさそうに、しかしどこか晴れやかな顔で笑った。 ヒルデは傷だらけの右手をかざし、指にはめられたミレットの小さな銀の指輪を朝日にさらした。 (……ミレット。仇は取ったよ) 首謀者であった王国上層部も、直接の実行犯であったルシエルも、いまやこの世に存在しない。胸を満たすのは、激しい復讐の狂気ではなく、深く澄み渡った静寂だった。 だが、ルシエルが最期に遺した言葉が脳裏をよぎる。 『……我が実験の種は、すでに魔王ヘメラ様の手元にもある……』 「……二人とも、ここまでだ」 ヒルデは振り返り、二人に告げた。 「私の戦いは……まだ終わっていない。白炎の種が残っている以上、第二、第三のミレットが生まれる。ここから先は魔王領だ。お前たちが付き合う理由はない」 だが、ガゼルとルカは顔を見合わせると、呆れたように肩をすくめた。 「おいおい、今さら追放の言い渡し気取りか? 副隊長」 ガゼルが口端を上げる。 「俺たちが追っていたのは、単なる仇討ちじゃねえ。奪われた誇りを取り戻すためだ。魔王だろうが何だろうが、俺たちの鎖を切ろうってなら、まとめて噛みちぎるまでだ」 「僕も……もう二人の背中を見て逃げるのは嫌だ。一緒に行くよ、ヒルデ姉さん」 ルカのまっすぐな瞳。ヒルデは一瞬だけ言葉に詰まり、フードを深くかぶり直した。 「……勝手にしろ。足手まといになったら、次こそ置いていく」 『くはは! 相変わらず口の減らない娘だ。だが悪くない……ヘメラの首を刈るには、これくらい騒々しい方が退屈せん』 脳内でエレボスが愉悦に満ちた声をあげる。 三人は背を向け、白みゆく王都を後にした。目指すは北の大地——魔族の王が君臨する常闇の領土。

 ◇

 同じ頃。 人間の足を踏み入れぬ魔王城の最奥。氷のように冷たい漆黒の玉座の間で、一人の人物が静かに両目を開いた。 波打つ漆黒の髪と、宵闇の紫眼。現魔王、ヘメラ。 その細い指先で弄ばれていた白銀の火種 -ルシエルが残した白炎の術式核が、パチりと音を立てて爆散し、消滅した。 「……消えたか、ルシエル」 ヘメラの唇から、興奮も哀悼も含まない、静謐な声が漏れる。 「あらゆる魔力を焼き尽くす白炎を破り、エレボスの破滅を従えた人間の娘……」 ヘメラはゆるやかに立ち上がり、玉座の窓から南の空 -人間たちの住まう大地を見下ろした。その瞳に宿るのは、絶対的な強者ゆえの深い好奇と冷酷な愉悦。 「来るといい、ヒルデ。余の統べる地に……お前という不確定要素が、何を齎すのか見極めてやろう」


(第2章へ続く)

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